第420話 魔王



半透明な彼女。

その髪も、目も黒い。

魔族の証。




「貴方は、魔族の方?」

『そう、私は魔族です、人間の娘。何用で、人間の娘がここに参った?』

「魔王様がこの、中心部へ向かわれたと聞きました。貴方様と関係があるのですか?」



すぅと、魔族の女性の目が細まる。



『なぜ、その様な事を気にする?私からあの人を奪った人間が!』

「え?」



突如、強烈な敵意を向けられてしまう。



『絶対に許さぬ!またも、あの人だけでなく、私からあの子まで奪うつもりか!』



敵意が膨れ上がった。



「まって、あの人って?あの子ってなんの事!?」

『ーーー黙れ、憎き人間!」



闇魔法が放たれる。




「ちょ、何で!?落ち着いてください!」

『うるさい!』



聞き耳持たず。

次々と放たれる闇魔法。

何とか避ける私の隣に来たコクヨウが問いかける。



「ディア様、どうなされますか!?」

「そうだね、コクヨウ。こうなったら、倒すしかないよ。」


話を聞いてくれないのだもの。

倒すのも致し方ない。

愛用のレイピアを取り出し構える。



「貴方に恨みはないけど、倒させてもらうよ。」



レイピアを手に突っ込む。




『かはっ、』



胸に深々と突き刺さるレイピア。



『っっ、おのれ、』

「お願い、これ以上はやめて。」

『何を、』

「私は、貴方と戦いたくないの。だから、お願い。これ以上、敵意を向けないで。」



無駄な戦いなどしたくない。

理由がないからだ。

意味の分からない敵意を相手から向けられても、困ってしまう。



「ねぇ、貴方は何を怒っているの?」

『……。」

「おの人って?あの子って?」

『…夫と、我が子だ、ぐっ、」



魔族の女性が膝をつく。



『…あぁ、私は消えるのか。』



ぽろりと涙が零れ落ちる。



「貴方は、何なの?生きてはいないわよね?」



魔族の女性の前に私も膝をつく。

半透明の女性。

絶対に生きている人ではない。



『私はただの残留思念だ。結界に全ての意識を囚われていたが、その結界をお前達が解いたのだろう?』

「えぇ、私達が結界を解いたわ。その結界を解いたから貴方の意識が浮上したの?」

『そうだ。我が子を守らねば。』

「お子さんがここにいるのね?」

『っっ、あの子には何もしないでくれ!頼む!』



私に縋り付く魔族の女性。




「もちろんよ、私もこれ以上の戦いを望んでないわ。貴方のお子さんには何もしないと約束する。」

『そうか。』



ほっとした様に、魔族の女性が表情を緩ませる。



「ねぇ、貴方の名前は?」

『レオノーラ。」

「レオノーラ、私の名前はディアレンシア・ソウル。貴方のお子さんは生きているのね?」

『あぁ、私の術で深い眠りついている。』



眠りに、ね。



「いつ、レオノーラのお子さんは眠りに?」

『人間との戦いが終わってからだ。』

「じゃあ、レオノーラのお子さんは100年くらい眠っているのね。」

『…100年。そんなに経ったのか。』



レオノーラが長い年月に遠い目になる。



「レオノーラ、お子さんのお名前は?」

『レイシー。女の子だ。』

「あら、いい名前。」



レイシー。

レオノーラのお子さんの名前ね。



「ねぇ、夫を人間が奪ったって言ってたけど、どう言う事?」

『…夫は人間だった。なのに、人間に騙されて殺されてしまった。』

「それは、」



言葉を失う。

魔族と人間が夫婦?



「まさか、貴方達が夫婦だったから旦那さんは人間に殺されたの?」

『違う。私達が夫婦だった事は人間は知らなかった。夫は魔族を必要以上に殺す事を憂いて行動して、邪魔になったから殺されたのだ!』



レオノーラが唇を噛み締める。



『夫は優しい人だった。本人だって、戦いたくなかったのに、人間の思惑で戦わされていた。」

「戦わされていた?」

『レオンは。レオンシオは、人間側の勇者だった。』

「は?」



レオノーラの旦那さんが勇者?



「え、勇者?魔族であるレオノーラの旦那さんが?」

『そうだ。勇者として、この世界に召喚されたのだと言っていた。』



まさかの、勇者の痕跡発見。

じゃあ、レオノーラの殺された旦那さんは100年前に聖皇国パルドフェルドで殺された勇者って事?



「じゃあ、レイシーは勇者と貴方の子なのね?」

『あぁ、だから、レイシーの存在は隠さねばならなかった。魔族にも、人間にも。』

「そうね、その存在を知られたら、殺されてたかも知れないわ。」



魔族にとっては、憎い勇者の子。

人間にとっては、憎い魔族の子。

その存在を知られれば、どうなっていた事か。

レイシーの存在を隠した事は英断だ。



「ねぇ、レオノーラ。魔王は?優しかっと聞く魔王にレイシーの事を相談もできなかったの?」

『…魔王にも何もできなかった』

「そうなの?優しい魔王なら、レイシーの事を守ってくれたんじゃない?」



いくら勇者との子供だって守ってくれそうだけど。

やはり、勇者との子供だから無理なのかしら?




『私だ。』

「うん?」

『魔王は私だと言ったのだ』

「はい?」



…何だって?

魔王?

目の前の女性が?

レオノーラが?



「はぁぁ!?レイシーは魔王と勇者の子供!??」



驚愕の事実である。

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