第一章 鉄底海峡の砲撃戦
1 第三次ソロモン海戦
海は燃えていた。
燃え盛る炎が、ガダルカナル島沖の夜空を赤く焦がしている。暗がりに包まれた海上に殷々と砲声が響き渡り、発砲の閃光が稲妻のように海面を駆け巡っていた。
そこは、幾多の
ガダルカナル島、サボ島、フロリダ諸島に囲まれたこの狭い水域を、後に人々は「
今夜もまた、この海は日米双方の艦艇を呑み込もうと
「青葉被弾! 隊列より落伍します!」
見張り員の悲鳴のような報告が重巡古鷹艦橋に響いた。荒木伝艦長は小さく呻く。
古鷹の前方を進んでいる青葉が、敵艦からの集中砲火を受けて炎上している。青葉は煙幕を展開しつつ、取舵を取って隊列からの離脱を図っていた。
「面舵十五度!」
荒木大佐はそう命じ、青葉と敵艦隊との間に古鷹を割り込ませた。
「航海長、探照灯照射だ」
瞬間、航海長の顔が強張った。
「しかし、それでは本艦に敵弾が集中する可能性があります。敵艦隊との距離は四千メートルを切っています。あえて探照灯を点ける必要は……」
「青葉が離脱するまで、敵の注意を引き付けられればそれでいい」
荒木は航海長の言葉を途中で遮り、炎上中の青葉を見やった。面舵に転舵を取る青葉の周囲に水柱が林立し、甲板を舐める火災の中に敵弾の命中を示す新たな爆炎が上がる。
その凄惨な姿を見て、航海長も覚悟を決めたように頷く。
「承知しました。―――目標、敵大型巡洋艦、照射始めっ!」
瞬間、艦中央部に設置されている一一〇センチ探照灯の光芒が、敵艦隊に向かって伸びた。探照灯に照らされた敵艦の姿が、はっきりと暗い海上に映し出される。
「ニューオーリンズ級だな」
ジェーン海軍年鑑に記載されていた写真を思い出し、荒木は呟いた。そのニューオーリンズ級(これは重巡サンフランシスコだった)に向かって、古鷹の二〇・三センチ主砲六門が火を噴く。
白い光に照らされた敵艦の周囲に、高々と水柱が上がる。艦上には直撃弾炸裂を示す閃光も見えた。
両艦隊の距離は、すでに四〇〇〇メートルを切っていた。重巡の主砲にとっては、至近距離である。ほとんど直接照準で狙えるので、命中もさせやすい。
だが、それは敵にとっても同じことであった。
直後に古鷹は大小の水柱に囲まれた。敵艦隊が、青葉から古鷹に目標を変更したのだ。
それは、荒木の望んだ通りの結果だった。
「照射止め!」
目的を果たせたことを悟り、荒木は素早く命じた。これ以上の照射は無意味だった。格好の標的になる前に探照灯を消すべきだと判断。
「照射止め!」
命令が復唱され、闇を貫くまばゆい光が消える。
だが、この命令は古鷹を救いはしなかった。刹那、新たに飛来した敵弾が彼女の船体を捉えた。衝撃が古鷹を襲う。
荒木は転倒しそうになったが、辛うじて踏み止まった。
「被害知らせ!」
古鷹が林立する水柱から抜け出すのと、被害報告が届けられたのはほぼ同時だった。
「第三砲塔に直撃弾! 射撃不能!」
「……っ!?」
思わず、荒木艦長は呻き声を上げる。
これで古鷹は砲戦能力の三分の一を失ったことになる。だが、魚雷発射管に命中でもしていたら、装填している魚雷が誘爆、大火災を起こしていたことだろう。そうなれば、敵の格好の標的とされてしまう。
砲塔に命中したのは、その意味では幸運だったといえよう。
だが、敵艦隊からの砲火が集中し始めた今、その幸運がいつまでも続く筈がない。荒木の決断は早かった。
「水雷長、魚雷をすべて投棄しろ!」
彼は伝声管に向けて怒鳴る。
敵艦隊に向け、発射するはずだった強力無比な魚雷。だが、彼我の砲弾の命中率が異様に高い現状では、自艦にとって危険要素でしかない。
水雷長にとっては断腸の思いであろうが、ここはやむを得なかった。
古鷹は残った主砲と高角砲で、敵艦隊への応戦を続けていた。一方で、命中する敵弾が古鷹の船体を強かに打ち据えていく。
この船がどこまで持ち堪えられるのか、荒木艦長には判らなかった。
青葉の落伍、古鷹への敵弾集中によって、第六戦隊三番艦を務める重巡衣笠は幸運に恵まれた。
何せ、一発の砲弾も魚雷も飛んでこないのである。ある意味において、混戦であるが故の偶然であった。
ルンガ沖への米艦隊の突入は、昼間の航空偵察の結果、予知されていた。にも関わらず、両軍共に至近距離での混戦となったのは、この日、一九四二年十一月十三日の天候が酷く悪かったからだ。
本来であれば戦闘海域に照明弾を投下して支援する予定であったR方面航空部隊からも、「天候回復ノ見込ナシ、今夜ノ支援ハ至難ト認ム」との電文が入っている。
そのため、日本側は敵艦隊の視認が遅れた。
その結果が、この乱戦である。
「取り舵一杯!」
青葉と古鷹の惨状を見た衣笠艦長・沢正雄大佐は素早く命令を下した。衣笠はガダルカナル対岸のフロリダ島方面に向けて舵を切る。
ルンガ沖で展開されている混戦に巻き込まれないようにすることと、一度距離を取って敵艦隊の側背に回り込もうとしたのである。
敵艦隊はなおも炎上する古鷹へと狙いを定め続けており、衣笠の動きに気付いた様子はない。
これは、好機であった。
「古鷹の献身と犠牲を無駄にするな!」
沢大佐はそう叫び、乗員に奮起を促した。
「艦長より砲術長、貴官の判断で最も撃ちやすい艦を撃て! ただし、友軍への誤射には気を付けろ!」
混戦となった以上、細かな指示は出すだけ無駄だろう。むしろ、かえって混乱を助長する結果となりかねない。せっかく、絶好の位置を取りつつあるのだ。
「宜候! 目標、敵三番艦、撃ち方始め!」
瞬間、衣笠の三基六門の二〇・三センチ砲の内、各基一門が火を噴く。
妙高型や高雄型に比べて砲門数は少ないものの、それでも十分な衝撃波である。発射の反動で、艦がわずかに左に傾ぐ。
隊列から離れた衣笠は、ともすれば孤独な戦闘を行っているようにも見える。だが、沢艦長以下乗員たちにそのような意識はまったくなかった。
沢は砲術長が狙いをつけた敵三番艦に双眼鏡を向ける。しかし、命中を示す爆炎は上がらない。どうやら、第一射は空振りに終わったらしい。
装填のために仰角が下げられた砲身と入れ替わりで、諸元修正を終えた残り三門の砲身が仰角を上げていく。
再び、衣笠艦上に発射炎が煌めいた。漆黒の海面が一瞬、その光を反射して衣笠の姿を照らし出す。
ルンガ沖で殷々と鳴り響く砲声の中に、衣笠のそれも混じり込む。
やがて、敵三番艦の艦上に、発砲の閃光とは明らかに違う爆炎が吹き上がった。それが、敵艦の艦上構造物を浮かび上がらせる。
「よし!」
沢艦長は思わず拳を握った。
「砲術より艦橋、次より斉射!」
「了解!」
砲弾を消費した三門の砲身が下がり、砲塔内では砲員が新たな砲弾を装填していく。
それを待つ艦長や砲術長にとっては、一時間にも二時間にも感じられるもどかしさである。しかし、相変わらず敵弾は衣笠の周囲には飛んでこない。
そのことに、沢艦長は満足を覚えていた。
少なくとも衣笠は、混沌とするルンガ沖で秩序を保った行動が出来そうだった。
閃光が飛び交う海域を、白波を蹴立てて進む艦の姿があった。
「右砲雷戦用意! 目標敵艦隊、全軍突撃せよ!」
軽巡神通の艦橋に第二水雷戦隊司令官・田中頼三少将の緊迫した声が響く。
「右砲、右魚雷戦、反航!」
「目標、敵巡洋艦!」
「距離三〇〇〇、苗頭なし、的速三〇!」
「主砲、撃ち方始め!」
神通の艦橋であわただしく号令が下され、まずは主砲の十四センチ砲が火を噴き始める。
彼らもまた、混戦の中で自らの役割を果たそうとしていた。
「後続艦はどれほどだ!?」
田中少将は見張り員に訪ねた。
「第十五駆逐隊は後続している模様! あとは不明!」
「ふむ」
混戦の中で、第二水雷戦隊の陣形も乱れている。神通に続くは、第十五駆逐隊の黒潮、親潮、陽炎の三隻だけのようだ。残りの駆逐隊はどこにいったのか判らない。
「やむを得ん。第十五駆逐隊に信号! 目標、右反航の敵艦隊、魚雷発射始め!」
「宜候。第十五駆逐隊に信号。目標、右反航の敵艦隊、魚雷発射始め。」
命令が復唱され、信号を以って田中少将の命令が第十五駆逐隊に伝達される。
「本艦も魚雷発射だ、艦長」
田中が神通艦長・河西虎三大佐に命ずる。
「宜候。魚雷発射始め!」
それを受けた河西艦長が、水雷指揮所に伝達した。
発射管から魚雷を押し出す圧搾空気の音が聞こえ、直後に魚雷が海に飛び込む水音が艦橋に届く。だがそれも、すぐに海面を木霊する砲声にかき消されてしまう。
二秒おきに、神通の右舷から魚雷が扇状に発射されていく。
「魚雷発射完了! 命中まで約二分!」
神通は開戦前の出師準備において、前部連装発射管を廃止し、後部発射管を連装から四連装に換装していた。
つまり、片舷に向け発射出来るのは四本。
「第十五駆逐隊より信号! 『我、魚雷発射完了』!」
一方の陽炎型駆逐艦は、一度に八本の魚雷を発射出来る。つまり、神通と合わせて二十八本の魚雷が敵艦隊に向けて放たれたことになる。
距離三〇〇〇メートルからの魚雷発射であるから、それなりの命中率は期待出来るはずだ。
間違っても、今年二月のスラバヤ沖海戦のようにはならないだろう。
田中は敵艦の舷側に高々と水柱が立ち上る瞬間を、乗員たちと共に待っていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
後に第三次ソロモン海戦第一夜戦と呼ばれることになるこの夜の戦いが、海戦史上まれに見る混戦となった原因は日米双方に求められた。
この時、ガダルカナル島ルンガに建設された日本軍飛行場を砲撃するために出撃したアメリカ艦隊と、それを阻止しようとする日本艦隊は、それぞれが寄せ集めの艦隊であった。
まず、迎撃する側である日本艦隊の編成は、次のようになっていた。
前進部隊 司令長官:近藤信竹中将(第二艦隊司令長官)
砲撃隊
第四戦隊【重巡】〈高雄〉〈愛宕〉
第十一戦隊【戦艦】〈比叡〉〈霧島〉
直衛隊
第二十七駆逐隊【駆逐艦】〈白露〉〈時雨〉〈夕暮〉〈有明〉
掃討隊
第六戦隊【重巡】〈青葉〉〈衣笠〉〈古鷹〉
第二水雷戦隊【軽巡】〈神通〉
第十五駆逐隊【駆逐艦】〈黒潮〉〈親潮〉〈陽炎〉
第二十四駆逐隊【駆逐艦】〈海風〉〈江風〉〈涼風〉
第三十一駆逐隊【駆逐艦】〈高波〉〈巻波〉〈長波〉
第四水雷戦隊【軽巡】〈由良〉
第二駆逐隊【駆逐艦】〈村雨〉〈夕立〉〈五月雨〉〈春雨〉
第九駆逐隊【駆逐艦】〈朝雲〉〈山雲〉〈夏雲〉〈峯雲〉
外南洋部隊 司令長官:三川軍一中将(第八艦隊司令長官)
司令部直率【重巡】〈鳥海〉
第十八戦隊【軽巡】〈天龍〉
第三十駆逐隊【駆逐艦】〈睦月〉〈弥生〉〈望月〉
このうち、十一月十三日夜の時点でルンガ沖に展開していたのは、近藤中将率いる前進部隊である。外南洋部隊は、ガダルカナルへの物資輸送を終えた輸送船団を護衛するため、船団と共にショートランド方面に退避中であった。
この前進部隊は第二艦隊を基幹として編成された艦隊ではあったものの、第三艦隊所属の第十一戦隊、第八艦隊所属の第六戦隊など、この方面に投入できる戦力をかき集めて指揮下に入れていたため、通信やスクリューの回転数の調整などが不十分な状態で戦闘に臨まざるを得なくなっていた。
そして、その連携の不備がこの夜の海戦を混沌へと落とし込んだ原因の一つであった。
サボ島北東海域を航行中の重巡愛宕の艦橋では、近藤信竹中将以下、第二艦隊の司令部や愛宕艦長の伊集院松治大佐らがルンガ岬沖の海面で行われている海戦を注視していた。
それは、愛宕の後方を進む第十一戦隊の司令部も同じだった。
発砲の閃光に遅れて、砲声がサボ島沖まで轟いてくる。
先行させた重巡青葉以下掃討隊と米艦隊との間の海戦は、まったくの混戦となっていた。情報が錯綜しており、第二水雷戦隊司令官・田中頼三少将から、「第六戦隊司令部全滅、我指揮ヲ継承ス」という報告以外、確かな情報が届いていない。
愛宕、高雄からなる第四戦隊、比叡、霧島からなる第十一戦隊、直衛隊の第二十七駆逐隊が、未だ戦闘海域から離れた地点にいるのはそのためだった。今突入すれば敵味方混交の恐れがあるという、近藤信竹・第二艦隊司令長官の判断である。
「昼間の情報では、敵艦隊に新鋭戦艦二、ないし三隻が含まれているとのことだったが……」
城郭を思わせる愛宕の艦橋で、近藤中将が呟くように言った。
本来であれば第三艦隊に所属している第十一戦隊の戦艦二隻が、第二艦隊の指揮下に臨時で編入されたのはそのためだった。現在、存在が確認された米戦艦に対抗するためガダルカナル沖に投入出来る日本海軍の戦艦は、この二隻だけだった。一応、トラックからの増援部隊が急行していると聞かされているが、米艦隊のガダルカナル到達予測日時よりも一日遅れるとのことであった。
だから、現状では現有の戦力で米艦隊を迎撃しなければならない。
「掃討隊から、何か敵戦艦の動静について報告はないか?」
「いえ、未だに報告はありません」
通信参謀が、正直に答える。
「夜明けまで我々が粘れば、航空部隊による支援が受けられます。それまで、持ちこたえねばなりません」
参謀長の白石万隆少将が固い声で言う。
「うむ、そうだな」
近藤は言葉少なに頷いた。
現在、トラックから急行中の増援部隊には、山口多聞少将率いる空母飛龍、瑞鶴が含まれている。母艦航空隊は先月の南太平洋海戦で消耗していたが、それでも米軍に空母が存在しない(と、日本側は考えていた)以上、心強い戦力である。
だが、少なくとも航空隊が活動出来るようになる明日の朝まで、前進部隊はこのルンガ沖を死守しなければならないのだ。
不安はあるが、近藤がそれを顔に出すことは許されない。
敵新鋭戦艦の存在が確認されている中で、こちらの戦艦は高速ではあるが旧式の金剛型二隻のみ。その主砲は三十六センチであり、アメリカ側の主砲口径が四十一センチであると予測されている以上、力不足は否めない。
そもそも、比叡と霧島は燃料、弾薬共に不安を抱えている状況なのだ。
この二隻は数日前、ガダルカナルへと物資を運んできたアメリカ海軍駆逐隊、その揚陸地点に対して艦砲射撃を行い、さらにアメリカ海兵隊がガダルカナルに築いた陣地に対しても砲撃を行っていた。
ショートランドで補給を待っていたところを、近藤が無理矢理に引き抜いてきたのだ。
すべては、敵新鋭戦艦に対抗するため。
だからこそ近藤は、日本海軍が長年構想を続けてきた漸減邀撃作戦の要領を応用した迎撃計画を立てていた。
まず、掃討隊による敵戦力の漸減、特にそれは護衛艦艇の漸減を目指していた。そして、掃討隊が敵艦隊の兵力を減殺し、敵戦艦の護衛が薄くなったところに、砲撃隊をぶつける。
この際、比叡と霧島が敵戦艦と正面切った砲撃戦が演じられるとは、第二艦隊司令部も第十一戦隊司令部も考えていなかった。
ただ、敵戦艦の砲火を引きつけ、第四戦隊と第二十七駆逐隊の肉薄雷撃を成功させるための囮の役割を担っているだけだった。
しかし現状、そうした作戦構想は根底から瓦解していた。
いったい、ルンガ沖での戦闘は日米どちらが有利なのか、その判断が第二艦隊司令部は出来ていないのだ。
そうしている内にも戦闘は進んでいく。
日米双方の思惑を、その混沌の中に呑み込みながら。
◇◇◇
一方、飛行場砲撃を目指すアメリカ艦隊は、リッチモンド・ターナー少将率いる船団護衛部隊・第六七任務部隊から引き抜かれたダニエル・キャラハン少将の第六七・四任務部隊と、その指揮下に組み込まれた同じく船団護衛を担当していたノーマン・スコット少将の第六二・四任務部隊、そして機動部隊が壊滅したためにその護衛から外されたウィリス・A・リー少将の第六四任務部隊から成っていた。
その編成は、次の通りである。
第六七・四任務部隊(含第六二・四任務部隊) 司令官:ダニエル・キャラハン少将
【重巡】〈サンフランシスコ〉〈ポートランド〉〈ノーザンプトン〉〈ペンサコラ〉
【軽巡】〈アトランタ〉〈ジュノー〉〈ヘレナ〉
【駆逐艦】〈カッシング〉〈ラフェイ〉〈ステレット〉〈オバノン〉〈アーロンワード〉〈バートン〉〈モンセン〉〈フレッチャー〉
第六四任務部隊 司令官:ウィリス・A・リー少将
【戦艦】〈サウスダコタ〉〈インディアナ〉〈ノースカロライナ〉〈ワシントン〉
【軽巡】〈サン・ファン〉〈サンディエゴ〉
【駆逐艦】〈ウォーク〉〈グウィン〉〈ベンハム〉〈プレストン〉
また上記兵力の他にも、水上部隊を支援するための空母兵力も出撃させていた。
第十六任務部隊 司令官:トーマス・キンケード少将
【空母】〈レンジャー〉
【重巡】〈ウィチタ〉〈タスカルーザ〉
【軽巡】〈セントルイス〉〈ボイシ〉
【駆逐艦】〈マハン〉〈モーレー〉〈ショー〉〈カンニンガム〉〈モーリス〉〈アンダーソン〉
純粋に兵力を比較すると、アメリカ側がかなり有利に立っているが、太平洋・大西洋各方面から無理矢理に戦力を引き抜くなど、他の戦線に影響を与えかねないものであった。
特に第十六任務部隊の空母レンジャーと重巡は、本来であれば北アフリカ上陸作戦「トーチ作戦」に投入されるべき兵力であった。
また、第六七・四任務部隊を率いるキャラハン少将は実質的にこれが初めての実戦であり、それがより海戦におけるアメリカ艦隊の混乱を助長したといえる。
この時、日本軍ルンガ飛行場(アメリカ側呼称、ヘンダーソン飛行場)砲撃を目指すアメリカ艦隊は、前衛をキャラハン少将率いる巡洋艦部隊が務め、その後方に飛行場砲撃を目指すリー少将の戦艦部隊が続いていた。
キャラハンの前衛隊に求められたのは、昼間の航空偵察で発見された日本の巡洋艦戦隊を排除し、戦艦部隊のためにシーラーク水道の制海権を確保することであった。
だが、前衛隊指揮官のキャラハン少将も次席指揮官のスコット少将も、最新鋭のSGレーダーを搭載した軽巡ヘレナを旗艦に選ばず、それぞれ重巡サンフランシスコ、軽巡アトランタに座乗していた。これらの艦には、旧式のSCレーダーしか装備していなかったのである。
さらに悪いことに、キャラハンが旗艦と定めたサンフランシスコは昼間の空襲によって射撃管制装置が破壊されていた。そのため、射撃指揮所からの統制された射撃が出来ない状態に置かれていたのである。
こうした悪条件が重なったまま、アメリカ艦隊はルンガ沖への突入を敢行したのであった。
そして今、サンフランシスコの艦橋は混乱の最中にあった。
「いったい、駆逐隊は何をやっていたのだ!」
キャラハンは苛立たしげに叫んだ。だが、その叫びに応える者はいない。
サンフランシスコのヤング艦長、あるいはキャラハンの幕僚たちも状況の把握に必死だったからだ。
最初に敵を発見したのは我々ではなかったのか?
その思いが、キャラハンの胸の中に渦巻いている。
実際、先に相手を発見したのはアメリカ艦隊、正確にいえば軽巡ヘレナのSGレーダーであった。これが、日付が変わる前の十一月十二日二三二四時のことである。
ヘレナはジャップの警戒艦と思しき敵艦の存在を、距離二万四〇〇〇メートルで捉えたのである。
この時点で、キャラハンは先手を取ることに成功したと確信した。ヘレナのレーダーが敵警戒艦の後方に発見した敵艦隊本隊の動きに変化はなく、明らかにジャップの艦隊はこちらを発見していないことが見て取れたからだ。
だが、ガダルカナル―フロリダ島間のシーラーク水道に突入を開始したところで、キャラハンらアメリカ艦隊の思惑は大きく崩れた。
水道南方を警戒していた日本艦隊の一部に発見されたのは、こちらが接近を続けている以上必然的な事態であった。
だがここから先が、キャラハンにもヤング艦長にも、他の艦長にも理解出来ないことであった。
突然、艦隊の先頭を走る駆逐艦カッシングが左に急転舵したのだ。これに後続の駆逐艦が追随。アメリカ艦隊の混乱が始まった。
本来であれば、キャラハンは迎撃のために向かってくる日本艦隊に対し、丁字を描いて集中射撃を行うという作戦を立てていた。
だが、この作戦を成功させるには各艦の一糸乱れぬ行動が必要だった。
先鋒を務める駆逐隊がキャラハンの許可なく変針したことで、その作戦計画は完全に破綻した。
さらに、この突然の変針の理由をキャラハンが問い質そうとTBS(艦隊内電話)を使用、逆にカッシングからは敵の発見の報告と射撃許可を求められたが、キャラハンは敵味方の識別が不十分としてこれを退けていた。
そこへ、敵艦隊から強烈な光線が放たれたのである。
これは、重巡青葉から放たれた探照灯の光であり、第六戦隊司令・五藤存知少将が攻撃目標の指示と味方の遮蔽(敵の意識を青葉に引きつけ、他艦への意識を逸らす)を目的として照射を命じたのであった。
この時、すでに両軍の距離は六〇〇〇メートル。
迎撃を意図して待ち構えていた日本艦隊はただちに射撃を開始、探照灯に照らされたスコット少将の旗艦アトランタに砲火が集中した。すぐにアトランタからの通信は途絶した。
だが、本当の混乱はここからだった。
探照灯を照射されたこと、アトランタが炎上したことから、TBSには各艦から射撃許可を求める通信が殺到、さらにこれに加えて敵の位置を報告する通信、操艦に関する指示を求める通信、後方の第六四任務部隊から状況報告を求める通信も舞い込んだため、通信回線は完全に飽和状態になってしまった。
「ええい! 奇数番艦右砲戦、撃ち方始め! 偶数番艦は左砲戦、撃ち方始め! 急げ!」
とにかく、素早く応戦することが必要と考えたキャラハンは咄嗟にそう命じた。
だが、艦隊陣形が混乱した状況下で、この命令は悪手だった。それぞれの艦の置かれた状況が異なっていたため、命令された方向に目標を発見出来ない艦、命令された方向とは逆の方向から砲撃を受けながら応戦出来ない艦が続出した。
そして、通信回線の混乱によってこの命令が全艦に伝達されたわけでもなかった。そうした艦は、戦場で最も目立つ存在、つまりは探照灯を照射する重巡青葉への射撃を開始した。
また、あまりに現実離れした命令のため、それを無視する艦長もいた。
そうしている間にも、状況の変化は加速していく。
「アトランタ、被雷!」
砲声とはまた違うおどろおどろしい音が、サンフランシスコ艦橋に響く。サンフランシスコの前方を炎上しながら走るアトランタの舷側に、高々と二本の水柱と火炎が上ったのだ。
アトランタの速力は急速に衰えていく。
「面舵一杯、急げ!」
ヤング艦長が、衝突を避けるために命じる。それに後続の重巡部隊が続く。
その直後だった。
「うっ!」
その呻きが、誰のものだったかは判らない。
「本艦、敵巡洋艦からの照射を受けています!」
見張り員の絶叫が響く。
この時、日本側は青葉が艦橋を破壊されて戦闘能力を喪失、後続の古鷹が青葉の退避を援護するために探照灯を照射していた。その光に、サンフランシスコは捉えられたのである。
「目標! 探照灯を照射する敵巡洋艦!」
ヤング艦長がサンフランシスコの危機を悟って砲術長に命令を下す。ぐずぐずしていては、アトランタの二の舞になる。だが、昼間の空襲で射撃管制装置を破壊されていたサンフランシスコは、統一された射撃が出来ず、その命中率も低かった。
衝撃が、サンフランシスコを襲う。敵の砲弾が艦を直撃したのだ。
「ダメージ・リポート!」
ヤング艦長は怒鳴る。
その間にも、双方の砲弾による応酬は続き、古鷹はアメリカ艦隊の砲撃によって炎上を始める一方、アメリカ艦隊の側にも続々と損害が出ていた。
「ポートランド、被弾の模様!」
後部見張り員からの報告が入る。サンフランシスコに後続するポートランドもまた、敵艦からの砲火に晒されているのだ。
大統領の海軍補佐官などを務め、海軍内部のエリート・コースを歩んできたキャラハンにとって、この状況は悪夢であった。挫折感が、急速に体を蝕んでいく。
いったい、自分たちはどこで何を間違えたのか……?
その直後、今までとは比べものにならない衝撃がサンフランシスコを揺さぶった。炸裂音と共に金属の軋む音が響き、艦橋を超える高さで舷側に水柱がそそり立つ。
そして次の瞬間、大轟音と共に第一砲塔が宙を舞った。艦橋を真っ赤に染め上げるほどの火柱が立ち上り、サンフランシスコの前部が引き千切られる。
つんのめるような衝撃に、艦橋にいた者たちが揃って薙ぎ倒された。
「ダメージ・リポート!」
切迫した声で被害報告を求めるヤング艦長。そして、ダメージ・コントロール班からもたらされた報告は、彼を絶望させるに十分なものであった。
第一砲塔の弾薬庫が、魚雷の爆発によって誘爆を起こしたのだ。破孔から怒濤のように奔入する海水によって、艦は急速に前のめりに傾斜していく。
だが、被害はサンフランシスコだけに留まらなかった。
「ポートランド、被雷!」
「ノーザンプトン、被雷!」
「ペンサコラ、被雷!」
続けざまにもたらされた後続艦の悲報は、キャラハンを完全に打ちのめした。
そしてヤング艦長も、自艦を救いようがないことを悟って決断を下す。
「総員退艦!」
生き残った艦内通信を使って、乗員に退避を命じる。この混戦の中で脱出したとしても、どれだけの人間が味方に救助されるかは判らない。それでも、彼は少しでも乗員が生き延びられる可能性に賭けたのだ。
「司令官も、退艦のご準備を」ヤング艦長は言う。「この上は、ヘレナに将旗を移して戦闘の指揮をとられるべきでしょう」
だが、キャラハンは力なく首を振った。
「この状況で、ヘレナに移乗出来るとは思わんよ。せっかくの申し出だが、私は結構だ。君たちの今後の幸運と、神のご加護を祈らせてもらうよ」
その言葉の意味を悟ったヤング艦長は、ただ黙って敬礼した。
その直後、サンフランシスコの傾斜は急速に拡大し、多くの乗員を道連れに、海戦の終結を待たずに鉄底海峡へと沈むこととなった。
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