犯人 その陸
新島は高田の乾いた制服を洗濯機から取り出した。「何はともあれ、犯人として疑わしいのは早稲田以外にいるか?」
「俺はあまり疑いたくはないが、一番疑わしい奴は早稲田だろうな」
「だろ? カバンに黒い服が入っていた時点で犯人だとわかるはずだ」
「疑わしいのは早稲田だとは言ったが、犯人は別にいるのではないかな?」
「例えば、誰だ?」
「獅子倉の自作自演を考えてみよう」
「自作自演か」新島は高田に制服を渡して、椅子に座った。「自作自演の可能性を徹底的に追求するから、現場のことを正確に把握する必要がある。学校の地図はどこにある?」
土方はスマートフォンを取り出した。「八坂中学校の校舎の地図なら、以前撮影したことがあるぞ」
「なら、メールで写真を送ってくれ」
「わかった」
新島は土方から送られた地図の、B棟一階化学薬品倉庫の部分を見つめた。「そういえば、なぜ化学薬品倉庫に獅子倉がいたか聞き忘れたな。化学薬品倉庫の部屋はかなり広い。獅子倉は窓の近いところに倒れていた。そして、水が床にこぼれている」
「前にも言ったが、俺はこぼれていた水が氷だったんじゃないか?」
「氷程度の硬さのもので膝をあれほどまで赤く腫れ上がらせるには、かなりの大きさの氷になる。つまり、溶けるのも長くなる。だが、あの膝の腫れ具合は殴打されてすぐだ。あの膝を氷が溶けるまで放置したならば、膝は深刻な状況になっていたはずだ」
「氷をすぐに溶かせるほどの熱さを持つもので溶かしたってのはないのか?」
「あの膝じゃ歩けないし、もし氷を溶かせる機械があったなら手の届くところにあるということだ。だけど、獅子倉の周囲にはそんなものはなかった」
「確かにそうだな......」高田はため息をつきながら椅子に腰を下ろした。「あ! 獅子倉に他の協力者がいたとしたらどうだ?」
「それもそうか。獅子倉の身辺調査もしてみよう」
「どうやって?」
「それは後で考えることにする」
「後でかよ!」
「今考えだしたらきりがないだろ?」
「それもそうだけどさ......」
「それよりも、もっと怪しい奴がいる」
「誰だ?」
「新田だ」
「テメェ! まだそんなことを言ってんのか! 新田は保健室にずっといただろ!」
「お前は保健室にいなかったからわからないはずだ。新田が三島と保健室の先生にバレないように保健室を抜け出して獅子倉の膝を殴して戻ったのかもしれない」
「あのなぁ、保健室に行く道は一つしかない。新田が保健室を抜け出したなら、駆けつけてきた俺か新島が気づいたと考えるのが普通だ」
「保健室にも窓がないわけじゃない。窓から抜け出せる」
「仮に窓を抜け出したとして、化学薬品倉庫の窓の前に到達するためには難関すぎる。そもそも、俺の考えを述べると職員室が七階にあるのは校庭や他の通路などを見下ろして確認するためだと思う。言いたいことはつまり、新田が犯人だとして犯人の心理上は人目のついた道は歩けない。悪いことをこれから行おうとしている人間が目立つ道を選ぶわけがない。そして、保健室の窓から抜け出して化学薬品倉庫の窓の前に辿り着くには、必ず職員室の監視下にある道を通らなくてはならない。新田は文芸部部員だし、職員室を意識することは他の生徒よりあり得るし、机上の空論ではないだろ?」
新島は椅子から立ちあがって何度かうなずいた。「高田にしては、非常に筋の通った結論だ」
「馬鹿にしているのか?」
「いや、本当に感心しているんだ。職員室が七階にある理由についての自分の考えを前述し、犯人の心理と合わせて、新田が犯人の場合は保健室の窓から抜け出して化学薬品倉庫には行けないことをちゃんと理解は出来た」
「だろ?」
「だが、高田の理論には穴がある。その穴を列挙することも可能だが、まずは一番大きい穴を言っておこう。保健室を窓から抜け出してから校舎沿いに這ってから連絡通路を巧みに使っていけば化学薬品倉庫の窓の前に行けるぞ」
「なら、俺も新島の理論の穴を言うぞ。犯人の心理上、保健室から抜け出すのも難しいのではないかな?」
「確かにそれは認める。だが、別に抜け出せないわけではない」
「それもそうなんだが......」
新島と高田はかなり白熱した議論を進めていた。どちらも一歩も引かない戦いだったが、博識の新島の方が優勢だ。それは社会的常識で、知識があった方が口論でも有利なのは当然の結果である。
「わかった。新島の言っていることはよくわかる。もうわかったからさぁ......」
「本当にわかったのか? つまり、新田が怪しいのは確実であり、獅子倉も怪しければ早稲田も怪しいというわけだ」
「容疑者はたくさんいるな」
「ここで」新島は冷蔵庫から水の入ったペットボトルを取り出して飲んでいった。「俺の考えを言う。早稲田が犯人だとはあまり思いたくはないんだ。彼女は、クローンの俺の人生に、最初に差し込んだ光だったんだ。だから、その彼女が意味も無く獅子倉を襲うことはないと思うんだ」
そう言った新島の顔は、少し暗い感じであったらしかった。
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