黒銀ノ死神~職業無しなのでパーティーを追放されたが、特異職業“処刑者”だった事が判明。処刑鎌を極めたら最強になりました。今更戻って来いと言われてももう遅い。拾ってくれた美女とパーティーを組んだので!~

リリック

第1章 慟哭深淵のタナトス

第1話 天啓の儀

 唐突だが、俺――アーク・グラディウスは、現在進行形で死にかけている。

 全身傷だらけで、もう指一本たりとも動かす体力は残っていない。額から流れ落ちる鮮血で左目の視界も塞がっていて、前を見るのだけで手いっぱいという状況だった。


「“無職ノージョブ”がパーティーに居られると迷惑なんだよね。さっさと僕達の前から消え失せろよ」


 そう言って汚物を見るかのような目を向けて来た双子の弟と、そのパーティーメンバー達によって、たった一人ダンジョンに置き去りにされたのが全ての原因だ。


 当の弟たちは、示し合わせたかのように持っていたアイテムを使って撤退していったので、もうこの場にはいない。せめてもの抵抗として、ダンジョンのモンスター相手に必死に逃げ回っていた俺だったが――。


「――くそ、っ……ここまで……か……」


 既に満身創痍まんしんそういと言って差し支えない俺の目の前には、筋骨隆々で棍棒を持った片目の巨人――ギガースが仁王立ちしている。

 対して俺は丸腰――身を護る武器どころか、道具一つ持っていない。いや、パーティーメンバーに奪い取られたというのが正しい。


「本気で見捨てられたって事か……せめて武器があれば……。いや、俺が持ってても、モンスター相手じゃ意味ない・・・・か……」


 仮に武器や回復薬があっても八方ふさがりな状況に、俺は自嘲するよう呟いた。


 逆転の可能性がない理由は、至極単純。俺は“無職ノージョブ”――“剣士”や“魔術師”といった“職業ジョブ”を持たない才能無しだからだ。つまり俺は、他の皆と違って武器も魔法も使えない。


 それを自覚したのは六歳の頃、“天啓の儀”と呼ばれる儀式の時の事――。

 全てを諦めたその日の事は、今も鮮明に覚えていた。


◇◆◇


――城塞都市アルスの神殿


「アーク、ガルフ……なんだか緊張してきちゃったよ」


 亜麻色の髪を背中ほどまで伸ばした可愛らしい風貌の少女がクリっとした大きな目で、僕を見上げながら、不安そうに問いかけてくる。

 その言葉の通りに目線を泳がせながら緊張感をにじませている少女は、リリア・フォリア。僕の幼馴染であり許嫁だ。


「リリアは、緊張しすぎだよ。グラディウス家は“剣士”、フォリア家は“盾兵”って、職業ジョブが決まってるんだからさ」


 そう答えたのは、ガルフ・グラディウス。短く切り揃えられた父譲りの金髪が特徴的な僕の双子の弟だ。


 今日はジェノア王国の七歳の子供達にとっての重要イベント――“天啓の儀”当日。


 僕らが迎えようとしている“天啓の儀”とは、七歳になった子供たちが、“剣士”、“槍術師”、“拳闘士”、“魔術師”、“弓師”といった中から、己に適性のある“職業ジョブ”を授けられる通過儀礼。


 天から職業ジョブを与えられると魔力・・が目覚めて、それを“剣士”なら剣、“槍術師”なら槍といった風に、自分に適性がある武器に付与出来るようになる。

 適性のある武器を使う時にかかる職業ジョブ補正は、数十年間の修行を上回るくらい凄いらしいので、今後は一生その種類の武器を使い続ける事になるわけだ。


 そして職業ジョブは、ランダムというか潜在的に才能があるものを授かるという事で自分で選ぶことはできないし、死ぬまで変わることはない。


 つまり、今日の結果で人生が決まるも同然とあって、リリアの様に緊張するのは当然なんだ。


「ガルフは堂々としすぎだよぉ……アークもやっぱり“剣士”になるんだよね?」

「まあ、家系上そういう風に決まってるからね。他の皆みたいに緊張したりってのは僕もないよ」


 僕は嘘をついた。目の前のリリアに緊張しているのを悟られたくないからだ。


 本当ならリリアにいった通り、“剣”を司るグラディウス家の長男として、剣士系の職業ジョブが欲しいと思っているのは間違いない。でも、僕が剣士系の職業ジョブを授かれるかは、正直微妙だ。

 何故なら、職業ジョブは潜在的な要因で決まるのに、僕には剣術の才能がないからだ。実際、弟のガルフにも一度たりとも勝ったことがない。


 父さんには、剣士職以外は認めないと兄弟揃って念押しされたこともあって、もし違ったらどうなるのだろうか――そんな不安が僕の中で渦巻いていた。


「――次ッ!」


 そんな事を考えていた時、いよいよ僕達の順番が回って来る。


「はい!」


 リリアと僕が身を強張らせているのを尻目に、自信に満ち溢れた表情を浮かべるガルフが神殿の中心に立つ。


「天からの祝福を受けし者――剣に手を――」


 神官に促され、ガルフは祭壇に突き刺さった剣の柄を握りしめた。これが“天啓の儀”の本質――天啓の剣を通して職業ジョブを与えられる。


「おぉ――これはッ!?」


 ガルフが柄を握った瞬間、刀身が翡翠に輝き、それを見た神官は目が飛び出そうなくらい驚きながら歓喜の声を上げた。


「け、“剣聖”!? 剣士系最強の職業ジョブです!!」


 途端に周りが騒がしくなり、他の神官団も祭殿に駆け寄って行く。


「ありえない……。神話の時代に魔王を討った勇者と同一とされる“剣聖”――」

「上位職の“騎士”どころの騒ぎではないぞッ!」

「ああ、伝説は、ここによみがえった!」


 神殿全体が祝福の歓声に包まれる。


 でも、滅多にお目にかかれない稀少職業レアジョブが目の前で発現したのだから、その反応も当然なのかもしれない。

 一つだけ言えるのは、やっぱりガルフの才能は凄いという事だけだった。


「す、素晴らしい職業ジョブだ。家の方に王都から連絡が行く事だろう。今後も修練を怠らぬようにしなさい。では、次の者……」


 弟に先を越されてしまったけど、順番的に言えば次は僕だろう。

 興奮が冷めやらない様子の神官に対して、返事をしようとしたが――。


「ひ、ひゃいっ!」


 隣のリリアが思いっきり声を裏返しながら返事をしていた。


「君は、フォリア家の子かな?」

「は、はい……」


 これによって、なし崩し的にリリアの番となってしまったので僕は後回しだ。


「では、剣に手を――」

「はい!」


 おずおずと手を伸ばすリリア。その手が柄に触れた瞬間、天啓の剣の刀身はガルフに勝るとも劣らない程の輝きを見せた。


「今度は“聖盾せいじゅん”だと……!?」

「“聖盾”……またも稀少職業レアジョブ!?!?」


 天啓の剣が示したのは、盾兵系で最上位クラスと言われる職業ジョブ。剣聖と同レベルの稀少職業レアジョブだ。


「え……ふえっ!?」


 しかし張本人であるリリアは、助けを求めるような視線を僕に向けてきた。恐らく周囲の大人の圧に怯えているんだろう。

 そっちにばかりに意識が向いていて、自分がどれだけ凄い事をしたのかを理解していない顔をしているのは、彼女らしい反応だった。


「おぉ……神よ! 今年は豊作だ!」

「ええ、神話の時代を見ているようです」


 神殿の盛り上がりは最高潮――。


「……次の者、前へ!」


 そして、次はいよいよ僕の番だ。


「はいッ!」


 声が震えたのが自分でも分かった。

 いや、震えているのは声だけじゃない。これから先の人生が決まってしまう儀式を前に、全身の震えが止まらない。


「が、頑張ってね」

「……うん」


 入れ替わりに耳元でささやいてくれたリリアの声も、どこか遠くの世界の出来事かと感じてしまう程だった。


 震える足を進め、選定の剣の前に立つ。


 あの剣を手にしたら全てが決まる。

 そう思うと、心臓の鼓動が激しく脈打ち、全身の血が逆流しているかのような感覚に襲われる。少しでも気を抜いたら、今すぐにでも倒れてしまいそうだ。


「剣に手を――」

「――はいッ!」


 神官に促され、手を伸ばす。


 グラディウス家の跡取りとして必須である剣士系を引けるのだろうか。他の職業ジョブだったら、僕はどうなるのだろうか。

 二人と同じような稀少職業レアジョブじゃなくても、せめて普通の剣士でいい――。


 僕は意を決して柄を握る。


「――ッ!?」


 そして、天啓の剣が漆黒の輝きを放った――。


「な――ッ!? これは……剣が黒く光るなど……!?」


 それを見た神官が目を剥いている。駆け寄ってきた周りの大人たちもだ。


「どうなっている!?」

「い、いえ……それが……」

「と、とにかく! もう一度、儀式を行うんだ!」


 焦った様子の神官団に従いもう一度、柄を掴んだ。


 再び輝く漆黒の光――。


「もう一度だ!」

「……は、はい」


 神官たちの険しい顔に怯みそうになりながらも、彼らに促されるままに何度も柄を握る。

 でも、結果は変わらない。


 どこか禍々まがまがしい黒い光が放たれるのみだ。


 そうしていると――。


「――君は、“無職ノージョブ”だ」

「へ?」


 天啓の儀を五回ほど繰り返した時、神官は唐突にそう言った。


「ノージョブ…‥‥そんな職業ジョブがあるんですか? まさか稀少職業レアジョブ!?」


 それは聞いたことがない職業ジョブだった。もしかしたら、ガルフたちと同じ稀少職業レアジョブかもしれないと、僕の心は沸き立った。


 もしも稀少職業レアジョブなら、ガルフたちにだって見劣りしない。例え剣士系じゃなくても、父さんたちも認めてくれるはず――。


「いや……どうやら、職業ジョブ自体への適性が無いらしい」

「え……だって……男だろうが女だろうが、皆……」


 貴族だろうが平民だろうか、男だろうが女だろうが、皆が等しく何かしらの職業ジョブが与えられる。それが自分にだけ存在しない。

 僕は何を言われたのか分からなかった。


神官われわれの中に古くから伝わる伝承があってな……」

「も、もう一回、天啓の――」

「極稀に、天啓の儀を終えても職業ジョブが与えられない者が存在するというのだ。そして、その者は全ての職業ジョブに適性が無いとされている」


 僕の言葉が遮られる。


職業ジョブを与えられる機会は、一生の内で一度……天啓の儀のみ。後天的に取得は出来ないし、別の職業ジョブに変わる事もない。つまり――」


――やめろ……聞きたくない。


 そんな想いに反するように、残酷な真実が告げられる。


「君に与えられる職業ジョブは存在しない。そして、君の様に武器も魔法も使えない者はこう呼ばれるらしい――“無職ノージョブ”とね」


 僕の中でナニカが壊れた音がした。

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