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 幾度目かの確認になるが、トーラスライト領は『騎士の街』である。



 この街の構成員の実に100%が騎士、ないしその関係者によって成る。

 ただし、この関係者という部分には『名義ケツモチが騎士堂なだけのほぼ民営の飲食店』なども内在するため、額面ほどナイトナイトしてる街というわけでもない。……のだが、それでもこの街のテーマは、あくまで『騎士』である。


 では、そもそもどうしてそのような在り様に至ったのか。


 街というのは「様々な人間の集合体」の呼び名である。この『多様性』がこの街からは排斥されている、……ということではないらしい。


 例えば、鉱山の街をイメージしてみて欲しい。

 考えてみれば当たり前のことだが、大抵の自治体は「生産物」を他自治体と物々交換し、生計を立てる。


 この時、例に挙げた鉱山の街は鉱山資源というのが非常に高価値な「交換物」であるゆえに、この『鉱山資源』の生産に一層傾注することになるだろう。


 ……鉱山の街には鉱夫が集まり、街は、『ニーズに対応する形』で鉱夫をフォローしやすい土壌を整える。こうして、鉱山を抱える自治体は『鉱山の街』と呼ばれるようになる。


 これ以外にも、例えば漁業、農業、第二次加工品産業に傾注することで、その自治体は『特産品を生み出しやすい体質』へと変化していく。


 或いは産業ではなく企業。……モノを『作る』事ではなく、モノを『売る』ことやモノを売る方法を『企画』することに環境条件的に特化した場合には、その街は、いわゆる「都会」、――『人の集まりやすい体質』へと変化するだろう。


 このようなプロセスで、『○○の街』という通称は形成されていく。

 或いは、『○○の街』とは、鉱山にせよ漁業にせよそれ以外にせよ、『○○のための・・・・街』と言い変えることもできる。


 ……という前提を以ってして、この街は『騎士の街』であり、そして『騎士のための街』なのだと、――シシオは俺に説いた。



「――ただし、じゃあこの街の特産品は『騎士』なのかと問われれば、それは半分はハズレでしての? 近い言い回しだと、『鉱山の街』は『鉱夫の街』とも呼ばれますが、それは鉱夫がその街のスタープレイヤーだからこその通称ですな。この街は騎士を輩出するにおいてもそれなりではありますが、この街の『特産物』はまた別にあるのです」


「伺ったところだと、魔力性質資源でしたっけ。向こうの……トーラス山脈? から掘り出せる資源が一級品だから、この街には騎士が集まってるとか」


「……実は、それは理由の三分の一でして。残りの二つとしては」



 ――まずは、防波堤。

 と彼は短く言った。



「向こうの山の魔物どもは血気盛んでして、我々は騎士として、この国を魔物の波から守る立場なんですな」


「……、……」



「そして、あと一つ。この街の向こう、あの山の奥には、――『領域』があるのです」


「『領域』、ですか」



 場所は、先のラーメン屋通りを逸れた位置。


 昼食時の活気は未だあり、俺たちはその人気を厭うようにして脇道を進む。

 それでも、時折こちらに気付いたらしい視線に、シシオ氏は幾度と手を挙げて返していた。


 ……そう言えばこの爺さん、この街じゃド真ん中の要人なんだもんな。

 俺(と横の白幼女)は、敬意のまなざしが掠る位置をそそくさと追随しながら、爺さんの話を静かに聞く。



「『領域』の御伽噺はご存じで?」


「ちょくちょく聞いてはいますが、いつも微妙にタイミングが悪くて深堀りは出来てませんね」


「……そうでしたか。では、軽くだけ」



 ――『領域』。


 この世界には、この世界とは別の世界が自続きで存在していて、その「異世界」のことをであると定義している。



 ……と、

 確実に分かっているのは、実際のトコロそれだけらしい。



「そりゃ、なんて肩透かしな……」


「まあ一応、冒険者界隈では『御伽噺』としてその内実がまことしやかにささやかれていたりもしますがの」



 ――悪蛇が支配する暗黒庭園。

 ――禁忌を内包する絶海孤島。

 ――赤き竜人が孤立する荒野。

 ――『竜』がいた、とある空。



「幾つか、『領域の主』の発見報告もあります。……『領域の主』というのは、その『領域』の霊長に当たると思われる個体種のことですが」


「……、」


「このうちで、把握が最も進んでいるのが『領域:空』と呼ばれる、『空の主』、――『竜』の『領域』ですな。この『領域』は、過日に我が国の王アダム・メル・ストーリアが攻略を行い、『竜』との和解を成し遂げた」



 ――その果てに、

 と彼は続けて、




「……、」


「『領域』に侵入した時には、世界・・が問いを告げるらしいんですな。……ちなみに『世界の声』というのは、」


「スキルを取得した時に聞こえるアレ、ですよね?」



 彼は首肯を、コチラに返す。



「たしかその内容は、【あなたは、■■■きモノを、■■■すことが出来るか?】

 ……なんて感じでしたか。ノイズが混じっていて肝心なところは良く聞こえなかったらしいですが」


「……、はぁ」



「まあ、とかく。……『世界の声』は『領域』の攻略を、この世界の住民に求めるらしいんですな。そこで、君には是非とも、この攻略をお願いしたい」


「……攻略、ですか」


「『領域』の攻略は騎士堂の使命であり、また翻っては、『領域』とは、騎士が冒険を許される限られた場でもある。『領域』は、この世界の全ての人民に、【問い】と【冒険】を与えてくれる。……しかし唯一、『成果』を与えてくれるかどうかは不明なのですよ。なにせ誰も、これを攻略したことはないのですから」



 ――最初の質問に、遅ればせながら答えさせて貰います。と彼は置いて、



「『領域』、――ひいては【冒険】が、この街の特産ということになりますな。今回は冒険者依頼を直接発注で、という形にはなりますが、良ければ、ラーメン以外のこの街の特産品も楽しんでいただきたい」











 /break..











 といった経緯で、俺たちはシシオの用意した馬車で以ってトーラス山脈の麓へと来た。


 ちなみに、荒事が予測されるが白幼女も一緒である。

 まあ、……彼女の正体が『アイツ』でほぼ間違いない以上、心配をする必要も殆どあるまい。


 シシオは最後まで彼女を引き剥がそうとしていたが、どれだけ伸びても俺の服の裾を掴むのをやめない彼女に俺が折れた形である。服を人質にするのはずるいと思う。


 ということで、目指すは一路山脈の頂。

 今回のパーティは三人構成で、俺とジジイと幼女。


 ……フィクションならジジイも幼女も強キャラのイメージだが、リアルでそれをやられるとちょっと俺の介護負担が割に合わなくない? などと行きがけの馬車でちょっと心配をしていた俺なのだが、





「――武器生成第二層オート・インターセプト。……さて、進みましょうか」


「(ジジイ滅茶苦茶強ぇ……)」





 確かに異世界転生だしフィクションっちゃフィクションド真ん中か、と納得もやむなし。さらに言えば戦場在中のジジイとロリは、むしろ強キャラってのもあるあるだ。自動オート迎撃インターセプトとかいう術式によって、俺たちの道中は実に快適なものであった。



「今のが、ロア・コープスという魔獣ですな。一応、幽性の魔力毒を霧状に放出してきますが、今回はワシの対魔術式で放逐できましたの。一応聞きますが、身体に異変はありますかな?」


「この冒険の歯応えと同じくらいなんにもないです」


「はっはっは。安全第一はダンジョン攻略の鉄則ですのぅ!」



 ちなみにそのロア・コープスとか言うのが毒々しい色をした細身の半魚人みたいな魔物である。

 元来はその幽性魔力毒霧、……触ると一瞬で生物から魂が抜ける毒霧の放射によって姿が隠されているらしいのだが、残念ながらシシオの何かによって姿がまろび出しであった。そんなコープス君は無惨、そこで三枚おろしになっている。


 なお、この山脈にはほかにも『幽鬼毒を放出しながら浮遊する小魚』、『木々を透過して徘徊する中型竜種』、『動物にのみ着火する炎を使う白ゴリラ』なんぞが居るらしいが、ここに侵入して数時間、そいつらとはてんでエンカウントしていない。ジジイ曰く「生物的強者を察知して会敵を避けているから会わなくて当然」とのこと。


 すげえぜ爺さん、大自然のお墨付きで強いんだぜ。俺いらねえと思うんだよなそしたら。



 ――さて、



 そんなわけで呑気な散歩ムードの道中も、そろそろ終わりの兆しがある。

 爺さんが言うには、この山の向こうを見渡せる場所行けば、そこに『領域』が見えるらしい。


 というわけで目指すは、この山脈の一番低い・・山頂である。

 片道数時間。実に初心者向けな感じになだらかな道中は、……それでも刻々と大気が怜悧さを帯びてきて、草木がやがてまばらとなり、踏みしめる地面の感触が、霜を帯びて「ザクリ」とした切れ味を増す。


 高度で言えば結構なところまできた印象である。俺は散歩スキルがあるから当然として、爺さんも幼女も特に息を上げる様子はなく、


 ……穏やかなる強行軍で以って俺たちは遂に、


 視線の向こうに山の切れ間を、――空を見た。




「あれが目的地ですな」




 彼が指したのは、左右に広がる緩やかな上り傾斜の、谷間にあたる部分である。




「あそこから、この山脈の向こうが見えます」


「……、……」




 日差しはしばらく傾いで、今しばしすれば黄昏に至ろうという間際である。

 まばらな草木に落ちる影は色を濃くしていって、匂いにも少し、湿っぽさが介在する。


 空は、今なお晴天。

 しかしながら、不可思議な不穏が空の色に暗色を滲ませている。



 ――世界の、領域境界線。


 その間際に至り、世界は、

 変遷の兆しの不吉、……みたいなものを盛大に吐き出していた。




「――シシオさん」


「はい?」




「……、」


「……、どうしました? 鹿住くん」











「――先に言っておきますが、俺にあなたとの敵対の意思はない。それから俺は、不死身です。あなたが俺を害するつもりだとして、それが成功することはありません」


「……、……」











 ――絶海。


 そう呼ぶべき陸の孤島。或いは世界の果て。



 ヒトの領域を離れて、俺はいま『領域』の間際へと、他でもないシシオ・トーラスライトという人物の手によって誘われている。


 ――言い換えるなら、使によって、とも言えるだろうか。



 さて、……その上で、

 それはつまり、俺の名を知っているという証左に他ならない。



 ならば問題は、

 





「……、……」





 彼が、――俺を初対面から敵と見たとして、そうなるだけの理由が俺の前世にはある。

 俺自身は完全に吹っ切れて、宿命などすべて清算した身の上だが、……他人からすればそうではない。


 少なくとも、俺の前世を知っている人物が、……愛する孫と『鹿住ハル』がともにいるところを見て、どう思うか。 





「。」





 だからこそ俺は、ここに誘導されることを受け入れた。


 こんな晴れの日の散歩を捨てても構わぬと、トーラスライト邸の執務室での交渉を放棄してあの部屋を一人、後にした。



 それがなぜかと言えば、

 ……俺が、エイルに「力を貸す」と約束をしたためである。



 俺の身柄が邪魔になるのなら、俺が消えることは彼女への助力である。

 死なぬ俺の敗走は、散歩のような気軽さが約束されている。その逃避行にこの少女・・・・を連れ立つのなら、それも案外悪くはない。





「」





 ……なんて、自暴自棄じみた感情も皆無ではなかったが、


 それでも俺は、












「……、……」




「もし俺の前世をアンタが知ってるなら、俺は胸を張って言うべきことがある」


「……、それは?」











「――


「――、――。」











 戦いと呼べるものにはなるまい。

 この道中で嫌というほど見たが、この爺さんは滅茶苦茶に強い。


 であればせめて、ボコボコにされてやってもいいと、俺はそう思うのである。

 どうせ俺は傷など負わないし、それにこの爺さんは、俺にとっては敵ではない。敵ではなく、友人エイルの祖父である。



 ゆえにこそ、ここは、対話のための偉大なる敗北一歩を。

 そう思って俺は、ここに、彼に連れられることを選んだのであった。



 さてと、では、

 ――その選択の答え合わせは、果たして?







「……、……。鹿住くん」


「……」



 彼は言う。











 ――と。











 そして俺は、

 そこに、鮮烈なる世界を見るのであった。











「……、……」











 ――俺の頭上では傾いでいるはずの日差しが、では爽快なる真昼の色をしていた。


 そして、景色。

 そこにあるのは白色の砂漠であった。


 いや、あれが砂漠であるという保証などはない。

 ただすらに、この高涼たる山の向こう側に広がる景色は、無限になだらかな白い大地だった。


 無限ほどの距離を人目に見通せる景色。向こうは、遠すぎてモノクロ調のシルエットにしか見えない巨大な『象』がいた。

 その象は、遠すぎて縮尺が分かりづらいが、……少なくとも、どう考えても天を突くような巨体でなくてはああいう風には見えないはずだ。それが、のしりのしりと影絵じみた姿で歩いている。


 此方あしもとは真昼で、彼方むこうは夕暮れ。数万キロ先ずっとむこうの最奥には夜があった。この世界は、歪曲しているはずの地表をひらべったに伸ばしたようにして、どこまでもまっすぐに続いている。そしてその景色の中では、やはり天を突いているとしか思えない何かが遠近感によってミニチュアじみたサイズ感となって、ゆっくりと蠢いていた。俺は今、一目で朝と昼と夜を地続きに見渡している。


 そして、地表。

 そこには正体不明の文明の気配が点々とある。


 流砂に飲まれたようになっているビル。或いは広大に過ぎる庭園跡地が、風化を伴ってそこに在る。少し向こうには、最奥の『夜』の先まで続くような塔の群れ。それらは空中で通路に繋がれ、一つの文明のような姿で夜霞にぼやけていた。


 ――嗚呼、視界の彼方まで世界が続いていた。

 空を見て、そこに宇宙を思うような空想じみた光景ではない。俺の目が届くどこまででも、無限に、そして実際に世界は続いていた。




「鹿住くん、見えますかな? あれが、『領域』です」




 シシオ氏の指す先、

 それは、この無限快晴の世界の真昼の箇所に在る。


 点在する文明の名残の一つ。それは、

 ――ガラスの如き表面を持つ、ピラミッドであった。






「『領域:地点/世界曼荼羅樹系視座』。それが、この世界の名前です」


「……、……」






「鹿住くん。は、君の前世など知らないし、興味もない。敢えて言うとすれば、二つだけ」


「。」











「鹿住ハルくん。――これが、この世界の美しさです。僕は君に、これを見て欲しかったんだ。それからもう一つ。……エイルのあんな楽しそうな顔を見たのは久しぶりだった。君がどんな人間でも僕は構わない」



 そう言って彼、シシオ・トーラスライトは、

 まっすぐに俺の目を見て、俺の手を取って、強く、握手をした。





「エイルの友達になってくれて、本当にありがとう。こんなお礼しかできないけど、君が、この世界を楽しめますように」




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