第137話 閑話:翻弄

ディオンside




ディア様。

貴方は気付いているのだろうか?



『うん?ディオンもコクヨウも私の大事な旦那様でしょう?』



ディア様、貴方の何気ない仕草や、その言葉で私を一瞬で翻弄するって事を。

こんなにも一喜一憂するのは、私が貴方を心から愛しているから。

私が怯え、悲しみ、喜び、愛しみを感じ、動揺の心を動かされるのは貴方の事だけ。



『つ、妻なら、呼び捨てにしても良いんじゃないの・・?』



頬を染め、目を伏せるディア様。

・・あぁ、愛おしい。

湧き上がる、ディア様への愛おしさ。



『コクヨウとディオンの2人に妻って言われれの恥ずかしいけど、嬉しい、ね?』



欲して、求めて、際限なく貴方と交わりたい。

互いが永遠に離れる事のない様に。

こんなにも苦しくて、狂おしいほどに私はディア様しかいらないと実感させられる。



「ディア、貴方の為なら私は何でもします。」



国が欲しいと貴方が強請るのなら、どんな事をしても手に入れ、あの人が不快だから消してと言われれば、この手を汚す。

あの里での日々に、普通の感情など消え失せた私。

実の父親から踏み躙られ、貶され、愛すると偽りの言葉を吐く母親との日々は、間違いなく私の心を歪ませた。



『ーーー・・私は、母親の命を貰って生まれたの。』



だからこそ、愛おしい人を苦しめる全ての事を増悪し、元凶達に命をもって償わせたい。

貴方が知らない隠した私の一面。

内側に秘めた残酷さ。



「ふっ、ディア様には見せられないな。」



叶う事なら、ディア様には綺麗な世界だけを見ていて欲しいと願う。

これは、私のエゴだ。

そう分かっていても、願わずにはいられない。



『ーー・・あちらの世界であの日、そんな日々の毎日を私は全て終わらせるつもりだったの。』



もう二度と、彼女が死を願わぬ為に。

貴方は私の腕の中で、何も怯える事なく幸せに笑っていて?

それだけで、私は満たされるから。



「んっ、」



すやすやと寝息を立てられる、ディア様。

その姿に頬が緩む。



「・・寝てしまわれていますね。」

「あぁ、」



残念そうにコクヨウに頷く。

私達が気が付いた時には、ディア様は眠りの中へ入ってしまっていた。

が、それで良かったのかもしれない。

ディア様が起きていたら、私もコクヨウもまた暴走してしまっていただろうから。



「・・はぁ、ディオン、ディア様は一体、僕達をどれだけ無自覚に誘惑すれば気がすむのだろうな?」



欲情を孕んだコクヨウの瞳。

その瞳を見て、コクヨウも私と同じ気持ちでいるのだと知る。



「ーー・・永遠に、だ。」



終わる事はない。

私がディア様を思う、このは気持ちは。

この渇きにも似た餓え。



「ディア様への気持ちがある以上、私達は誘惑され続けるさ。ずっと、永遠に。」



それは、核心にも似た予感。

ーーー・・この己の生が互いに尽きる、その日まで。



「ディア様。」



ぐっすりと眠るディア様の頬に、そっと指を滑らせる。



「愛しています。」



貴方の、その名を呼ぶだけで、自分の胸に込み上げるディア様への愛おしいと思う気持ち。

この大切な存在を失う事に強く怯えているのは、きっと自分の方なのだ。



「このまま、誰の目にも触れないようにディア様を閉じ込めてしまいたいですね。」

「えぇ、ディオンに同感です。」

「しかし、ディア様はそれを良しとはしないでしょう。」

「自由が好きな方ですからね。そして、僕達はそんなディア様のお願いを叶えない訳にはいかない。」



私達はディア様のお願いに弱い。

ディア様が望むなら、笑って下さるなら私は肉親をも切り捨てるだろう。

それほどまでに、私の中のディア様の存在は大きい。



「私達が翻弄されるのも、ディア様、貴方だからなのですよ?」



甘い蜜と言う名の猛毒。

中毒となって、私達の身体を蝕んでいく。

私達の魔性の華。



「ーー・・愛おしい、私のディア。」



どうか、この腕の中にいる時だけは、貴方の事をそう呼ばせて下さい。

全員を愛する貴方は、優劣を嫌うから。

ディア、貴方をこの腕に抱ける者の特権として、甘い時間の間だけの呼び方。



「ディア、僕達の、奥さん。」

「早く目覚めて下さい、ディア。」



その瞳に、私達を映して。

私達だけを。

こうして願うのは、たった1つだけ。



『ふふ、皆んな大好き。』



ーーー・・ディア、私は貴方からの愛情だけが欲しい。

浅ましいほどに、貴方の愛を欲してしまう。



「とても厄介な事に、貴方を欲する輩が増えそうだ。」



国の中枢。

そして、権力を得ようと企む輩にとって魔族を倒せる冒険者と言う名声は注目を集め、ディア様の存在を周囲に知らしめてしまう。



「・・このまま、何処かに閉じ込めて、私達だけの事を瞳に映してくだされば良いのだが。」



溜息を吐く。

ディ様は自由を愛する方だから、簡単には閉じ込められてはくれないだろう。

どうすれば、この腕の中に留まってくれるのか。



「その癖、その笑顔で周囲の人間達の事を虜にするのだから困った方だ。」



ディア様は無自覚だからこそ、タチが悪い。

無自覚に他者を垂らし込むのだから。



「ふふ、色々と諦めて私達に縛られて下さいね?貴方が魅力的だから悪いんですから。」



貴方が悪いんですよ?

簡単には、私に囚われてくださらない貴方が。



「ーーー・・どこにも行けな様に、貴方の首に首輪をつけさせる事を私にさせないでくださいね?」



それでも、私は構わないのですから。

ぐっすりと眠る愛おしい妻に、うっそりと微笑んだ。

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