跋扈 その伍

「ここが理科室だ」高田は周りに警戒しつつ、言った。「理科室の鍵は厳重に保管されていて取れないが、ベランダ側の上の換気窓には必ずと言っていいほど鍵は掛けられていない。

 ベランダに行くには、隣りの部屋の多目的室に入ることが前提だが、多目的室の鍵は厳重には管理されていない。保健室にある合鍵を拝借してきた」

「よくやった、高田」

「こういうのは得意だという自負がある」

 高田は多目的室の扉を解錠した。そして、ベランダに出ると首尾良く理科室の換気窓は開け放たれていた。新島が持ってきた脚立を使い、三人が理科室に侵入すると、薬品棚を開けた。

「あるぞ、薬品」

「なあ、新島。何で理科室は鍵が厳重なんだ?」

「危険な薬品があるからだ。例えば硫黄。これは燃焼すると有毒なガスである二酸化硫黄を排出するんだ。硫黄は意外と危険な薬品なんだ」

「そういうことか」

「それより、薬品の名前を書き出さないと......」

「今、三島が取り組んでいる」

「よし。ここまでは完璧だぜ」

 三島は理科室にある薬品を全て紙に書き出した。

 新島と高田が撤収の準備を進めていると、扉の前で足音を聞いた。どうやら、足音の主は理科室に入ろうとしているようだ。

「やばいぞ、新島!」

「内側からも鍵を掛けよう!」

 新島は足音を出さないように扉まで急いで進み、鍵を掛けた。

「あれ? 扉が開かないな」扉の向こう側の教職員は、扉をガタガタ揺らしていた。

 三人はその間にベランダまで出て、多目的室に戻った。そして、何食わぬ顔で多目的室を出ると、コンピューター室に向かった。

「失礼します。文芸部部長の新島真です」

「どうしたんだ? 僕はパソコン部の部長だが?」

「コンピューターを一台使わせてください。調べたい本があるんです」

「一台くらいはかまわないよ。好きに使ってくれ」

「ありがとうございます」

 新島は三島から薬品の名前か書かれた紙を受け取って、椅子に座った。コンピューターを起動させると、検索エンジンを開いた。それぞれの薬品名を打ち込んでいき、検索を繰り返していくうちに、目的の用途に使えそうな薬品かヒットした。

 その後、全ての履歴を抹消して、椅子から立ち上がった。

「コンピューターを使わせてくれて、ありがとうございました」

「うん、大丈夫だよ」

 新島はコンピューター室を出ると、待機していた高田と三島に笑みをこぼした。

「どうだった、新島?」

「一つだけヒットした。おそらく、犯人も理科室に忍びこんで、その薬品を少し盗んだはずだ。ビンの中の薬品の量が少なかったからだ」

「で、どんな薬品なんだ?」

「『シュウ酸ジフェニル』という薬品だ。ケミカルライトにも使われる、有名な化合物らしい」

「ケミカルライト?」

「曲げると光る棒があっただろ?」

「ああ、あれに使われているのか!」

「そういうことだ」

「だが、確証がないだろ?」

「だから、シュウ酸ジフェニルを使って火の玉を再現する。その現場を君津さんに見せて、以前に見た物と同じだと言えばシュウ酸ジフェニルで決まりだ」

「なるほど」

「これも全て、三島のお陰だな」

「私は一つの考えを言ったまでです」

「よし。部室に行って、新田にもシュウ酸ジフェニルを伝えよう」

「そうだな。あいつ、まだ部室にいるかな?」

「いるんじゃね? 鍵は開けてあるはずだから」

「なら、急いで行くか?」

「だな」

 三人は七階まで階段で上がり、文芸部部室に入った。新田は椅子に座りながら、読書をしていた。

「新田」

「部長!」

「火の玉の正体がわかったかもしれない。シュウ酸ジフェニルって知ってるか?」

「シュウ酸ジフェニル、ですか?」

「ケミカルライトにも使われているらしい。で、君津さんにシュウ酸ジフェニルかどうか確認してもらうためにシュウ酸ジフェニルで火の玉を再現するんだ」

「再現を?」

「そう。今日家に帰ってから、ネットで俺がシュウ酸ジフェニルを注文する。届いてから計画実行だ」

「わかりました」

「ひとまずは火の玉騒動解決だな」

「バカだな、新島は」

「何で?」

「君津の家にも火の玉が発生しただろ?」

「あ、そういえばそうだな」

「この青白い火の玉の件が片付いたら、今度は赤色の火の玉の方だ」

「マジか」

「ちゃんとシュウ酸ジフエニルを注文しとけよ」

「シュウ酸ジフェニルな。エは小さいんだ」

「悪かったな」

「ちゃんと注文しとくから安心しろ。それに、三島のお陰でシュウ酸ジフェニルもわかった」

 それから、四人は布きれを探してきた。新島はそれを束ねて丸い球体に整形した。

「こんなもんかな?」

「何で布きれを集めたんだ?」

「火の玉の再現には欠かせないだろ?」

「何で?」

「もしかして、お前......何も理解してないのか!?」

「?」

「シュウ酸ジフェニル自体は発光するが、宙には浮かんだろ?」

「まあ、そうだな」

「だから、布きれを固めて、その布きれにシュウ酸ジフェニルをつけるんだ。すると、布きれがシュウ酸ジフェニルを吸い込んで、布きれ自体が発光しているみたいになる。

 丸い球体にしたのは、火の玉のように見せるためだ」

「あ、そういうことか」

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