シャーデンフロイデ 〜人の心は蜜の味〜

白雨 浮葉

第一章 『人の不幸は蜜の味』

プロローグ 『Schadenfreude』

「——いけずなのね。私はこんなにもあなたのことを想っているのに」

 

 屋上で待ち構えていた少女に向けて、流榎るかは嘆息。

 

「あまりにも遅いな。俺はお前のことを想ってなんていないよ」

 

「ええ、知ってるわ。だからこんなことになったんじゃない」

 

 少女は両手を広げて己の体を見せつけてくる。

 ——でも、何も見えない。

 何か眩いベールが少女を包んでいる。

 長くストレートな髪。

 綺麗な瞳。

 それらは分かるのに、色も、形も、名前すら、分からない。

 

 ——なぜ、俺はこんなところに?

 

「待て。俺はたしか……約束をしてて、家を飛び出して、一戦混じえて……」

 

 流榎は全てを思い出し、それと同時に吐き気がのし上がってきた。

 

 流榎は『少女の遺体』を発見した。

 叫び、そのままこの黒東高校の屋上まで走ってきたのだ。

 

「——待て。なぜお前がここにいる?」

 

 少女は綺麗な◼色の髪を撫でながら、

 

「——言ったじゃない? 私はあなたのことを——————て」

 

 少女の声にノイズがかかった。

 あまりにも眩しくて顔を見ることの出来ない少女の声。

 美しい鈴の音のような声が、醜く歪んだ。

 

「お前は……」

 

「あの時言えなかったことを伝えに来たわ」

 

 少女は流榎に近づく。

 一歩。二歩。三歩。

 目前。

 

 少女はつま先立ちをし、流榎の胸に手を添えて、妖艶に目を細めた。

 そのまま流榎の顔に近づく。

 

 その瞬間、少女を包むベールが消えた。

 

 ベールに隠されていたように、少女からは薔薇の香りがした。◼色の薔薇。甘く、甘美な匂い。

 

 流榎はようやく、彼女が誰だか分かった。

 

 そして、流榎はその少女の名前を呼ぶ。

 

「——」

 






 最期の接吻の味は、雪のように柔らかかった。

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