月影の血族

羽生零

一章 魔の軍勢

一話 解雇、からの一人旅

ありふれた孤独

 ――よくある話だ。


「レイルス、君にはパーティを抜けてもらう」


 ギルドの集会所、その二階にある食堂や談話室を兼ねた広いロビー。丸いテーブルを囲んだ、四つある椅子の内の一つにレイルスは座っていた。座って十秒と経たたず話を切り出したのは、正面に座った金髪碧眼の青年だった。彼の左には、腰に剣と盾を下げた、灰色の髪をした壮年の大男が軽く目を伏せて座っている。その対角線に座る黒髪の女は、食堂のメニューを金の目でつまらなそうに眺めていた。バロンはレイルスと同い年だったが、年上のこの二人を含めたこの四人パーティのリーダーだった。

 その四人パーティは、いまから三人パーティになる。珍しくもない、よくある話だ、と自分に言い聞かせるようにレイルスは思いいつつ、冷静を装いつつ――時間を稼ぐように口を開いた。

「……えーと、やっぱり戦力外だから?」

「そうだ。よく分かってるじゃないか」

 よくあるとはいえ、それでもショックな話だった。一年近く組んできたパーティだった。しがみつきたいほど居心地が良いかと言われればそうでもないものの、自分に実力が無いと面と向かって言われるのは辛い。――その他にも辛いことが、あるにはあるのだが。レイルスがその辛いことをはっきりと認識するのはもっと後のことで、いまはパーティ除外のショックで頭がいっぱいだった。

「実力不足だからといってひがむなよ。これは君のためでもあるんだ」

「あー……そう?」

「ギルドはいま、ヒュドリアポリス政府からの協力要請で有能な探求者シーカーを求めている。僕たちのおこぼれで君も上級探求者の仲間入りを果たせはしたが、本当の実力なんて中級でも下から数えた方が良いくらいだ。そんなレベルの人間が戦場に出たり、あるいはクピディタスが送り込んでくる魔物と戦うなんてできっこないだろう。足手まといになった挙げ句に死ぬのがオチだ」

 ズバズバと吐かれる言葉に反論を挟む余地は無い。実力不足はレイルス自身感じていることだった。前々から魔導の適性が低く、剣術の腕も人並み程度だと言われていた。

 中級パーティにいればまあ、貢献できないわけじゃない。

 ただ、ギルドに上級と認定されただけあって、レイルスがいたパーティメンバーの実力は、何かに特化した、ある分野においてはレイルスよりも頭一つ二つ飛び抜けた実力があった。それと比べれば、自分は確かに見劣りするだろう。そのことを毎日のようにレイルスは言われていた。特に、パーティリーダーであるバロンには。

「じゃあ……まあ、しょうがないかな……」

 結局、レイルスはそう言うしかなかった。他の二人も、バロンの後押しをすることは無かったものの、レイルスを擁護してパーティにいていいとも言わなかった。当たり前だ、自分を抜いたって充分やっていけるし、むしろフォローがいらない分だけバランスが取れた良いパーティになるだろう。

 バロンは指揮能力に長け、剣術と魔導を巧みに操るオールラウンダー。

 ベルダーはパーティの盾役であると同時に、卓越した剣の腕を持つ。

 リンは光と治癒の魔導のエキスパート。

 ……そこに、剣も魔導も半端な自分がいても足手まといにしかならない。分かっていても、何も言われないというのも寂しい話だった。どうしても所属したいというパーティじゃない。それは確かだったけれど、必要とされないというのは、誰が相手でも辛い。

 けれど、しょうがない。しょうがないのだ。

「パーティ、抜けるよ。今までどうもな」

 レイルスは軽く頭を下げた。各々の反応は薄い。ベルダーは軽く会釈をするだけだったし、バロンは満足そうに笑っている。リンだけが、睨むような視線を向けてきていた。



 ――じゃ、そういうことで。

 そんなことを言って、レイルスは席を離れた。もうパーティじゃないのだから、同じ席に座って話すことなんてできなかった。話してはいけないなどという決まりは無い。ただ、ともかく居心地が悪かった。

 よくある話だ。パーティメンバーの変更なんて。

 だから、昔のパーティメンバーと食事の席を共にしたり、一時的にまた合流したり、なんてこともよくある。ギルドはパーティを斡旋することはあるが、強制することはない。組み分けは流動的だ。それなのに、レイルスがこれから昼食の時間だというのに席を離れてギルドからも出てしまったのは、一緒にいたいと思えなかったからだ。寂しいけれど、仲が良かったわけでもない。

「待ちな、レイルス」

 そんな風にくさくさした心境で歩いていたレイルスは、驚いて足を止め振り返った。上質な弦楽器のように柔らかな声に反し、ぞんざいな名前の呼び方。顔を見るより先に誰がいたのかは分かっていた。

「リン? どしたんだ」

 不機嫌そうな顔をしたリンがそこにいた。何故かその両手に、鞘に収められた大剣を持っていた。それも含めてレイルスは問いかけたのだが、リンは質問には答えず、逆に聞き返してきた。

「あんた、これからどうする気?」

「どうするって……」

 言われてはたと気付く、レイルス。思ったことをそのまま呟いた。

「どうしよう」

「はぁ?」

「ごめん、何も考えてなかった」

 パーティ除籍がショックすぎて、その考えが頭から吹っ飛んでいた。しかし現実問題として、パーティ除籍を言い渡されるよりも、明日からの仕事と報酬が無いのが何よりも問題かつ大変なことなのだ。そんな重要なことを、レイルスが頭からすっぽ抜かしていたことにリンも気付いた。呆れたような溜め息が小さく吐かれる。何だかいたたまれなくなったレイルスがもう一度ごめんと謝ると、リンは「ごめんじゃない」と金色の瞳をすがめて言った。

「ギルドから迷わず出てったから、どっか行く当てあると思ってたんだけど」

「えーと、無い」

「きっぱり言うことじゃないでしょ……まあいいわよ。探求者、続けるならパーティ見付けた方がいいわよ」

 レイルスはしっかりと頷き、それから軽く首を振った。――ギルドが回す仕事は、実力で決まる。パーティメンバーに属している限り、パーティで受けた仕事の結果で実力が判断される。個人はあまり重視されない。けれど、単独で仕事をもらうとなると、単独での実績が必要になってくる。自分が受けられる仕事はかなり限られてくるだろう。

「探求者、続けるぐらいだったら普通に働いた方がいいかもな」

 まだ十七歳だし、探求者をやっているぐらいだから並よりは体力がある。労働力として、元探求者は結構人気があることをレイルスは知っていた。

 しかし、それを聞いたリンは、余計に渋い顔になった。

「あんたがそれでいいならいいけど。ただ、実力不足だと思ってるならそれ間違いだから。あんたに無いのは、実力じゃなくて、実績と自信よ」

「あー……うん」

 似たようなもんじゃね? と言いかけたが、レイルスは言わなかった。レイルスが何も言わなくとも、リンは続けて口を開いた。

「あんたの魔導が強くないのは、良いマナストーン持ってないからよ。実力が無いんじゃなくて、上級の魔導を使ったこともないし、使い慣れてもないってだけだから。発掘品の中でも良品ばっか優先的に自分のものにしてるバロンが、あんたより魔導の威力が高いのは当たり前よ」

「……そうかな」

「それと、剣術のことは分からないけど……あんたの腕が不確かなら、ベルダーがあんたに、これを預けたりはしないでしょ」

 そう言って、リンは手にしていた剣を差し出す。レイルスは一歩近付いて、剣を受け取った。

「ベルダーからよ」

「この剣……なに?」

「さあ? ……気になるからって街中で抜刀しない」

 質を見ようと思わず鞘から剣を抜きかけ、叱られたレイルスは手短に謝って、改めて剣をつぶさに見た。刀身は長く、レイルスの背丈の三分の二はある。刃幅も広く、両手剣として振るう物だろう。柄頭つかがしらには半透明の蒼白い石がはめ込まれているが、装飾らしい装飾はその程度で、黒一色の鞘も含めて飾り気の無いシンプルな剣だった。

 不思議なことに、この辺りではあまり見ない意匠のものだったがレイルスは何故かその剣に既視感を覚えた。ベルダーが使っているところは見たことが無いはずだったが、彼の持ち物だったのなら、パーティを組んでいる間にもしかしたら見たことがあったのかもしれない。

「……何でリンに渡すよう頼んだんだ?」

「さあ? まあバロンがちょっと席外したときに頼んできたし、見られたくなかったんでしょ。餞別の剣一本でも煩く言われそうだし」

「そっか。……ベルダーが俺に、か」

「一応師匠っていうか、ちょっとずつ剣術を教わってたんでしょ? 免許皆伝の証とかじゃないの」

 レイルスは苦笑した。魔導の力が弱いと、パーティを組んで早々にバロンに言われ、それからベルダーに鍛えてもらっていた。が、上達してもベルダーからは一本も取れなかった。皆伝というにはほど遠い腕だ、とレイルスは思っていた。

「ベルダーに、ありがとうって言っておいて」

「それぐらいなら頼まれてあげるけどね。機会があったら自分で言いなさいよ」

「うん。……じゃ、俺行くよ」

「行くのはいいけど……だから、結局どこに?」

 最初の質問に立ち返り、それについては特に結論が出ていなかったことをレイルスは思い出した。どこに行こう?

「……思い付かないけど、とりあえずどっかで昼飯食いながら考えるよ」

「そ。ま、思い詰めない方が良いわよ。中級だろうが下級だろうが、仕事はギルドにあるだろうし」

 じゃ、あたし行くから。そう言って、あっさりとリンは身を翻した。一本に束ねられた黒髪が揺れる背中は、集会所の中にすぐ入ってしまった。

「……行くかぁ」

 一応は見送りと呼べるものを受けたからかも知れない。気が楽になったためか、レイルスは忘れていた空腹を感じていた。

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