第46話 夜風に当てられながら
夜風で体が冷えるのを避けるために入れた茶を飲みながら、俺とエルは二人で少し時間を潰すことにした。
エルやシーナと出会ってからそれなりに時間は経っているが、世間話などはあまりしてこなかった。
依頼の内容や魔物と戦闘する際の注意点など、冒険者としての話が多かった気がする。
だからだろうか。
今エルとは日常の出来事について話しているが、それがとても新鮮な気がした。
簡単にお互いの冒険者生活について語り合った後、エルが茶の入ったカップを小さく傾ける。
「なるほど、ということはアイクさんもフィード出身ではないんですね」
「ああ、故郷は少し南に行ったところにあるんだ。馬車で二十日くらいかな。
冒険者を始めてしばらくはそこで活動してたけど、それなりに実力がついた頃、こっちにやってきたって感じだ」
「私とシーナも似たような感じですね。
故郷を出た時期としてはアイクさんよりも早かったかもしれませんが、色々な町を転々としながらフィードに辿り着きました」
二人はまだフィードに辿り着いてから半年ほどらしい。
ここでふと気になったことがあったため、俺は質問することにした。
「そう言えば、エルが馬車の運転ができることに驚いたんだが。
色んな町を転々とする中で必要と思って覚えた感じか?」
「いえ、馬車自体はシーナと一緒に故郷を出る段階から持っていましたよ」
「そうだったのか」
馬車なんて代物、冒険者になりたての奴が買うことなど普通は無理だと思うんだが。
冒険者になる上で、実家から手厚い支援でもあったりしたのだろうか?
その辺りについて少し気になったが、これ以上聞くのはさすがに野暮だろう。
俺たちはその後も少しだけ話した後、明日に備えてそれぞれのテントに戻ることになった。
体を軽く動かし、温かい茶を飲んだからだろうか、翌朝までぐっすりと眠ることができた。
トリア迷宮攻略当日。
空から太陽の光がさんさんと照らされる中、俺たちは最後の準備を整えていた。
すると、中に入っていくばかりだったトリア迷宮の出入り口から大量の冒険者たちが姿を現す。
全部で七人ほどのパーティーだ。
どうやら数日前に迷宮に入った者たちが帰ってきたようだ。
今から迷宮に挑戦しようとしていた冒険者たちが、次々と彼らのもとに集まっていく。
何か重要な情報はないかと探りにいっているみたいだ。
トリア迷宮は出現してまだ日が浅いダンジョン。どんな情報でも欲しいのだろう。
とはいえ、せっかく苦労して手に入れた情報を簡単に漏らすパーティーなど普通は存在しない。
何らかの交換条件が提示されるのが基本だ。
その条件次第で、彼らは情報を諦めて自分たちだけの実力でダンジョンに挑戦するのだろう。
期待と不安の入り混じった視線を受けたパーティーのうちの一人、リーダーらしき男の口から出たのは予想外の言葉だった。
「ここは、ダンジョンではないかもしれない」
ざわざわと、彼の周囲を取り囲む冒険者たちが騒ぎ始める。
「どういうことだ?」
「中には魔物や魔石があるんだろ?」
「聞いてた話と違うぞ」
混乱する冒険者たちに向けて、男は続ける。
「どういう意味か疑問に思ってる奴がほとんどだろうから言っておく。
俺たちのパーティーは三日かけて、ダンジョンの最下層にまで辿り着いた。
けどそこにはボス魔物も攻略報酬も何も存在しなかったんだ」
「そんなこと、あり得るのか? 何か見落としてるんじゃ?」
「俺たちもそう思って最下層を隅々まで調べまわったが分からなかった。
そんでもって、こうして諦めて戻ってきたわけだ。
アンタたちも無駄足になるかもしれねぇが、まあ頑張りな」
数日にわたる攻略が不遇で終わったせいか、男には覇気がなかった。
疲れ切った様子のまま、彼らはここから去っていく。
「――――とまあそういった話みたいだが、俺たちはどうする?」
俺は今の話を一緒に聞いていた他の五人のメンバーに向けてそう言った。
さっきのパーティーの話を聞いて、他の冒険者たちが攻略に行くべきか躊躇していたからだ。
だけどここにいる者たちの中に、その程度でやる気を削がれる者はいなかった。
「私たちならきっと大丈夫だよ!」
「うん、全部なぎたおす」
「当然ですわ。ご主人様とわたくしが協力すれば、どんな不可能をも可能に変えられますもの!」
「そうだね。それに普通に見落としがあった可能性もあると思う」
「せっかくです。私たちが一番に攻略してみせましょう」
満場一致。
分かっていたことだが、これ以上に頼もしい答えはない。
「ああ、俺も皆と同じ気持ちだ。
それじゃ、行くか!」
「うん!」「うん」「ええ!」「はい!」「はい」
それぞれの決意を胸に抱き、俺たちはトリア迷宮攻略を開始した。
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