JKと、生き遅れた水商売の空

久賀広一

「アタシ今日、地球を出ていくから」


そんなことを美咲が言い出したのは、ちょうど三時間目を終えたばかり、運動部の男子が早弁はやべんをしていて、からかわれて米つぶを噴きだした時だった。


「ーーうん?」

品子はいつものように、突然会話を切り出した彼女に、相づちを打つふりをしている。


「……ほら、あたしって、将来身体を売って暮らしていきたくない人じゃん?」

「ふむ?」

この子はいつも、なんで私を親友だと思っているのだろうか。

携帯は持ってないし、遊ぶ約束は、三回に一回くらいドタキャンするくせに。


「……いとこの親父さんがさ、なんか民間ロケットの会社で働いてるんだよね。ドラマで夢を見たとか、そういうの。それで、宇宙飛行士は高くて雇えないから、私に打ち上げ一回、50万円で衛星軌道を一周するつもりはないかって」

……ああ、もちろん動物実験は終わってるし、私はトイレや腹筋してるぐらいで、あとは寝てていいってことなんだけど。


「まあ、おいしいバイトなんじゃないかな?」

いちおう背中を押して欲しそうに見えたので、品子はそう答えておく。

「だよねえ?

あたし、お婆ちゃんの生活保護費で暮らしてるからさ、正直お金はいくらあっても困らないんだよ」

……まあ、お金は誰もが多くて困るものでもないけどね?


「じゃ、今度学校に来るのは半月後だからさ。今日はこれで早退して空飛んでくるよ」

「……」

べつに今日も休んでよかったんじゃないかと品子は思ったが、とりあえずテンションは保温しておいた方がいいか、と無言で手をふっていた。






――――――――





「……美咲……。もう私は、30歳になっちゃったよ……。

何とか一度だけ結婚はできたけど、子供なしバツイチは、けっこう世知辛い世渡りだよねえ?」

チーン、チーンと仏壇のりんを鳴らしながら、品子は手を合わせていた。


宇宙彼女 ーー 美咲はべつに、空に行ったまま帰ってこなかったわけではない。

ただ、ロケットを打ち上げた40秒後にはすでに、頭を下にして完全燃焼しながら地面に突っ込んでしまったのだった。


「……あんたはいつも、いい笑顔でピースしてくれてるよねえ……」

遺影の中の彼女は、セーラー服が最高に似合う、親友的存在である。

「まさかバカだと思ってたあんたがさっさと死んで、私が水商売でアップアップ言ってる暮らしだなんて……」


まっとうに看護師資格も取ったというのに、なんで自分はこんな横道にそれちゃったんだろうと、品子はときどき寝る前に考えてしまうのである。


でも、彼女が思いっきり馬鹿やってくれたおかげで、自分もどこか軽い気持ちで日々を過ごしていけている所もあるのだ。


……おやすみ、美咲。 明日も ーー いや、今日の夜も、私はキャバ嬢として星の下でがんばってみるよ。

そう言って酒くさい息をはきながら、品子はふとんの中にもぐりこむのだった。




そのうっすらと空が白みはじめた朝方、品子は不思議な、なつかしい夢でもう一つの結末を見ることになる。

宇宙船に乗る前に、ニュースでピースサインを出していた美咲は、不吉な事故により、テレビの前のみんなを慌てさせていた。

しかし彼女は、なぜか宇宙服を着たまま、落下傘で地球に脱出することができたのである。

ーーそして、打ち上げを地上で心配していたお婆ちゃんに、50万円を渡して、にっこりと笑ってみせたのだ。


「今日はとんテキ食べられるね」


……いや、別にそこはサーロインで良くねえ!?

思わずテレビに向かってつっ込んだ品子は、その時なぜかキャバ嬢姿の高校生で、笑いながら忙しそうに時間割りをつめていたのだ。







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