跋扈 その漆

「ありがとうございます。これで、青白い火の玉の正体がわかりました」

「それでいいんでしょうか?」

「?」

「君津さんの話しによると、家に帰ってからも赤色の火の玉を見たんですよね?」

「はい」

「その火の玉も解明したいので、くわしく話しを聞かせてください」

 君津は少し黙ってから、口を開いた。

「一つ、気になることを聞いていいですか?」

「何でしょうか?」

「青白い火の玉はどのようなトリックでしたか?」

「ああ、そういうことですね。伝え忘れていました。シュウ酸ジフェニルという化学薬品を使っていました」

「シュウ酸ジフェニル?」

「ケミカルライトというものはご存じですよね?」

「はい」

「そのケミカルライトに使われているものです。シュウ酸ジフェニルが光ったのですが、正確にはシュウ酸ジフェニル単体では光りません。シュウ酸ジフェニルに9,10-ジフェニルアントラセンを混ぜました。9,10-ジフェニルアントラセンは青色の蛍光色素です。そして、そこに過酸化水素水を混ぜて初めて光ります。

 ケミカルライトは曲げてから光りますよね? あれはシュウ酸ジフェニルと9,10-ジフェニルアントラセンの混合物が入っているガラスを割って、周りにある過酸化水素水と混ぜるためなんです」

「そうなんですか。いろいろ大変だったんですね」

「いえ、そこまでではありませんでした」

「では」君津は改まったように話し始めた。「明日、私の家に来て赤色の火の玉の正体も調べてみてください」

「わかりました。明日ですね?」

「はい。本当にありがとうございます。火の玉は父も気味悪がっていたので、解明してくれると助かります」

 君津は深く頭を下げた。そして、部室を出ていった。

 高田と君津は入れ違いで部室に戻ってきた。

「よう。火の玉はどうだった?」

「完璧だった」

「そうか。ならよかった」

「明日、君津さんの家に行って赤色の火の玉の正体も調べることになった」

「緋色の火の玉か」

「なぜ、わざわざ赤色から緋色にするんだ?」

「その方が格好いいだろ?」

「まあ、好きにしろ」

「今日は確か、烏合の衆会議だったな」

「ああ」

「部長にちゃんと解決したって伝えないとな」

「そうだな。勝手に伝えてろ」

「冷たい奴だな」

 新島はあくびをしながら、ふと明日の予定を思い出した。

「明日、俺は予定あった!」

「は? マジ? どんな予定?」

「聞くか?」

「ああ、聞くよ」

「言わなきゃ駄目か?」

「言わなきゃ駄目だ」

「そうか......。明日は、親父との会食だ」

「なるほど。う~ん......。まずいこと聞いたな」

「自覚はあるんだな? しかも、親父の小姑(こじゅうと)が来る。弟だってさ」

「こじゅーと? ああ、あれだな。人型の小さい獣か」

「もしかして、それは小姑じゃなくて『小獣人(こじゅうと)』みたいなふざけたことは言うなよ?」

「そうそう。小獣人だ」

「多分、小獣人なんて単語はないぞ。『小獣(しょうじゅう)』と間違えているんじゃないか?」

「かもしれない。それより、小姑ってなに?」

「小姑ってのは親父で例えるなら、親父の兄妹姉妹を指す。まあ、姉妹の場合は『小姑(こじゅうとめ)』の方が正しいらしい」

「そういうことなのか」

「つまり、明日はパスだ」

「わかった。頭脳係がいないのは心許(こころもと)ないが仕方ない」

「今日の烏合の衆会議には出るから安心しろ」

「ハァ......」高田はため息をついて新島を見た。「仕方ないか」

「そんなこと言うなら、会議に使っている俺の家は貸し出さないぞ」

「それは困るな」

「そろそろ六時だ。帰り支度して、部活は切り上げるぞ」

「わかったよ」

 四人は火の玉の再現に使用した小道具各種を片付けた。そして、戸締まりをしてから部室を出た。すると、ちょうど部活動終了時間を伝えるチャイムが鳴った。

「先輩はいつも初動が早いから、多分もう俺の家に着いているはずだ」

「いつものことだろ?」

「俺らが一年の頃から、急いで部室に行っても毛布に包まってただろ? 本当にいつも通りだよ」

 マンションまでは徒歩数分だ。近道を歩けば駅に近くもある。セキュリティが二重とも謳っている。まあまあの優良物件だ。新島の実父が分譲で購入した一部屋だが、かなり値が張っていたと後に父方の母に聞いた。といっても、その人も新島が幼い時に死んでしまったから、新島の身内で彼に優しくした者はいなかった。

 まあ、セキュリティに関しては信用できない。小学生の頃に鍵を忘れて学校に行ったので、マンションの中にすら入れなかった。だから、俺は手すりをつかんですき間のある二階の高さまで登り、侵入した。つまり、セキュリティ面は小学生に破られる程度の難易度だ。

 何はともあれ、四人は新島の家に入った。電球はすでに光っていて、土方がコーヒー缶を五つ並べていた。いつもながら、当然のようにリビングの床で会議の準備を始めていた。

「もうちょっとで帰ってくると思っていた。入りたまえ」

「俺の家だぞ?」

「といっても、この一部屋を買ったのは君の実父と聞いた。君のではなく実父さんのものだ」

「父には、深紅郎(しんくろう)という立派な名前がある」

「深紅郎?」

「それより、中に入りたいのだが?」

「ああ、すまん」

 五人は床に腰を下ろすと、コーヒー缶を手に取って握った。

「じゃあ」土方に視線を送られた新島は立ち上がった。「烏合の衆会議を始める」

 一斉にプルタブを手前に引いて、奥に押し戻した。

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