第19話 特訓

 書斎に辿り着いた俺は、歴史書を中心に借りて読み込んでいく。

 数千年前から続くこの国の変遷はとても興味深く、数時間ぶっ続けで読み続けた。


「アルスくん、アルスくん、お昼ですよ」

「――――おっと」


 紫音に呼ばれ、本の世界から現実に帰ってくる。

 そんな俺を見て、彼女はくすくすと笑った。


「とても集中していましたね。そんなに面白かったですか?」

「ああ。内容もそうだけど、新しい知識が増えていく感覚はやっぱりいいな」


 向こうじゃ本を読める機会なんてほとんどなかったしな。


「喜んでいただけたようで何よりです。さあ、食卓に向かいましょう」

「ああ」


 その後、俺は2人と昼食を頂いたのだった。



 昼食後、千代は食料品などを入手するためということで館を後にした。

 紫音の命を狙うものからはバレないよう、面倒な手段で、一ノ瀬家の従者と会ってくるとのことだった。

 後で感謝を言うとしよう。


 残されたのは俺と紫音の2人。

 彼女は巨大な庭で魔術の特訓をするとのことだったので、俺も見学させてもらうことにした。


 体を動かす用の服装に着替えた彼女は、照れながら言う。


「ア、アルスくんほどの方に見られながら特訓をするのは少し恥ずかしいですね」

「やりにくいようだったら、いなくなるけど」

「いえ、ぜひいてください。気になったことがあれば、教えてくれると助かります」


 とのことだったので、そうすることにした。



 呪文を唱えながら術式を構築する彼女を見ながら、俺は元の世界のことを思い出していた。


 あちらの世界で使う魔法では、基本的に術式を使用しない。

 戦場において、術式の構築、展開を行う暇がないからだ。

 そのため魔力をそのまま様々な現象に変換するといった方法を使う。



 術式を必要とするのは、大規模な魔法だけ。

 例えば俺が浴びた転移魔法などはその最たる例だ。

 複数人で発動するため、方向性を決定する術式がなければならないのだ。

 魔法はイメージで発動するものだが、複数人のイメージが完全に一致するわけがないからな。



 その知識がある俺から言わせてもらうと、紫音の魔術にはいささか無駄が多い気がした。

 一人で戦うための力なら、術式を経由しない方が効率がよさそうだが……。


 まあ、こっちにはこっちのやり方があるのだろう。

 そう思い、ひとまず口に出さないまま彼女の特訓を見届けるのだった。

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