第5話 リデルの正体

ーーただ、貴方の幸せだけを願ってる。

誰よりも。



「幸せになって、“ーーー”。」



この言葉を最後に、目の前にいた少女の身体が掻き消えた。

新しい世界へ、彼女は無事に向かっただろうか?

心配は尽きない。

今はただ、自分は彼女の幸せを願う事しか出来ないのだ。



「ーー行ったのか?」



それは、低い男性の声だった。

それでいて、どこか慈愛も含まれるような優しい声色。

その声に、ほんのりと笑う。



「・・・、えぇ、全て無事に終わりました。」



ゆっくりと振り返る、ーーーーリデルだったはずの輪郭がぼやけ、姿を変えた女性が声を掛けた男性に微笑んだ。



「全ては貴方様のおかげです。感謝しますわ。ーーーー神よ。」

「・・・・。」



ーー神、と呼ばれた男性の目が細まる。



「もう、この世に未練は無いか?」

「もちろんです。あの子の、・・・・娘の顔を最後に見れた。例え、あの子の事を抱き締めらなくても、それだけで十分です。」

真生まよい。」

「後は、祈るだけです。大切な我が子である娘の幸せを。」



真生は娘がいた場所へと視線を向ける。

たった1人の我が子。

抱く事も、母親らしい事も何も出来ず、あの子が生まれ落ちた時から離れ離れにならなければならなかった。

そんな自分が、あの子へ最後に出来る事。



「この身が輪廻の輪から外れ、二度と生まれ変われずとも構いません。何一つ、後悔はありませんわ。」



代償は払おう。

愛おしい娘の為なら、この身さえ差出せる。



「それは娘への贖罪か?」

「・・かも知れません。」



本当なら、普通の幸せを享受できた我が子。

ほんの少しの悲劇が、その幸せを娘から永遠に奪ったのだ。

自分の死が。



「・・あの人があんなにも弱かったなんて。」



あの子の運命を狂わせてしまった。

自分がいなくても平気だと、娘の事をあの人が大切にしてくれると信じていたのに。

なのに、どうだろうか?

あの子を傷付け、悲しませ、絶望させた。

死を願う程に。



「だから、あの人とは二度と会いません。」



あの子を救う代償として輪廻の輪から外れた自分は、この先生まれ変わる事は二度とない。

あの人とめぐり合う事は永遠に途絶えた。



「あの人への罰です。」



我が子を傷付けた事への、最大の罰。



『っっ、子供なんか要らない。俺は子供なんかよりも、お前の方が大事なんだ!』



思い出す、愛おしい人の事。

最後まで出産に反対し、愛してくれた人。

例え貴方に反対されても、あの子を出産した事に後悔はない。



『お願い、貴方と愛し合った証を残させて?』



でも、あの子にとって、あの人との愛の証を残したいと言う浅ましくエゴな願いでしかなかったのだ。

その決断が愛おしいあの子を苦しめる原因になった事に対しては後悔しているの。



「私も、あの子を苦しめた加害者で、あの人達と同じ罪人です。いまさら母親として合わせる顔がありません。」



あの子は何も憂いる事なく、新しい世界で幸せになってくれれば良い。

他には何も望まない。

これが、私への罰なのだから。



「・・お前が輪廻の輪から外れた経緯を夫には、あやつが死してから伝えよう。」

「ありがとうございます。」



淡く微笑む。

真実を知った時、あの人は何を思うのか。

後悔?

それとも、絶望?



「貴方も、あの子に同じ痛みを与えたのだから我慢してくださいね?」



もう、私は側にいてあげられないの

だから、その後悔と絶望の痛みは自分で堪えて苦しんでください。



「ーーーーあちらの世界で、幸せになってね、弥生やよい。」



自分の最後の声は、貴方にちゃんと届いたかしら?

どうか、誰よりも幸せになって。



「愛してるわ。」



一粒、頬に涙を流した真生の姿がだんだんと薄れーーーー。

その姿が、完全に消えていった。

落ちる沈黙。



「ーーーー消えたか。」



その沈黙を破ったのは、神だった。

消えた真生に、まったく表情を変える事なく、神は呟く。

それが、契約だったからだ。

日宮弥生ーー、真生の娘の為にその魂を使い、別の生を送らせる事。

それが、死した真生が唯一神へと望んだ願いだった。

ーーーー例え自分が輪廻の輪から完全に外れ、生まれ変わる事さえ出来ずに消滅すると知っても、変わる事はなかった最後の願い。



「ふむ、これが子を思う母親の大きな愛、か。」



思うのは、真生の娘。

世界を呪い、神を憎んだ弥生の姿。



「あの父親では、世界を、神を憎むのも致し方ない事ではある。」



父親に虐待に近い扱いをされ続けた弥生。

憎むなと言う方が酷な話だ。



「何も出来ぬと言うのも、辛いものだな。」



神は万能ではない。

大きすぎる力ゆえ制約も多く、下界にいる誰かの為に動く事が禁止されているのだ。

全ては、世界の秩序を守る為。



「不甲斐ない。」



神にとって、生きとし全ての人間は可愛い我が子に等しい。

守りたかった。

慈しみたかった、愛おしい存在。

だからこそ、制約の及ばないギリギリの抜け道を使い、弥生の魂を拾い上げ、異世界に転移させた。

彼女の幸せを願い。



「・・・・あちらの神に、会うか。」



幸せを願おう。

真生が命を掛けてまで慈しみ、見守った彼女の事を。

神の姿が掻き消える。





弥生。

ーーーーどうか、新しい世界では・・。



『幸せになって、“やよい”。』



母の願い通りの人生である事を、願っている。



◇◇◇◇



とある神界。

1人の男神が訪れる。



「ーーーあら、貴方がこちらの世界に来るなんて、どうしたの?」

「頼み事があって来た。」

「頼み事?貴方が、私に?」

「あぁ、実はーー」



神達の話し合いは密やかに続いた。

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