第306話 サフィア、牙を剥く
本当、最低である。
アディライトが好きなら、トムはサフィアと婚約するべきではなかったと思う。
それか、自分の気持ちを隠し、サフィアが望む通りの婚約者として振舞うべきだったのだ。
「どうして、いつまでも私は貴方の一番になれないの?」
誤魔化し続けたから、こうなる。
恋は盲目。
トムがアディライトの事を思う限り、サフィアは引かない。
いや、引けないのだ。
トムの事が、好きだからこそ。
「・・俺、は、アディライトの事を幼馴染としか思ってない。全部、サフィアの誤解だ。」
「っっ、嘘つき!」
徐に、サフィアがトムの右頬を引っ叩く。
「最低、いつまで私に嘘をつき続けるの!?いい加減、認めたら!!?」
痴話喧嘩?
何その、楽しい展開は。
引っ叩かれて呆然とするトムと、激怒するサフィアのやり取りに笑いが込み上げてくる。
他人の不幸は蜜の味、ですね。
「・・はぁ、サフィアは何でトムが私の事を好きなんて変な誤解をしているのかしら?」
お手上げとばかりに、アディライトが溜息を吐いた。
「ディア様。」
「ん?」
「この様な事になり誠に申し訳ありません。折角、ディア様は散策を楽しまれていましたのに。」
「もう、何でアディライトが私に謝るの?別にアディライトは何も悪くないでしょう?」
「いいえ、この様なつまらない話に、ディア様をお付き合いさせてしまいました。何か、私がサフィアを誤解させるような事をしてしまったのかもしれません。」
アディライトが肩を落とす。
「いやいや、これは2人の問題であって、アディライトのせいじゃないし?全然、気にしなくて良いんだよ!?」
被害者はアディライトの方。
しかも、むしろ、この状況を私は楽しんでましたから!
逆にお礼を言いたいくらいだし。
「・・つまらない?」
アディライトの言葉に、釣り上がる、サフィアの目。
「っっ、私達のやり取りがつまらないですって!?アディライト、全ての元凶であるあんたが、そんなこと言うな!!」
激昂したサフィアがアディライトへ掴みかかろうとするが、その行為はあっさりと躱されてしまう。
当然の事である。
今の高レベルのアディライトにとって、サフィアの行動は幼児を相手にする様なもの。
「サフィア、危ないですよ?暴力なんて止めてくださいませんか?」
「っっ、この!!」
むきになったサフィアが何度も掴みかかりに行くが、簡単にアディライトにいなされてしまう。
何度も繰り返される、サフィアとアディライトの攻防。
「アホなのですか?」
「いい加減、現実を見る事が出来ないのでしょうか?」
「「バカ??」」
コクヨウ、ディオン、フィリア、フィリオの4人がサフィアへ哀れみの眼差しを向けた。
皆んなが言っている事が、全て非道なのだが間違っていない。
だって、高ランク冒険者となったアディライトに非力な少女でしかないサフィアが暴力で勝てる訳がないのだ。
「くっ、」
何度もいなされ、屈辱に赤く染まるサフィアの頬。
「止めろ、サフィア!」
そんなサフィアとアディライトの間に割り込み、仲裁に入るトム。
・・遅すぎない?
「自分の婚約者の豹変に彼、固まっていましたよ?」
とは、コクヨウ。
おい、サフィアの婚約者様?
現実を見よう?
「っっ、トム、何で、私の事を止めるの!?」
「暴力はダメだ!」
至極真っ当な事をトムが言うが火に油。
逆効果である
「アディライトが相手だから、そう言ってトムは庇うのね!?」
ますますサフィアの怒りが燃え上がってしまう。
いつまで続くのだろうか?
「・・はぁ、サフィア、いい加減、その変な誤解を止めてくれないかしら?」
「誤解、ですって?」
「私とトムの間に、恋愛感情なんてないわよ。ねぇ、トム?」
「・・あぁ、うん。」
アディライトに聞かれ、歯切れ悪く頷くトム。
それ、ダメだから!
「ーーー・・はっ、やっぱり好きなのね、トムはアディライトの事が。」
ほら、サフィアに気付かれた。
婚約者がいるなら、ちゃんと自分の気持ちは隠せ?
アディライトに被害が出るではないか。
「ふふ、でも、トム、残念ね?今のアディライトは、あの女の奴隷なんだもの、妻になんてできないでしょう?」
サフィアが指差す先。
コクヨウ達に守られる様にして佇む私がいた。
「ねぇ、そこのアディライトのご主人様?ちゃんと自分の奴隷の管理ぐらいしてよね!」
彼女は、私に牙を剥く。
「しっかりと奴隷の管理しないから、人の婚約者に色目を使う様になるのよ!本当、奴隷の管理もできない、どうしようもない主人ね!」
言い捨てたサフィアに、その場の温度が下がった。
寒くなる、その場の温度。
時が止まるとは、こう言う事なんだと始めて知った。
「あーぁ、サフィア、やっちゃったね。」
私は1人、ニンマリ。
計画通りすぎて、怖いくらいだ。
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