涼徳D、行きます!

清水らくは

第1話

 緊張して眠れないのは、いつまで経っても同じだった。ただ、睡眠不足との付き合い方は、ちゃんと覚えた。

 会場に着くと、すでにほとんどのメンバーが集まっていた。

「部長、おはようございます!」

「ああ、おはよう」

 新入生たちは、初めての大会にいつもよりテンションが高かった。二年生は落ち着いている。僕以外の三年生は、かなりリラックスしている様子だ。

 他校のメンバーも、続々と集まってくる。いつもは食器が乗せられているテーブルの上に、今日は盤と駒が置かれている。

 春季将棋大会、団体戦が、もうすぐ始まる。


「あの……」

「はい?」

「二歩です」

 その瞬間、世界がくらくらと揺れた。ほぼ勝ちの局面で、気が緩んでいた。僕は、ふらふらと歩がいる筋にさらに歩を打ってしまった。もちろん、二歩が反則だというルールは、ちゃんと覚えていた。でも、気を付けるまでには至っていなかったのだ。

 言葉がなかなか出てこなかった。そして、隣からの視線を感じた。先輩が、額に皺を寄せて首を振っていた。僕は理解した。チームが、負けたのだ。

 それが、二年前。初めて参加した団体戦での最終戦。春の団体戦は、三人制で行われる。初心者だった僕はDチームに入れてもらったものの、最初の二戦は全く勝負にならず、あっさり負けてしまった。そして三戦目。相手も初心者だったようで、途中までいい勝負。そして最後は、勝ちになっていたのだ。

 それが、反則負け。全敗だった。

 続く秋の大会は五人制で、メンバーもれ。二年生の春は、当たりが悪く、またもや全敗。そして秋はメンバーもれ。

 僕は三年生で、そして部長でありながら、まだ大会で勝ったことがない。


「あんたさ、明日大会なんだね」

 ぐい、とこちらを向いて、姉さんが聞いてきた。手には、焼酎の入ったグラス。

「そうだよ」

「ふーん。涼徳さ、今年こそ全国行けるといいね」

「あ、ああ」

 僕の所属している涼徳高校将棋部は、まだ優勝したことがない。けれども強い一年生も入ってきたので、今年こそチャンスだと思う。

「私がいた頃なんて、参加も危うかったからね」

「今は、Dチームまであるよ」

「へー、すごい」

 姉さんは、スマホを眺め始めた。プロの対局を見ているのだ。そういえば明後日から、タイトル戦が始まる。

「姉さんも、頑張って防衛してね」

「もちろん」

「じゃあ、おやすみなさい」

 僕は部屋に戻ってから、少しの間だけ膝を抱えていた。何度だって何度だって、同じように落ち込んでしまう。でも、それにも慣れた。落ち込むことにも、そこから立ち直ることにも慣れた。

 それでも、緊張して眠ることはできなかった。僕はとことん、姉さんとは違う人間だった。

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