4.



 ――微かな霧を、大地が帯びている。

 強く突き刺さる秋の日差しが、プリズムのように地表を乱反射する。



 そして、空。

 すぐそこには天空がある。つまりは、雲の群れが高度を落として、地表に迫ったのだろうか?



 ――否。



 空が、『拡張』されたのだ。何せ天空は、隣人のごとき間近にありながら、なおも空の底まで続いている。むしろ今、この世界の頭上には宇宙ソラの代わりにどこまでも見果てぬ天空があった。


 宇宙を知らぬ時代の人間が思い描くソラのように、どこまでも続く雲の群れ。地上が平面であったとすれば、その上にあるのは筒状に見果てぬ空の無限層である。それが、今に限ってはこの世界にて再現されている。俺たちは今、空を成す無限の層の、その第一階層に立っているのだ。



 だから、すぐそこには雲があるのだ。

 ここはすでに、【空】であるのだから。




「――あれが、敵か」


「ああ。カズミハルと、レクス・ロー・コスモグラフだ」





「……ほう。つよそうではないか。独り占めするつもりはなかったのか?」


「そんな余裕はない。オレはこの戦いにおいて、敗北するわけにはいかない」





「――【ヒト】は、不便だな。どうだ、佳ければお前も俺のようになるか?」


「……冗談だろ?」





 俺たちを置いて、彼らは旧知のように会話をしていた。

 レクスに兜を剥がれ、表情の露出したアダムは、――それこそ古い友人と久しぶりに話すように素っ気ない。



 対する竜。

 或いは、『竜』。



 ――爬虫類の無表情に携えて見えるのは、不思議と、旺盛なる喜怒哀楽であった。




「……、……」




 ――『竜』


 上背は数mはあるだろうか。その姿は、西洋の伝承やファンタジーRPGに出てくるような、二足二腕のモノである。


 そのシルエットはシャープで、しかしながら収斂した岩石の様な重量を思わせる。鱗は灰白く、雲間に紛れればその姿は判然としなくなる。


 そいつは今、巨大な翼をに羽ばたきながら、天空の雲間、つまりはここからおよそ10m程度の高さで滞空をしている。


 それを俺は竜であると思う前に、

 なんというべきか、……『竜』であると感じたのだ。



「……、」



 ヒトの形作る文化には、曰く、奇妙な符号の一致があるのだと言う。

 ここにおいて、奇妙ではない符号の一致は、例を挙げればわかりやすい。


 例えば、神。これは共通して大抵の文化圏に存在する仮想存在である。

 或いは、どこの文化圏にも共通して存在する。これを後天的に、世界基準の言葉で以って『神』という総称で呼んだともいえるだろうが、そもそも、つまりはどの「世界観」にも「人の上位互換」は存在したということになる。


 ならば、それは何故か。

 理由としては二つ。この世界がヒトにとって脅威的だったことと、そしてヒトが、あまりにも脆弱であったことである。


 まず一つ、この世界というのは概ね、ヒトにとっての恵みであるとまったく同時・・・・・・に脅威でもあった。この世界はヒトに食べ物を、飲み水を、陽の温かさを提供するが、時として世界はヒトに、捕食者を、疫病を、雷雨を与えることもあった。それに抗う術を知らなかった最初期の産業革命以前のヒトにとって、つまり自然とはヒトの上位者だ。気分によっては恵みを、或いは天災を施す複次元の存在。これをベースに人は、自然崇拝やアニミズムを生み出した。


 しかし他方で、ヒトの想像力は世界を超える。

 太陽の熱を間近に感じられるほどの高空を飛翔できる蝋の翼や、月を歯噛みするほどの巨大な狼や、世界を背に乗せて眠る巨大な海洋生物。それら想像物は時として、この世界の限界を超えることがある。そして、彼らの想像力は彼ら自身をも容易に凌駕するだろう。ヒトの想像力にとって、ヒト風情の限界値というのはあまりにも天井が低い。ならば、これを超えた存在がいてもおかしくない。いや、いなければおかしい。そしてその上位存在こそがヒトを生み出したのだ。我ら模造品は、それゆえに脆弱なのだ。逆に言えばヒトの弱さは、上位存在による機能的限定セーブによるものとみるのが自然なことだ。なにせ重ねてになるが、ヒトは、思い浮かべたことの大抵が成しえない。これは絶対に、不自然なことであるからして。


 ……さて、これを以ってヒトは、自然崇拝とはまた別の、上位次元存在の存在を仮定した。

 この二つの仮定に人類が行きつくことは、どんな国でも数学上の1+1が2になるようにして、全文化において同様である。なぜなら、どの文明もヒトの支配圏だ。支配種ヒトが変わらない以上は、どこにしたって悩みは似たようなものだ。


 これが、どんな文化圏にも似たような上位存在思考が存在したことの理由である。これを一つの、「奇妙符号」の例として、


 さて、それでは「奇妙な符号」とは何か。


 ……どの文化圏にも当然、古くからの『神』がいる。『上位者』が、『ヒトより強きモノ』がいる。これは奇妙ではない。



 しかしながら、――古くからの『ヒトより強きモノ』がどの文化圏でも必ず、であるのは、「奇妙な符号」と言っていいだろう。


 強きモノを思い浮かべろ、と言えば、その返答は千差万別だろう。しかしながらこの世界において、『竜/龍』が弱いかと聞かれ、肯定を返すモノはほとんどいない。『竜』とはいつしか、悪逆と賢知、暴力と誇り高さ、強欲と清貧、そして、のイメージを同時に持つ存在となっていた。



 ――さて、



 その上で、この異世界には竜はいるのだ。トカゲに羽の生えたような生物や、無重力じみて空を泳ぐ蛇は実際にいくらでも。だからこそこの世界において、あの存在は竜ではなく『竜』と呼ぶべきなのだ。



 なぜなら、

 ――あの威風、孤高。

 気高さ、強さ、その全ては、



 きっと、誰もしもが心に浮かべた、その原初の『竜』そのものであったために。



 あれを見て人は、『竜』以外の名では呼ばない。むしろあれこそが、俺たち人類が思い浮かべていた『竜』そのものなのだろう。


 ……個人ではなく、ヒト類すべてが文化圏をも股にかけ、世界の規模で以って共有する『絶対強者のイメージ』。



 そのイメージが先なのか『彼』が先なのかは知らぬが、

 ――それそのもの・・・・・・が、舞い降りたのであった。






「エイル」


『なんですかッ! こっちハチャメチャに忙しいんですけどッ!!』







「……――。レクスの封印の、全開放を」


『!! お、おじいちゃん! おじいちゃーん!!』








 さてと、








「――、……、【問い】は、済んでいるんだよな」


「ああ」




「では、……そうか。俺がすることは闘争だけだな。準備がいいな。心が躍るようだ」


「それは結構」




「じゃあ、征こうか」


「――ああ!」







 彼らのやり取りで以って空が、朝の訪れでも黄昏への至りでもない黄金の色に変わった。


 天空の無限層が、スポットライトを降ろすように輝かしき光を地上へと向ける。『竜』の背後、雲の群れが光を透いて、柔らかな光を帯びる。そして地上、空の一層目からは、――光に充てられるようにして、影が浮き彫りとなる。



『竜』の瞳。

 その色が爛々と、こちらに視線を落としている。

 影差した天上、その光景において――











「――変身・・











 それに能う格が、一つ、生れ落ちたような感覚。

 或いは、――敗北を知らぬものの登壇。最も強きものと、最も敗けぬもの。


 ――その二つが衝突するという、それは高揚だったのかもしれない。
















「――ライダーァ!!!!・・・・・・・・・


 キックッ!!!!!・・・・・・・・・
















 怒号の一つで雲が晴れ、それほどの余波を放ちながらレクスは虚空に飛び上がり、

 そして、――撃音。











「――――ッ!!!!!!」











 彗星の衝突の様なふざけた衝撃で以って、天空までに弧状の晴れ間を伝播させながら、

 レクスは『竜』に、その一撃をクリーンヒットさせて――、





















/break..





















『あー、あー、聞こえるか、鹿住ハル?』


「……レクスか?」



 レクスが見事にもたらした晴れの最中。

 周囲には弧状の千切れ雲がある。惑星衝突の様な衝撃は、今は残響を残すばかり。


 空の向こうまで突き抜けるようなキーンという不思議な音を聞きつつ、俺はカフから流れるレクスの声に耳を澄ませた。



「なんだ? 上手いこと何かしら傍受したのか? ……まあいいか。用は?」


『こいつは、俺の獲物にした・・・・・・・。お前は完全に足手まといだ』



「……だろうな」


『だから、そっちがお前だ。……イケるな?』





「どうかな。――切るぞ」






 さて、






「……、」



 レクスによる、恐らくは最高火力の一撃。

 それで以って、――ギャグマンガみたいな勢いで、レクスは竜ごと地平線のその先までまっすぐに飛んで行った。



「……、驚いた」



 そう、アダムは言う。

 俺は、――何に? と、敢えて返した。



「それは当然、ヤツの実力に、だ。……バハムートを弾き飛ばせる膂力か。それは、オレにもないものだ」


「余とか儂とか言ってなかったか? メッキ、剥がれてるぞ」



「構わないさ」



 ――発砲音。

 それは当然のごとくして、俺の目前にて、



「……ふむ、見えた・・・


「……、……」




「――もう一人いるな・・・・・・・出てこい・・・・




 その言葉には、

 ――残念ながら、答える者はいない・・・・・・・・



「……名乗りを上げないか。なら、それでも佳い。その程度の敵は、ただの野獣だ」


「……――そりゃ、どうなんだろうな?」



 俺の言葉に、アダムは首を傾げた。



隠者ハーミットの存在を認めたのか、今?」


「ああ。それで構わない。……さて、どこに隠れてるんだろうなぁ? お前はそれに、怯えていろ」



「怯える? オレが? くだらない」


「そうかな?」



 ああ。

 この戦場に参加するもう一人・・・・は、隠れているにはもったいないほどの『格』を持っている。


 本当なら、もっと警戒をすべきなのだ。なんなら怯えて、白旗を上げたって良い。

 なにせ、



「カズミハル」


「なんだ?」



「残念ながら、貴様に勝てるオレじゃないぞ――ッ!!」


「言ってろバーカ」



 ――さて、

 アダムは、これを最終決戦と認めたような表情で、――俺に剣の切っ先を向けた。

























 



















 

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