銀河捜査官アリス

夏木黒羽

銀河捜査官アリス、はじまりはじまり



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 犯罪とは有史以降人とは切っても切れない関係にある。

 私の勤め先のロビーには、何十年か前に誰かが書いたであろう、『犯罪撲滅』の四文字が刻まれた掛け軸が今日も存在していた。

 ここまのたったの数行を読んだそこのキミ、おそらくだけど、アンドロメダ銀河太陽系の第三系惑星、地球に住むキミたちのちっぽけな規模スケールの話だと思って鼻で笑ったかな。

 残念ながら今、私が話したのはそんな田舎星の小さな物差しでは測れないほど大きなこの銀河すべての話なんだ。


1

 どこまでも現在進行形で広がっていく宇宙、このだだっ広い世界にはいろんな種族の生物がいる。

 数だけは無限にいるアメーバのような底辺層にいるものから、とてつもない科学力を手にして一体しか現存しない星の者。その数も、社会もごった返しでとりとめのつかないほどだ。ただ、どこに行こうが知恵の回る奴、悪事に目ざとい者は一定多数存在する。

 特に質が悪いのは、自分のところでは禁止されている行為を、文明レベルの低い他星で平気にやるやつら。

 そういった無法者たちを取り締まるために、銀河捜査局GBIが派遣されるのだ。

「いいかクロスフィールド捜査官、今回の任務ミッションはいたって単純シンプルこの田舎星に潜伏する、いかれた犯罪者を締め上げることだ」

 オゾン層の上に現在待機する光速機動スターシップに搭乗し、チュッパチャプスを常に口するおやつ好きの中年上司のぎらついた表情を思い起こす。

「座標、H108A130B95C80D85S102、この星の、この地域の言語に直すと、日本の中心街大都に定刻通り、アリス・クロスフィールド、到着しました」

 銀河捜査局の捜査員は活動する星では目立たないよう、原住民の姿になり行動するのが規定である。

 そのルールを順守するように、アリスのいでたちはしわ一つない白いワイシャツの上に黒いジャケットを着こなし、長く鋭い脚線美を強調するかのようなパンツルック。

 スターシップとの交信は、周りの住民がつけているような無線でやり取りをする耳に着けるタイプのイヤホンマイクと充電式の携帯端末で行う。

 今回派遣されたのは彼女一人。

 暗黒のバイヤーと呼ばれた今回のホシは対多数を得意とする能力を保持しているため、選ばれた一名の捜査員の双肩に重大な責任が背負わされる。

宇宙そらから見るよりかは奇麗だね」

 マイクを一度だけオフにして建造物の屋上から人工的な明かりに照らされた夜景を見渡しながら、少し火照った頭を冷やす。

 目の前のこの扉を開けば止まることはできない。

 一秒のロスも許されない瞬間だけれども、この素朴な空気を楽しむ役得間に少し身を任せ、深呼吸を数回。

 再びマイクの電源を入れ、覚悟を決め、目を見開く。

「クロスフィールド、突入します」

 マイクの向こうから、了解、というコール。

 それを合図に立て付けの悪い戸を蹴り飛ばす。

 ガシャン、心地よい音が残響し、アリスもだんだん気合が上がってくる気がした。

 地獄に続いているかのような灯り一つない非常階段を、一段飛ばしに駆け下りていく。

「定刻二十秒前、配置につきました」

 高層ビルにして五十七階分の階段をものの五分で駆け下り、息一つ切らすことなく最下層にたどり着き、コンクリートの壁に偽装され、この星の人間では到底見つけることのできない仕掛けを見抜くと、何もなかったところに、指紋による生体認証と虹彩認証のダブルロックの必要な強固な扉が現れる。

「了解、作戦開始前に渡した例の物を使って扉のロックを外せ」

 無線から聞こえる上司の指示に淡々と従い、胸ポケットに忍ばせていた特殊な樹脂で作られたケースを取り出し、中から毛むくじゃらの人差し指と真っ赤に染まった眼球を手に取る。

 特殊なジェルに包まれていたせいか、冷たくぬるぬるとしていてとても不快だったが、作戦通り、発火しない程度に熱を発生させ、鍵に細工を施す。

 息を止め、借り物の人差し指と眼球をそれぞれ鍵穴に近づけると、機械が生きている物と誤認識を起こし、ロックが解除された。

「これより対象、ウラーク・レポジットと接触します」

幸運をグッド・ラック

 冷たく、やけに重たい扉を開くと多くの生命体の反応を肌に感じる。

 この空気から感じる感情は狂気、驚喜、狂喜、高度な知能を持つ生命体のどす黒い部分。

 紫やオレンジの混ざった脳みその認識を乱すようなライトに照らされた会場は、辺りに複数のテーブルが置かれ、それを囲うように素顔を隠す仮面を着け、富裕層の装いをした者たちが集っていた。

 地球人の格好を誰もかれもしているがこの中の九割九分は異星人だろうとアリスはアタリを着けた。

 そして会場の真ん中はステージになっていて、黒服を着た司会人が次々と用意された口上とともに、『商品』を紹介していく。

 ここは言ってしまうと、各銀河系から集められた少年、少女がセリに掛けられている裏オークション会場。

 だがここで売られている彼らはただの少年、少女ではなく、れっきとした成人だったが、時を奪われ、子供の姿に戻されたうえでこうしてオークションに出されている。

「どうしてモスルフ人は幼体の頃は妖精のようなのに成体になると化け物になるのか」

「希少なブキカ人の男の子を見られて満足だったわ」

 会場の人々の口ぶりからして、どうやら本日のセリは終わったようで、アリスはあの嫌悪感しかない景色を見なくて済んだことに安堵しつつ、ズボンのポケットから香水の瓶のようなものを取り出し、自身に吹きかける。

するとナノサイズの探知機が霧散し、この会場にいる者たちにかかり、これから地球換算で二十四時間の間、銀河捜査局が探知できる状態になる。

非合法なことを楽しむ輩たちは、それなりの報いを受けなければいけない。アリスはそんなことを考えながら、会場に探知機が充満するまでのほんの数分を過ごし、腕時計の安っぽいアラームが鳴ると、近くに設置してある机を蹴り飛ばした。

アリスの普段の生活では、到底食べることのできない豪勢な料理が辺りにぶちまけられ、彼女の安月給、何百年分か見当もつかないくらい高級な酒類が瓶ごと大きな音を立てて散乱する。

銀河捜査局GFIだ!!」

 威嚇するように怒声を上げ、指パッチンをし、さきほど散らかしたものを発火させ、周囲の目が一斉にアリスに注がれる。

「銀河捜査局!?」

「おい、まずいぞ」

「逃げなきゃ」

 となるのがこの星の創作物ドラマなどでは一般的だが、ここにいるのは皆異星人。

 着ていた衣服が音もなくその場に落ち、にぎわっていた会場内から人影が消える。

 この場にいたのは他の星で活動するための幻影であり、本体オリジナルはどこかから遠隔操作をしていたのであろう。

「クロスフィールド捜査官、宇宙そらは大漁だ。ハロウィンの乱痴気騒ぎの数千倍脳内麻薬でハイになってやがるぜ」

 上機嫌に上ずった声がものの数秒後、イヤホンマイクから耳に入る。

人間型ヒューマノイドタイプがウチにお前しかいなくて助かったぜ」

 言いたいことだけ言って再び通信が途絶える。

 どうやらこの空の上は途方もつかないほどの一大イベント会場になっているらしい。

「クロスフィールド捜査官、肝心のウラークのスペースシップが見つからないわ」

 浮かれポンチの上司とは違う落ち着いた声に、静寂な会場の中でアリスの背中に悪寒が走るのを自覚した。

 会場の奥に見える唯一の扉の方向に向かって駆け出すアリス。

 ホシはまだこの星にいる。

 やり場のない感情をぶつけるように、扉を蹴って強引に開け、暗い通路を駆け抜ける。頼む、まだこの場にいてくれと願いながら。

 狭い通路が開けて、動物を輸送する際に使用する空のケースがあちこちに散乱している空間を縫うように奥へ、奥へと走っていき、挙句の果てに地下駐車場に出ると、何かが誰かと言い争いをしている声が聞こえる。

「そのペンダントは私の家に代々伝わるものよ、返しなさい!!」

「冗談を言うな、小娘、それは俺が落としたもんだ」

 青い結晶クオーツが特徴的なペンダントを争っているのは、この星の少女と真っ黒なスーツに身を包んで、顔が見えないくらい深く帽子をかぶっているやけに細く長身の紳士の二人。

 片方の女の子は大人びているようではあったが、スーツとは違う制服を身にまとっていた。

 一方、男の方を視界に入れた瞬間、アリスの脳が異常なプレッシャーを感じ、手から火球を出現させ、投げる。

 一直線に飛んで行った火球は少女の顔の横を素通りし、紳士の帽子を弾き飛ばす。

 ペンダントが地面に落ちる軽い音が地下駐車場に響き、争っていた二人の動きが止まる。

男性の顔があらわになったことにより、少女が悲鳴を上げた。

「ウラーク・レポジット!人身売買及び誘拐監禁の罪で貴方を拘束します」

 高らかに宣言し、アリスは臨戦態勢を取る。

「ちっ、銀河権力の犬め」

 頭頂部の触覚がピカピカと不気味に光り、地球人の顔に相当する部分はモザイクのような不規則な模様が入っていて、一見しただけではどこに目、鼻、口があるか分からない。

「そこのあなた、下がって!」

 怒声混じりに言い放ち、地球人の服装に擬態モーフィングさせていた戦闘服バトルスーツを瞬時に展開させ、爆ぜるようにウラーク人に近接、拳から炎を発火させ振るう。

「いいパンチだ」

 完全に捉えたはずの一撃が、寸でのところで受け止められていることよりも、スーツの隙間から見えた無数の眼と首元に現れた口に驚く。

 超怪力で投飛ばされ、先ほど彼と言い争っていた少女も巻き込んで床に叩きつけられる。アリスはうめき声をあげ、少女は気絶する。

「その炎を操る超能力、フレムノイドだな?よく鍛えられている……欲しいな」

 やけに渋い声で言うと、彼の左手に赤い結晶クオーツが出現する。

 倒れていたアリスだったが、それを見た瞬間に直感で次の攻撃を浴びたらまずいことを察知し、飛んできた光線をギリギリで避ける。

「くくっ、体力のなくなった時がお前の最後だ、捜査官」

 次々と放出される光線を避けながら、ウラークの隙を伺うが、なかなか距離を詰めることを許してくれず、弾丸よりも速いスピードで跳んでくるビームを見切るので精一杯だった。

「よく逃げることだ、ならば」

 趣向を変え、身体を倒れている少女に向ける。

「どうする、何の罪もない現地人がやられてしまうぞ」

 意地汚い大人の手口に歯を軋ませ、倒れている彼女を覆いかぶさるようにして、光線からかばう。

 その後一瞬もしないうちに激しい痛みが全身に走った。


2

 痛みは一瞬、その後は激しい倦怠感と脱力感が残る。

 穴の開いた袋に延々と物を入れているが穴から出ていってしまう、そんな力の感触。

「じき楽になる」

 ウラークが優しく言い、歩み寄ってくる。

 地面に這いつくばる右腕の近くに、先刻かばった少女とウラークが争っていた青い結晶のペンダントが光った。

 そこに映ったのはいつものアリスの姿ではなく、もう何年も見なくなって久しい、幼いころの姿。

「なるほど、ね」

 小さく縮んでしまった両手に、当時長く、腰まで伸ばしていた桜色の髪が触れる。

 力を奪われて少女の姿になってしまったアリスのパワーではウラークには成す術がないことは明白、ならば、と一縷の望みをかけ、ペンダントを握りしめ、全身の力を放出し、倒れている少女も包み、赤い火の玉へと変化する。

 そして浮遊し、不規則ながら稲妻のような速さでその場から消えた。

「ふん、口ほどにもない捜査官だ」

 ウラーク・レポジットは自身の身体についた埃を払い、帽子を拾い深くかぶる。車に擬態モーフィングさせていた宇宙船スペースシップに乗り込み、動力を起動させると次々と今日この会場に集まった同志たちが銀河捜査局に逮捕された、という連絡が来ていた。

「用意周到な連中だ……まあいい、ならばコソコソせず正攻法でこの星から離れさせてもらおうか、あの青いペンダントも一緒にな」


 少女が目を覚ますとそこは先刻潜入したはずのビルのある近くの路地裏。どうやら壁にもたれかかって眠っていたようだ。

 辺りでスズメやカラスの鳴く声。空はうっすらと明るくなり、朝が近づいてきている。

「はっ、私、穂ノ原家、家宝のペンダントを奪われて……」

 昨晩、眠りにつく前の自身の出来事を反復させ、記憶の糸をたどり、愕然としたが、制服の胸ポケットに違和感を覚え、手を入れ、取り出すと、あの紳士服の男に数日前盗まれたはずのペンダントが姿を現した。

「えっ、でも私あの時気絶していて……」

 じくじくと痛む頭を押さえながら、ゆっくりと立ち上がり、壁にもたれる。あまりの急展開に、少女、穂ノ原雪華ほのはらせつかは理解が追い付いていなかったが、街のビルに埋め込まれている液晶が一斉にテレビ放送から切り替わり、既視感のある奇妙な姿をした異星人がモニターいっぱいに映し出された。

『この星に住み私の身体の結晶クオーツを奪った地球人、そして共に逃げた銀河捜査官に告げる。あと二時間の間に私の前に姿を現してその身を我々ウラーク人に引き渡せ』

 激しいノイズ音とともに、とてつもない要求を押しかけてきたことに驚きを隠せず、思わずに声を出してしまった。

『要求を呑まない場合、この星は我々の手に落ちるだろう、これは脅しではない』

 そう続けるウラーク人が指を鳴らすと、画面が切り替わり、お台場の上空映像が映し出される。

 そして一瞬光ったかと思うと盛大に爆発し、画面は再びウラーク人に切り替わった。

 強い風が吹き、ゴウン、と遠くで何かが爆ぜた音が雪華にも聞こえたような気がしたすぐに、スマートフォンが鬼のように通知音をかき鳴らす。

『くく、約束の地点はH105A125B100C60D100S100、だ、分かりやすい地点だと思うから私は待っているよ、ふふ』

 不気味な笑い声を残し、不法放送が終わり、先ほどまで放送されていたチャンネルに戻ると、アナウンサーやカメラマンがあわただしくスタジオの中を走り回っていた。

 スマートフォンを見ると、『お台場爆発、被害者数千人』の文字。

 もしかして自分はとんでもない間違いをしでかしたのではないかと全身が震えだす。

 それにあの宇宙人の言っている場所が分からない限り、二時間後には街が、街だけにとどまらずこの星が先ほどの映像のように破壊されてしまう。

 ただただ、不安と焦りが止まらなかった。

「目が覚めたようですね」

 どこかからか、女性の声がした。

 辺りを雪華は見渡すが、それらしき人影は見当たらない。

「私は、ここです」

 突如手にしていた結晶クオーツが輝き、光の線がまっすぐに、路地に捨てられている姿見鏡に当たり、雪華の姿の代わりに桜色の腰まで伸びた髪が目を引く、白のワンピースを着た少女が映る。

「私は銀河捜査局GBIの捜査官、アリス・クロスフィールド。宇宙人よ」

 突然のことに鳩が豆鉄砲を食ったような顔を雪華は浮かべるが、アリスはお構いなしに話を続ける。

「さっきも見たでしょう、ウラーク人の宣戦布告を。私は彼を逮捕するために派遣されたの、けどアイツの攻撃を喰らって力を奪われてしまったの」

「えっ」

 鏡の中の少女の話に驚きながらも、気絶する前に彼女の面影のある女性を見たような気がする、とうすぼんやりと思い起こす。

「力を貸してほしいの、お願い!奴をここで逮捕しないとまた多くの星が危険にさらされてしまうの」

紅潮した表情でアリスは頭を下げる。

「今は無駄に力を消費しないようにあなたの持っていたペンダントの中に眠っているの」

 そこまで言いかけたとき、アリスの姿と雪華の姿が交互に鏡に現れるようになっていく。

「穂ノ原雪華さん、あなたが本当にどうしようもない時、私の名前を叫んで欲しい、約束して」

 それだけ言い残すとアリスの姿は消え、雪華の姿に戻る。

「ちょっと!アリスさん!?ちょっと!!」

 血相を変え、鏡を叩くが、雪華の声に反応することはなかった。

 だが、ペンダントからは青い光が一筋、まっすぐに大都のシンボルである超高層タワー『はなみやぐら』に向かって指されていた。


3

「三十分ほど早く到着したか、感心感心」

 息を弾ませ、大都のシンボルである塔の上にたどり着くと、帽子を深くかぶったスーツ姿の紳士が拍手をしていた。

お台場が吹き飛ばされた十分後に緊急事態宣言が出された後、我先にと大都を脱出しようとする人の津波をかき分け、必死に『はなみやぐら』を目指し、走った雪華の髪はぐしゃぐしゃに乱れていた。

「さあ小娘、約束の物をいただこうか」

 帽子がチョウチンアンコウの頭頂部のように変化し、ピカピカと点滅を始める。

「約束の物って、貴方の物は何一つないのだけれど?」

 首を横に振る仕草を見せ、両手を横に広げる。

 雪華の態度にウラークの頭が黄色から赤色に変わり、点滅が激しく速くなる。

「下手に出れば人間、これ以上私を怒らせるなよ」

 腕を組み、足をトン、トンと不規則なタイミングで鳴らし、怒りをあらわにし、再び、

「力を奪った銀河捜査官と、宇宙に二つとない青の結晶『レガリスの瞳』、私の要求を呑めないのかね」

 先ほどまでとは比べ物にならないプレッシャーに圧倒されかける、そんなときにペンダントが青く光った。

ですって!?それならすんなりと私がこの石に憑依することができるはずだわ」

「くくっ、理解したか捜査官、私はそいつを返してもらわないと困るのだよ」

 ゆっくりと歩み寄ってくるウラークに対し、後ずさりする雪華。

「さあ、時間だ、地球人。答えを聞こう」

 赤い光線が雪華のすぐ前に放たれ、鉄筋コンクリートの床が橙色に光り、ブスブスと黒煙を吹ながら溶けていく。

「レガリスの瞳だかなんだか私には分からないけど、このペンダントは私のお母さんが残してくれた形見なのだから渡すことはできません!」

 震えながらも、自身を鼓舞するように叫び威圧する。

 雪華の言葉に呼応するよう、ペンダントが輝きを増す。

「だから力を貸して、アリスさん!!」

 力の限り叫ぶ。

 彼女の声に応え、瞳は輝く。

 雪華の身体を包み込むように青い球体が展開され、彼女の姿は外からは完全に見えなくなったかと思うと次の瞬間、一気に赤く燃えるように光り、赤い球が爆ぜると、雪華の着ていた学校指定のブレザーをモチーフにした黒い戦闘服バトルスーツを身に纏った桜色の髪の少女が仁王立ちしていた。

「もう一度あなたに言います、ウラーク・レポジット、あなたを人身売買及び誘拐監禁の罪、そして密輸未遂で逮捕します、神妙にお縄につきなさい!!」

 アリスはウラークにまっすぐ、人差し指を指し宣言をする。

「ふん、強がってはいるがその姿、力を取り戻し切れていないな?」

 見透かすようにウラークは言い放ち、推定十六、七のハイティーンの姿のアリスはたじろぐ。

その言葉に続き、ポケットからアリスの力を奪った赤い球を見せる。

「私の能力は子供に戻すだけじゃなく、経験も奪う、そしてこうすると……」

 手にしていた球が彼の体内にゆっくりと吸い込まれ、吸収される。

 苦悶の声を上げつつも、彼の身体がゆっくりと大きく膨れ上がりスーツが音を立てビリビリと破れる。

 頭頂部のシンボル的なランプが二つになり、太く、硬化し、大きな角に変化し、細身の紳士の姿から、筋骨隆々としたプロレスラーのようなフォルムに変化し誇らしげに笑う。

小娘ガキが、ひねりつぶしてやる」

 口から炎を吐き、咆哮を上げると、猛牛の如き速さでアリスの方へ突進してくる。

 闘牛士のように体当たりをかわし、後頭部へ火球を投げる。

 激しい火花が散り、ウラークが頭を抱えるところへ拳に渾身の力を籠め、側頭部を殴りつける。

 数歩、ふらついた後、アリスをにらみつけているウラークだったが、彼の頭部の損傷がみるみるうちに治癒していく。

「そんな」

 アリス、そして一体化している雪華が驚愕の声を上げる。

 今の一撃でだいたいの犯罪星人をノックアウトしてきた、彼女の自信が砕かれる。

「今度はこちらの番だな」

 上半身の筋肉を硬直させ、次の瞬間、アリスの放った火球の十倍のサイズのものが飛んでくる。

 避ける間もなく炎に包まれ、全身が熱にさらされ、苦悶の表情を浮かべ、叫ぶ。

「貴様の力を自分で喰らうのはどんな気持ちだ?」

 ガハハハッ、と笑い、炎の中のアリスを剛腕で床に叩きつけ、蹴りつける。

「こ、このままじゃ、死ぬ……」

「アリスさん……」

 アリスが九割九分ダメージを請け負っているため、一体化している雪華へのフィードバックを極小に調節しているはずなのだが、彼女もかなり疲弊している。

 おまけに力を奪われて本調子でないところに、アリスの力を追加しているウラーク人はかなり相性が良くない。

 今までもウラーク人と数度交戦したことがあるが、その時の経験も奪われてしまっているせいで、どこを攻撃するのが最適か忘れてしまっている。

「銀河捜査官ごっこはおしまいか?」

 なじり、他人の力で尊大になっているウラークが次々と火球を発射してくるため、コンクリートの上を転がり、よけながら、アリスも応戦するように火球を投げるが、当たった傍から治癒されてしまう。

「このままじゃ消費するだけだ」

 元の姿が十二歳くらいの女の子の姿になってしまっているのを、雪華の身体を借りてカバーしているだけなので戦いが長引くのはアリスにとっても、雪華にとってもあまりよろしくない。

「アリスさん、イチかバチかアイツの大きな角を破壊してみませんか」

 途方に暮れていたアリスに雪華が進言する。

「角、ああ、感覚手が変化したあの器官ね」

 アリスは答え、瞬時に火球を生み出し、コントロールミスすることなくウラークの角目掛け、発射。

 すると、今まで避けることなくすべての攻撃を受けてきたウラークが咄嗟に手で火球を受けた。

「やるよ」

 今の反応で確信を得たアリスと雪華はお互いに思考がシンクロし、頷く。

 今まで受けたダメージのせいで重かった身体が気持ち軽くなる。

 息を吐き、ゆっくりと深呼吸をする。

「何度立ち上がったところで、お前は私には勝てんのだ!!」

 遊びは終わりだと言わんばかりにウラークは強大な火球を頭上に作り出すと、あまりのエネルギーに『はなみやぐら』展望台一面のガラスは融解し、床も溶けだしていく。

「消え失せろ!!」

 レーザービームよりも速いスピードでアリスに放たれた一撃に、ウラークは勝利を確信した。

 が、アリスは両掌で火球を受け止めると、超能力で小さくも密度のあるサイズに変えていく。

「何!?」

 驚愕の声を上げるウラークをよそに、超高密度まで圧縮した火球を両手に収め、一度引き、前方に押し出す。

 掌の中の小さな太陽から高熱線が放出され、ウラークの角に直撃、粉砕、溶解させる。

 思わず耳をふさぎたくなるような断末魔を上げ、爆発し、その場に倒れてもまだ炎は消えることなく燃え続けていた。


4

「オラっ、きりきり歩かんかこの異常性癖者が」

 すべてが燃え尽き、全裸になったウラークがアリスの上司に蹴り飛ばされながら犯罪者護送用スペースシップに収監される。

 オゾン層の上にいた銀河捜査局GFIのスペースシップが融解した展望台に着陸している。

「無事に凶悪犯、ウラーク・レポジットを確保できました、これもあなたのおかげです、穂ノ原雪華さん」

 すっかり大人の姿に戻ったアリスは雪華の手を取り、礼を告げる。

 一瞬だけだが身体を共にした二人にも別れの時が迫っていた。

「このペンダントは回収しなくていいんですか?」

 雪華の手の中に煌めくペンダントを一度見てアリスは首を横に振った。

「もともとウラーク・レポジットの盗んだ異星人と交流するための宝石で、当時は精製法が確立されていなくて数が少なかったのですが、今は異星人と交流するために必須のアイテムではありませんので」

 あなたのお母さんとの思い出の方がたくさんあるでしょうから。

 とだけ告げてアリスは雪華の手を握らさせる。

「さよならアリスさん、今度はお仕事じゃなくて普通にお会いできるといいですね」

 目を赤くする彼女の言葉に決して振り向くことなくアリスはスペースシップに乗り込むとゆっくりと浮上し、少しずつスピードを上げ、見えなくなっていった。


 夜、星の輝く空を眺めると一つ、二つ。流れ星が現れ、消えていく。

 その瞬きを見るたびに人生のほんの一瞬の出来事を思い出す。

 それは私の母がいつも眠る前に語ってくれた物語にどこか似ていて懐かしいような、悲しいような、私だけの感情を秘め、ペンダントは蒼く、見守ってくれる母のように、ともに戦ってくれた友人のように光る。


終わり

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銀河捜査官アリス 夏木黒羽 @kuroha-natsuki

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