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私、エイリィン・トーラスライトは、
一人、夜の中華飯店にて備え付けのお茶を啜っていた。
「(つかれたよう。……つかれたよぅ)」
昼間、実家でハルたちを連れておじいちゃんに会った時。
……まずは、鹿住ハルのまさかの一抜けの後、残された私たちは宴もそぞろにいったんの解散となった。
そんなおじいちゃんが帰ってきたのが三時間ほど前の事。おじいちゃんは、なんとなくご機嫌っぽい様子で、私に二つのプレゼントをくれた。
一つは、――まさかの『レガリア=エネルギー(現物)』である。これは、別に雑に扱っても爆発とかするわけじゃないけど値段が怖いので、現在は実家の私の部屋に厳重に仕舞ってある。そしてもう一つは、
……実に馬鹿げたことに、「意中の
「(はー、お茶うまうま……、はぁ)」
私にはわかる。じいちゃんのあの目は半分マジだった。言動こそ「なんちゃって! たはは!」みたいな感じだったけどワンチャンも覚悟してる時の目である。んなもんねぇのに。
……なお、そんな「アイツ」というのはどうやらハルの事らしい。なにがどうなってそうなってるのかは不明だが、どうやらハルのやつ、おじいちゃんにちょっと気に入られたみたいのだ。
そんでもって、――先ほどの私は当然ブチ切れた。
何の冗談だと言いながらレーヴァテイン・レプリカを振りかざし、もう許さねえと叫びながら『神器生成:
「あ、注文いいですか?」
「承ります」
「五目ラーメンとエビチャーハンをそれぞれハーフサイズで。あとウーロンハイとアヒル卵の燻製を」
「承りました」
……この店は、ラーメンストリートにおける最古参の店舗である。というか、この店の周囲に肉付いていくようにして出来上がったラーメン屋の軒並みが、現在ではラーメンストリートと、なんとなく情緒に欠ける名前で呼ばれているのだ。
ここは、おじいちゃんが自ら出資して作ったお店の一つである。バスコ国のスラム街からピックアップした料理人に、おじいちゃんが直接打診して監修してもらった「中華料理」なる料理を出すお店で、この街の飲食店の少なくない割合がここをインスパイアしたモノらしい。
その名の意味は、曰く、「中に華を秘めた料理」なのだとか。
それにふさわしくこの店では、つるつるの皮の中に肉汁のジュースを溜め込んだ『お饅頭を焼いたみたいな料理』や、内からもうもうと吐き出す湯気が華やぐようにかぐわしい『肉と野菜と揚げ豆腐の炒め物』や、どんぶり一杯のスープの中に麺もお肉もお野菜も何でもかんでもこれでもかと詰め込んだ『五目ラーメン』みたいな、華々しい逸品が数多くある。
……というのは蛇足として、とにかくこの店はここいらで言うと最古参。
それだけあって味も格別である。本当ならこのお店は、みんなを連れてワイワイと楽しみに来たかったのだが、残念、今日はひとりぼっち。
なぜかと言うと、……みんなどこにいるか分からないからである。
「(こんなことなら、あのままおじいちゃんのところにいればよかったなぁ……)」
ちなみにおじいちゃんとのバトルは、完全に油断しまくってたおじいちゃんのドタマをデッカいハンマーで後ろからぶん殴って私の勝利であった。とはいえ致命傷なんてものとは程遠く、「むにゃむにゃもう食べれない」とかワザとみてぇな寝言を言っていた辺り、やっぱり私はお爺ちゃんの実力には遠く及ばない。
「(レオリアもひどいよ……。っていうか、レオリアが一番ひどいっ! なにが『先行ってますねー』ですか私結界スキルの使い方なんてわかんないのに!)」
みんなが『バー・ヴァルハラ』に戻っているんだってのは察しがついている。きっと、私がおじいちゃんと戦ってる間にみんなで飲んでたんだよ。私だけ置いて……。
なんでそんなコトしてみんな違和感なく楽しくお酒を飲めちゃうんだろう。私だったらそんな酷いコト絶対に出来ない。「あれ? エイルいないけどまだ乾杯しないでおくよね?」って私だったら言える。そういう気遣いも出来ないなんて大人としての自覚が足りてないと思う!
「(あ。……だめだ、かなしくなってきちゃった)」
寂しげに揺れるウーロンハイの湖面が、じっとりとモザイク調になる。
だめだ。いま泣いたりしちゃ絶対だめだ。そんなことしたら周りの人達がなんて思うかわかったもんじゃない。夫を亡くした未亡人に見えるかもしれない。そんなことになったら私可愛いからナンパされちゃう……!
「(へへへ。……へへ。)」
なんて風に良く分からないことを考えてお茶を濁そうとしていた私だけど、無常、刻々と涙は目尻に溜まる。
嗚呼、もうあんな人たち友達じゃない。謝ったって許さない。情けなく媚びへつらって今後ずっと私の事を一番に考えてくれないと絶対に許せない!
「――あれ? お嬢さん一人?」
「ぁえっ!?(びっくり)」
「もしよかったら、ごはん頼みすぎちゃってさ。こっちのテーブル来ない?」
「え? え、え……///」
聞いたことがある。これは、ナンパの常套句だ。
こうやって「料理を片付ける」という名目で女の子の警戒心を解くのだ。ただでさえお酒で判断力の鈍った女の子は大抵これでイチコロだってパパが言ってたから間違いない。ぶん殴って後悔させてやったけども。
だけど、でも、
……ナンパってでも、全部が全部下心ばっかりってわけでもないかもしれないよね?
向こうも一人ぼっちで、それだと寂しいからって誘ってくれたのかもしれない。それか、もしかしたら本当に頼みすぎて困ってるのかも。思えば確かに、このお店は初めて入った人だとびっくりするくらいの大盛りなのだ。
だったら、――私だって騎士の端くれ。
寂しさを感じる夜に、或いは食べても食べても減らないお皿に恐れおののく民草の事は守らねばならない。これは決して、ちょうどよく私も寂しかったからとかじゃない。とかじゃないんだ。
ということで……、
「あ、あの! 私ナンパとかは嫌なんですけど、でも困ってるなら……っ!」
と、そのように言って振り返った先。
そこには、――まさかの子連れの男がいた。
というか……、
「って、ハル!? どうしてここにっ?」
「合縁奇縁だな。……待って、え? なんで泣いてんの……?」
言われ、私は気付く。
きっとこれは、……悔しいけれど安心してしまったのだ。
恐らくはひとりぼっちで明かす夜。みんなが楽しんでる中で、一人寂しさを感じるだけの一日の終わり。そんな諦観が、――終わりを告げたことに。
「な! 泣いてなんてないですよ! はっはっは! いやだなあ! それよりなんなんですか!? もしかして、私がいないって気付いてバーから迎えに来てくれたんですかっ?(嬉々)」
「あ、……ま、まあそうなんだよな! そうそう! 遅いぞエイルどこで何してたんだよぅ!」
「やっぱりですか! い、いやあごめんなさいねちょっとおじいちゃんと積もる話があったのです! でももう済ませました! えっと、で、でもどうしましょうハル! 私たちほら、料理もう頼んじゃってますからすぐにヴァルハラには行けないですよ? あの、でも本当にこのお店おすすめで……っ」
「……? あ、そういえばこの街の店を案内したいって言ってたもんな? じゃあ、みんな呼んでみようぜ。きっと喜んでこっちに遊びに来ると思うし」
「! あ、ありがとうございます! よぉーしっ、私このお店のことは何でも知ってるんですよ! どれがおいしいのかとか、どのお料理はハーフに出来るかとか! 任せてくださいねハル! 私がいれば百人力ですからね!」
「……そ、そうだな! 今夜は長くなるぜ!」
/break..
バー・ヴァルハラにて。
「そういえばレオリアさん、エイルは一緒じゃないの?」
「さん付けなんて止してくださいよリベットちゃん。仲良く密接に行きましょ///」
「よしとこうかなそれは。で、エイルは?」
「もしかしてなんですけどもうカップリング成立してたりしますか、エイルちゃんとリベットちゃんって……? で、エイルちゃんですけど、すぐにでも来ると思いますよ? さっき分かれたばっかりですので」
「……あれ? 二人とも聞いてないの?」
「? なんでしょう楠先生?」
「先生はやめてくれ。……いやハルがさ?」
「はいはい?」
「……『エイルは酒の神様にお百度参りするまで絶対飲ませない』って言って、ここの結界にアクセスできないように弾いてたんだってさ。ゲロの始末させられたのが相当腹立ってたんだろうね」
「へー……?(なんだろう。この世界の裏側でなにかしょうもないことが起きてる予感を唐突に覚えたぞ?)」
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