第98話 閑話:消えた男の気配
ディオンside
ある日の深夜の事だった。
それに気付き、私はむくりとベットから起き上がる。
ディア様を挟んだ向こう側で、コクヨウも同じ様に起き上がっていた。
「コクヨウ、あの男の気配が消えたが、お前はどうだ?あの男の気配を追えるか?」
「・・ディオンもあの者の気配を感じられない様ですね。僕も、今はあの者の気配を追えません。」
コクヨウが首を横に振る。
否定の言葉に自然と私の表情が険しくなっていく。
「まるで、あの男のその存在ごと消えたかの様に気配がありませんね。」
「そうだな。一瞬で掻き消えた感じだ。」
先ほどまで長い間迷宮内にあったムルガと言う名の男の気配が一瞬で消えた。
そう、跡形もなく。
まるで、存在していないかの様に、だ。
「ーーー・・ディオン、あの男はディア様に強く執着していました。」
コクヨウの表情も険しくなる。
「あわよくば、ディア様の事を手に入れようと無謀な夢を見たのだろう。そんな事を我々が絶対に許すはずもないと言うのに、何とも愚かな男だ。」
浮かぶ、冷笑。
私達の秘宝であるディア様に触れる栄誉を賜れるとでも思っていたのだろうか?
そんな事を私達が許すはずがないと言うのに。
「ふっ、ですね。ディア様があの男の事を気に入り、ご自分の内側に迎えるとは思えませんから。」
ムルガと言う男は強欲だ。
ディア様の唯一を欲したのだから。
だからこそ、ディア様に侍る者全員、あの男を徹底的にマークしていた。
「しかし、その男の気配が迷宮内で急に消えたのが気になる。」
「冒険者として、その命を迷宮内で散らしただけなら良いのですが。」
「おそらく、それはあり得ないだろう。」
コクヨウの言葉を否定する。
なぜなら、その気配が消える瞬間までムルガは1人だったのだから。
迷宮内でモンスターと遭遇した訳でも無いのに、いきなり消えたムルガの気配。
例え自分が寝ていたとしても、意識下でディア様の害となる人間への警戒を見逃す訳がない。
「何かしらの力が、あの男に働いたと見るべきだろう。私達が想像もしていなかった様な何者か、のな。」
私達の監視から外れる様な、何か大きな力が働いた。
例えばーー
「隠蔽が上手い何者かによって、とかな?」
警戒度を上げる必要がありそうだ。
「ディオンの言う通りでしょう。そんな事はモンスターではあり得ませんからね。」
コクヨウも同意とばかりに頷く。
迷宮内で起こったムルガへの不可解な現象。
それは脅威であり、看過し得ない出来事であるが、迷宮攻略はディア様の望み。
「・・はぁ、ディア様の為です。幸い明日は迷宮攻略は休みなので、その間にリリスさんに動いて情報を集めてもらいましょう。」
リリスさんはディア様の有能な配下。
彼女なら主人の為に欲しい情報を瞬時に集めてくるだろう。
「あとは、不測の事態に備えて早急に全員のレベルも上げる必要がありそうですね。」
何があっても、ディア様をお守りする事が出来る力が必要だ。
不安要素は少ない方が良い。
「コクヨウ、ディア様にこれ以上は迷宮の奥には進まず、先ずは全員のレベル上げを優先する事を了承して頂こう。」
「分かりました。全てはディア様の為です。明日ディア様がお目覚めになられた時にさり気なく提案しましょう。」
「ディア様に何も悟られずに、な?」
「えぇ、悟られずに、ですね。」
コクヨウと頷き合う。
自分の事に対しては無頓着なディア様の事だ。
ムルガから汚らわしい欲望の目が向けられている事さえ、意識していないのだろう。
『あら、コクヨウ、良いんじゃない?あちらにはリリスとアスラの2人を見張りに付けてるし、私のマップ上では敵意を感じないし、ね。こうして私達が休憩していても、何もしてこないし。』
のほほんとムルガの行動を静観しているのだから。
それは無頓着と言うより、自分が受け入れた者達以外の事はどうでも良いと思っているのかの様。
自分達に何かすれば迎え撃つ。
それ以外は関係ないと言わんばかりの冷めた対応だった。
「ーー・・ディア様。」
ぐっすりと熟睡するディア様の頬を撫でる。
愛おしい人。
「・・どうか、良い夢を。」
夢の中でも、貴方が幸せである事を願う。
貴方の事を縛り付け、恐怖に怯えさせるものなど、全て私達が排除して見せます。
「・・、う、ん、ディオン?」
「すみません、起こしてしまいましたか?」
うっすらと開く、ディア様の瞳。
起こしてしまった様だ。
「ん、平気。」
眠たげに、へにょりと笑み崩れるディア様。
可愛い。
「・・何か、あった?」
「いえ、大丈夫ですので、ディア様は安心して眠っていてください。」
「う、ん、手、握って?」
うとうと眠りに落ちそうなディア様が、私へと手を伸ばして来る。
舌足らずで強請る姿に欲情を刺激されるが、眠りに落ちそうなディア様に理性を総動員して、何とか堪えて要望通りに手を握る。
「~~~っっ、」
ディア様の後ろで、コクヨウが顔を赤らめて悶えていたのは内緒にしておこう。
私が手を握れば、安心した様にディア様が再び夢の中へと落ちていった。
「愛しています、ディア様。」
「んっ、」
ぐっすりと眠るディア様の頬に口付ける。
明日はディア様が起きる前に全員に情報を共有すべきだろう。
やるべき事を考えながらも、愛おしい存在の熱を感じながら私は目を閉じた。
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