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「あーあー、てすてす。……で、いィのかナ?」


『別に作法とかねえよ?』



「はァ。そォいうもんか。……「見取り図」、貰ったヨ。二枚あったが、どういうワケかネ」


『製作者の名前が付いてる方は仕舞っといてくれ。あとで効いてくる奴だから。とりあえず無記名の方を使って、そっちで上手いコト「世界派」が飛空艦は一隻だけだって勘違いしてる説を流してくれ。出来るよな?』



「出来らァ。任せときナ。それとヨ、大将」


『あん? 俺はお前の大将じゃねえよ』



「良いんだヨ。最初に会った時も、そォゆゥふうに呼んだだロ? アタシァ相手ェ大将って呼ぶときァ、『尊敬に値する』ってな具合のりすぺくと・・・・・だヨ」


『……まあいいや。で?』




「――ありがとォナ。おかげで、ようやく最近ァすっきりした目覚めだ。やることがあるってのァすこぶる心地ァいいネ」


『そりゃよかったよ。じゃ、切るぞ』


「あァヨ。また動きがあったらナ」




 私こと桜田ユイがグリフォンソールの飛空艦に身を潜めて十日。


 メル王都の方は、あのキナ臭さの塊みたいな男が上手い事回してくれているらしい。なので私も、何に気を取られることもなく「自分のすべきこと」に従事していた。


 一つは、ゴードンの居場所を探るコト。これは残念ながら今日までにクリティカルな情報は入ってきていない。強いて言えば、「ゴードンの居場所はトップシークレット扱い」と分かったことは、成果と呼べるだろうか。


 そして一つが、飛空艦『犬戌』に紛れ込んだ第三勢力『ビーン』の正体を探るコト。

 これもまた、十全に運んでいるとは言えなかったが、その状況は今日を持って好転しそうだ。

 私の最重用パシリことエノンとの合流。一つだった人手が二つに増えるのは、表には出さないが本気で心強い。


 それからもう一つ。

 先ほどの念話でも確認したことだが、「グリフォンソールに対する情報操作」もそろそろ最終段階らしい。『世界派』が見取り図を本気で信じていると、『特級派』は一気に、そして自覚なく窮地に立つ。


 なにせ、そもそもレガリア=エネルギーというのが御伽噺の世界の『幻想』だ。この戦争に投入されるだなどとは誰にも予測できないし、「可能性として予測できてもそれを本命として信じることまでは出来ない」。

 なんなら、特級冒険者でさえレガリア=エネルギーの本質を真に理解し、正しく運用できる人間はいないはずだ。それが出来るのは、このエネルギーの『製作者』だけだろう。



「……、……」



 そして、最後の一つの、私のやるべきこと。

 ――それが、『お洗濯』である!




「ごほんごほん! あーあー(チューニング)。……んん!

 ――――さあ! これでバッチリ綺麗になりましたっ!(キャピキャピロリボイス)」



「ぶほッ!?」




 ……後ろで噴き出しやがったエノンに、私は手元の洗濯用石鹸を投げる。


 それは私の「馬鹿力」で以って圧倒的な加速を行い、

 ――ぱこん! と爽快な音を立ててエノンの額をぶち抜いた。



「――――ッ!! ――――ッ!!!!?」


「全く。誰だか知りませんがそんなところに立っているからですよ? 洗濯石鹸は時として滑って飛んでいくものです。危ないですからどこかに行っていてください?(意:殺すぞいなくなれ)」


「いっ、いや待ってください姉g、ぉぉォオオオオオオオオオオ!!!!??????」


「姉御? という方は存じ上げませんが、ロリに何か御用ですか? ごめんなさいロリは宗教上の理由であなたのキャン玉を全力で握り潰しながらお話を伺いますね。何ですか?(意:もう二度と子供作れないネェ? アタシォ笑ったからだネェ?)」


「や、やるコト聞いてないんす!! 俺何したらいいんすか!? このまま帰っていいんだったら帰りますから許してください取れちゃいますってぇ!!!!!」


「あ、なるほど」



 なお、場所は飛空艇『竜辰』の甲板である。


 今日もいい天気なお洗濯日和。

 桜田會をまとめ上げて以来こういう雑務をするのは久しいが、実は私、炊事洗濯というのが結構嫌いではない。



「ではお兄さん。あなたにはビーンさんという男の動向を探ることとゴードンさんの居場所を聞き出すことと、『世界派』は飛空艦が一隻しか来ないとタカを括っているガセ情報の拡散。三つをお願いしますので全部を三日以内に終わらせてくださいね。それかこのままキャン玉ぶっち抜きの刑の二択です」


「さっ!? 流石に無理だ姉御ォオ!!!」


「姉御と呼ばないでください。ロリはあなたのお姉さんではありません」



 ……この気恥ずかしさは、職場に家族が来た時のアレである。ただでさえそんなわけで恥ずかしいのに、私は今一人称がロリなロリ奴隷。


 早く帰って欲しいからコイツの触りたくもない股間をアイアンクローしてるのに、こいつはいつまでたってもこの場から逃げない。さてはドMである。育て方を間違ったのかもしれない。



「では、分かりました。あなたにはビーンさんの素性調査をお願いしますね?」


「先に放して!! 取れちゃう!! うわ今メリって言った気がするゥ!!!!」


「うるさいお兄さんですね? 人が来たらどうしますか?」


「放してくれたら黙ります! 黙ります!! 黙りますゥ…………ッ!!」


「……仕方ないですね」



 放せば黙るとのことなので、そのように。

 すると彼は、――「あふん」とか言って地面に崩れ落ちた。


 ……私には無いから分からないけれど、そんなにキツいものなのだろうか? 私も過去には幾度となくいろんな敵に股間へのアイアンクローを敢行してきたが、そのたびに私は「良く分からないけど死にそうなほど辛そうな顔をしてるおっさん」に失笑していたものである。そんな弱点、ぶら下げている方が悪いと思うんだけど。



 ……閑話休題。

 煩悶から立ち直ったエノンが、私の前に改めて立つ。



「――お久しぶりです。お元気そうで何よりです、姉御」


「あなたとルクィリオには常日頃言ってるはずですね? 私の目線ちょうどの位置に股間をぶら下げるから捕まれるんだ、と。忘れてしまいましたか?」


「す、すんまっせん!!!」



 ということで姿勢を改めて、土下座のポーズを取るエノン。

 これでいい。私の奴隷姿を少しでも見た人間は、このくらいの責を負うべきなのだ。



「とりあえず! ビーンとか言うやつの素行調査やりますんで、姐さんはゆるりと待っててください!」


「ええ。ありがとうございます」


「え……。姐さんいま、俺にありがとうって――!」


「別に普段からもありがとうとは言ってるでしょ?」


「あだだだだっだだだだだだだだ!!!」



 彼の後頭部にアイアンクローをする私。


 ……確かに普段はこんなに綺麗な言葉で「ありがとう」とは言わないけれど、それは気を付けないと呂律が回らないからというだけの事である。



「では、お願いしますね。定時報告はいりません。こちらからの連絡にはコール三つ以内に出るように」


「分かりましたッ!!」


「では、行っていいですよ」



 ――はい! と元気な返事を返すエノン。

 やはり、育て方は間違えていなかった。子供ってのはこれくらい私の言うことを聞くくらいが素敵だと思う。


 さて、


 彼が飛行機雲を作って飛んでいくのを見て、私は次のお洗濯に取り掛かる。

 これが終わったら、次は『龍辰』のカフカ・ドラグニアの傍仕えだ。
















 /break..
















 ――『竜辰』カフカ・ドラグニア。


 グリフォンソールに所属する竜亜人種族の少女で、その見た目は竜亜人の気位と同じくらいに気高い。


 竜亜人というのは、……竜人ニールとは違う、「竜と人の亜種」である。

 竜人ニールは竜にして人・・・・・だが、竜亜人は竜でも人でもなく、その中間だ。




「……お待たせいたしました。カフカ様」


「……、……」




 中間。


 二足で立ち二碗を持つ、「ヒトのシルエット」。

 しかしながらその身体のスペックは竜種の規格に迫る。


 乙女の柔らかな四肢を覆う鱗と、強靭な尻尾と、剣呑な牙と竜種の叡智。


 鱗と同じターコイズブルーの長髪は、たおやかに揺れてこそいても鋼糸のように強靭だ。白磁の肌も、指が沈み込む柔らかさを持ちながら、全力でひっかいても傷一つつかないだろう。

 柔軟な筋肉をこれでもかと詰め込んでいる彼女の身体は、リラックス状態では上等な毛布のように柔らかいが、一度力を込めれば精錬鉄の硬さに変わる。


 気位を如何なく発露する、意志の強そうな瞳と眉。

 それを彼女、カフカは、



 ――私を視た瞬間に、だらしなく垂れ下げてでろでろの笑顔を作った。




「うへへへへ! ロリっちゃーーーーん!」


「(おごォ!!!?)」




 竜亜人種特有の圧倒的膂力による突撃。

 並みのロリなら爆発四散して然るべき一撃を、私はどうにかこうにか受け止める。




「うへへへへ! うっへへへへ! でへへへへへへへへ!」


「よ、止してください! 人目があります! 止してください!!」




 なんてことを私は叫ぶけれど、『竜辰』の凶行を止める彼女の部下はこの場にはいない。


 ……最初の方こそ、なにせ「普通のロリ」なら死んで当然のタックルである。みんなで全力で止めてくれたのだ。だけど最近は、「あの子無事っぽいし止めたら俺たちが致命傷だし放っておいた方が不特定多数の最大幸福は守られる」と、みんなして達観した政治家みたいな視線をこちらに送るのみ。アイツらは間違っている。アイツらと共有すべき災害を私一人が受け皿になっているだけだ。こんな世界に誰がした!



「もう炊事洗濯の係なんて放っておきなよぉ! それより私と生涯添い遂げようじゃないか! そしたらロリちゃんは奴隷から私の妻にクラスチェンジ! この世界のありとあらゆる快楽を味合わせてあげるね!!」


「放してください! やめてください! 噛みますよ!」


「噛んで! 噛んで噛んで噛んで! そして私を食べていいよ! 一つになろうよ二度と離れないほどの強い結びつきで!!!」


「(怖ッ!!!)」



 ちょっとでもこのイカれレズを胎内に入れるのが嫌だったので、私は噛む代わりにちょっと強めに殴りつける。




「――――憤ッ!」


「おっ!!!!!♡」




 比喩ではなく床にめり込むイカれレズ。

 正直こんなパワーを衆目に晒したら一人くらい私の素性を疑ってもいいと思うんだが、そこはこの飛空艦『竜辰』の業の深さである。何よりもまず、「妻認定」された私を丁重に扱うのが、彼ら『グリフォンソール‘s ホムンクルス』の使命であるらしい。


 ――この飛空艦隊に所属する人員は、『晴天八卦』を除くすべてがそのようなを持っている。

 グリフォンソール‘sというのが『製作者の屋号』みたいなもので、ホムンクルスというのは彼らの総称だ。実際の名称の表記は、『Ⓒグリフォンソール‘s_○○』みたいな感じになるらしい。Ⓒってなんなんだろう。



「さあ。盛ってないでお仕事をなさってください。今日はこの後から、『特級派』と『世界派』の会合の事前打ち合わせに参加されるのでしょう? そんなふうにヨダレをデロデロにしたままで、クレイン・グリフォンソール様の前に立たれるのですか?」


「そっ、そうだった! ……いけないいけない。これでは一度シャワーを浴びなければなりませんわね・・! 誰か、準備をしてくださいまし」



 なお、信じられないことに普段の彼女は威風堂々とした令嬢のキャラ・・・で通っている。私は納得いかないが、そのイメージは飛空艦『竜辰』内部のみならずグリフォンソールという冒険者クラン全てに共有されているらしい。



「クレイン様の前に汚れたパンツで参じるくらいなら、私は死を選びますわ。全員、支度を始めますわよ。私の雌の匂いなどを届かせてしまっては私は死んでもまだ罰が足りません」


「(……、……)」



 私がこの艦に乗り合って最も衝撃的だったのが、彼女らの忠誠心である。

 それはいっそ、信仰心さえ超えた何か。クレイン・グリフォンソールのためにのみ存在している彼女らは、例えるならクレインの身体の一部として、彼の人格を全て肯定する存在である。

 喫煙をしようが飲酒をしようが文句一つ言わずにただ己だけ傷付き続ける内蔵のように、彼女らは当然の如くしてクレインを全肯定している。


 そしてそんなクレインは、……果たして、彼女らの信仰心を超えた忠誠に叶う人物であるのだろうか。

 実のところ私は、クレインの人格を推察できるほど彼のことを確認できていない。

 どこで何をしているのかは不明だが、彼は、用事があるときしか『晴天八卦』を呼び出さない模様である。


 ……あと、私を前にしてパンツが汚れたとか雌の匂いが出ちゃったとかその辺は聞かなかったフリである。この世界で生きて長い私は、その辺の処世術クサいものにフタは結構得意なのだ。



「さあロリ。私をお風呂に連れて行ってくださる? 他の者たちは最高級の用意をしておいてくださいまし。クレイン様とのお約束は3時間後ですわね。今日は、仮眠を取り、果物を食べてから出向きますわ」


「……ね、念入りですね」



 ちなみに仮眠と果物については、どちらも見てくれを立派にするための工夫らしい。一旦脳を休めることでおめめをキラキラにして、摂取した果物を竜亜人の特殊な代謝で体内に循環させて体臭を徹底的に整える。


 もはや恋する乙女の所業だ。私なんかに拘ってないでさっさとクレインに告白でもしてしまえばいいのに。……とはいかないのがこの集団、晴天八卦の恐ろしいところで、これに属する連中は皆、この程度の準備は大前提であるらしい。


 例えば八卦のウチの『鼠』の名を冠する少年は、一週間前からの念入りな筋力トレーニングで最高のバルクアップを準備していくのだとか。


 それ、ほんとにクレイン氏は喜んでいるのか? というのは聞いてはいけないことになっているらしい。じゃあもう答え分かってるじゃんというのも言わない約束である。



「そう言えば前回は、戌亥の貧乏娘がクッキーを焼いてきたんだったかしら? ロリ。例のモノは?」


「ダニー・エルシアトル・カリフォルニアから最高峰のカリフォルニアロール職人を拉致って参りました。待機させております」


「よろしい!」



 ちなみに、主の集まる席では当番制で八卦の誰かが食事を用意するらしい。その大役を今回任されたのが彼女であり、会合のリハーサルは三日かけて念入りに行われてきた。……その締めの逸品がカリフォルニアロールでよろしいことなんてないと思うんだけど、そこもまた言及は控える。


 今の私は、主にとっての最高の奴隷を演じるのみだ。
















……………………

………………

…………
















「カフカ様」


「なんですのロリちゃまでろでろ」


「でろでろ止してください。それで、なんでカリフォルニアロールだったんです?」



 竜辰には二つの風呂がある。一つは乗組員用の簡易なシャワー室で、もう一つが彼女と、そして彼女と『同格』の客人向けに用意された大浴場。


 これは、艦隊十一機の中でもこの『竜辰艦』だけの特徴だ。他の艦では、それぞれ別の『趣味への特化』が起きているらしい。


 ただ、この艦において特化しているのが『風呂』だと言うのは語弊がある。この艦において特化されている『趣味施設』は、風呂ではなく『彼女自身』だ。


 竜亜人という存在は、この世界における美しさの至高の一つである。三大麗種などと呼ばれる三大綺麗ドコロに数えられているのが、神様が美しく在れと創り給うたとされるエルフ原種と、人の美しく在れニーズに応えて形を変える淫魔族と、そして彼女ら、世界という研磨剤が美しく在れと研磨したヒト族の最高位種、竜亜人種である。


 その美しさは雄巌なる自然に似ている。その瞳は突き抜ける空のように鮮烈で、しかしてその瞳の奥は深き海の淵のように静かで、また彼女らは、幾つもの世紀を経て生きる大樹のように存在感を内包する。


 それが怒れば、ヒトが想起するのは天変地異の落雷だ。鱗の一つ一つは翠の黄金の様でありながら、見るヒトに同時にダイアモンドの透明感を思わせる。


 そんな彼女を演出するための工夫がこの艦には凝らされており、この大浴場は、そんな彼女のためのステージの一つだ。



「……、……」



 確かに、彼女一人を湯船に浮かべて、バラでも散らせば一級品の絵画になるだろう。

 しかしそこに私というちんちくりんがいては、どうにも絵的には大衆浴場である。具体的に言うなら、ちょうどお姉さんに連れてこられた妹が身体を洗ってもらっているような……。


 まあ、今の私は彼女のよだれを一身に浴びているので一向に綺麗にはなってないんだけどね! くそばっちい!



「お口を、閉じてはもらえませんか……?」


「え? 閉じてますわよ?」


「あ、自覚ないんですね。じゃあもうオーケーです」



 ……閑話休題。


 カフカは、わざわざ手もみで私の身体を洗いながら、待ってましたとばかりに私の問いに胸を張って応えた。



「カリフォルニアロールの話をする前に。……ダニー・エルシアトル・カリフォルニア帝国の事を、ロリはご存じかしら?」


「一般教養レベルですが、存じております」



 ダニー・エルシアトル・カリフォルニア帝国。

 私視点で言えば、この『カリフォルニア』の部分には異邦者的なメタ疑惑が生まれてくる、……というのは置いておくとして。



「圧倒的な王による乱世の平定で以って、この世界最大の大陸を舞台にした総当たり戦争が終結しました。その統一後、100年を下回る短期間で以って、この世界における最高権力を握るに至った大国です」



 その大陸の名が『エルシアトル大陸』。……なのだが、その大陸もまた厄介な下地を抱えていた。

 なんでも、その大陸が人類に開闢されたのがほんの500年前の事らしい。それ以前の記録は曖昧だが、なんでも、何らかの理由で以って彼の大陸は「不自然に人類が見つけられなかった」のだとか。


 そんなフロンティアがいっせーので人類に暴露。当時の大陸は利権を確保しに来た各国の侵略勢力によって荒れに荒れて、結局はアウトロー由来の小規模な自治体が乱立し、そして始まったのが大陸を内括する戦争だったらしい。



「ええ。そのとおりですわ。よく勉強してますのねうっとりですわ」


「(頭をなでるのをやめて欲しい)」


「現在、あの国はこの世界の『最も新しい文化』を司ります。歴史なき国がそれでも人々に羨望されるという偉業。そういう意味で言えば、あの国はこの世界から封建社会を時代遅れにさせたという側面において、世界を変えましたわ」


「はぁ」


「そんな国の名カリフォルニアを冠するロール。――これこそが、クレイン様に最もふさわしいと見込みましたのよ! 最も新しき国の象徴こそ、あの最も先鋭なるお方に食べていただきたい!」


「ちなみに、食べたことってあるんですか……?」


「いいえまさか! あの方より先に『最も新しきことの象徴』を口にするだなんて恐れ多い!」


「そうですか……。素敵な忠誠心だなぁと思いますロリは」


「えっへん!」



 なお、私は『生きていた時代』的にその巻物に詳しい訳ではない。のだが一方で、寿司は非常に縁が近い。


 そんな私に言わせれば、寿司にマヨネーズかけて食うとか絶対に許せない所業であった。少なくとも寿司は名乗って欲しくない。寿司だよって自己紹介さえされなければ、趣味の悪いジョークだって笑い飛ばしたうえで仲良く出来たかもしれないのに……。



「楽しみですわね! カリフォルニアロール! 侘び寂びでしたっけ? ワサビでしたっけ? それが入ってるんですわよね!? 概念上の旨味が!」


「侘び寂びは概念上の旨味ですがワサビはこの世界に存在します。そしてどっちも入ってはおりません。追加させますか?」


「あら、入ってないんですの? ……まあでも、職人が完成の域に到達させた逸品を私の一存で変えるわけにはいきませんわ。侘びとワサビはまた今度にいたしましょう。……時にロリ?」


「はい?」


「侘びとワサビをクレイン様に味わっていただきたいと思いました。次の会合演出の番に向けて今から考えておきたいですわ。何か食事のアイディアはありませんこと?」


「……ざるそばとかですかね」


「The☆RU☆SO☆BA!? それはいったい、どんな食べ物なんでしょう……!?」



 そんな表記じゃ侘びもワサビも風味ゼロじゃねえかなとは思いつつ、私は異論を挟まない。私が奴隷潜入捜査のキャラ参考にしている、とある「ウチで一番高い奴隷ちゃん」なら、ここで主人が何を口走っても慈愛の笑みで受け入れるはずだからだ。


 ……多分内心ではこんな感情だったんだろうな。腹黒だったんだなあ、あの子。



「ああ。ロリは本当に聡明ですわね! ……それに華奢で、可愛らしくて」


「……やめてください。触らないでください」



「(つぅっとロリの背筋を撫でる)」


「触らないでください。いいですか、私には大声をあげる用意があります」



「嬌声を!? まぁ! (ロリの下半身に手を伸ばしながら)」


「――怒号だよォッ!!!!」



 ダガン!!!! と轟音が、私の拳から鳴り響く。

 憐れ私のティンパニーと化したカフカはぴゅるるる~と大浴場を舞い上がり、




「――ぼへェ!?」




 三大綺麗ドコロとは思えぬ悲鳴を挙げて、そのままプカプカと湯船に浮かんだ。




「……、」


 ……まあ、仮眠の予定が早まったと思えば問題はないだろう。

 私は改めてゴシゴシと身体を洗って、



 ……どうせ誰も見ていない機会なので、ロリの皮まで洗い落として、実に雑に湯船に身体を降ろした。



「ふいィ……。生き返るゥ……」



 広大な大浴場を一目で見渡せる最高のロケーション。古代ローマを思わせるようなゴシック調の様式だが、この浴場はあくまでも『絵画』である。


 視線の向こうには、見るモノのための『舞台裏観客席』があった。ゆえに私は、つぃーと湯船の対岸へ泳ぐ。


 そして改めて、『絵画』の特等席へ。

 この席、――この巨大な湯船における下座は、カフカ・ドラグニアという芸術を、クレイン氏に見てもらうために用意されたものであるらしい。



「(……日本酒が欲しいネェ)」



 カフカが身体を浸す湯船があるとすれば、そこに下手な装飾は逆効果だ。ゆえにこの絵画は、背景に「空」を選んだ。


 主役が不在の、『湯浴みの絵画』。

 この一抹の寂しさも、高空の景色を背景とすれば背筋が凍るほどに切れ味を増す。……主役がそこでケツだけ星人となってぷかぷかしてるのさえ視線に入れなければ、ここに足りないのは酒だけな最高の景色であった。




「……、……」


 ――考え事。




 酒がないために私は、それをつまみに、ちびちびと空を舐める。



「(厄介な仕事ォ任されたもンだ。やることは、なんだったっけ?)」



 ハルに、あの私の憤懣に満ち満ちた部屋で伝えられた『作戦』を思い出す。

 曰くこの艦に、「とある集団」が訪れるらしい。そいつらが動きやすいように下準備をしておくことが、私のひとまずの仕事である。


 そして、……ゴードンの可及的速やかなる捜索と救出。

 この二つが私にとっての最重要任務であるのだが、



「(とりあえず、カフカには取り入った。色気騙しなんぞがァ仕事する羽目になるた思わなかったがナ……)」



 私が確保した信頼は、現状で行けばそのまま「とある集団」への信頼に転用できるだろう。それだけの劇薬を、――つまりは設計図を、実に悪趣味なる「作戦要綱」と共にハルは用意してくれた。




「……、……」


 ――『彼』が敵であることを知っているのは、現状では私とハルだけだろう。




 それを理由に私は、私さえヘマをしなければこの作戦は確実に上手く行くと、はっきりと理解できる。



「(さァ。どっからなんでもかかって来いヨ。……覚悟ァ決めたゼ。こなすだけだってナ。アタシァ、――最高にキュートなロリに、なり切って見せるゥ!!)」



 静かな空の景色を前に、私の心は剣呑なほどに燃えて輝く。


 誇りを捨てるのではなく、これを完膚なきまでにやり切ったときに、私の誇りは証明される。ならば私が、きゃぴるんきゃぴるんすることに躊躇などあるはずもない。



 ……と言った覚悟が揺らぐのになるのは、今からほんの十数分後の事であった。



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