第255話 閑話:密談

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質素なような室内だが、良く見れば高価な絵画や壺などが置かれた一室。

見る人が見れば、高貴な人間の部屋だと分かる事だろう。

その部屋の中に人影が2つ。



「ーー各地に放っている私の密偵から、1つ看過出来ぬ報告がありました。」



厳かな雰囲気の中、重々しく初老の男性が初めに口を開いた。



「どうやら、ルーベルン国はエルフ族や妖精族との外交を図ろうとしているようです、法王様。」

「何?」



初老の男性から法王と呼ばれた男性の眉が上がる。

不愉快と言わんばかりに。



「あの地には、精霊樹があるではないか。」

「さようです。ルーベルン国の外交の目的は、その精霊樹に他なりません。」



万能薬となる薬の原料になる精霊樹の葉。

誰もが欲していた。

ーーそう、自分達以外は。



「精霊樹の葉をルーベルン国が手に入れ、万能薬が世に出回れば・・。」

「・・我が国の権威が落ちる。」



室内の闇が揺らめく中、初老の男性の言葉の続きを法王が引き継いだ。



「法王様、それだけは、絶対に避けねばなりません。」



国への信頼が揺らぐ事。

この国にとって、これほどまでに恐ろしいものはない。



「いかがなさいますか?」

「妨害せよ。」



法王の決断は早かった。

使節団への妨害。

その言葉の意味する事と言えばーー



「・・法王様は、ルーベルン国と戦争をするおつもりですか?」



宣戦布告に他ならない。

初老の男性の顔がわずかに強張る。



「ふっ、何、他国への移動中、使節団が野盗に襲われる事もあろう?」

「・・野盗に成りすまし、使節団を襲え、と?」

「儂は、そうは言っておらん。あるかもしれない仮定の話を言ったまでだ。」



ーーそうだろう?

法王は初老の男性を嘲笑った。



「出来るか?」

「・・はい、法王様。」



そう分かっていても、歯向かう事も、逆らう勇気もなかった。

この国の法王とは、神の代弁者。

誰が逆らえる?



「・・全ては、法王様の御心のままに。」



神を信仰する者に。



「他に報告する事はあるか?」

「いいえ、何も。」

「なら、話は以上だ。お前は、もう下がれ。」

「はっ、」



恭しく頭を下げ、初老の男性は室内から立ち去る。

命令を遂行する為に。



「ーーふむ、ルーベルン国、か。」



法王が呟く。

自国と同じ、大国の1つ。

彼の地が、エルフ族や妖精族と外交を通じて万能薬と言う力を得れば。



「・・脅威、となるな。」



自国にとって、脅威以外の何者でもない。

万能薬などが世に出回れば、自国の権威は落ち、聖女の名も意味をなさなくなる。

すなわち、外交の切り札を失うと言う事。



「不安の目は、何があっても早急に潰さねばならぬ。」



法王は知る由もなかった。

その決断が、自分達の破滅への始まりだとは。



「お父様が・・?」

「っっ、きっと神罰を受けるでしょう。」



法王の自室から戻った初老の男性は、年端もいかない少女の前に額ずく。

驚きと恐怖で目を見開く少女は、口元を自分の手で覆う。



「そ、そんな、っっ、」

「私を、っっ、我らを導き下さい、皇女様、いえ、聖女様!」



額ずいた初老の男性は、背中を震わせた。



「もう、この国を救えるのは、真の聖女様しかおりませぬ!」

「ーーわたくしは、聖女ではありません。」



少女が目を伏せる。



「聖女様は、お姉様、いえ、第1皇女様です。最高司祭様もご存知でしょう?」

「っっ、し、しかし、癒しのお力で病を治しているのは、本当は貴方様ではないですか!?」

「真実がどうであれ、お父様、皇王様のお言葉は変えようがありませんもの。」



浮かぶ、自嘲の笑み。



「血筋が劣る私よりも、お姉様が聖女となるのは仕方のない事。」

「聖女、様。」

「私がお父様のなす事をお止めしても、聞き入れてはいただけないでしょう。そして、その咎は貴方に向きます。」



少女の言葉が父親に届かない事は、嫌というほど理解させられていた。

そして、少女に話した目の前の男が罰せられるという事も。



「例え私が聖女だと名乗り上げても、無駄でしょう。お父様の息のかかった者達が、お姉様を聖女と宣言したのです。お父様に逆らってまで、鑑定スキルを持つ方々が私の事を聖女だと認めるとは思えません。」



城で侍女として働いていた母を皇王が一時の戯れに手篭めにして生まれ落ちた少女に、母を皇妃に持つ姉の権力に勝てるはずもない。



「わたくしは、ニュクス様に祈りましょう。」



救いがあらん事を。

何も出る事のない、この部屋の中で願う。

ーーーもう二度と、必要のない血が流れる事のないように。



「・・決断せねばなりませんね。」



少女の口からぽつりと零れ落ちた言葉を聞く者は、誰一人としていなかった。

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