練馬のヤンキーが悪役令嬢と入れ替わり! ――おまえがおれで、おれがおまえで!?――

木村

プロローグ

「アァアアアアァア?!」


 それはまるで朝を告げる雲雀ひばりのような、しかしそれよりも甲高く響く声だった。

 シュヴァラン家別荘のハウススチュワードであるニャシュー・レーゼンは朝食の支度をしながら、メイド長であり自らの妻であるエリー・レーゼンを見た。エリーはすぐに夫の意を理解し、彼らにとって最も大切な来訪者であるレオナ・メディック・(122字略)・コンツェルン令嬢れいじょう(以下の表記はレオナじょうとする)の元へ向かった。


 レオナ嬢はエリーが仕えるシュヴァラン家のご子息の婚約者であり、なにがあっても機嫌を損ねていい相手ではない。


 例えアポイントもなしにやって来た無作法者であったとしても、例えほとんどのハウスキーパーが休暇に出ているオフシーズンにやってきたとしても、例え家主がいないにも関わらず勝手に一泊するような人間であったとしても、だ。

 エリーは足早に、しかし足音は立てずにレオナ嬢がお泊まりになっている部屋に向かった。

 エリーがその部屋に着く頃には叫び声は止まっていた。が、部屋の中から足音とブツブツと呟く声。

 エリーはまずその扉をノックした。

 すると部屋の中から聞こえていた音が止まった。エリーは深く息を吸い、心を落ち着けてから口を開いた。


「お嬢様、どうされました? ……なにか不都合がありましたでしょうか?」


 廊下からエリーがそう声をかけると「ァア?!」と奇声があがった。しかしそれからシンと静かになった。

 エリーは少し迷い、しかし口を開いた。


「……お嬢様、入ってもよろしいでしょうか?」


 少しの沈黙の後、部屋の中から深いため息が聞こえた。まるでなにもかもを諦めたかのようなため息だった。パタパタと足音が鳴り、ガチャリとエリーの目の前の扉が開いた。


「構わねェよ、入りな」


 そこにいたのは寝巻き姿のレオナ嬢であった。

 その絹糸のような金髪は無防備に下ろされ、柔らかな絹素材の真白のネグリジェは彼女の体を心許なげに隠す。傷もシワも染みもない足が日の光にさらされている。


「どうしたァ? さっさと入れよ」


 エリーは驚いていた。

 レオナ嬢は人一倍自尊心が強く今までこのような気の抜けた格好をエリーに見せたことはなかったのだ。

 以前庭を散策されていたときのことだ。風で少し髪型が乱れたときでさえ、エリーのような従者たちにはなにも告げずにその場を後にし、ほんの五分で完璧な姿になって戻ってきた。『自分でなせることは自分で行う』といった貴族には珍しい独特の考えを持っている人なのだ。

 なのに目の前の彼女はどこまでも無防備な姿で、どういうわけか不思議そうに、怪訝そうにその青の瞳にエリーを映す。

 その姿もその表情も先程の乱暴な発言もなにもかもが平素の彼女とは解離していた。


「し、つれいいたします」


 エリーは混乱はしていた。しかし従者としてなすべきことをなそうと促されるままに部屋に入った。


 この日からエリーの苦難は始まったのだ。



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