ジャック・ポット!!!
白川黒木
第1話 マッスル・ミーツ・ガール
「―――――お疲れ様っしたー!」
「おう、お疲れー」
気怠そうな店長に一礼して、俺こと
とある理由から俺は、この
給料に関しては歩合制。時給換算できるほど安定した仕事じゃないから当然だし、そもそも俺の本業は学生。どうしても、働ける時間は限られるしやる事だって少なくない。
何より、店長は良い人だ。見た目、覇気に欠片も無い癖に。こんな時間に制限のありすぎる高校生を雇ってくれるんだから。
まあ、その理由が分からないでもないんだけどな。俺、自分でも結構特殊だと思ってるし。
中二病とかそんな問題じゃなく、体質的に。
「…………腹減ったな」
労働の後は、腹が減る。だからこそ、俺はバイトしているって言っても過言じゃないけども。
丁度近くに、コンビニがある。ホットスナックか、菓子パンでも買って帰ろう。流石に、アイスを食べるには、三月の外は寒い。
ところで、話は変わるけども世の中には様々な諺があるのをご存知だろう。
例えば、人間万事塞翁が馬。これは人生の幸不幸は移り変わりやすく、一々喜んだり悲しんだりする必要が無いって故事。因みに、“人間”の部分を人生と読む人もいるけども誤りなんだとか。まあ、どっちも意味合い的に間違ってない気もするけども。
話が逸れた。人間万事塞翁が馬とは、また違うけども人生ってのは何が起きるか分からない。
それこそ、これから一分後には車に轢かれて死ぬかもしれないし、大地震が来るかもしれない。通り魔に襲われる可能性もあれば、分厚すぎる財布を拾う事になるかもしれない。
だから、
「いや、放して!」
「大人しくしとけよ。悪い様にはしないから」
「そーそー、そのキレーな顔に、傷作りたくないだろお?」
「おい、出すぞ。さっさと縛って乗せろ」
こんな場面に出くわすこともあるって事だな。
コンビニ近くの路地。そこで今、時代遅れな人攫いが起きようとしていた。
いや、起きてるな、うん。俺の目の前、というか視界内だし。
俺が呆気に取られている間に、男たちはスモークガラスのワゴン車に金髪の女の子を引きずり込むと慌てたように飛び出していった。
ナンバーは………うん。
「とりあえず、通報」
ポケットに突っ込んでいたスマホを耳に押し当てて、俺は駆け出した。
走る車に追いつけるはずは、普通ない。確か世界最速の男が、時速四十キロだったか。その全力疾走にしたって、数秒だ。世界最速のチーターだって似たようなもの。
短距離走っていうのは、体力を爆発させるイメージ。こう、ニトロをボンッとな。
生憎と俺はスプリンターじゃない。スプリンターじゃないが、特異体質の人間だ。一応な。
車を、追走する。
『こちら、緊急通報です。どうしましたか?』
「誘拐です。場所は、
走りながらの通話は、ちょっとばかり面倒だけども生憎と俺は発明家じゃない。策略家でも、ましてや天才ですらない。
追いかけてないと何処に行ったか分からなくなるし、予想何て立てられる筈もない。
通報を終わらせて、本格的に走り出してから二分ぐらいか。ワゴン車が今までの一車線道路から片側二車線の通りに出て行く。
ここからだな。運が良いのか、今は夕暮れ時で通りを走る車の量はそう多くない。でも、信号は多いし自然と泊まる回数は増える筈。そこが狙い目だ。
ついでに、腹も減った。さっさとケリ付けようか。
「…………ナイスタイミング…………ッ!」
信号で止まったワゴン車。その側へと一気に駆け寄って、屋根の上に飛び乗る。
そして助手席側の天井辺りまで移動して、ボディのフレーム部分って言うべきか。とにかく、あのフロントガラスのフレームにもなってる部分へと手を掛けた。
「せー……のっ!ッ!イッテェ……!」
フロントガラスを指の力だけで貫いてフレーム鷲掴み。勢いよく上へと引っ張った。
まるで、ゼリーの蓋でも剥がすように開かれるワゴンの天井。上から覗けば、口をあんぐりと開けた誘拐犯三人と、目を見開いた口にガムテープ張られた金髪の女の子が居た。
「どーも、誘拐犯さん達。大人しく、お縄についてもらおうか?」
知ってるか?笑顔って、威嚇の意味合いがあるんだとよ。
*
それから、事はトントン拍子で進んで行った。
ワゴン車の天井を引っぺがした俺がそのまま三人を伸して、ワゴン車に残ってたガムテープで雁字搦め。それから、女の子の口のガムテープも剥がそうと思ったんだけども、近づくだけで怯えられたんで已む無く車の外で警察が来るのを待つことになった。
問題なのは、俺の左手。無茶したせいで結構血が出たし、止血はしてもちょっと治療はしないといけないかもしれない。
「……やっと来たか。おー、イテテ」
脇の下に右手を挟んだままボンヤリ空を眺めてたら、サイレンの音が近づいてくることに気が付く。
程なくして、数台のパトカーがやって来た。
あ、
「宇都宮刑事、どうもっす」
「よう、五稜の坊主じゃねぇか。通報者は、お前か?」
「そうっすよ。バイト帰りに、ちょっと」
この草臥れたスーツのオッサンは、
好きなものはスルメで、仕事中でも噛んでるからパトカーがイカ臭くなるって部下のヒトがぼやいてたっけ。
まあ、悪い人じゃない。出世よりも現場に出るのが好きな人で昇級試験もここ何年かはめっきり受けなくなったとか。
暇潰しに、世間話でもしようかと思ったら宇都宮刑事は何故だか結構厳しい目で俺を見てくる。正確には、俺の左手か。
「…………また、無茶しやがったな?」
「え?……あ、これは違うんすよ。こっちの方が手っ取り早かっただけですし、もうとっくに血は止まってますから。第一、この程度、直ぐに―――――」
「そういう話じゃねぇだろ、馬鹿野郎。お前の親御さんだって心配するじゃねぇか」
「いや、まあ…………そっすね」
「お前は、頭は悪くないってのに、妙なところで行動派過ぎる。ちっとは加減ってものを覚えるんだな」
「うっす」
「返事だけはいっちょ前か…………ま、説教もここまでだ。丁度、救急車も来たみてぇだからな。相乗りして、治療してもらって来い」
「へーい…………あ、母さんに電話しねぇと」
血も止まった事だし、止血の為に脇の下に挟んでいた右手を抜いて、ついでにポケットからスマホを取り出す。
文明の利器ってのは中々便利なんだが、俺としては神経尖らせなきゃならないから結構苦手だったりする。これだって、性能よりも頑丈さや修理代の安さから選んだもんだし。
「あ、母さん?景虎だけども」
『景虎?貴方今、どこに居るの?バイト、もう終わってる筈でしょ?』
「いや、その…………ちょっと色々あって、遅くなりそうなんだよね」
『まさかまた、首突っ込んだんじゃないでしょうね?』
「あー、まあ…………で、でも!今回は穏便に済ませたんだ!そう、穏便も穏便に、さ!」
『それで、怪我は?』
「とっちめた奴らは、気絶しただけだよ」
『そんな事はどうでも良いのよ。貴方の怪我の度合いを聞いてるの』
「…………ちょ、ちょっと血が出た位」
『はぁ…………』
スピーカーの向こうから重い溜め息。いや、本当心配かけてるとは思うんだけども。こればっかりはどうにもこうにも。
どれぐらいそうしてただろう。気まずい時って時間の進みが遅いよな。
『…………これから、警察?』
「多分」
『
「え゛っ、姉貴居んの?」
『今日帰ってくるって言ってたでしょ。あの子、景虎に会えるの楽しみにしてたのよ?』
「…………」
『良い?ちゃんと待つのよ。勝手に帰ってきちゃダメだからね?』
「……………………りょーかい」
そうして、電話は切れた。何だろう、どっと疲れたな、うん。このまま家に帰って寝たいけども、そうもいかない。
まずは病院に行って治療。それから、事情聴取。何やってんだよ、俺。
「……はぁ…………」
「ちょっと良いかしら」
ため息を吐いた俺に声を掛けてきたのは、あの助けた金髪の女の子。
というか、今更ながら凄い美人だな。白のブラウスにサスペンダーのついたチェックのスカート。ニーハイソックスに、ローファーか?良いとこのお嬢様みたいだな。
「アナタの名前、聞いておきたいの。良い?」
「え?あ、ああ……俺は、五稜。五稜景虎だ」
「カゲトラ…………リズリー・F・レッドガードよ。助けてくれて、ありがとう」
「お、おう」
見た目通りの外人さんだったか。
にしても、レッドガード?どっかで聞いたような…………どこだったか。
この時俺は、知る由も無かった。このお嬢さん、リズリーと長い縁が紡がれることになるだなんて。
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