野林緑里様、企画〜卒業式に花束を〜

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第1話

 私、永田ながた美由子みゆこはクラスメイトの太田おおた辰巳たつみくんに恋をしている。


 好きになったのは高校一年生の春、運動神経も良くて成績も優秀。それを鼻にかける事なく、誰にでも分け隔てなく接する彼に惹かれるのは必然だった。


 そして今日、私は大きな決断をした。


 二ヶ月後に迫った卒業式までに、太田君に想いを伝える。


 友人たち話すと「無理だ。」「止めといた方がいい。」と難色を示された。それでもこのままお別れは嫌だと伝えると、みんな「応援する。」と言ってくれた。



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 卒業式まであと一ヶ月。


 私は未だに想いを伝えられずにいた。

 二人きりで話す機会がない。というのは言い訳。

 話しかけるのが怖いんだ。太田くんへの想いを知ったあの日から、話しかけたくても、声がつっかえてしまう。


 そんな私に友人たちは「お茶でも飲みに行こう。」と言って慰めてくれるのだった。申し訳ない。とても胸が痛い。



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 卒業式まであと二週間。


 私はようやく覚悟を決めた。今日まで何度も揺らいだ。でも、今だけは揺れないでこの想いを伝えたい。

 私は勇気を振り絞って言った。


「太田辰巳くん。私はあなたが好きです。一年生の頃、私なんかに話しかけてくれたあの日から、ざっと……ずっと大好きです…!」


 溜め込んだ気持ちを吐き出し、胸が軽くなる。


「……。」


 太田くんは目を閉じたまま、静かに息を吐いた。


 沈黙。


 空いた胸に棘が刺さり、手足が震えだす。


「あ…えと……そ、それだけです!」


 私はその場にいづらくなり、逃げ出した。

 想いは伝えられた。なのに……なんでこんなに胸が締め付けられるんだろう。全然気持ちが楽にならないや…。



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 憂鬱なまま迎えた卒業式前日の朝。


 身支度をしていると、スマホに着信が入った。


『太田くん』


「っ!」


 画面を見るなり、私は家を飛び出した。



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 卒業式当日。


 送辞、答辞が読み上げられ、卒業式もあと僅か。

 みんな別れを惜しんで涙を流している。無論、私も。


「えー、閉式の辞の前に、昨日天国へ旅立たれた太田辰巳さんへ細やかではありますが、卒業生、在校生より供花を添えさせていただきます。」


 校長先生の言葉で私たちは立ち上がり、一人一輪ずつ壇上に設けられた供花台へ花を添えた。

 一輪また一輪と花が添えられ、まるで花束のようだった。


 写真の中で笑う太田くん。私は涙で視界が歪み、まともに見る事が出来なかった。


 太田くんが癌と診断されたのは、去年の冬。来年の冬は越せないだろうと医者には言われたらしい。

 そして昨日。病室を頻繁に訪れていた私に、太田くんのご両親から電話があった。

 朝方、太田くんが亡くなった、と。


 急いで病院へ向かった私が見たのは、人工呼吸器や点滴が外され、顔に白い布を乗せた太田くんの姿だった。

 泣き崩れる私に、太田くんのご両親は「息子を愛してくれてありがとう。」と言った。


 想いを伝えられないまま、お別れなんて嫌だった。何も言えず後悔したくなかった。

 でも、本当はお別れなんてしたくなかった。もっといっぱい話して、笑って。一緒に卒業したかったのに……。


 体育館を出ると雲一つ無い青空が、私たちの卒業を見守っていた。

 まだ寒さの抜け切らない中、五分咲きほどの桜が春の訪れを告げていた。


「太田くん、冬越えられたね。」


 私と同じものを見ていた友人が、そう言ってくれる。


「うん。」


「想い、伝えられたね。」


「うん…。」


「太田くんの分まで…生きなきゃね……。」


「……うん。」


 震える友人の声に釣られて、出し尽くしたと思っていた涙がまた溢れ出した。


 春。それは私が初めての恋をした季節。そして初めての恋が終わった季節。


 何年、何十年経っても思い出すだろう。私に『恋』を教えてくれたあの人のことを。大切な人の卒業に送った純白の花束のことを。

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野林緑里様、企画〜卒業式に花束を〜 meg @megachu

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