第315話 認められし乙女

待ち望んでいた時は来た。

座っていたソファーから立ち上がり、私はアディライトに向き合う。



「アディライト。」

「はい、ディア様。」



絡むアディライトと私のお互いの瞳。

可愛い私のアディライト。

貴方を戒める呪縛は、今日、私が解き放ってあげる。



「私の為に舞いなさい。」

「かしこまりました。我が主人の為に、このアディライト、海竜様のお怒りを鎮めてみせます。」



アディライトが私に向かい、恭しく一礼した。




「アディライト、フィリア、フィリオ、行くわよ。」



降り頻る雨の中、宿を出た私達は歩く。

海が見渡せる場所へと。



「・・一体、どこに行くんだ?」

「逃げる気か?」

「いや、街の外に出る道とは逆方向だぞ?」



着いて来る街の人達。

一定の距離を取り、私達の様子を見ているのは煩わしが、存在を視界から消して歩き続ける。



「っっ、あっ、ぅ、」



辿り着いた先。

降り頻る雨の中、集う人達の前で舞う1人の少女。

サフィアだ。



「ーーーっっ、ア、ディライト・・?」



海に突き出た岬で肩で息をしながら座り込むサフィアが、アディライトの姿に目を見開く。


「・・あら、サフィアの舞では、海竜の怒りは鎮まらない様ですね?」

「なっ、あんた、」



私達の存在に、サフィアの舞が止まる。

側にいるアディライトに気付いた街の人達は、『厄災の魔女』と口々に囁き始めた。



「っっ、な、なんで、あんたが、此処へ、何しに来たの?」

「ふふ、海竜様のお怒りと鎮め、今回の滑稽な喜劇を終わらせに来ましたの。」



『厄災の魔女』が原因?

雨が降り止まない本当の理由を知る私からすれば、まさに喜劇。

滑稽な1幕にしか見えない。



「は?滑稽な喜劇って、どう言う意味よ?」

「貴方は舞手に相応しく無いって事よ。海竜の怒りも鎮められない、無能さん?」



嘲笑い、アディライトへ視線を向ける。



「アディライト、さぁ、舞なさい。怒りに我を忘れる海竜と、私の為に。」



静かに命じた。

唖然とする周囲の人達を尻目に、私に命じられたアディライトは舞う。

海竜よ、怒りを鎮めよと。

座り込み惚けるサフィアに背を向け、その場でアディライトは静かに舞い始めた。



「ディア様、彼方は無事に終わりました。」

「協力も取り付けてあります。」



舞うアディライトを見つめる私に近付き、囁くコクヨウとディオンの2人。

アディライトの舞に視線が集まる中、私は笑う。



「ご苦労様、2人とも。」



準備は万端。

私の計画の為のピースは、全て揃った。

ゆっくりと舞い始めたアディライトの姿を、街中の住人達が固唾を飲んで見つめる。

異変が起きたのは、直ぐだった。



「ーーー我を鎮めし乙女よ。良い舞を見せてくれた。」



この街の守り竜。

海竜と言う名の、最強の切り札。

サフィアの時には反応しなかった海竜が、アディライトの舞いでその場に姿を現したのは。

嵐がだんだんと鎮まっていく。



「っっ、海竜様!」

「まさか、アディライトの舞で海竜様の怒りが鎮まったのか!?」

「奇跡だ!」

「アディライトが、伝承の乙女と同じ様に海竜様のお怒りを鎮めてくださったぞ!」



住人達が歓喜に沸く。

喜ぶ住人達の中には、涙を流すものもいる。



「感謝するぞ、我が怒りを鎮めし乙女よ。」



咆哮する海竜。

途端に激しく降っていた雨が止み、雨雲が消えると晴れ間が空から覗く。

まさに奇跡の瞬間だった。



「っっ、嘘よ!」



そんな中、サフィアが叫ぶ。



「アディライトが、伝承の乙女の様に海竜様のお怒りを鎮めるなんて、あり得ないわ!」



雨でずぶ濡れの身体を震わせ、サフィアは顔を歪ませる。



「だって、アディライトは『厄災の魔女』なのよ!?そんな女の舞で海竜様のお心を慰められるはずがないじゃない!」



静まり返る、その場。

集まった住人達の誰もが口を噤み、困惑の表情で顔を見回し合う。



「皆んな、『厄災の魔女』であるアディライトに騙されないで!海竜様のお怒りを鎮めたのは、この私だわ!」



醜悪に歪む、サフィアの顔。



「滑稽ね。」



くつくつと私は笑う。

あまりにも滑稽で、私の想像通りの展開に。



「何ですって!?」

「だって、これを滑稽と言わずどうします?誰だって、貴方の言い分を可笑しいと思っているはずですよ?」

「え?」

「意味が分からないって顔をしていますね?」



目が細まる。



「良いですか?この場に姿を見せてくださった海竜様は、貴方ではなく、アディライトに対してお声がけしているんですよ?」

「・・あっ、」

「ようやく、理解できました?貴方の言い分では、海竜様のお言葉を疑い、認められたアディライトの事を貶してしまいましたね?」



口角が上がっていく。



「あらあら、海竜様に対して不敬だ事。」

「っっ、」



寒さからではなく、自分が仕出かした事への恐怖から身体を震わせるサフィアが周囲を見回す。

そんなサフィアへ向けられのは、軽蔑の眼差したち。



「あっ、あぁ、」



サフィアが顔色を失っていく。

周囲に自分の味方がいない事に絶望して。



「・・そんな、」



久しぶりの晴れ間に喜ぶ街の人達の中、サフィアは呆然と座り込んで呟く。

自分に向けられる賞賛がアディライトに奪われた事を知り。



「サフィア、無様ね?」

「っっ、なっ、」

「あら、何を怒っているの?貴方には、怒る資格なんか無いと思うけど?」



私の冷たい目に、サフィアが身を竦ませる。

雨に打たれた寒さでは無く、私からの怒りの眼差しにサフィアが身体を震わせた。



「貴方は、アディライトを貶める為に、街の人達に囁いたのでしょう?全ての悪は『厄災の魔女』である、アディライトのせいだ、と。」



人は、自分の信じたいものしか見ない。

自分の不都合になる事実から目を逸らして蓋をして、歪んだ真実だけを信じる。



「ふふ、自分の栄光を奪われた気分はどう?」



口元が釣り上がっていく。



「しかも、憎み『厄災の魔女』と蔑んでいたアディライトに自分の栄光を奪われるなんて惨めね?」



思い知れ。

お前は、アディライトより下なのだと。



「ディア様。」

「あぁ、アディライト、お疲れ様。」



舞い終わったアディライトが近付いて来るのを笑顔で出迎えた。

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