第11話 僕がエリナの秘密に触れた話

「外を探しましたが、もう何も。どうやら魔王は去った様です」


「そうですか……いや、貴方が居てくれて助かりました」


「私は何も」


 学校内で外を伺っていた先生方の元へ、先ほどの黒髪長髪の男性が帰ってきた。「外にはもう危険は無い」と伝えられた先生方は、一様に安堵を浮かべている。その後ろで僕は震えていた。


「のう、ここはなんなのじゃ? のう、クロス~」


「しっ、静かにしてて!」


 僕は慌ててルヤタンの口を塞ぐ。件の魔王が、実は生徒に紛れて学校に入っている、なんて知れたら大パニックだ。そしてその魔王が『僕に懐いている』なんて知られたら、大ピンチだ! なんとしてでも隠し通さなければっ!


「残されていたのは、この大きな袋だけでした。恐らく魔王の物でしょう」


「あ! それわんんんん、んんん!!」


「何が言いたいかは分かるんだけど今は我慢して!」


 長髪の男性が掲げる袋は、間違いなくルヤタンの袋だった。聞こえてくる話によると、アレは王城の保管庫に移動するとのこと。勿論、これはルヤタンの耳にも届いたらしく、彼らを指さして物凄くモゴモゴしていた。


「わかってる、ちゃんと後で取り返しにんふぅ……って手を舐めないで!?」


 あ。しまった。

 手を離してしまった!


「っ、儂の袋! 返すのじゃ!」


 ルヤタンは叫びながら袋へと突進していく。もちろん彼らも迫る彼女に気付いた。ひええええええええマズイ。


「なんだ君は? 止まりなさい!」


「儂の袋ー!」


 静止なんて無かったかの様に、ルヤタンは真っすぐに袋へ飛びついた。不意を突かれた男性はものの見事に袋を奪われてしまう。


「これを手放してしまうとは、一生の不覚じゃ……もう離さぬぞ!」


「ッ!? まさか……!!」


 ルヤタンは満足そうに袋を抱え頬ずりしていた。その様子を見れば流石に彼も気づいたらしい。ック、こうなったらもうどうしようもない。覚悟を決めよう――!


「ま、まさかお前は……魔お!」

  

「ちょっと待って下さい!!」


 僕は素早く移動し、ルヤタンと彼の間に立った。すかさず僕に鋭い視線が向けられる。うぇええ怖あ。お願いだから、その右手に握っている剣は振らないでね。


「退くんだ少年。彼女が何者なのか解っているのか! この圧倒的な魔力、そして悍ましい気配。間違いなく魔王だ!」


 『魔王』の単語が出た瞬間。周囲の生徒から一斉に悲鳴が上がり、


「ルヤ……魔王は、僕が服従させました!」


 そして僕の叫びで一瞬にして消えた。

 はい、さようなら僕の学園生活。


「え? 何を言っているのあの子。魔王を服従させた?」

「バカなの?」

「死ぬの?」

「でもよ、確かに魔王は大人しいよな……」

「嘘、それじゃあ本当に?」


 ひそひそ話が徐々に広がっていくのは居心地が悪いな。

 まあ殺気を浴び続けるよりはマシだけど。


「……」


 睨みつける男性は口を開かない。信じてくれたとは思わないけれど、ルヤタンが暴れる気配が無いのは確かだ。なんならずっと袋に抱き着いて「ふみゅ~」とか「はぅう~」とか情けない声を出している。可愛い。すこ。


「……証拠はあるのか、少年」


 やがて口を開くと、男性は静かにそれだけ呟いた。僕は彼の発する凄まじい気迫に、ごくりと唾を飲む。頭を回すんだクロス・サンタ。クールになれ。ルヤタンが危険な存在では無いという事を証明するんだ。


「……ルヤタン」


「ん、なんじゃクロス」


 僕は彼女に近づき、眼を見つめた。周囲が固唾を飲んで見守っているのが伝わってくる。僕は跳ねる心臓を抑える様に、大きく深呼吸をする。そして問うた。


「ルヤタン、君は僕の言う事を聞いてくれるよね」


「うむ、もちろんじゃ! 儂はお前を愛しておるのだからな!」


「あぃ!?」


 後ろが一気にざわついた。僕の胸もざわついた。いやそうだろうね。魔王に愛を告白されたのだから。そこまでは予想してなかったけど、ま、まあ良いか。


 咳ばらいを一つ、僕は更に続ける。


「なら、もうこの世界で暴れたりはしないね?」


「うむ、儂はお前の迷惑になる事はせんぞ!」


 ルヤタンは最高に清々しい笑顔で、そう言ってくれた。


「そんな、馬鹿な……!!」


 間を置き、歓声が沸き上がる。僕は逆に安堵のため息を吐き脱力した。良かった。ルヤタンが僕を好きでいてくれて。なんでかは解らないけど。


「こんなことが……!」


「どうですか。これで良いでしょう」


 男性に向き直り目を見据える。大きく動揺しているけれど、疑っている様子はない。


「……しかし、彼女は禁術を扱う恐ろしい存在だ。野放しには出来な……」


「あ、それは後ろの彼女がやりました」


「!?」


 ビュン! と風を切る勢いで僕の指先を確認する男性。

 そこには首を傾げているエリナが居た。


「ま、まさか……彼女はまだ学生じゃないか! それも初等部の!」


 実際には授業すら受けていないけどね。


「僕自身、信じられないし、嘘だと思うでしょうけど本当なんです。……ヴァーミリオンという名前をご存じありませんか?」

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