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風呂上り。
無事に記憶を喪失したらしいカフカが、私に身体を拭かれながら次の指令を私に伝えた。
「時に、そろそろロリの事を信用して良い頃合いですわね。私たちの絆は、特別なものと呼んでいい水準にシフトした。そうですわね?」
「あ、はい(心にもない同意をするときの目)」
「ってことで重要任務。私はこの後準備があるので、私の代わりにこの船の捕虜に食事を持って行ってあげてくださいまし。この船で、私と数名しか知らない彼の居場所を教えますので」
「はい。……え?」
「
〈/break.〉
その部屋は、カフカが言う通り「最上級の敬意」を示されたものに見えた。
いや、正確に言えば私はまだ扉すら開けていない。それでも、その扉一つの圧倒的な気品が、私の鼻腔を通り抜けて脳を殴りつける、……と言ったルックスだ。
「ユイさん。どうぞ、扉を開けてください」
「
「いえ。あなたはカフカ様の正室ですので」
「……そですか」
私の立場的に否定は許されぬ言葉を、彼、――他のホムンクルスよりもぱっと見ゴージャスなホムンクルスが、手に持った食事のお盆を微動ともだにさせずに言う。
……ただの捕虜に食事を持って行く役に二人用意するのもカフカ曰く敬意の表れらしい。
捕虜は、ここにきてからずっと「美人と旨い食事」だけを求めてきた。憮然と連れられてきた捕虜は、なんならこの艦でカフカの顔を見た途端に機嫌を天元突破させたらしい。
また、それに気を良くしたカフカも捕虜の話相手を買って出て、それ以来の数週間、捕虜とカフカはそれなりに良好な関係を構築できているのだとか。
しかし、今日に関してはカフカは用事で忙しい。そこで、この艦における「美人」として起用されたのが、私ことロリ奴隷である。
「……、……」
幸運とみていいのか、不運と嘆くべきなのか。
私はとかく腹を(どうにかなーれ精神に)決めて、そしてぐぐっと、扉を押し開けた。
「――――……な!? なんでここにあねg」
「(察せェ!!!!! の形相)」
「(うわなになにない怖い怖い怖い!!!!!!)」
その部屋は、貴賓を招くための様相であった。
目を焼かぬ程度ではあれど煌びやかな装飾と、靴底をふんわりと受け止める絨毯の感触。焚かれた香は新鮮な花の香で、今はそこに、ワインの匂いが一つまみ。
部屋の壁は一面がガラスであり、それが映画のスクリーンのように空を映す。
春日向の如き空調を浴びながら眺める限界高空の景色は、それこそ絵画のように現実感が無く、その代わりにあるのが芸術性である。
常世にはない景色を、常世の贅を尽くした一室にて眺める。そんな贅沢は、仮にこの部屋の借主が軟禁状態の身の上であったとしても飽きることはないだろう。
外に出られるか否かの前に、外に出たくない。
酒と香りと景色さえあれば、人はこの部屋で一生を過ごすのも可能だろう。そんな部屋にて――、
「…………。」
「…………。」
人をダメにするソファみたいな一級品の椅子に埋もれてワインをくゆらせるゴードンを見た時点で、私の正気は吹っ飛んだ。
「憤ッ!!」
「ぼぇ!?」
本能に任せて、私は連れ立ちの執事ホムンクルスの鳩尾を蹴り抜く。
それで以って彼の意識は即座に消滅し、死んでてもおかしくない勢いで彼は床に卒倒をした。
「え。……え、え」
いまだ状況を掴めないらしいゴードンは、絵画の如き光景の裡でうわ言を呟いている。
そんな彼の目の前に私は、預かっていた食事の皿をドカリとおいて、
「喰いねェ」
「え? あ、はい……?」
「腹、減ってんだろ? 喰いねェ、カリフォルニアロール」
「は、……はい」
それだけ言って、皿を給仕したテーブルに腰を下ろした。
……………………
………………
…………
俺、ゴードン・ハーベストの目前には今、カリフォルニアロールと幼女がある。
いや、この表現は正確ではない。正しく言えば俺の目前のテーブルにサーブされているのは、カリフォルニアロールと幼女もとい俺の上司である。
昔は可愛かったんだ。コイツとの出会いは相当古くて、若者だったコルタスが一級のジジイになるくらいの時間が経っている。その頃にはコイツも俺の事を兄貴かなんかだと思ってくれていたはずなのに、今の彼女には俺の股間をアイアンクローすることに何の躊躇もない。
……いや、股間を鷲掴む分には昔から躊躇はなかったんだが今のクローは昔とは別なんだ。何せ躊躇以上に敬意がない。今のコイツは何のリスペクトもなく俺の股間に掴みかかる。
と、それはひとまず置いておく。
少し前に仇敵(?)、レクス・ロー・コスモグラフに鹵獲され、この飛空艇で絢爛豪華なる虜囚生活を送っていた俺の
「さァ喰いねェ! 喰いねェ喰いねェ喰いねェ!! 腹ァ減ってんだろ!?」
「(なんでキレてんの……?)」
俺と彼女、――桜田ユイの関係は、重ねて言うが非常に長い。だからこそ俺にはわかることがある。
こいつがこういう理不尽なキレ方をしているときって言うのは、流れに従えば従うほどに痛い目を見る。過去に、エノンとかルクィリオらへんがウチに新規加入した時とかも、「上司の言うことにはひとまずイエス」で痛い目を見てきたのを俺は知っている。なにせ翌朝のゲロの始末をしたのが俺だからな。
ということで俺は、培ってきた暴風への命を守るためのマニュアルを、凍り付いた脳みそからひとまず引っ張り出すことにした。
「い、いやあ久しぶりすね姉御! 潜入捜査かなんかですかい!? その様子を見ると、上手く行って胴元を騙せてるみたいですけど!」
「お? ……ああ、まァな。よォやく助けに来たぜ。ってかネ、簡単に捕まってるんじゃァないヨ、おめェも」
「め、面目ないなあ……ッ!」
とりあえずのミッションはクリア。ユイは、話を変えてみると多少無理矢理でも案外乗るのである。
……ということで改めての状況整理。
俺はゴードン・ハーベスト。桜田會の最強戦力にして今はしがない捕虜の身の上。今日も今日とて、別嬪の竜亜人の姉ちゃんにメシをあーんしてもらうはずだったんだが謎のコンフリクション。俺の今日のメシには、ちょうどデザートの位置にフルーツじゃなくてロリ上司がいる。んで、その上司が軽くキレてる。
全然整理できない。改めて俺はどんな状況に放り込まれてるんだ?
「よォ?」
「は、はい?」
「いいワインじゃねえの? 香りが良いじゃねェか」
ユイが、テーブルの上で足を組みながら俺に言う。
彼女は、俺にとっては家族みたいなもんなんだが、それでもなお幼女らしからぬ色気がある。……足を組み替えるたびにちらりと除く太腿が、絢爛としたシャンデリアの光をさらに眩く照り返す。そんな光景にて俺は、……焦燥を覚える。
「あ、アハハ……。すんませんね気付かずに! 今注ぎますんでね!」
「オウ」
言って俺は、テーブルの隅に用意されていたワインボトルを手に取った。
いや、普段はこんなパワーバランスじゃないんだマジで。お互いにギリギリめのジョークも飛ばせあえるくらいのフランクな友人関係なんだ。だけど今はちょっと駄目だ。セクハラまみれの数週間を耐えきってきたのかなくらいコイツ目が座ってる!
「……あ」
「あン?」
「あ、いえなんでもないんですケドね、たはは……」
そこで俺ことゴードン、ようやく気付く。
……グラスが一個しかねえ!
そりゃそうだ俺しか酒飲む予定なかったんだもんな!
「いやァネ、お前のお酌なんて何時ぶりかねェ? 毎晩飲めたらいいんだけどナ、用事がねェと呼べなくなっちまってからに。……あン? どォした、早く注げヨ」
「あ……、ちなみにこのワインなんですけど上物っすよ! えっとたしか、エルシアトルのブランド品で――」
「――早く注げヨ?」
さてと進退窮まった。
ひとまずの選択肢としては俺のグラスを使ってもらう、……とすると「間接キッスとか恥ずかしいぜェ///」とか言って俺のちん〇んがもぎり取られることになるだろう。
やはりどう考えても器が欲しい。この部屋で、酒を注げそうなものがあるとすれば……。
「(剣の鞘。駄目だほんのり血の味になっちまう。じゃあバスタブは? ……そのくらい飲めるだろうけど絶対にありえないか! 煙草の箱は、……紙材質だから染みてきちまう! ――あ! そうだアレがある!!)」
パニック性の支離滅裂に陥った俺の思考は、それでも生存本能で回答をはじき出す。
というのもこの部屋、実は過去にグリフィンソールのカシラのペット部屋に使われていたことがあるらしいのだ。名前はポチ。それはそれはキュートなワンちゃんであり、向こうさんのカシラの所有物ってことでこの部屋で一級品のもてなしを受けていたんだとか。
その日の名残りが、この部屋にはまだ残っている。小人サイズのシャワー室だったり二回り小さなの出入り口だったりの他にも、そう。――犬用の飯の皿が!
「こ! これとかどうですかい立派なもんでしょう!」
「あん? それァ、グラスってよかァ皿じゃ――」
「皿じゃねえんすよコレ皿じゃねえ! これはアレなんです! 聖杯なんですよ! 見てくれよ姉御ォこのキメの細やかな装飾をよぉ! どんなこともあろうかってこの艦のアタマの竜亜人の嬢ちゃんが用意したらしいんだぜ! 一番のビップをもてなすために特注した本物の神の盃だ! 知ってるだろっ? エルシアトルのガラス器ブランド『ケビン・フーリ』! 聖人ケビンの祝福をガッツリ受けてるガチガチの縁起ものなんですぜこれは! 少しカサが浅いのが向こうのシアトルじゃ流行ってるのかもしれねえなこりゃあ!」
「やけに、……饒舌じゃねェのか?」
「ぎくゥ!? は、はははそりゃそうだ! 俺だって竜亜人の姉ちゃんに許されなくて使ったこともねえ逸品ですからね! ああホントにずっと使って見たかったんですよここに来てからずっと! なんでもねっ、この盃で飲む酒はソーマもかくやってなもんらしい! 酒好きな神様が誕生日に開ける一本の出来に様変わり! かァーッ! 味が気になるじゃねえですかい! 姐さんが使わないんなら俺が使っちまおうかねえ!」
「待った! ……ソーマかい。そそるネ。――ヨシ。手前はアタシの後にしロ。悪ィが手前のプレゼンが刺さったってェ胸張ってくれナ? 神様のバースデーワイン。いっちょ今夜はキメっちまうかァ!」
「それでこそアネゴだァ!」
ちなみにウソは言ってない。このペット皿はマジで『ケビン・フーリ』製の最高級であり、これに注いだドッグフードは神様がペットの誕生日にあげるドッグフードのクオリティになるらしい。
……まあ、ワインまで攻略圏内かは知らないがなんとかなるだろう。多分捕虜用のワインんよりは神様用のドッグフードの方が旨いと思うし。
ということで俺は、ユイにその『聖杯』(透明のガラス製で、底の浅いスープ皿みたいな見た目)を渡して、そこにワインをコポコポと注ぐ。
……なお、これは余談だが、ワイングラスの飲み口がウツボツヅラのようにすぼまっているのは「ワインの香りを溜め込んで強くするため」である。しかしそこはケビン氏のブランドリティ。なんとなーくでユイも納得をしてくれている模様である。
まあコイツも普段は茶碗みたいな器で酒飲んでるし、そこまで縁遠いシルエットの器でもないのかもしれないが。
「――っと! さあ注いだ! っかー見てみてくれよこのワインボルドー! ささ、味を聞かせてくれよ姉御!」
「よし来た。じゃあまずァ香りからだネ。ふむふむ……」
「……ど、どうだい?」
「…………わからねェが、神サマァこれが旨いのかね? まあ、いいんじゃねェかと思うゼ」
……ちなみに、匂いはパッと嗅いだ感じワインとドッグフードが一対一な感じである。すげえな聖杯。マジでなんでもドッグフードに出来るじゃねえか。これちゃんとワイングラスに移し替えたらマジでドッグフードの匂いしかしねえんだろうな……。
「あァ。気が急いだネ。先に一口貰っちまって恐縮。さてネ。乾杯だ」
「あ、ああ。……乾杯だ」
あくまで彼女は妖艶に、口端をワイン色に濡らしながら、テーブルに座って犬飯皿をこちらに向ける。そして果たして、
――こちん。と良い音。
そしてすぐにユイは、ドッグフード味のワインをかーっと飲み干した。
「……なんだろォね? 二口めから旨くなってきた気がするワ」
「そ、そうなのか? は、ははは。そりゃ気になるなぁ! どんな味になってるんだか!」
「そしたらヨ、手前も、試してみるかワン?」
「いや、遠慮しとく? ……ワン?」
「あ? なに急に犬みてェなコト言ってんだワンww」
「え? え?」
「まァいいワン。酒の席で恐縮なんだがナ、敵の腹ン中でこォしてゆっくりって機会もそうねェからヨ。ちょっくら仕事の話ィしてもいいワン?」
「い、……いいワンよ?(困惑)」
「ンだ? 酒が回って語尾のセンスが落ちたのかワン?」
「いや滅相もない! 空耳だと思うぜッ!(※自分に言い聞かせるように)」
……これが神様のドッグフードなのか、或いはこれは、ペットフード用の皿じゃなくてアダルト系のジョークグッズだったのか。
ユイはどうやら気付かぬうちに気持ちが犬に寄っているようである。
やべえ! お手って超言ってみてえ!
「とかく仕事の話だワン。手前にァ寝ててもらいてェってのがアタシの本音なんだワンがな?」
「(なんだワンがって言葉としてどうなんだワン……)」
「起きてるウチァ仕事だネ。シロートさんもそうして日々を生きてるワン。うちら日陰者もサ、そこァ立派に生きてる方々ォリスペクトしねーとワン?」
「(駄目だ! 姉御のヤンキージョークが語尾のせいで入って来やしねえ! どうしたらいい!? 水でも飲ませたら二日酔いみてぇに治るのかコレ!?)」
「あァ。ワインってのァ喉が渇いちまって酌が進むワンねェ。……ちょいと失敬、一杯貰うワン。あ? いいよ手酌で。……あん? 待てよ、なんだ? アタシから酒を取ろうとしてンのかワン、もしかして?」
「あ!? いやそんなことねえよ! 好きなだけ飲んでくれグラスが良いと酒もやっぱ進むんだなあ!」
「ちがいねェワン。しかし、酒とハナシだけってのも晩酌には味気ねェワン。ツマミはないのかワン」
「ほ、骨とか……?」
「馬鹿にしてんのかワン?」
「(あ、そこまでワン公に落ちぶれてるわけじゃねえんだ!)……じゃあ、俺の夕餉で悪いが、そのカリフォルニアロール、一緒に食うか?」
「……このゲテモノなァ。まあ、これしかねえなら、これしかねえかワン」
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