以心伝心 その伍
新島は口を開けて驚いた。それも当然で、彼・真琴もクローンの一人だからだ。
全校集会が終わると、新島はすぐに一学年の教室がある階まで行き、真琴を待った。真琴の姿が見えると、早速取っ捕まえた。
「お前が真琴か?」
「ええ。僕が新島真琴ですよ」
「俺も、お前とルビが同じ新島真だ」
「そうか。あなたが兄貴なのか」
「そうだ」
「よろしく。クローン同士、仲良くやろう」
新島は真琴の服をつかんだ。「お前は甲斐次と繫がっているのか?」
「当然です。僕のお父さんですから」
「あいつはクローンを生み出した張本人だぞ!」
「......おそらく、あなたは自分が一番辛い人生だと思っているようですね。目を見ればわかります」
「それがどうかしたか?」
「勘違いしないでください」真琴は服をつかんでいた新島の手を握って、ひねった。「クローンはあなただけではないんですよ」
「真琴!」
「ここは学校です。話しの続きは放課後にしましょう」
新島は眉間に皺を寄せて、ものすごい形相で真琴を睨んだ。しかし、こんなことをしても意味がないことをよく理解し、自分のクラスに戻った。
「大丈夫か、新島......」
「少し黙っていてくれ」
高田を無視し、席に座った。今日一日の授業は、新島はずっと窓の外を見ていた。
放課後になると、急いで真琴のいる教室に向かった。扉を叩いて、右にスライドさせる。
「真琴を呼べ」
新島の威圧感に押し巻け、生徒は真琴をすぐに呼んだ。
「兄貴。少し早すぎないか?」
「ちょっと来い!」
真琴の腕をつかみ、廊下に引きずり出した。
「お前は言った。俺が、自分が一番辛いと思っている、と。それの何が悪い! わかるか? お前は母さんには殺されそうにはなっていない。心臓が兄貴と適合しなかったからだ。なあ! お前に俺の何がわかるんだ!」
「兄貴はまだ問題の本質を理解出来ていないようだね」
「は? 何を言ってるんだ?」
「はぁ」真琴はやれやれ、といった感じでため息をついた。「僕たちと血の繫がったお父さん・深紅郎は生きている」
「父さんが!」
「そうだよ。そもそも、不思議に思わなかったのか? なぜ父さんは精子を保管して死んでいたんだ? そこを不思議に思わなければいけなかった」
「なら、父さんは今どこに?」
「現実を見ろ、兄貴。姿を表さないということは、僕たち二人は捨てられたんだよ」
その時、新島の溜め込んでいた全てが崩壊した。
自分が生まれてきた理由。幼少期の、肉親に大切にされなかった憎しみ。実母に殺されそうになり、実の父はすでに他界していた。自分の存在価値。存在していい理由。生まれてきたことへの後悔。今までの行いを悔い、それでも自分を認める者はいない。
怒られることもなければ、かまってもらうこともなかった。後にも先にも、新島の人生に存在する物は、孤独。
彼のリミッターが外れたと言ってもいいだろう。
実父に捨てられた。その言葉が、新島には何よりも辛いことだった。唯一、自分を認めてくれるはずの父が、自分を捨てたということが信じられない。
自分が生まれたのは、実父の精子保管に起因する。だが、実父だけは嫌いにはなりたくなかった。しかし、今捨てられたことを宣告されたことは、彼を形作る全てを壊す原因となった。
結果、彼は真琴の首をつかむと、文芸部の部室に引きずり込んだ。
「俺は! 俺はいったい、何で生まれてきまんだ! なあ、真琴!」
「知らない。僕に聞かないでくれ」
新島の瞳からは大粒の滴が垂れて、それが幾度も流れ落ちていく。「俺は愛されたかったんだ、誰かに。それは誰でも良かった。必要とされたかったんだ。だからだろう。文芸部で謎を解くようになったのは......。
答えてくれ。俺が生まれて、何が変わった? 俺は誰に愛された? 必要とされた? 誰にも必要とされず、実父にすら捨てられた俺は! 誰に愛されればいいんだ......」
挙げ句、新島は床にしゃがみ込んで大声で泣き出す始末だ。その声を聞きつけたのか、高田が急いで部室に入ってきた。
「大丈夫か! 新島!」高田はしゃがんでいる新島に近づいて、背中を撫でた。
「兄貴は自分で言って、自分で泣き出しただけだ」
「貴様、新島に何をした!」
「あいにく僕も新島なんだ。......僕がしたことは、実の父さんが僕たちを捨てたことを宣告したまでだ」
「テメェ、最後の支えを取ったんだな!」
「僕を睨まないでくれ。悪いのは世間なもんでね」
「実のお父さんは、新島にとって生きる希望だったんだ!」
「そんなこと知るか」
「君は義父と実母に愛されているだろう? でも新島は、新島の唯一の支えは、お父さんだったんだよ!」
ムッとした顔で、真琴は部室を出ていった。
高田は急いで手ぬぐいを出して、新島の涙を拭き取った。「すまなかった、新島。もっと俺が気を遣っていれば良かったな」
「......」
「これからも、俺達がお前の心の支えになる。お前は独りじゃない。孤独じゃないんだ」
新島は高田の胸を借りて、また涙を流した。これは、新島の人格が壊れていく予兆に過ぎなかった。
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