第5話 目覚めと出会いと

「――う、っ……ぁ……ここ、は?」


 目を開けると、知らない天井が広がっていた。

 弟と元婚約者、幼馴染たちに中級者用のダンジョンに置き去りにされて……それから……。

 寝起きというだけじゃなく、一度に色んなことが起き過ぎて頭の中がぐちゃぐちゃで思考が定まらない。


 ただおぼえているのは――。


「天国……にしては、随分安っぽいけ……ど……!?」

「ひゃんっ!?」


 重たい体に鞭を打って、どうにか上体を起こした俺の顔に巨大な物体がぶつかった。張りと弾力がある不思議な感触だ。

 突然、視界が真っ暗になった事に内心首を傾げるが、今はとにかく頭が回らない。顔に当たる心地良い感触に身を委ねながらもうひと眠り――。


「いつまで顔を埋めてるの!」


 聞き覚えのある女性の声と共に頭に衝撃が走った。


「ぐほっ!?」


 目を白黒させながら頭を抱える俺――。


「怪我人でも、やっていい事と悪い事があるよね!?」


 俺の目の前には顔を赤くしながら、腕で胸を庇うようにしている女性が一人――。大きな胸は彼女の細腕で隠しきれるような大きさでないのか、押し潰れて逆にとんでもないことになっていた。


 前後の記憶は不鮮明。今がどういう状況なのかは、正直分からない。

 だた、回らない頭でもたった一つだけ分かっていることがあった。


「えっと、この度は……」


 俺の顔面が彼女の胸に突撃をかましてしまったという事だけだ。


 しかも、起きるのを手伝おうとしてくれたのか、まだ寝ていろと忠告してくれるつもりだったのかは分からないけど、恐らく助けようとしてくれたであろう女性に対して最低なことをしてしまった。


「大変申し訳ありませんでしたー!!」


 俺は眼前の女性に対して、とにかく誠心誠意、頭を下げた。


 この数秒後、全身傷だらけなのを忘れて無理に動いたせいで全身に走る激痛に悶絶したのは、ご愛嬌あいきょう……なのか。



「あー、コホン……! 君は三日間も寝込んでた怪我人なわけだし、今回は不問にして上げます」

「ありがとうございます」


 俺は赤い顔でわざとらしくき込む女性に心底感謝した。

 何もかも失くしたと思っていたけど、どうやらまだ捨てちゃいけないものがあったと気づけたからだ。主に、男の尊厳とか――。


「それで、どう見ても素人にしか見えないけど、何でBランクダンジョンにいたの? それも一人ソロで……」


 開口一番、女性の言葉に現実を突き付けられ、胸の内がきしむのを感じた。

 だけど、俺は全てを話さなければならない。彼女によって助けられたのは事実だし、今の俺には受けた恩に報える物は他に何もないのだから――。

 

「それは……」


 俺はダンジョンに置き去りにされて死にかけるまでの経緯いきさつを全て話した。

 今日から成人の儀だった事、弟が率いるパーティーを追放された事、俺が無職ノージョブである事――。


 所々言葉に詰まりながら、俺は全てを話した。


「そっか……」


 無職ノージョブだとののしるわけでもなく、俺に同情するわけでもなく、彼女はそう言っただけだった。


 会ったばかりの俺に、いきなりこんな話を聞かされればそうなるのは当然だろう。


 語り終わった後で、彼女の負担を考えずに全てぶちまけて楽になろうとした事への罪悪感と、初めて誰かに自分の想いを打ち明けて少し振り切れたのが混ざったような不思議な感情が俺を襲っていた。


「――実を言うとね。君が無職ノージョブだって事は、知ってたんだ」

「え……?」

「私はこの辺りに無職ノージョブの少年が居るって聞いて会いに来た。情報を集めていく中で立ち寄った休憩所で、見るからに新人っぽいパーティーの会話を聞いちゃったんだ――魔法も使えない無能をBランクのダンジョンに置き去りにしてきたってね」


 女性は少し溜めを作ると俺の目を見ながら言い放った。


「話の通りなら弟君とそのパーティーだと思う。それで、もしかしたらと思って近くのBランクダンジョンに単身乗り込んで、君と出会ったってわけ」

「そう……だったんですか。助けて頂いた事には感謝しますけど、どうして俺っていうか無職ノージョブなんかを?」


 俺は、当然の疑問を呈した。彼女は明らかに他の冒険者とは違う。それこそ超一流冒険者パーティーの一員だって言われても驚かない。

 そんな彼女が、才能の欠片も無い無能を探す意味が分からなかった。


「うーん。興味があったから……かな。私と同じ・・・・境遇の人が、どんな感じなのかってさ」

「それ……って、どういう?」


 言っている意味が分からなかった。

 俺と彼女の共通点なんて、一から十まで皆無に等しいからだ。


「話してみて、どんな感じかって……後はそれからって……そう思ってたんだけど、君なら大丈夫そうかな」


 どこか納得したような彼女を前に、ひたすら疑問が止まらない。ただ、首を傾げる事しかできなかった。


「あ……そういえば、名前を聞いてなかったね! 私はルイン。ルイン・アストリアス。年は十七です。君は?」


 金髪の女性――ルイン・アストリアスを前に全身が強張った。彼女が美人なのもそうだし、よく考えたら母さんとリリア以外の女の人とこんなに話すのは初めてだったからだろう。


 それに、しどろもどろの俺に対して、可愛らしく小首を傾げている女性に見える少女が、自分と一歳差であったことへの衝撃が凄まじかったのもある。


「お、俺は……アーク・グラディウス。十六歳です」

「そっか、じゃあアーク君だね!」


 クールビューティーな見た目と違って、意外と優しい微笑を浮かべるルインさんを前に、やっぱり緊張してしまう。


「アーク君、着替えたらお出かけするよ」

「はい?」


 しかし、次の瞬間には、そんな事は頭から吹っ飛んでしまっていた。


「君は多分、無職ノージョブなんかじゃないからさ」


 にっこり笑いながら言い放たれた言葉は、俺の処理能力を振り切る程に衝撃的だったから――。

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