第11話 黒閃怒涛

「アーク君、避けて――ッ!」


 偃月刀を呼び出したルインさんが、焦ったような表情で走って来るのが遠目に見えた。

 ルインさんがあれだけ取り乱すって事は、きっとこれは普通じゃないんだろう。あの狂ったようなオーガの相手はルインさんに任せるのが正しいのは、俺でも分かる。


 でも――。


「こんな奴に苦戦している場合じゃない」


 ここで逃げたら、今までと同じだ。現状はどうあれ、Eランク程度の相手に臆してるようじゃ、いつか成長するであろう“剣聖”の足元にも及ばない。


 オーガ相手に一人で戦おうとしたのもそれが理由だった。


「俺は前に進む。誰も追いつけない速度で! 誰にも否定させない地平へ!!」


 俺一人でどこまでやれるか知りたかったから――。

 こんな所で立ち止まっているわけにはいかないから――。


「だからッ!」


 回避という選択肢はない。“処刑鎌デスサイズ”の刀身に漆黒を灯し、地を蹴って駆け出す。


 全力の一撃を叩き込む為に――。


「――ッ! っ、ぁ……!!」


 唸るような太い腕を最小限の動きで回避してオーガの懐に飛び込み、漆黒の刃を振り上げる。


「“黒天新月斬こくてんしんげつぎり”――ッ!!!!」


 俺は無防備な胴体に向けて、全力で“虚無裂ク断罪ノ刃”を振り抜いた。


 面で斬り払う“黒天円月斬こくてんえんげつぎり”は複数相手に、点に向けて打ち込む“黒天新月斬こくてんしんげつぎり”は瞬間火力に特化した一撃。


 今の俺が放てる最高火力。


「■■――■■■――!?」


 斜めに斬り裂いたオーガの胴体から鮮血が舞う――。


「二連――ッ!!」


 魔力を纏ったままの返しの刃で斬る――右腕が舞う。


「まだだッ!!」


 体を回転させて斬る――左足が舞う。


「■■――■■■■――!?!?」


 斬る、斬る、斬る、斬る――。


 反撃を許さぬほどはやく――。

 再生速度よりもはやく――。


 右足、左手、首、再生した箇所――。

 斬りつけるたびに再生の速度が鈍化していくのが見て取れる。そして確信した。


 コイツは決して不死身なんかじゃない。


 後、少し――。


「はああああぁぁ――ッ!!!!」


 オーガの絶叫を置き去りにする様に、俺は“処刑鎌デスサイズ”を振るい続けた。


 そして、程なく――。


「……■……■――」


 俺の前にオーガだったモノが転がる。何回斬り殺したのか数えきれないが、どうやらこれで再生限界の様だ。


 オーガの血液や斬り飛ばした肉塊が飛び散ったせいで、辺りが悲惨なことになっている。スプラッタな光景から目を逸らしたい所だけど、意識の戦闘トランス状態が解けたからか、ようやく終わったんだという実感が湧いて来た。


「はぁ……はぁ……」


 それと同時に、忘れていた疲労も一気に襲い掛かって来る。身体が鉛のように重い。今まで生きてきた中で一番疲れた気がする。


「アーク君!!」


 ルインさんが膝を付いた俺に駆け寄って来た。

 その顔に浮かぶのは、怒りと戸惑いと嬉しさと……多分、そんな想いが織り交ざったような複雑な表情。


(他人に心配されるのなんて、いつぶりだろうな)


 似たような・・・・・境遇なんだろうとはいえ、会ったばかりの俺を本気で気遣ってくれるルインさんに戸惑いながらも、あまり悪い気はしない。


 昨日まで無職ノージョブだったGランク冒険者の初ダンジョン攻略にしては、成果も出せてる気もするしな。


 ただ一つだけ言えるのは――。


「説教確定だ……こりゃ……」


 ここから出たら、ルインさんに大目玉を食らうであろう事だけだ。

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