look on me
垣内玲
前編
外見がそれなりに良くて、要領も良くて、勉強もスポーツもまずまず得意で、故に自己肯定感が高く、自然と誰に対しても高圧的にならない程度に強気に接することができる。物心ついた頃から集団の輪の中心にいるのが当たり前で、少し大人になれば、それが自分の育った環境の恩恵であることも朧気ながら理解されるようになって、それを思えば周囲の人間に気を配って優しくすることも苦ではなくなって、そうしたらますます人に頼られるようになって、頼られるのが嬉しい私は、もっともっと仲間を大事にするようになった。
教師という職業にしても、敢えてそれを選んだというよりは、私にとって人にものを教える仕事に就くことはあまりにも自然なことだったから教師になることにしたのであって、自分が教員に向いているかどうかなんて考えたことがない。向いていないという可能性を想像したこともないからだ。
最難関私大の国際教養学部という学歴に加えて、高校時代は吹奏楽部の部長を務め、大学でもサークルの代表で、バイト先でもそれなりの仕事を任されて、短期間ではあるけどカナダに留学もした。自分が教員になれないなんてことは夢にも思ったことはないし、現にこうやって公立の高校で教壇に立っている。上司や同僚、生徒や保護者との関係も悪くない。もちろん、相性の悪い生徒や、扱いづらい上司はいるけど、そういう相手を懐柔することは私にとって少しも難しいことではない。
要するに、相手に必要とされれば良いのだ。私が、相手の必要としているものを提供できる人間であることを伝えられれば良いのだ。同僚や上司も、生徒や保護者も、何かしら困っている。弱点を抱えている。面白いことに、面倒臭い相手ほどそうなのだ。パワハラ気質の上司ほど、実は部下に嫌われることを恐れているし、反抗的な生徒ほど先生に甘えたがっている。だから、嫌われるようなことをしてくる上司には嫌いじゃないですよとアピールしてあげるし、甘えたがりの生徒のことは、本人のプライドを損なわないように甘えさせてあげる。そんなふうにして、私は私を必要とする相手に応えてきた。
…だから、私を必要とせず、私に関心を示さない相手を前にすると、心がざわつく。
仲澤かなめは、高校時代は特に目立たない女子生徒でしかなかった。いつも周りの顔色を伺って、周りに合わせることばかり考えているような子。特に嫌われてもいないけど好かれてもいない、存在感の希薄な子だったし、教育実習で再会するまで、私は彼女のことをほとんど何も覚えていなかった。
それでも、いかにも気弱そうな同期を放っておけるはずはないし、特に実習生の中で女子は私とかなめだけだったのだから自然と一緒にいるようにはなった。緊張しているかなめをフォローしてあげるのは私の役目だと思った。生徒時代から、成績は私の方が良かったし、大学のレベルも私の方が上だ。だから、学力的にも自分が上に決まってると思い込んでいた。
そんな思い上がりは、かなめの授業を見学して吹き飛んでしまった。
最初にかなめの授業を見たのは、高3の古文の授業だった。テキストにある源氏物語の問題を解説しているところで、敬語の理解がポイントになっているらしい。私を最初に驚かせたのは、かなめが自分で準備したという、「敬語とは何か」について解説したプリントだった。B4用紙を2枚使って、日本語における「敬語」の働きがどのようなものであるのか詳細に説明していた。末尾には参考文献まで載っている。
1日2日で作れるようなものとは思えない。このプリントを作る作業自体は1日で終わったかも知れないが(それだって一体何時間かかるのだろうと思うと頭がクラクラしてくるような代物ではあったけれど)、ここに列挙されている参考文献、引用文献を知っていなければ、要するに敬語なるものについてそれくらい深く理解していなければ、このプリントを作ることは不可能だ。
私も英語の教員免許を取ろうとしている身ではあるので、高校で学ぶ「文法」の知識がそれほど深いものではないということはわかる。前置詞とは何か、冠詞とは何か、そんな話を突き詰めようとすれば、本が1冊、いや、何十冊も書けるだろう。でも私は、高校の教員にそれほど高いレベルの学識が必要だとは思っていなかった。現に、私にはそこまでの理解はまるでないけど、入試は突破できたのだから。
難しいことはさておき、要領よくポイントを押さえて、点数を取ることができれば、受験では困らない。実のところ大学の授業だってそんなものだったりする。大学の勉強が高校までとは違うなんていう話も、全くの嘘ではないにせよ、本当でもない。中学や高校と同じく、上手に手を抜いて、先生に適度に愛想良くしている私のような学生の方が、講義室の最前列で必死にノートをとってるような学生よりも概ね良い成績をつけられている。
かなめはまさに、講義室の最前列で必死にノートを取っているような雰囲気の学生だった。私はそういう人を不器用なのだと思っていた。もっと力を抜いたら楽になるのに、と。でも、おそらくは大学4年間、全力投球を続けてきたのであろうかなめは、明らかに私などとは比べ物にならないレベルに到達している。
たしかに、かなめの授業は上手いとは言えなかった。知識がありすぎ、教えたいことがありすぎ、1コマの授業で扱うポイントが多すぎる。50分席に座って話を聞くというのは、高校生にとって(というより誰にとっても)大変な苦行で、どうしたって注意は散漫になる。だからこそ、「この授業のこの時間は何をするのか」を授業者は可能な限りシンプルに、明瞭に伝えなければいけない。「今、自分は何を勉強しているのか」をわかっているか否か。いわゆる「出来る子」と「出来ない子」との差は、そこで大きく決まる。だから、かなめの授業のように、覚えるべきこと、理解すべきこと、考えるべきことが多すぎると、生徒の頭は働かなくなってしまう。
でも、そんなことは大した問題とも思えなかった。自分の同期が、生徒時代にはろくに口を利いたこともないような、自分よりも偏差値の低い大学出身の相手が、私には到底太刀打ちできないほどに高度な知識と教養を備えている。この3年弱の間に、かなめはどれだけ勉強していたのだろう。世間の多くの学生と同じように、勉強で手を抜くことこそクレバーな態度だと思い込んで、「要領よく」単位を習得してきた自分が何を失っていたのか、そのとき初めて思い知らされた。
※※※
かなめは、少しも私と打ち解けてくれない。初め私は、それをかなめの内気さか、さもなければ私への劣等感の表れだと思っていた。なんとおめでたいんだろう。かなめは、私に興味がないだけだった。私は毎日何かにつけてかなめに話しかける。かなめは、いつだって当たり障りのない返事しかしない。昔から周りに合わせることの上手い子ではあった。今もこうやって、私を決して不快にさせないような言葉を選んでコミュニケーションを取っている雰囲気を演出している。でも、私は何度も「かなめ」と呼びかけているけど、かなめが私の名前を呼んでくれたことはなかった。かなめに「莉花」と呼ばれたら、どんな気持ちになるんだろう、などと想像してみる。
みんなの中心にいるのが当たり前だった。みんな私を見ていた。生まれて初めて、私に何の関心も抱かない人間が私の前に現れた。この子は一体何を見ているんだろう。この子の見ている世界で、私はどの程度の意味と価値を与えられているのだろう。そう考えると、怖くてたまらなかった。私の存在が無意味で無価値なものになってしまう世界があり得るという可能性が恐ろしかった。目の前にいる同期が、まさにそんな世界の住人なのだとしたら、この子の世界を破壊することでしか、私の心の平安は得られないのではないか、そんな気がする。
壊したい。
滅茶苦茶にしてやりたい。
屈服させたい。
そんな声が、どこからか聞こえてくるのを振り払って、私はかなめの授業を見学し続ける。
かなめを見ていると、高1のときに、補習講座で現代文を教わっていた先生のことを思い出す。学校の先生の知識量に驚いたことはあまりないけど、その人だけは、他とは明らかに違っていた。ただ、その人は教師で、私は当時生徒だったのだから、私がその人と自分を比べることはないし、性格的にもすごく変わった人だったので、多分私には一生関係のない人として終わるのだろうと思っていたし、だからこそ「ちょっと面白い先生」というカテゴリに区分することができる。かなめは、一体どの箱に入れれば良いのかわからない。今のかなめは、私の知ってる誰にも似ていない。かと言って、無視するには大きすぎる。
かなめの授業は相変わらず、ポイントを絞るのが下手で、生徒のレベルにも合っていないのだけど、少なくとも私には、他の同期たちはもちろん、現職のどんな教員の授業よりも、かなめの授業が刺激的だった。かなめの授業は面白い。少なくとも、面白くなる可能性がある。
誰かの実力を認めることがこれほど苦しかったことはない。私のメモ帳はかなめの授業に関することで埋め尽くされていた。大学の講義でもこんなにメモを取っていたことはないのに、まだ教員になってさえいない同期の授業にこんなにも惹きつけられてしまう。家に帰ってそのメモ帳をくしゃくしゃにしてみたけど、それでもどうしても、捨てることはできなかった。
※※※
実習が始まって2週間。かなめは相変わらず、自分の授業のことで頭がいっぱいで、私のことなど見向きもしない。私の英語の授業は、我ながら可も無く不可も無くというような塩梅で、少し前までの私であれば、これこそ模範的な教育実習生であろうと自惚れることもできただろうけれど、振り返ってみれば、私の授業が生徒にどんな価値を提供しているのか、私は、つまるところ生徒に何を教えようとしているのか、ろくに説明できない自分がいる。
自分が教師として子供に何を伝えようとしているのか、実は一度も考えたことがなかったのだと嫌でも思い知らされる。英語の教員なのだから英語を教えれば良いのかも知れない。でも、英語を教えるとはどういうことなのだろう。
4技能という言葉が盛んに持て囃されていた時期、話す・聞くという活動が殊更に重視される風潮に私も乗っていたのだけど、私はそんなことをやりたかったのだったか。英語教育のあり方について、実のところ私には何の意見もない。スピーキングの授業は楽しい。楽しそうな雰囲気を作りやすい。私などには打って付けだ。でも、文法が軽視されることを危惧する意見のあることを知らないわけではない。何が子供のために一番良いか、私自身にビジョンが無い。
…かなめには、間違いなく、国語教育についての明瞭なビジョンがある。成功しているか失敗しているかは別として、かなめの授業にははっきりした方向性がある。かなめは、かなめの目指す方向に迷わず進んでいる。舗装された歩きやすい道を選んでるだけで、その道がどこに進んでいるかなんて考えたこともない人間のことなど、眼中に無いのも仕方のないことなのかもしれない。
実際、私の授業を見学したかなめに、内心ビクビクしながら感想を求めても、かなめは角の立たないような上っ面のコメントしかくれなかった。かなめが他人の授業について、この程度の評価しかできないなんてことがあるはずがない。本当はもっと、私の気づかないようなものを見ているに違いない。かなめの沈黙は、批判よりも一層恐ろしい。
教育実習も折り返しまできた金曜の夜、実習生仲間で飲み会があった。数学科の栗田が幹事で、栗田は卒業してからもサッカー部の練習を手伝いに来たりしていた関係もあって、生徒にも教師にも顔がきく。4月からはこの学校に採用されることも内々に決まっているようで、本人はもうすでに教師になったような気分でいるらしい。
飲み会は実質的に栗田の自慢話を聞かされる会で、こんなことだったら来なければ良かったと思ったし、かなめを誘ったのも後悔した。栗田が、数学の楽しさを生徒に伝えるためにどうすれば良いかについて持論を展開しているのを、かなめは愛想笑いを浮かべつつ聞いているけど、そういえばかなめは、高校時代には数学が一番得意だったのではなかったか。栗田は知らないだろうけど、かなめは個別指導塾で、小学生から高校生まで教えていて、塾では国語のニーズはそれほど高くないので、どちらかと言えば算数や数学を担当することが多かったという。国語についてあれだけストイックに勉強しているかなめが、一番の得意教科だった数学を指導するにあたって受験レベル以上のことを学んでいないとは考えられない。
栗田の授業は、控えめに言っても私と大差ない。よく言われるところの「受験テクニック」のようなものを効率よく伝授するのが授業だと思っている。栗田のそういう授業にケチをつける資格など私にはないのだけど、かなめ相手にそんな講釈を披露してしまって、かなめにどう思われるかと思うと他人事ながらヒヤヒヤする。実際、かなめは愛想よくニコニコしているけど、目は少しも笑っていない。
「そんなこと言ってるけど、栗ちゃん今日めっちゃ焦ってたじゃん」
自画自賛する栗田に、同じクラスだった上嶋が茶々を入れる。授業中、黒板に書いた式の展開で計算ミスをして正しい答えが出ず慌てていた時のことを言っているのだろう。栗田はそれも「先生だって失敗するってのを教えるんだよ」などと嘯いている。チラッとかなめの横顔を見やると、やはりというか、口だけは笑いながら、ひどく冷たい目で栗田を見ていた。
「でも、テンパってたっていうなら、昨日の仲澤も相当だっただろ?」
栗田に突然話を振られて、かなめが表情を失う。
その前日、かなめは高2のクラスで現代文を教えていた。やっぱり高校生にはやや高度すぎることを教えようとしていたし、単元のポイントがどこにあるかもはっきりしないところはあった。ただ、それよりも大変だったのは、かなめが、教科書に載っている評論文の内容を批判し始めたときだった。
教員が、教科書に書かれていることを批判するのを聞いたことがあるという人は少ないかもしれない。学校の教科書に載るような文章を書くのはとても頭の良い偉い人で、それを学校の先生ごときが、まして実習生ごときが批判するなんてとんでもない、というような感覚がある。少なくとも、私たちの母校ではそういう生徒が圧倒的多数派だった。だから、かなめが教科書を批判するのを聞いた生徒は、ひどく戸惑っていたようだし、そんな生徒たちの様子を目の当たりしたかなめは、その後ほとんど泣きそうになりながら、必死に軌道修正を試みていたけど、うまくいったとは言い難い。
「かなめは失敗した訳じゃないでしょ?計画通りにやって、結果的に生徒に理解されなかっただけ」
かなめは栗田のように何かを間違えて焦っていたのではない。そんなことも理解できない栗田が、かなめを笑うのは我慢できなかった。
「いや、でもさあ、教師が教科書否定してるの聞いたことある?」
栗田の弄りに、かなめの顔がみるみる青ざめていく。私が声をかけているのも、耳に入っていないらしい。それまで黙っていた中川君が、かなめをフォローするようなことを言ってくれたけど、それで微妙な雰囲気になってしまったのは、余計にかなめにとっては居心地悪いことだったろう。
「ごめん、もう電車が無くなっちゃうから、私帰るね」
かなめはそう言って、止める間も無く居酒屋を立ち去ってしまった。私は、慌てて財布から五千円札を取り出して、「お釣りはいいから」と栗田に押し付ける。
「栗田と上島、月曜日にちゃんとかなめに謝ってね」
私は自分の荷物をまとめながら言う。上島が何か言おうとしたけど、手で制す。
「2人に悪気がなかったのはわかるよ。だけど、このまま気まずい感じで毎日かなめと顔合わせるのも嫌でしょう?酒が入ってつい余計なこと言っちゃった、ごめんって、それだけでいいんだから」
私はそれだけ言い残して、かなめを追って外に出た。
※※※
駅に向かう途中の道で見つけたかなめの後ろ姿は、そこにいるはずなのにどこか遠くにいるようで、ああ、やっぱりこの子は、私とは違うところにいて、違うものを見ているのだなと思わずにいられない。かなめの腕を掴むと、かなめはこちらを向いたけど、多分それでも、かなめの目に私は映っていない。
蒼白になったかなめを、近くのファミレスに連れ込む。2人分のホットドリンクを運ぶと、かなめが掠れるような声で「ごめん」と言う。
「…なんで謝るの?」
かなめが謝る理由なんかない。それよりも、この程度の手助けさえ受け入れてもらえてない自分が悲しい。
「かなめは、悪くないよ」
かなめが目を見開く。ああ、やっと見てくれた。やっと、私に気づいてくれた。私は、私がいかにかなめの授業が好きか伝えた。かなめをいかに凄いと思ってるかを伝えた。胸が痛かった。好きなだけではなかったから。凄いと思ってるだけではなかったから。好きだという気持ち、凄いという気持ち。それ以上にどす黒い何かが腑の奥底で蠢いているのを必死で押さえつけて、ファミレスのテーブルで泣き崩れるかなめの背に手を当てる。
かなめが泣いている。私はそれを慰めている。こうあるべきだと思っていた関係性が作られたのに、私の心はまだ、何かに怯えている。かなめの泣いている理由が、わかるようでわからないから。
かなめは、少しは私に心を開いてくれたのだろうか。少しは私を頼ってくれるだろうか。かなめの見ている世界に、私の居場所はあるのだろうか。
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