手遅れの恋に落ちた。
夜薙 実寿
一匹狼と人気者
最初は、苦手だった。
「
色素の薄い肌に、ヘーゼルの瞳。人形みたいなよく出来た
昼休みの始まりに、突然声を掛けられた。思いがけぬ誘いに咄嗟に反応出来ずにいると、俺が何か答えるより先に、周りの奴らが慌てたように時任を止めに入る。
「時任! いいって、一色は」
「そうそう、一人の方が好きな奴なんだから」
ほら、お前の取り巻きは嫌がってんだろ。めんどくせぇな。
断ろうと口を開き掛けた所で、時任が先を越した。
「でも、俺は。一色とも一緒に食事したいな」
呆気に取られた。喉元まで出かかっていた言葉が、止まる。純粋培養百パーセントのキラキラした瞳が、真っ直ぐに見詰めてくる。
「ご飯は、一人よりも一緒に食べた方が、絶対美味しいよ」
「ね?」と、破顔するその笑顔も、やたら眩しくて。目を眇めた。――鬱陶しい。
「俺は群れる気は無い」
それだけ告げると、鞄を手に教室を後にした。背を向けたまま出て来たから、時任がどんな反応をしたのかは、知らない。弁当はいつも通り、人気の無い非常用の外階段で一人で食った。
昔から、器用だった。――人間関係以外は。
何をやっても大体何でも出来た。人よりも背が高くて、人よりも運動が出来て、勉強も出来た。
周りは最初は褒めた。凄い、と。純粋に。だけど、成長するにつれ、段々と風向きが変わっていった。周囲の俺を見る目が、羨望と賞賛から嫉妬と倦厭に変わったのは、いつ頃からだったか。
「一色は自分達の事をバカにして、見下している」――誰が最初に、そう言い始めたのか。
弁明したって、無駄だった。初めから奴らは聞く耳を持っちゃいない。馬鹿らしい。くだらない。……確かに、そう思った。だから、俺は奴らの言う通り、嫌な奴になってやる事にした。
自分から積極的に、孤立しようとした。寄ってくる女子も威嚇して遠ざけて。お望み通り、中学に上がる頃には、誰も俺の傍には寄り付かなくなっていた――ただ一人、
「一色、こんな所で食べてたんだ」
翌日の昼休み。いつもの場所で弁当を広げようとしたら、唐突に横合いから掛かった時任の声に、ギョッとした。
時任は自身の弁当袋を掲げながら、何故かドヤ顔で言った。
「一色、一緒に食べよ?」
俺は内心、溜息を吐いた。
「……懲りねぇ奴だな。ストーカーかよ」
「一色、いつも一人で何処か行っちゃうから。何処で食べてるのか気になってたんだ。……ここ、静かでいいね」
こちらのイヤミなど、全く気にした様子もなく。時任はそう言うと、勝手に隣に腰掛けてきた。おい、誰も許可してないぞ。
「何なんだよ、お前。教師からはぐれ者の面倒見ろとでも言われてんのか? お前と食事したがってる奴は、他に幾らでも居んだろ。俺に構ってたら、友達無くすぞ」
すると、時任はキョトンとした。それから、ふわりと微笑んで。
「俺は、俺の意思で一色と友達になりたいと思ったんだよ。……駄目かな?」
またそんな事を言う。
「……お前、よくそんな小っ恥ずかしいセリフぽんぽん言えるな。第一、俺の事よく知りもしない癖に」
胸の奥がモヤモヤした。その無邪気な笑顔を見る度に。――同情なら、要らない。
同じクラスの時任は、
人間関係まで器用な奴。
きっと、俺がいつも一人で居るから。〝良い子ちゃん〟な時任としては、放っておけないんだろう。クラス皆仲良くとか、そういう学級目標を本気で信奉しているタイプか。偽善だか憐れみだか知らないが、それに付き合う気は毛頭ない。
とっとと仲間の所にでも戻れよ。そう思いながら、顔を背けたまま居ると。
「知ってるよ。少なくとも、一色が優しいって事は」
またも思いがけぬ言葉が飛んできて、耳を疑った。
「は?」
どっからそんな妄想が発生したんだよ。振り向くと、相変わらず曇りの無い瞳が真っ直ぐにこちらを見据えていた。朝焼けの黄色と同じ、ヘーゼルの瞳。全てを見透かすようで……綺麗過ぎて、落ち着かない。
「今の忠告で分かった。昨日も、俺の為を想って、断ったんだなって」
――『俺に構ってると、友達無くすぞ』
いや、確かにそうは言ったが、それは。
「……ポジティブ過ぎんだろ」
「そうかな? でも俺は、そう感じたよ。それに、一色が日直の時。黒板写し終えてない子の事、待っててあげてたでしょ」
――は?
「もう一人の日直の子が消そうとしたの、止めて。『お前の身長じゃ高い所届かないだろ』なんて言い方してたけど。……一色は、優しいんだなって思ったよ」
「だから、友達になりたいと思ったんだ」――真っ直ぐな瞳で、キッパリと告げてくる。胸の奥底が、ざわめくのを感じた。
なんだよ、それ……。何でそんなとこ見てんだよ。
妙にこそばゆくなって、視線を逸らす。
「お前の思い過ごしだろ」
「……もう一つ、分かった。一色って、照れ屋さんだ」
「はぁ⁉」
不意に、時任の指先が俺の頬に軽く触れた。少し、ひんやりとした感触。ぞくりと、全身に痺れが走った。
「ほら、真っ赤だ」
そうして、茶化すように言って、奴は
「喧しい」
軽く払い除けて、顔を逸らした。そんな俺に、時任は特に気分を害した様子もなく。
「一色、一緒に食べよ?」
繰り返した。あー、もう。クソ。見んな。調子が狂う。
「……勝手にしろ」
「うん。勝手にする」
俺が投げやりに折れると、時任はニコニコとご機嫌に自分の弁当箱を広げ出した。
――やっぱり、コイツは苦手だと思った。
それ以降も時任は何かと声を掛けてきた。断るのも面倒になった俺は、流されるままに一緒に行動する事が増えていった。
まぁ、どうせその内飽きるだろ。それか、コイツも他の奴らみたいに俺に付いてこられなくなって、遠ざけるようになるんじゃないか。……そう思っていたが。
元々運動も勉強も出来た時任は、俺がどれだけ良い成績を出した所で、関係が無かった。むしろ、いっそ張り合うように精を出して、いつも楽しそうに隣に居た。
気が付けば中学の三年間、クラスも部活もずっと同じ。更には、進学先の高校まで一緒だったもんだから、流石に抗う事はやめた。認めよう。――コイツはもう、俺の親友だ。
時任 砂音は、いつの間にか俺にとって、無くてはならない存在になっていた。
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