不老不死は容易く最期を迎える

もぐら

第1話

日が暮れて数刻。

辺りは静かで、そして少しだけ涼しかった。

薄い雲で霞んだ月、そよぐ風、揺れる木々の影。

立ちすくむ、一人の小柄な女性。

肩までの黒髪を、白い指で撫でるのは、彼女の癖だろうか。

彼女は、とある建物の前に、かれこれ四十分ほど佇んでいる。

わざわざ夜を迎えてから外出した彼女が、飽きもせずに憐むような眼差しを投げているのは、今にも崩れそうな大病院の廃墟である。

「こんなに」

彼女の言葉は誰にも届かない。

「こんなに大きなモノにも、寿命があるんだ」

瞬きもせずに見つめていたからではないであろう、一筋の涙が澄んだ瞳から頬を伝った。

まるで彼女の心に感情が湧き出し、満たし、溢れてしまったように。

ポツリ。渇いた土に小さな染みが付いた。

その染みが、馴染み、消えかかった頃。

唐突に静寂を破ったのは、酷く乱暴な轟音だった。

何か、物凄く重い物体が、何か、物凄く硬い物体を叩き割ったような。

彼女は小さな身体を反射的に縮めた後、おずおずと、轟音の発生源と思わしき方向に歩を進めた。

特別な意図など無かったであろうが、この行動が彼女の人生を、文字通り根本からひっくり返す事になる。


私は、廃墟の裏手に回り込みました。

なんとなく、本当に、なんとなく。

大小様々なコンクリートの塊が、そこら中に散乱していました。

それが廃墟の残骸で、上空から崩れ落ちてきた物であることは、鈍い私でも想像出来ます。

一際大きな、力自慢の男性でも持ち上げられないような、残骸が一つ。

その傍に、さも当然かのように、青年が一人。残骸を見下ろす、悲しげな瞳。

「え?」

思わず声になって、その事にまた、声が出そうになりました。

口を両手で塞いでみましたが、青年は、たっぷり残骸を見下ろした後「飽きた」と言わんばかりに目線をこちらに移しました。

そして、私のことを、先程残骸を見ていた目のまま捕らえると、彼の視線はすぐに私を離れました。

彼は私に背を向けて、歩き出しました。

私がいることに、気づいていないかのように。

いや、むしろ、私がいることに全く関心などないかのように。

「待ってください!」

何故、彼を引き止めるのか、自分でも分かっていません。

思わず、大きな声が出て、また自分の口に手を当てました。

彼は意外にも素直に立ち止まり、再度ゆっくりとこちらを振り返りました。

何故、自分が引き止められたのか、彼も分かっていないようでした。

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