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パンケーキのバターの香りが落ち着きつつある頃。
俺たちは遅々とそれに手を付けながら、一進一退しつつも一つずつ混迷の議会を解し続ける。
「これうまいね。誰が作ったんだろ」
「俺が見てきた感じ、作ってたのはグランくんだね。一緒に別の物も作ってたみたいだけど」
「どこの陣営にも料理上手がいて羨ましいね。そういえばエイルとリベットって料理できんの?」
「話をこれ以上脱線させないでください!!」
残念。……ということで議題は再び、世界大戦である。
「率直に言えば、始まったと言って差し支えない状況です。もう既に世界各地で、武力衝突と言うほど大仰ではないながらに衝突は始まっています」
などと言うのはエイルだ。俺はそれを、はちみつとフルーツをたっぷり乗せたパンケーキをもしゃもしゃと頂きつつ、
「バスコ共和国の奪い合いってことだよな? ……ん? まて、おかしくないか?」
「?」
「
「良い質問です、ハル」
「あ、そうなの?」
「ええ。衝突してるのは、――異邦者とこの世界の既存の住民です」
「………………………………。」
待て。
それは、おかしいだろう?
「――異邦者大戦」
と、エイルは静かに、『その言葉』を告げた。
「既にこの戦争は、そのような名で呼ばれています。この世界の誰もが、戦争の到来を理解しているゆえに」
「……異邦者が世間に秘匿されてるって大前提があったはずだ。それがこんな速度で民衆レベルまで浸透したのか? 二週間やそこらで? いや、そもそも動機は? 異邦者秘匿の方針である冒険者ギルド上層が、その秘匿を自ら引っぺがす動きはこれまでも見えていたけど……」
そこで、レオリアが捕捉をする。
「爆竜討伐戦の例を挙げましょう。僕はハルさんからの又聞きですが、そこでギルドは異邦者を爆竜討伐のスターに祭り上げるつもりだった、という一件ですね。或いは、ハルさんが手づからに行った『赤林檎』の討伐も然り。……実はそれ以外にも、脅威度最上級レベルのモンスターの討伐に異邦者が駆り出された例は最近になって激増しているんです。なんなら、
「……動機は分からないが、戦術意図は見えてくるって話か?」
「ええ、ハルさん。――
敵、と、
レオリアは敢えて強い言葉を使って言った。
「あなたの混乱は、全て、次の一言で解消されるでしょう」
「……、」
「では、エイルちゃん」
「ええ」
静かに答えて、全ての視線が彼女に集まる。
その最中、彼女はやはり、静かに告げる。
「特級冒険者以下8名が全てを明かしました。自分たちが異邦者であり、またこの世界のギルドの全権に近い部分を担っていること。この世界には、別世界から来た圧倒的強者が既に多数存在していること。――そして彼らは、この世界における異邦者存在の野心に火を付けるような形で以って、
「……、……」
不明な点は確かに、彼女のその説明で以ってすべて解明された。
この世界における最高の名声が、異邦者と言う異次元存在を力技で群衆に認めせて、かつ彼らは地位の向上と言う動機で以って戦争に火を付けた。
そんなものが、そんな説明が……、
「
「ええ。その通り。私たちの類推もそのように結論しました。しかし、その奥にある本当の意図は分からない。――それでも」
彼女は一拍、呼吸を置いて、
「それでも、戦争が始まってしまったコトは事実です。ですので私が皆さんをこの場所に繋ぎました。……この世界は今、圧倒的窮地に立たされている。皆さんの力をお借りで来たなら、これほど心強いことはありません」
そして彼女は、――俺たちに深々と頭を下げた。
俺は、……本当に少しだけ、考察すべきことを考察して、
「まあ、受けるよ。それは構わない。どうせやることもない身の上だ」
まず、俺はエイルにそう答える。
「この場にいない連中も受けてるんだろ? 桜田會もストラトス領も逆条もこの場のメンバーだけじゃ歯抜けになってるのが証拠だ」
「……まずは、感謝を。そしてその通りです。三方はそれぞれ既に動いてくれています。この場にいないメンバーは、実際に各所に赴いて作戦行動に就いて下さっています」
「それじゃあ、ある程度戦略も固まってるわけだ。それならそこは、あとでゆっくり聞かせてもらおう。――それよりも、だ」
異邦者大戦。
この可能性は、俺がこの世界に来てより早期から考えられたものだ。ゆえに驚きはない。
掴めぬのは意図であり、また俺個人の感情として、これはあくまで全貌の一部でしかない印象もあるがそれはそこ。
世界の裏側にある意思の、一つの暗躍の終止符として、この大戦という結果は確かに納得できるだけのスケールがある。
ゆえにこそ、それについては拘泥すまい。今ある状況でこれ以上の推察をするのは不可能である。
……ということで、
「いやようやくこの話に入れるんだけどさ、この幼女二人に誰か心当たりある人いない?」
「「「……、……」」」
返る言葉は無し。
ただし、その代わりに、
――かちゃりと、幼女の片方が食器を置く音が響いた。
「――いや、まこと美味じゃった。ぱんけーきか。人の世に降りるのも悪くはないのぅ」
「あ、ようやく喋りやがったこの赤い方の幼女! おい名前を名乗れそれからこの場に流布した俺への勘違いを訂正しろ! 俺はお前には指一本触れていないはずだ!」
喋り出したのは廓衣装の黄昏髪の方である。そして、それにマナーを見て覚えた子供のような所作で、もう片方の染色前のフィギュアみたいな幼女も食器を置く。
「……淑女の食事中はしとやかであるべきじゃ。話しかける方が無粋じゃよ。それから、訂正はできん。触り合っただなんて言葉も水臭い。儂が分からぬか、友よ」
「幼女の友人はユイくらいだ。というかお前ら、さっき俺の部屋を見て確信したんだが窓割って入ってきやがっただろ? なんのつもりだ新築だぞ(気持ち的には)」
「
そこで幼女、「くはは」なんて煽情的に笑ってみせる。
「むしろ此方からの訂正が二つ。窓を割ったのは
「……いやそこは重要じゃないと思う俺」
「それが重要なのよな。……扉は扉でも、儂が使ったのは
「なに?」
俺が昨晩、パーソナリティとの一件で得た三つ目のスキル。『マスター・オブ・ザ・バー・ヴァルハラ〈EX〉』。
それは何時いかなる時でも、どんな相手とも酒を酌み交わせるスキルである。これによって俺は実際に、リベットや楠やウォルガン部隊の面々との再会すら果たして見せた。
「それじゃあ俺は、お前と会ったことが……?」
「そうの。それと二つ目の訂正、儂はお前の
「……、……」
「幾度、旅に紛れたか。この姿で会うのは初めてでこそあれ、儂はお前の体中の匂いを知っておる。お前には気付かれないばかりだったがの。たまに気付いても、儂とは気付かずいけずにされる。……まあ、元の姿の形も、こうも変わっては分かるモノも分かるまいが、それでも寂しかったぞ? 一晩の褥ほど許してくれよ」
「……お前、誰なんだ?」
「――
……赤林檎と言えば。
先の話にも出てきた、俺のこの世界における最初の討伐モンスターである。
元来は温厚で、人の世に出ることもなく、その遠目には愛くるしいシルエットから見学ツアーなんかも催されていた超級モンスターの一角。しかしながら赤林檎は、察するに誰かの暗躍で以ってその肢体を超高温化され、排熱機構を持たぬ赤林檎は暴走した。
ただしそいつは、……2000年生きて、そのうちに食べた鉱石を体皮とし超肥大化した、
「姿は変わってしまったの。理屈は分からないけれど、食べた岩は消えてしまった。残っているのは儂の、元々のちっぽけな身体だけじゃ。……そのせいで、ヒトに化けるのもこんなちまっこい有り様じゃ」
「い、いやファンタジーで納得していいのかこれ……? なあ誰か、赤林檎が人に変身できるって話を聞いたことある人いないのか!? 少なくとも伏線はなかったよな!?」
いや、考えればそれらしい「クモ」はこれまでに見てきたかもしれない。
最初は爆竜討伐前の、レクスらと相乗りになった馬車の中。そこでは俺に警戒するベアトリクスの髪からクモが出てきたことがあったし、直近では昨夜、リベットとの再会で正気を喪失したエイルにけしかけたのも、もしかしたらあのクモだったのか。
確かにそう考えれば、場を濁すことが必要になった際には、
あの都合の良さは、彼女の能動的なアシストであったからこそのモノということか?
……いややっぱおかしいよ。なんなら全然関係ないただの野良クモの可能性の方が高いと思う。
しかし、さて、
「あ、赤林檎……!? 赤林檎って、あの!?」
一様に驚いた様子の面々から、先んじて声を絞り出したのはレオリアであった。
「……お前の顔は覚えておる。見学ツアーに来ていたよな、レオリアというのかい。異様に綺麗だったから覚えがよかったわい」
「あ、あの! ファンです! 握手してください!」
とレオリアがきらきらと赤林檎(って呼んでいいの?)の手を取り上下に振り回す。
……いやファンはちょっと違うくない?
「……死んでからすぐに、儂はあのバーで目を覚ましたよ。クスノキとウォルガンらとは、もうすっかりと飲み友じゃ」
「な!? おい楠知ってたのか?」
「まあね。でもみんなが驚いてるのが面白くてさ」
「馬鹿野郎喋るチャンスだったんじゃねえのか!? お前ずっと存在感皆無に等しいのに!」
「……、……」
闇色の微笑を俺に向けてくる楠。しかしながら存在感が無いのはアイツの責任なのでそれは受け流すとして、一方では。
「俺も一応。魔物の匂いがするなあって思ってみてたよ」
と、挙手をしながらカルティスが言った。
「いや、じゃあ言えよ! 俺全体に向かって『こいつ誰かな』って聞いた時に答えてくれたらいいじゃん!」
「え? あ、いや。俺に聞いてるんじゃないのかなって思って」
「人畜無害なタイプのサイコパスなのか!?」
可能性は大いにあると思う。コイツ怖いんだよホント何考えてんのか分かんない。俺が分かんないってなったら相当だぞ。
「まあ、とかくじゃ。これからよろしくの、カズミハル。儂はお前をハルと呼ぶ。お前は儂を好きに呼んでよいよ」
「……、ええ? まあ、よろしく……?」
呼び方問題は、まあ適当に赤ちゃんとか林檎ちゃんとか蜘蛛ちゃんとかオイとかお前とかで良いとして後に考えよう。なにせこいつ一人にしてもこの時点で問題は山積みである。例えばエサ問題とか。そもそもクモって何食べんの? あ、岩なんだっけかコイツの場合。
「ま、まあでも一つ問題は片付いたな。次だ次。……もう片方の幼女。君も名乗ってもらえるか?」
ということで赤林檎幼女化問題は一旦置いておいて、俺は一方の幼女にもそのように言う。……というか流石に女の子の事これ以上幼女幼女言いたくないし、名前くらいは切実にそろそろ把握しておきたい。
のだが、
「……、……(汗)」
「お、おーい? きみー?」
「……、……(にこっ(汗))」
「……、……」
といった様子で、こちらの幼女は何やら委縮したように喋らない。
「駄目ですねハルは、小さな子の扱いをまるで分っていない。見てなさい騎士なんて一番子供たちに人気なんですから、私が篭絡して差し上げます」
と、次に出てきたのはエイルである。
篭絡とか幼女に一番使わない言葉を言いこそはしたが、……しかし確かに、同性であればもう少し反応は気安いだろう。
ということでバトンタッチ。
「ほうら。エイルお姉さんですよー? 私騎士ですよー。おめめをハートにして胸に飛び込んできていいですよー?」
あ、多分駄目だな。
「……、……(委縮)」
「その顔も可愛いですねえ……。可愛いなぁ……。………………今夜ヒマしてます?」
「交代な。リベット頼んでいいか?」
「え? ちょっと何でですか!? あともうちょっとだったのに!」
「なにが? お前が一線越えるまでがか? それだったら十分だもう越えてる」
「越えてない! まだ越えてないのに!」
「うるせえバーカ! ……で、どうだリベット? ちっちゃい子の扱い得意だったりしない?」
「わ、私は……。よその子にあんまり構うと大変なことになっちゃうかもしれないわ……」
「なんだ大変な事って。お前は親戚の子供に触るな危険っつって絶対近付かない叔父かなんかなのか……? ――畜生! 他のヤツ! 楠とかカルティスとか! ……ていうかお前ら全科あるから聞くけど実はこの子のこと知ってたりしないだろうな!?」
「いや、とりあえず俺は分からないな。白くて小さな女の子にしか見えない」
「それって俺に聞いてる?」
「……この場に他にカルティスいるかよお前怖いなあ」
「魔物の雰囲気はないね。じゃあ俺はパンケーキを食う作業に戻るね」
「分かった。お前さてはシンプルになんも考えてねえんだな今……?」
ということで手詰まりである。
あくまで近づこうとするエイルや遠目に見守るリベット以下の視線を受けても、白幼女はあくまで委縮をするばかり。
「赤林檎は? 同世代じゃん」
「いや儂2000年生きてるんじゃけどね? 正体に心当たりはないが、昨晩はこんな様子ではなかったように記憶しているがの。ほれどうした、お前、喋ってみぃ」
「……、……(耳打ちで何かを伝える白幼女)」
それは、ようやく幼女が能動的に起こしたアクションであったが、残念ながらその声はこちらまで届かない。
それに俺がややヤキモキしていると、横では、
「(――起動:世界観〈Ⅰ〉)」
「(うわこいつ、そこまでして聞きたいのか……)」
幼女のために本気になっているエイルがガチでスキルを使っているのであった。
「……、――なるほど」
「あ、エイルなんかわかった?」
白幼女と赤幼女の内緒話はまだ終わっていなかったが、エイルが呟くのを聞いて俺は問う。
対する、エイルの反応は……、
「ハル」
「うん?」
「彼女は、……
「……、……」
向こうの話は終わっていないのにこの言い回しというのは、さてはて。
……内容がすべて推察出来たか、或いは
「……、……」
あの少女の声は、俺も一度だけ聞いている。それに、
その上でのエイルの反応に、俺は一つ
「まあ、エイルがそういうのなら。……約束もあるしな」
「ええ。忘れてなどいませんよ。――もしもの時はどうぞ、この私、冒険者エイルにご用命を」
それだけ短くやり取りをして、ひとまず、
俺は彼女の正体への詮索を諦めることにしたのだった。
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