第77話 共同戦線

 突然現れた老人に誘われ、俺達は騎士団本部の来客用と思われる部屋に通された。


「ふぉ、ふぉ、ふぉ! そう固くならんでよろしい。何も取って食ったりはせんよ」

「は、はぁ……」


 からからと笑っているこの老人には、見た目以上に若々しい印象を受ける。それにレオンの後という事もあってか、それほど悪い印象はない。

 だが彼の立場とさっきまでの状況、何処か威圧感のある立ち振る舞いもあって、不信感自体は拭い得ないというのが正直な所だった。


「ウチの阿呆共と揉めとったお詫びじゃ、たんと食べるといいぞ!」


 そんな俺達の困惑を知ってか知らずか、件の老人は上品に盛り付けられた料理に舌鼓を打っている。よく言えばマイペース、悪く言えば客人俺達になんてお構いなしという感じだ。


「む、手が止まっているが、どうかしたかのう? ウチの料理人が手によりをかけた至高の品々だけあって、大陸でも指折りの馳走じゃ。それに儂がこうして食べている以上、毒味も必要もないと思うがの?」


 そんな様子を呆気に取られながら見ていると、肉塊を豪快に噛み千切った老人が視線を向けて来た。


「その……お食事中に申し訳ないのですが、正直僕達は今の状況を呑み込めていません。出来れば説明して頂けると嬉しいのですが?」

「気持ちは分かる。だが、それはそれ、これはこれじゃ。食事は生命の源。疎かにしちゃいかんぞー」


 元騎士団長らしいという事前情報があるからか、問いかけたジェノさんの表情もどこか強張っている。だが、同様の表情を浮かべている俺達を尻目に、老人の食事の手は止まることはなく、結局思わぬ形でのディナータイムとなった。


 因みに出された料理の味は、グラディウスの屋敷で食べた馳走を遥かに超えていた。それもあって楽しい食事には程遠かったものの、皆の表情が幾許か和らいだのはここだけの話だ。


「さて、皆の強張っとった顔もマシになったことじゃし、そろそろ真面目な話をしようかの」


 その数刻後、目の前の人物は老獪ろうかいな笑みから一転、こっちを値踏みするかのような眼差しを向けて来る。気の良い老人にしか見えない風貌だが、やはりどこか底知れない。


「まず、儂はフェルゴ・メラム。一応、あの阿呆の前に騎士団長なんぞをやっておった隠居ジジイじゃよ。一年半前、目をかけていた腕利きたちを連れて長期の遠征に出発し、紆余曲折あって予定を切り上げて戻ってきたわけじゃ。他に聞きたい事はあるかの?」

「では、我々が戦っていた理由を知っているとの事ですので単刀直入に――。貴方は、あの場で我々と話したいという発言をされていましたが、その真意をお聞かせ願いたい」

「……随分とストレートに聞いて来るのじゃな」

「生憎、腹の探り合いで貴方に勝てるとは思っていませんし、そんな事に費やす時間もありませんから――」

「ほう……最近の若いのにしては、性根の据わったいい顔つきをしておる。ならば、その気概に答えぬわけにもいかんな。まあ、元々そのつもりではあったのじゃが……」


 老人――メラム元団長は、ジェノさんの発言を受けて一瞬瞑目すると、再び笑みを浮かべた。


「理由から言えば、力を結集せねばどうにもならぬ状況だと知っていたから。君達と同じじゃよ」

「長期の遠征に出ていたと聞きましたが、どうしてその事を知っているんですか? 帝都に情報が伝達されたのは、つい数日前だと思うのですが」

「確かに儂らが帝都に戻ってきたのは、ついさっきの事。つまり、ギルドからの情報について詳細を知り得ているわけではない。じゃが、儂らも帝都が狙われ、危機的状況に陥るであろう事は知っていた。何故なら、儂らも魔族と戦ったからじゃ」

「――ッ!?」


 魔族という言い回し――。頭を鈍器で殴られたかと思う程の衝撃を受け、全員が息を呑み、思考を停止させてしまう。


 しかし、静寂は一瞬。


「それって、どういう……」


 程なくして、エリルの口から乾いた声が漏れる。それは、今の俺達の感情を象徴するに相応しい言葉だった。


「言った通りじゃ。遠征の最中、様子のおかしいモンスターたちによって街が襲撃されている現場に遭遇し、そこで魔族と名乗る者達と相まみえた。妖艶な女、君達と変わらぬ少年少女にも見える者――風貌こそ様々じゃったが、皆凄まじいまでの力を秘めていた。結果、痛み分けのような形じゃったなぁ」

「マルコシアス以外にも、魔族の生き残りが居た、のか……」


 俺は考え得る限り最悪の状況に思わず奥歯を噛み締めた。


「――前に戦った時、彼は自分だけが唯一の生き残りだって言ってなかった?」

「ええ、でも人の手の届かない辺境の地に落ち延びた魔族がいたとしたら? その連中が休眠状態から目覚めた奴に、今の世界の流れを伝えた存在だと考えれば……」

「それでも、マルコシアスの口ぶりと矛盾すると思うんだけど?」

「紛い物……だからなんじゃないですかね? 先祖返りだとか、別の種族の血も混じってるだとか……。単純に力量の問題だとか……」

「なるほど、一応辻褄合わせは出来なくもないわね。その魔族達は、神話の時代から蘇ったマルコシアスの存在を知って、配下になったと考えてもいいのかも……」


 ルインさんも険しい表情を浮かべており、アリシアも俺達の会話や元団長の言葉に動揺を隠しきれないでいる。魔王を名乗ったマルコシアスの目的を直接聞いた俺たちにとって、他の生き残りがいるという事の衝撃は計り知れないものがある。

 実際問題、気持ちの整理は全く出来ていない。


「その可能性は高いだろうな。勿論、第三勢力という場合もあるし、早合点は危険だが……」

「マルコシアス一人でも厳しいっていうのに、元団長さん達が手を焼く程の連中が残ってるだなんて、どうしたらいいのかしらねぇ」


 俺達よりは比較的冷静なジェノさんとキュレネさんも自分の見解を述べている。だが、何時もの快活さは、どこにも見られない。他の二人も同様だ。

 Sランクという肩書きを持っている彼らの沈んだ表情が、この状況の苦しさを物語っていた。


「……じゃが、それをどうにかする為に君達は帝都に来たのではないのかね? そして、儂もその為に戻って来た。結果的に君達という嬉しい誤算が飛びこんできたわけじゃがな」


 そんな時、元団長が暗い流れを断ち切るかのように声を上げる。


「それって、つまり……」

「うむ、帝都騎士団は冒険者ギルドの提案を受け入れ、共に戦う事を約束しよう。冒険者と騎士――人類を守る為に垣根を超えた共同戦線と洒落込もうじゃないか」


 思わぬ発言を受け、目を向けた俺達の目の前――。元団長は口角を吊り上げて、老人らしからぬ獰猛な笑みを浮かべていた。

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