第144話 閑話:美しい世界

クロエside




この世界は、こんなにも光り輝くばかりに美しかっただろうか?

初めて知った。

この世界の素晴らしさを。



「ーー・・お兄ちゃん、何も見えないの。」



失って気づく。

皆んなが当たり前だと思っている日常の有難さを。



「あら、クロエ、風邪ね。仕方ないから今日は、このまま寝ていなさい。」

「・・はい、お母さん。」



この日が始まり。

高熱で寝込む事になった私の日常から、一切の光が消えた瞬間だった。



「ーーーっっ、どうして何も見えないの?」



見えていた景色、風景。

その全てが、もう光を失った私の目には映らない。

戻らない日常。



「・・怖いよ、お兄ちゃん。」



映っていた全てのものが見えなくなった事への恐怖に身を震わせた。

怖くてたまらない。

これから先、私はどうなるの?



「クロエ、大丈夫だ。兄ちゃんがクロエの側にいる。」



そんな時、何より私の味方だった兄さん。

私の大切な家族。

もう、私の家族は兄さんだけ。



「・・はぁ、クロエの目が見えなくなるなんて。」

「クロエもうちの大事な働き手になるはずだったんだがな。」



両親に見捨てられた私が家族だとちゃんと呼べるのは、優しいオリバー兄さん1人だけなの。



「なっ、どうして、父さん達は、そんな事を言うんだよ!?」



ーーー・・そんな兄さんをずっと苦しめ続けたのは、私だったね。

ごめんなさい、兄さん。

私を突き放したら兄さんは楽だったでしょう。



「はぁ?穀潰しのあの子に食べさせるものなんて、うちにある訳ないでしょう?」

「オリバー、何も出来ないクロエに食べさせられる余裕がこの家にあると思うのか?」

「っっ、」



私は知っていたのに。

両親と言い争い、兄さんが苦しんでいた事を。

きっと何度謝っても、私の罪は許され事はないだろう。



「クロエを売る事にした。」



・・・両親に捨てられた私とともに、兄さんも奴隷へと落とされたのだから。



「うちにはお金がないの。オリバー、分かるでしょう?」

「クロエを売ったお金で、お前も飯がいっぱい食べられるようになるんだ、納得しろ。」



私を売る事を最後まで反対した兄さん。

両親は、そんな兄さんを説得し続けたけれど、最後は呆れていた。



「・・・兄さん。」

「ん?」

「ごめん、ね?」



今の私には、ただ兄さんに謝る事しか出来ない。

兄さんを巻き込んだのは私。

それなのに、大事な兄さんの手を離せなったのは1人になる事を恐れた私だったね。



「ーーーっっ、本当に、ごめんなさい。」



最低な妹で、ごめん。

縋って、私を見捨てられない様に兄さんの事を縛り付ける最低な妹で。



「何を謝ってるんだよ?クロエが俺に謝る事は何一つないだろ?」



でも、そんなどうしようもない私を優しい兄さんは笑って許してくれるんだ。

自分を奴隷へと貶めた私を。

優しい兄さん。



「ーーー・・兄さん。」



ねぇ、貴方は知らないでしょう?

大切にされればされるほど、私が苦しんでいる事に。

兄さんの負担にしかならない自分。

そんな自分が悔しい。



「兄さんも、私の事を見捨ててくれれば良いのに。」



小さく呟いた、本音。

両親の様に私の事を見捨ててくれれば、兄さんを恨んで楽になれた。



「なら、兄さんに言えば良いでしょう?苦しいから私の事を見捨ててって。」



怒るから。

そんな事はしないと言われるから、黙っているの。

色んな言い訳を並べて、自分が1人にならない道を選んでいる。



「最低、だ。」



自分が苦しむ事よりも、1人になる恐怖の方が怖くて、兄さんを手放せないのだから。

身勝手な自分に吐き気がする。



「・・っっ、どうして、私は生きているの?」



死を願った。

兄さんの荷物になりたくない。

だから、神様。

ーーー・・どうか、兄さんの負担にしかならない私を殺して下さい。



「兄を大切にして下さいますか?」



だから、解放しよう。

お荷物である私から、兄さんの事を。

ソウル様に、私の大切な兄さんを託す事に私は決めた。

私は1人で大丈夫。

もう、兄さんは自由になって?



「クロエの目の事。ちゃんと私が見えるようにするよ。」



なのに、私の予想をソウル様ははるかに超えるような事を言い放つ。

それからは、まさに驚きの一言としか言いようがなかった。



「クロエ、ゆっくりとで良いから目を開けてみて?」



言われ、目を開ける。

恐怖、不安。

ーーーー・・そして、期待。



「どう?クロエ、ちゃんと明かりの光は見えるかしら?」

「っっ、あ、見えます、私、目がっっ、」



涙が溢れる。

私に優しく微笑む女神の姿が見えた。

救いの女神、ソウル様。



「っっ、あぁ、クロエ、良かった、本当に良かったッ!」

「あらあら、ふふ、意外と泣き虫なのね、兄さんは。困った兄さんだ事。」



私の膝で泣く兄さんの頭を撫でる。

ねぇ、兄さん?

今度は私が兄さんの事を守るから。

だから幸せになって?



「ーーー・・うーん、ソウル様が兄さんのお相手なら嬉しんだけど。」



なにやら男性と話し込むソウル様の姿を眺めなら、ひっそりと私は願望を呟いた。

兄さんのお嫁さんなら、ソウル様は私のお姉さん?



「っっ、なにそれ、素敵すぎ!」



呼びたい。

ソウル様をお姉様と。



「道は険しいけど、絶対に希望は捨てない!!」



握り拳を作る。

私の野望はソウル様を愛おしそうに見つめるお方が側にいるから、前途多難だろう。

でも、私は諦めません!



「・・クロエ?」

「ふふ、兄さん、頑張りましょうね?」



未来への希望を灯した私の膝から顔を上げた兄さんに、にっこりと微笑んだ。

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