第286話 腐食した世界
「戦う自由……それがお前達の戦う理由……」
レスターの独白。
それは俺の心に見えない刃を突き立てる。何故なら、相克魔族が抱く想いの本質は、俺達と何ら変わりないからだ。
もしセラス達の様に対話の卓に着く事が出来ていたら、こんな結末だけは避けられたのかもしれない。こんな戦いは起こらなかったのかもしれない。レスターやアドア達と肩を並べて歩む未来もあったのかもしれない。俺の心の中には、再びそんな憤りが去来していた。
だが、そんなIFはもう訪れない。
「人間も魔族もどうでもいい。ただ、今のままでは絶対的に間違っている。虚無でしかない死んだような日々を破壊するには、力が必要だった。そして、この歪みを……永劫の虚無を引き継いでいく事もまた、罪……。我らも、人間も……既に失敗している。世界を腐らせてしまった。ならば……道は一つしかないだろう?」
死んだ世界。歪んだ世界。
過去の習慣に縛られ、魔族感情は抑圧され続けて来た。彼ら相克魔族の視点に立って見た時、この世界はどれほど歪だったのだろうか。自らの可能性を封殺され、自分達よりも不完全な人間が地上を支配している世界の傍観者となり続ける日々は、どれほどの辛酸を
しかし、そんな永き倦怠の日々の中において、神話の英雄が現れた。そして、戦ってもよいのだと、魔族はこう在るべきなのだと一つの可能性を示されれば、悠久の時の中を封殺されて来た想いが燃え上がるというのは理解出来る。
特に現状に憤る若い者などはマルコシアスの覇気に当てられ、盲目で付いて行ったりもしたのだろう。逆に大局を見据える力を持つ者にとっても、自らの想いを行動に移す
「故に我らは救われたのだ。世界を変える力を持つ覇道に――」
一言で表すとすれば、きっとこういう事。俺には彼らの戦う意思を否定する事は出来ない。立場が違うだけで、“闘う”という手段を選んだ事には何ら変わりないからだ。
だとしても、俺にだって譲れないものはある。
こうして、また一つ罪を重ねるのだと自らの心に杭を打ち、レスターの狂化因子を完全に破壊するべく戦場を疾駆した。
「――そうか、その忠義に感謝する」
「――ッッ!?」
その刹那――レスターの身体の内から刀身が覗く。いや、マルコシアスによって、その身を貫かれていた。
周囲の誰もが目を見開いた直後、闇の奔流が二人を包み込む。それは力の集約。闇の光柱が天高く立ち昇った。
「アーク君!?」
「これは……今までと違う?」
ルインさんが力の炸裂に巻き込まれないように後退した俺の隣へ降りて来る。その表情に宿るのは、未知の現象に対しての驚愕と王によって貫かれた臣下の行方への困惑。
だが俺もまた、そんな彼女に対して言葉を返す事は出来なかった。
「深淵の、
戦場の中心に出現したのは、楕円状の闇球形。表面各所には血管の様な筋が走り、光を放ちながら脈動している。それはまるで心臓の鼓動。更に鼓動に合わせて、
吹き荒ぶ猛烈な魔力の風圧。刃となり、盾となり、異形の
現象自体には見覚えがあった。しかし、俺の記憶にある同じ現象とは、雲泥の差の圧力を放っている。周囲を渦巻く魔力は勿論だが、ダリアの一件もあって、この状況ではとても手の出しようがない。不確定要素が多すぎる。
ただ一つ確かなのは、戦況の流れが大きく変えてしまうであろう現象が、目の前で起きているという事だけだった。
「――っ!」
闇の光が弾けた。
「マルコシアス……なの?」
姿を見せたのは、異形の魔王。
三対六枚に変化した竜の翼。しかも内二枚の後翼は、見覚えのある牙翼となっている。
更に腕に両腕に装備された牙爪も既視感を覚える逆形状。
そして、右手には深淵の大剣、左手には長剣を携えている。
その上で目を引くのは、
大枠こそ変わらない。だが戦場に帰還したマルコシアスは、レスターの様相を色濃く表層に受け継ぐ――いや、それを超越した姿に変質していた。
「また……こんな……っ!?」
ルインさんの乾いた声が戦場に響く。
俺達の視線の先には、もうレスターの姿はない。残されたのは、マルコシアスが携えている長剣のみ。全ての現象が、魔王とレスターの狂化因子融合が完了したという事を示していた。
「これじゃ……敵も味方も……ぐぅ、ッ!?」
次の瞬間、隣に立っていたルインさんの姿が掻き消える。
「我は、この覇道を突き進む」
「一瞬で、ここまで……!?」
「ただそれだけだ」
直後、俺の全身に走る凄まじい衝撃。景色が急速に流れていく。
「この局面で……また進化したのか!?」
だが、即座に双翅から魔力を放出し、吹き飛ばされた衝撃からどうにか体勢を立て直す。さっきの一撃、咄嗟に双翅を挟み込まなければ、間違いなく死んでいたはず。急激な変化を受け、背中に冷たいものが走るのを感じた。そして、余波で
これまでも異常だったマルコシアスの能力は更に上昇している。ファヴニールがそうであった様にレスターもまた、奴の糧となったという事だ。そう、自らの意志で――。
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