お前だけだよ、そこにいるのは

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 俺は、天空に浮かぶ広大な世界を冒険する、精神ダイブ型MMORPG「スカイクラフト」のソロ冒険者をやっている。サービス開始から今日に至るまで、現実に戻ったことはない。


 というか、プレイしているうちに戻る必要がなくなった。スカイクラフトの世界はどこまでも自由で、何でも出来る。


 クラフトの名の通り、素材さえあれば作れないものはない。衣食住はもちろんのこと、自分がいる地形だって思うがままに変えられる。


 ダンジョンもモンスターも日々アップデートされていくから、全然飽きない。死んでも一応リスポーン可能だから、死ぬのだって怖くない。ダメージを受ければ痛みはするけれど、自動回復のスキルがついていればすぐ治る。


 恋愛だって出来る。俺は四人の女の子と結婚して、モテモテ幸せ生活を満喫しているところだ。ネカマじゃないことはしっかり確認しているから大丈夫。


「よっ、久しぶり」

 今日の日替わりダンジョンに挑もうと、古代遺跡のエリアに行くと、声をかけてきたのはリアルの友人で、昔パーティを組んでいたやつだった。

 名前は……忘れた。ログアウトしてから大分時間が経っていたからだろう。


「またやる気になったのか?」

 長くサービスが続いているゲームなので、途中で現実に帰るやつもいるし、再開するやつもいる。だからそんなに気にしていないが、もし一緒に冒険できたら楽しいだろうなと思った。


「いや、最期の挨拶に来たんだ。オレ、あっちででかい病気やらかして、余命宣告を受けた。それで、動けるうちに、お世話になった人に会いに行って回ってる」


 可愛そうだと思った。若いうちに大病を患うなんて。ここなら状態異常なんて、回復魔法でパッと治せるのに。現実ってクソだな、相変わらず。


「……なあ、そろそろあっちに戻らないか。お前ずっとこっちに入りっぱなしだろ? 親御さんに顔くらい見せたほうがいいと思うぞ」


「ハッ、冗談じゃないね。親と仲悪かったのは知っての通りだ、今更もう遅いよ。俺はこっちで生きていくって決めたんだ」


 病気で、感傷的になってしまっているのだろう。憐れだ。


「そうか。お前、勘違いしたままなんだな」

「どういうことだ?」

「オレがこのゲームやめたの、いつだと思う?」

「数年前くらいだろ。クリスマスイベント走りきった直後だったと思う」


「……時間感覚が狂ってしまったんだな。あっちではもう四十五年経ってて、オレたちは今年還暦だぞ」

「カンレキ……? え、それって六十歳ってこと!?」


 スカイクラフトの中では歳をとらない。見た目も好きに変えられるから、誰も年齢のことなんて気にしない。何歳? なんて聞いてくるのは小学生くらいだ。



「そうだ。元号も変わった。親御さんは、お前のことを気にかけたまま死んでいったよ。毎日毎日、起きるのを待ってた。今こうしてお前が遊んでいられるのも、全財産をかけた延命治療が持続しているからだ」


 親が金をかけて俺の命を延ばしているって言うのか? ありえない、非現実的すぎる。出来損ないの長男だって散々馬鹿にした癖に!


「知らないだろうけど、お前の身体、酷いことになってるんだぜ。ほとんど骨と皮だけになって、点滴に繋がれて、おむつを履かされて……生きる屍って呼び方が恐ろしいほど似合ってる」


「な、なんでそんなこと知ってるんだよ」


「オレ、お前の隣のベッドにいるんだ。末期患者隔離病棟の最上階だ。日当たりのいい部屋でな、窓を開ければ小鳥の囀りが聞こえるんだ。風も爽やかで気持ちいいぞ」


 そう言って遠くを見やる友人の名前が、まだ思い出せない。そもそも本当に友人だったかさえ、あやふやになってきた。


「スカイクラフトは、確かになんでも出来るけどさ、結局のところ、オレたちが生きているのは現実の世界なんだよ。あっちで死んだら、どんなにこっちで偉業を成し遂げていても、何にも残らないのさ」


「っ、出て行けよ!! お前みたいに現実に逃げていった腰抜け野郎の言葉なんか信じない! 俺は死なない! ここで生きていくんだ!!」


 怒りが湧いてきた。ふざけやがって、俺を馬鹿にしに来たんだ。綺麗事を並べ立てて、あっちに引き戻そうって魂胆なんだ、そんなものに引っかかってたまるか!


「あの日一緒にこのゲームを始めた◯◯も、××も、△△も、みんな現実を生きているよ。苦しいし、キツいし、努力したって報われないけど、一生懸命限りある命をちゃんと生きてる。お前だけだよ、ゲームの中そこにいるのは」


「黙れよ! 誰だよそいつら! そんなの俺は知らない、知らない、知りたくもない! 俺は」

 と言いかけて、自分の名前が思い出せなくなっていた。可愛い四人の嫁の名前も、立ち上げたギルド名も、テイムしたペットモンスターの名も。


 俺は誰だ? プレイヤー……じゃなくて、デフォルト名……でもなくて、ああああなんかじゃない、どうなってるんだ!? 俺は、俺は……。


「ごめんな。あの時、無理にでも連れ戻すべきだった。今度は一緒にいるから。帰ろう、いるべき場所へ」


 涙を流している友人に急に抱きしめられて、俺は死を直感した。ゲーム的な回帰できる死ではなく、現実的な、不可逆の死を。






「……黒葬さん、お疲れさまです。黄魂です。ゲーム内に取り残されていた魂の回収、終わりましたのでそちらに戻ります。では」


 黄色いスーツをカジュアルに着こなしている男は、製作者の死後も稼働し続ける巨大なゲーム管理サーバーの前で、上司に電話で報告を済ませると、魂が二つ入った瓶を拾い上げて、闇に消えていった。

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