第八章『パラダイス・ロスト』

『Phase_1』

 







 俺こと鹿住ハルが世界の裏側で個人的な宿命の清算に挑んでいる間に、どうやら表世界は大きな変遷を経たのだという。



 ……ただし、それを知るのは今より数時間後の事。


 とある街の、その外れ。

 秋の陽光降り注ぐ晴れの朝にて、俺は未だ、何も知らずに秋眠に暁を忘れているのであった。











「……、うわ寝てた」


 メルストーリア公国南部、ヴォッサ東街。

 地域としては、俺がこの世界に転生した場所である「はじまりの平原」辺りとも遠く無い。


 この国のこの地方の秋はからりとしたモノで、前世日本の気候に近いようだ。

 つまり、日は白く、空が高く、そして風には手心というモノがない。


 起き抜けに窓を開ければ、頬を照らす陽光と刺すような風が即座に目を覚まさせるだろう。それはいっそ、夏の朝に顔を水で洗うよりも爽快に違いなく、ゆえにこそ、ヒトはその刺激に怯えて毛布をかぶり続ける。


 気持ちいいだろうことは分かるのだが、それよりも今は、この安寧を。


 ……と、そんなふうに起きてるのか寝ているのかも不明な俺の思考と目玉は、共にガラス玉ほどの仕事もせず、ただ、この見知らぬ部屋の朝らしい光に照らされた景色を映していた。



「(……、あれ? どこだっけここ)」



 清潔なシーツの手触り、ふかふかの枕と、断熱性に富んだ毛布。

 そしてその中には、――俺と幼女二名・・・・・・





「???」





 子供らしい体温でやたらとぬくぬくな毛布が鬱陶しくて、俺はベッドから上半身を起こす。


 ……どちらも、まだすやすやと夢の中である。


 またその二名は心当たりのある顔ではなく、更に言えば、ホントに俺はこんなマネをしでかした心当たりもない。ゆえに俺は、一旦思考を放棄することにした。



「いい天気だなあ」



 両サイドに幼女二名を侍らせたまま、俺はそのように呟き外を見た。


 ……俺がパーソナリティとの宿命を清算し終えたのが昨晩の事。その後、十余名あまりのメンツを伴っての『バー・ヴァルハラ』での飲み会は明け方まで続いた。


 ただ、いつものように記憶を失うほどの深酒はせず、俺は、酩酊時の記憶ながらぼんやりと、この部屋に来るまでのいきさつを思い出すことは出来た。


 今までは、気絶をせねば眠ることも出来なかったのだ。それほどまでに俺の内面に強くこびり付いていた前世での記憶は、昨晩、ようやく酒で流し込むことが出来た。


 ということで俺は、睡眠を必要としない身体でこそあるが、久方ぶりの気絶ではない睡眠をしたくなってこのようにベッドを借りた。


 と、……経緯を思い出すごと記憶が芋づる式に蘇る。


 ここは、メルストーリアのヴォッサ東街。元々はバスコ公国にいたのだが、確か何かしらがどーにかなって(ここがちょっと酒のせいで曖昧)夜半のうちにメル国に帰ってきたのだ。


 しかし、それでいえばこの家(?)は果てさて何なのであったか。確か持ち主はエイルだったはず?


 ――と、そこで、



「う、ぅ?」



 と、傍らの幼女の一人が鳴いた。


 その外見は、まずは夕焼けじみたグラデーション色の長髪が印象的である。


 着ているのはやたらと煽情的な、どことなくくるわの衣装を想起させるような着物風。濡れたように光る睫毛の艶やかさや頬の紅潮にも、その色気じみた風位が漂う。

 幼女でありながら彼女には、謎のエロ貫禄みたいなものが感じられた。

 ……いや別に俺ロリコンじゃないからこれはあくまで一般論としてのエロ貫禄な?


 それから、他方。

 いまだ鳴かぬ方の幼女と言えば、こちらも浮世離れした雰囲気を持つものであった。


 人形じみている、という表現は適切ではあるが十分ではない。例えるなら染色前のフィギュアのように、彼女からは色素が一通り抜け落ちていた。髪も、まつ毛も、肌も、何もかもが白い。唇などには多少の朱が差しているが、それがなければ彼女は殆どモノクロである。


 仄かに感じる人間じみた体温がいっそ違和感であるほどに、彼女からは人間じみた印象が欠如している。

 あ、あと今更気付いたけどこの子全裸だ。ヤバいよ馬鹿じゃねえの毛布で隠しとこ。


 ……と、そこで、そんな人形じみた少女が微かに瞼を開いた。

 その虹彩もまた人間離れしていて、冬の青い太陽の如き色である。


 そして二名は俺を見つけて、静かに口を開いた。



「もう起きたのかや? ……あんな褥を過ごしては疲れも取れまい。夜まで寝よう、儂の友人よ」


「ええ。ご主人様マスター。昨日と同じくらい燃え上がるような夜が欲しいと当機ワタシは発言します」




「…………………………。」





おはよーハル・・・・・・? おきてー、・・・・・朝ごはんだよー・・・・・・・?」





 と、朝らしい配慮で静かにドアを開けた人物は、リベット・アルソン。――昨日遂に再会を果たした俺の友人の一人であった。


 のだが、



「あ……」


「あ……?」



 彼女はこちらを見、次いでベット周囲の状況を眺めて、



「…………(舌打ち)」



 今度は配慮などなく殺意マシマシに力を込めて、バタンと扉を閉めたのであった。











 /break..











「さて、全く状況が掴めません。どうも鹿住ハルです」


「キミが鬼畜に成り下がった。それで全部でしょ? 汚らわしいから近寄らないでもらえるかな?」



 なんて会話を繰り広げるのが、自室(?)から階下に降りた俺こと鹿住ハルとリベットである。

 しかし、さてと、


 ――状況は混迷を極めるとはこのことだろう。

 朝起きぬけに幼女二人に囲まれていたこともそうだが、いやそれ以上に、この状況である。



「何があったんですか? あ、あと久しぶりですハルさん。ご無沙汰でもないけどレオリアです」


「確かに挨拶がまだだったっけ。って言っても俺らは逆条全員で屋内バーベキューで飲んだもんね、初めましてじゃないか。久しぶりハル、魔王だよ」


「誰か! 誰か助けてくれ俺だよ桜田會幹部の一人の赤髪チンピラのエノン・マイセンだけど同じく桜田會幹部のルクィリオが厨房で暴れてるんだ! 俺以外のやつを厨房に入れるなって言って!」


「桜田會幹部のふわふわロリータアリスだけど今必死に抑えてるよ! でももう持たない! 誰か助太刀を!」


「おうおうこの俺様バスコ公国エネルギー部門のグランが厨房に入れないってのはどういう要件だふざけんな俺はこの場で一番料理が上手い自信がある!! 手前らのキタネェ金まみれの手で料理道具を触るんじゃねえぞサクラダぁ!!」


「いいや私だね! 私が一番の料理上手であるそんな私は逆条八席が一人ニールである! 貸したまえフライパンを! ほら見たことか卵が微かに焦げ付いているぞ竜の鼻の効きを舐めるなよすぐに分かるぞ! そうだろう他の逆条八席諸君! 上は三席の誇りのバロンから下は六席の理性のフォッサよ! 私の言う通りだろう!?」


「その通りだ人間風情が作った料理なんてたかが知れていると私ことフォッサは怒りを禁じえないぞ! あとキレたら鬼になるベリオと妖精女王ティアとだらしな女子のマグナは今日は不在だぞ! ダーマもどこ行ったかわかんないぞ!」


「ここじゃよ」


「ひゃんっ///(察するにケツを触られた声)」


「「「やいのやいのやいの!!!」」」



 ……何の配慮かは知らないが自己紹介が幸運にも済んだため、おおよその状況は掴めるだろう。こんな感じである。

 俺も経緯は知らないが、どうやらこの不詳の民家風建築物の一階部分。ダイニングとは壁で仕切られたキッチンの方では、以上十数名が所狭しと騒ぎ合っているようであった。



「コーヒー、飲みます? あ、席はそこをどうぞ」


「あ、サンキュー」



 指された席に腰を落ち着け、未だなお両サイドには例の幼女二名を(全裸の方にはとりあえず俺のシャツ着させといて)侍らせながら、俺は改めて状況を眺める。


 まず、実に開放的なダイニングであった。ちなみに部屋の内装の方から解釈を始めたのは現実逃避の一環である。

 さて、そんなわけで開放的なダイニング。所狭しとは言いつつもこれだけの人員を抱えるのには十分のスペースがあり、更にその上で視線はどこまでも通る。と言うのも、玄関口が謎にこじゃれたテラス仕様になっているようで、外の景色が素通しなのである。

 なお、そんな外の風景は、他に建築物などのない静かな平原であるようだ。視れば更に奥では稜線が途切れ、そう遠くないところに海が望める。

 ……ただ、それなりの標高に建っているようで、海岸は向こうの崖下らしくここからでは確認が出来なかった。


 それから、さてと、仕方ないので現実に目を向けることにするが、



「……、……」


 メンツで言えば、まずはバスコ公国レオリア勢力からはおっさん美少女レオリアと活きのいいヤツことグラン。桜田會からはチンピラのエノンと、ルクィリオアリス兄妹。そして北の魔王こと逆条からは、魔王カルティスと猫のバロン、それから魔族のフォッサと骨のダーマと竜人ニールが集結しているらしい。そんでもって俺とリベットと幼女二名である。把握できねえよ馬鹿野郎。


「ユイはいねえのかユイは。アイツらを黙らせるならどう考えてもアイツ一択じゃねえかアイツは今日の日のためにこれまでヤンキーヅラしてきたんじゃないのか?」


「ヤンキーって……。一応ヤンキーの元締めの元締めやってる人なんだけど。まあ、今はいないんですね。野暮用です」



「あー、じゃあ俺が行くよ」


「あ、いたんだ楠も」


「ふざけんなよこんな朝からうるせぇ中で埋没しない方が人間的に間違ってんだよ」



 ということで楠ミツキもいた模様。

 そういえばこいつも昨日復活したんだもんな。ってことで、俺は彼に状況を開け渡す。


 と、なにやら楠……



「やー諸君、朝から元気だ。何作ってんの?」


「魔族風「お好み焼き風「シークワーサー」「キャラメル風味の」俺の気まぐれ」「サラダはもう出来てんだよ!」「そんな葉っぱをちぎっただけのものをカルティス様に食わせようだなんて!」「ケツを拝借」「ふわっ///「今決めたガラ出汁はその骨ジジイで取る」朝からそんな時間かかるもん作れるか!」パンケーキやけたよ!」焼きそば定食です!」」


「……成程、おいしそうだ。楽しみだなー。それはそうと一旦火だけ止めてもらっていい? 止めてくれた? ありがとう起動スターゲイザー。……――ただいま。とりあえず四捨五入してパンケーキ持ってきたよ。これ食べよう」



 と言う経緯で楠が帰投。そしてその手には、この場にいる俺たちで切り分けても全然余りそうなサイズの特大三枚積みパンケーキが。

 なんだよコイツ実は出来る男なのか? 手口が鮮やかすぎて惚れ惚れしそうなんだけど。



「あいつらは戻ってこないから、そこの女の子達も遠慮せず席に座ると良い。皿は、……七枚なら足りるね」



 と、ちょっと呆然とする俺たちに構わず、楠が慣れた手つきで人数分のパンケーキと添え物をそれぞれ取り分け配膳する。……うわそうかコイツ既婚者か。さすが所帯持ちは気配りからして違うぜ!



「さあ、話を始めよう」


「……あ、ああ、そうだ。改めて言うが状況が掴めない。どうも鹿住ハルです」


「そこから始めるんです? なんで名乗ったんですか?」



 なんかみんなも名乗ってるから、と俺はレオリアに返す。



「話を始める、なんて楠が言ったってことはそもそも何かの議題があるんだろうが、一旦状況を整理したい。……ぶっちゃけどういう状況なんだ? なんでこんなにメンツが集まってる? それから、ここはどこだ。あとこの幼女はなんだ」


「しらじらしい! あなたが買ったんでしょ鬼畜! 白状しなさいどこで買ったのよそんな上玉!」


「上玉とか言うなとか俺とお前には行き違いがあるとか色々言うべきことはあるが、……先に言わせてもらいたいことがある、リベット」


「な、なによ……」


「この議会は発言挙手制で行こう。そんで発言する前に自分の名前を言え。把握できないから」


「いや私今キミと目が合ってる気がするんだけど。十分把握できてるよね?」


「この場では、把握できないのは俺ではないと言うことしかできない。これ以上の質問は受け付けない。異論もなしだ。手を挙げないと俺は無視するからな」


「そ、そんな馬鹿な……」


「誰かが何かを言ったなあ! 誰なんだろうたくさん人がいるから分からないやぁ!」


「はい! リベットです! 馬鹿馬鹿しいと思います!」


「却下!!」


「ひどい! 改めて言わせたクセに!」



 と、……そこで一人が手を挙げた。



「はい、レオリアです」


「はいどうぞ」


「どうもです議長。それで、話を始める前にやっておくべきことがあるんだ」


「……というと?」




「この場に一人、足りない人がいるんだよね。その人を連れてこないと、この話は本質的には始められないんだ」




 あ、確かに。

 そういえばエイルどこ行った?



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