_13
翌朝。
聞いてくれ。奇跡が起きた。
――信じられないことだけど、ちゃんと昨日は深酒しなかったんだ!
「朝日が気持ちいいぜぃ」
……というのは、実は全部我らがおっさんレオリアのマネジメント力によるものだったりする。彼女は、あの場で人一倍の意志力を発揮し、上手いこと宥めすかして「朝が来るまでは夜だ」とか言い始めてた俺たちに眠気を喚起させた。
舐めてたけどやっぱガワは見事に女神ルックである。天上の雲で編んだ毛布のように柔らかな声色と表情で、気付けば一人、また一人と彼女という睡魔に敗北していく。そうして残ったのが俺一人。
しかしこの俺というのが難関で、なにせ散歩スキルで眠りたくなければいつまでだって眠らずにいられるのだ。そういうわけなので最後は手刀をうなじに食らって気絶させられた。普通にすげえなって思った。
ということで、
――決戦間際の朝は、とある街角のパン屋さんから始まる。
「やあやあみなさん昨日ぶりですなぁ! どうもシシオです!」
「(じいさんってやっぱ朝滅茶苦茶元気なんだなぁ)」
この場にいるのが俺、レオリア、エイルとリベット、そしてシシオ氏である。
というのも、どうやらこのパン屋さんがシシオ氏のお気に入りらしい。『決戦の前にはコレって言うお総菜パンがある』とのことで、彼はエイルとの挨拶がてらで顔を出しにきたようだ。
「――シシオさん、改めてレガリア=エネルギーの提供に感謝いたします」
閑話休題。
レオリアが外行きっぽい雰囲気で言い、シシオはそれを笑って返した。
「孫の頼みな上に世界の危機ですのでな。差し上げない一手はありません。伺った『使用方法』についても得心しております。これは借りなどではなく、世界のために立ち上がってくださった皆様への精いっぱいの支援です。どうぞ、遠慮なく使ってやってください」
「本当に、ありがとうございます。……では、お言葉に甘えて借りとはしませんが、その代わり盟友としてあなたの名前を刻みます。私どもが勝利した暁の平和は、あなたの助力無くしては無しえなかったと」
「堅苦しいのは止してくださいな。こんなことしかできぬジジイで恐縮です」
――さて、とレオリア。
「申し訳ないんですが、ここから使う術式は、この先に行く人間にしか見せられません。……ですので、シシオさん」
「……わかりました。――エイル」
シシオが呼び、エイルが応える。
「……後頭部、大丈夫だった?」
「うん? あんなの大丈夫大丈夫wwwww」
察するに家族水入らずでなんかあったんだろうな。
……あんなのとか言われてエイル青筋浮いてるけど。
「こほん。――エイル。騎士の出立に言葉は不要だ。帰りを待つ者は、剣を掲げる」
――こうやって、と。
その言葉と共に、彼の周りを光が渦巻く。
そして、――現出。
顕れたのは、今しがた作ったとは思えぬほどに、歴史の重みを溜め込んだ鉛色の剣であった。
レーヴェ・クオーリ。
それは、世界最高峰の騎士が、世界最高峰へと成り上がる英雄譚を共にした『人のために在る剣』である。
獅子の如き気高さと孤高。その怜悧武骨なる力強さは、『ライオンハート』の銘でエイルに継承されてなお、未だ曇ることがない、……んですよーって昨日エイルが言ってた。
「それから、これをエイルに」
「これは、なんですか?」
「そこのパン屋さんのパン。みんなで食べてね」
「……、……」
……締まんねえなぁ。
「では、儂はこれにて。本当は出立する騎士の背中を見送るべきなのですが、そう言うわけにはいかない事情ですからの」
「恐縮です。ご協力痛み入ります」
「……死ぬなとは言いませんが。どうか、勝利を」
「……、……」
そう、短く言い残して、彼はあっけないほど綺麗にこちらに背を向けた。
……そのあまりの潔さに、逆に俺たちがしばし彼の背中を見送って、
「では、行きましょうか」
レオリアの先導に、俺たちは言葉もなく歩き出した。
/break..
「――こちらに」
レオリアとエイルの先導で以って辿り着いた一角。
――そこには『アルネのスクロール店』があった。
「ここなの?」
「ええ」
言葉を返したのはエイルだ。
彼女は、ノックもせずに扉を開け、中に入り、俺たちを誘う。
はじまりの街とノーグレスで見たのと同様の、魔女の執務室みたいな内装。
歓待の声は『人工音声』である。それに対しては、エイルが短いやり取りを二、三行い、
……ほどなくして、カウンターが一人でに開き、地下へ向かう階段が露出した。
「少し昔、アルネに用事で尋ねた時のことを覚えていますか?」
「ええ。結界スキルなんて初めて見たもの。衝撃だったわ」
リベットが答えてくれたため、俺は黙って行く先を見守る。
ノーグレスで『人工音声』に世話になった際に聞いたのだが、どうやらこの結界というのは『アルネスクロール店』の全ての店舗に用意されているらしい。そして、その用途は二つ。
ひとつは、スクロールの試し打ち。そしてもう一つが、
「その結界スキルは、アルネが店舗間の移動に際しても使用されるモノです。複数種類用意されている結界のうち一つは、店舗同士をつなぐハブになっている」
「……空間転移術式ってこと?」
「発生している現象はその通りですが、仔細は少し変わります。私は聞いても分からなかったのでこの場で説明することは出来ませんが……」
だけど、使うことは出来る。と彼女。
「とはいえ、時空術式はご存じの通り国家管理です。ですので、この移動手段を使えるのは一度切り。向こうに行けば、もう安全地帯にひとっ飛びで逃げることは出来ません。……改めて聞きますが、覚悟は出来ていますか?」
「……俺?」
しんがりを歩いていた俺に、エイルの視線が直接届く。
「ええ。あなたのいない一か月の間に、私たちは覚悟を以って準備をしてきました。相手の脅威度を正しく理解して、それと戦う前提で動いてきた。……敵性はレクス・ロー・コスモグラフとグリフォン・ソールだけではない。敵の全てが、異邦者です。その覚悟を問います」
「……、……」
俺はそもそも死なないから、なんて気の抜けた返事をすべきではない。
俺はこの『異世界転生スキル』を以って無敵となったが、それと同様の『機会』を等しく与えられた群雄共が割拠しているのが、この先の戦場である。
魑魅魍魎が詰め込まれたビックリ箱。或いは、何が出てくるかは分からないけれど、良く無いモノであることは確定したパンドラの箱。
――この扉は、その『蓋』である、と彼女は視線で語る。
「……、……」
「覚悟出来てる、とは言えないよな。なにせ戻ってこっち一日しか経ってない。作戦も、まだ詳細には聞けてない。……俺は、これでも黒幕気質でな、その辺にはうるさいぞ。下手すればそっちで進めてる作戦を聞いて、それで改めて匙を投げるかもしれない」
「……、」
「でも、今は良い。ふらっと行って力になるだけなるさ。どうせ俺の役、
「そのつもりでは、あります」
「じゃあ構わない。覚悟なんて馬鹿馬鹿しい。俺が、――黒幕をミスるなんてありえない。任せてみろよ」
「……。――非常に、心強く思います。改めて感謝を」
その言葉を置いて、
彼女は、扉を押し開けた。
……………………
………………
…………
「グリフォン・ソールの勝利宣言は今日だったな?」
「ああ、この後二時間後だね。……なんだよ、緊張してんのかアダム」
「してると思うか、バン?」
「してたら可愛げはあるよな」
反転常夜城『メル・ストーリア』にて。
二人の特級冒険者が、暗がりの回廊を歩いていた。
「それで、わざわざ呼び出して話ってのは? 王様ほどじゃないけど僕も暇じゃない」
「お前に頼みがある」
「それは分かってる。頼みがあるときしか呼び出さないもんな? 内容は?」
「……情報操作の話は聞いてるな?」
「ああ。……そうか、リロードしたんだった。実はねアダム。その調査をしたのが他でもない僕だよ」
「…………」
「グリフォン・ソールの艦隊には今、『
「そのとおりだ」
「さらに、そっちにはレクスが対応しているらしい。流石に目立ちたがりの異邦者も、街一つの中で大軍同士で衝突したら惑星レベルの致命傷になるって理解してくれているみたいだ。『
「……では、ノーグレスの一件については?」
「……、……」
「二週間ほど前に、鹿住ハルがパーソナリティの迷宮に突入したことは確認できたが、その後は現在までに不明だ」
「何が言いたい?」
「ヤツの第三スキルの話だ。貴様が持ち込んだ情報は有用だったし致命的だった。……貴様、ウォルガン・アキンソン部隊の全員に追い掛け回されたというのは本当か?」
「……嫌な思い出だよ。スキル発現のキーは拘束だった。絶対に逃げられないように簀巻きにしてみたら、アイツの身柄がいつの間にか消えていて、だけどリロードには尚早だと思ってアイツを探してみたら、三日後だ。昼食を探しに街に繰り出してた時に、いつの間にか囲まれてた。……追いかけっこなんてもんじゃないね。実際、僕が使ったのはリロードじゃなくてコンティニューの方のやり直しだったから」
「可能性として、ノーグレスで鹿住ハルが第三スキルを開花させていることはあり得ると思うか?」
「……、」
「――では続けて聞くが、それを貴様が介入し阻止することは出来ないのか?」
「…………僕のスキルを知ってるだろ? 僕は、誰かに頼まれた後の『
「そうか。そうだよな」
「……だから、頼み事を聞いてやるんだ。そうでもなきゃ僕は、この紛争に介入するような動機がない」
「……、……」
老人が黙り込み、少年は窓の外に視線を振った。
世界の『逆』にあるここは、百年前から続いているような深い夜の色で草原を照らしている。
風が吹き、
……それが止んだ頃に、老人は口を開いた。
「頼みがある」
「なんだ」
「おそらくこの街には今、鹿住ハルがいる」
「その根拠は?」
「『俺』には、この状況の裏が読み切れないこと。それが根拠だ」
「……驚くほどの高評価だな。僕も同感だけど、君は彼と直接やり合ったことなんてないんじゃないのか?」
その問いに老人は、
……『直感』だ。と、短く答えた。
「鹿住ハルには今、この紛争に参加する積極的な動機は無いはずだ。だから、懐柔でも構わない。彼を止めてくれ」
「動機が薄いのに敵対は確定なのか? エイリィンとかいう女の子のために異邦者数千人を敵に回すかな」
「……回すさ。彼にとって、ヒトなど上から下まで格下でしかないはずだ」
「そこまで言うか。そんな悪魔みたいな男には見えなかったけどな」
「悪魔ではないだろうが、――彼は『魔王』ではある」
老人の抽象的な言葉に、少年はしばし黙考して
結局、……頼みは聞いた。と、短い言葉を返した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます