リセット〜絶対寵愛者〜

プロローグ


ーーーーこの世界に、復讐を。



「ぎゃはは、こいつ、また学校に来てるのかよ。」



教室に入って来た私の存在に気が付いたクラスメイト達から、いっせいに笑い声が上がる。

その顔に、小悪な笑みを湛えて。



「お前なんかが学校に来ても、俺達の迷惑なんだって良い加減に理解しろよ。」

「根暗すぎだろ。」

「本当、こっちの気が滅入るよなぁ。」

「ふふ、言えてるー。」

「その辛気臭い顔を見せるなって感じ。」

「やだ、笑えるんだけど。」



浴びせられる罵倒。

ーーーーでも、なぜ?

どうして、私は貴方達にそんな風に嘲られて罵倒されなくちゃいけないの?

悔しくて、悲しくて。

ぐちゃぐちゃな気持ちのまま、黙り込んで自分の席に足を進める。



「・・・、うぇ、」



ぴたりと、止まってしまう私の足。

自分の机と椅子に置かれた、溢れるゴミを目に止めて。

なぜ?どうして?私が何をしたの?

ぐるぐると湧き出る疑問。

戦慄く唇を噛み締めて考えてみても、答えなんて出ない。

そうーーー



「はっ、捨てられっ子が、学校に来てんじゃねーよ。」



ーーーーたった、それだけのくだらない理由なんだから。



私の生みの母は、出産を終えと同時に亡くなったと聞いた。

身体が元から弱く、出産に耐えられたかったのだと。

その事実に母を溺愛していた父は荒れた。

愛する妻が亡くなって。



『・・っっ、なぜ、あいつがいないのにお前が生きているんだ!』



父の母を失った全ての怒りの矛先は、生まれ落ちたばかりの赤子である私に向かった。

虐待。ネグレスト。

私が8歳になるまで、その言葉の通り、父は子供の存在を自分の中から消した。

全身で私の事を拒絶して。

愛する妻が生んだ子供を憎んだ。

憎んで、恨んで、そして、増悪を向けた父。

愛する妻を殺した我が子に。

そんな私は、保護された。

児童保護の人達に。

学校にも行かず、外にも出ない私を周りの人間が気にしない訳がなかったんだ。

ーーこの日が、私と父親が会った最後。

養護施設に引き取られても、幸せだとは言えなかった。

だって、そうでしょう?

人との関わりを最初の父親で失敗した私が、人間関係を構築できる訳がなく。



『・・・ふぅ、どうしてあの子は他の子達と馴染めないのかしら?』



自分の殻にこもる私に、職員が嘆いていたのを知っていた。



『一向に私達にも慣れてくれないし、困っ子だわ。』



子供だって、大人の人達が話す言葉の意味が分かるんだ。

ガリガリだった身体や痣が元に戻った頃だった。

“それ”が始まったのは。



『あの子、親に捨てられたんだって~。』

『えー、本当?』

『本当だよ!あの子、今、養護施設に暮らしてるんだから。』

『嘘~。でもーーーー』



ーーーー施設に入れられたのは、彼女が何かしたからなんじゃない?

周囲からの悪意の始まりは、突然だった。

広まった私の噂。



『おい、捨てられっ子。』

『止めてやれよ。』

『あ?何でだよ?』

『だって、本当の事を言ったら可哀想だろ?』

『・・ぷっ、違いねぇ。』



悪意は、悪意を招ぶ。

日に日にその激しさを増す、私への嘲笑と嘲りの数々。

学校に友達や親しい友人の1人もいなかった私は孤立し、ますます自分の殻にこもるようになった。



『・・・もしかして、親も何かやらかしてるんじゃない?』

『それだったら、やだ!』

『関わりたくねぇ。』



私に対する噂は嘘と真実が混ざり合う。

今も、昔も。

どうして人は、こんなにも冷たいのか。



「お前ら、席に付け!」



ぐらつく視界の中、このクラスの担任の先生が教室に入って来る。

・・・あぁ、チャイムは鳴り終わったのか。

随分と自分は呆けていたらしい。

ゆっくりと顔を上げる。

驚いたような顔の担任の先生と目が合うが・・。



「・・・・、朝の朝礼を始めるから、席に付け。」



無常にも逸らされる視線。

自分には、何一つ関係ないと言わんばかりに。

ーーーー分かっているはずだ。

私がこのクラスで、皆んなから虐めに合っている事は。

なのに。



「出席を取るぞ。」



目の前の事実には触れず、何事も無かったかのように始まる朝の朝礼。

私の中に、担任への失望感が広がった。

この人も、自分の中から私と言う存在を消したのだ。

父親のように。



「・・・もう、良いわ。」



誰かに期待することも、助けを待つ事も、んだから。

私の口元が、歪に上がった。

担任が朝の出席確認と連絡事項を告げ終わり、教室から出ていくのと同時に私も保健室に向かい、体調が悪いから早退する旨の書類をもらい学校から離れ、そのまま寂れた公園へと足を運ぶ。



「ふふ、やっぱり今日も人はいない。」



施設に帰らず、この場所に来る事を選んだのは、誰にも邪魔されない為。

此処は滅多に人が来ない事を前から知っていたので、今の私にとってありがたい場所なのだ。

には。



「さて、と。」



ベンチに腰掛けると、自分の鞄から真っ白なノートとペンを取り出して記入していく。

された事。

その時、どんな気持ちになったかをノートに克明に記入していく。



「・・もう、こんな時間。」



夕焼けが寂れた公園を彩るのを寂しく感じながら、私はベンチから立ち上がると郵便局に寄り、学校へと戻る。

学校に残るのは部活に勤しむ生徒ばかりで、誰も私の事を気にも留めない。

誰にも咎められる事なく、私は悠々と屋上へと向かう。



「ふんふん、ふふんふん。」



気分が良い。

鼻歌を歌い、屋上への階段を登っていく。



「ふふ、さぁ、」



ーーーーこの残酷な世界に、復讐を。

ある1人の少女が、この日、校舎の屋上から身を投げた。

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