もし、もしも

口一 二三四

もし、もしも

『一人一台一分一度だけ過去か未来に電話を掛けられる』


 世界的に有名なスマートフォンを扱う会社が発表した新機種は、世界に驚きと疑いをもたらした。

 事前に登録をするだけで使えるようになる画期的なサービス。

 掛けたい相手の電話番号さえ知っていれば一度だけ過去か未来の相手と話せる驚愕の機能。

 瞬く間に広まった情報は人々に期待と、それ以上の疑いを抱かせた。


 本当にそんなことができるのか?

 別のところに繋がるだけではないか?


 始めこそ疑問視する声が多かった機能であったが、有名人の体験談、近親者の体験談。

 ネット上での書き込みや検証動画が真実であることを裏付け後押しをした。

 今では誰しもが登録をして、いつ誰に掛けようか、なんて話題で盛り上がったりするぐらいに普及している。

 世間の流行の例にもれず当然自分のスマートフォンにもその機能はついている。

 使いどころなんてわからないが登録して損をする代物でも無い。


 もしもの時、何かあった時誰に掛けるか。

 掛けるとして過去と未来どちらにするか。


『無人島に一つだけ持って行くなら?』みたいな問答に想像を膨らませれるならそれだけで値打ちがあった。



 仕事の昼休み。

 ネットニュースを眺めながらサンドイッチを食べていると、フッと画面が切り替わる。

 バイブレーション機能が作動し震える本体を握ったまま見ると、そこには【未来 母さん】と着信を知らせるポップアップが出ていた。

 通話ボタンを押して耳に当てる。


「もっ、もしもし?」


 掛けることは考えていたけど掛かってくることは想定してなかった。

 しかも相手は未来の母さん。

 驚きがつい声に乗ってしまう。


「……もしもし?」


 母さんは自分の声を聞くとひと呼吸置いて言葉を返した。

 心なしか疲弊していて何事かと心配したが、そもそもこんな機能を使うほどなんだから言わずもがなであった。


「急になに?」


 通話時間は一分のみ。

 未来は未来でもいつ頃かとか、そっちは今どんな感じなのかとか。

 あれこれ話し込みたい気持ちを抑え用件だけを促す。


「……違うの」


「?」


「……なんでもないの」


「えっ、あぁ、うん」


「……ただ声が、聞きたくて」


 終始暗い調子で話す母さんになんて返事をすればいいのかわからずただ聞き入る。

『過去を変えるような発言』『未来を教えるような発言』を話すことは規約で禁止されている。

 もしそれを破った場合は『通話を強制的に切られ一生涯スマートフォンを持てなくなる』、と。

 母さんに説明したのは他でもない自分自身だった。


「……本当に、掛かるのね」


「みたいだね」


 律儀に守っているんだなと察して深くは追及しなかった。


「……そういえばこの前さ」


 だから代わりに他愛の無い話をした。

 母さんに合わせるように会話を重ねていると一分なんてあっという間だった。


「体気をつけなよ母さん」


「アンタ……もね」


 最後はお互いへの気遣いで締めくくり通話を終えた。

 なぜ未来の母さんが今の自分に電話を掛けてきたのか疑問は残ったが、なるべく考えないようにした。

 声が聞きたいって言うならそれだけのなにかがあったんだろう。

 詳細はわからないけど、声が暗くなってしまう、たまに涙声になってしまう悲しい出来事があったんだろう。

 確かめる方法は無い。だからここでおしまいと、さっきの一分間を頭の片隅に片付けた。



 その『出来事』を知ったのは五年後。

 ガンが見つかり若くして床に伏せる自分の世話をする母と会話した際。

 心身共に疲れ切った声が、あの時電話口で聞いた声色によく似ていた。

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