断章:フロム・ラグナロク

(no_data.)

 




 ――ここは、世界の裏側である。





「……、……」



 ……と、僕ことバン・ブルンフェルシアは、

 空席ばかりの円卓にて、一人思う。



 季節は秋。

 外は今頃、昼間の日差しと秋の乾風が旺盛な頃の事。



 ただし、僕のいるここは年中代り映えがない。

 数人程度の会合のために用意されたスペースはどう見たって面積が過剰で、豪華極まる円卓に添えられた7つの椅子の間隔も、声を張らなければ意思疎通にも齟齬があるレベル。


 更に言えば鬱陶しいのがこの暗闇で、なんの黒幕趣味かは知らぬが、この議室の照明は『湿気と冷度を揮発させて燃える青い炎』で統一されている。

 そのため、この広大なる一室は設えこそ豪奢の一言だが、一年を通して岩窟内部のようにひんやりと冷たいのであった。




「(暇だ……)」




 独り言。

 ただし、この部屋に通されてから経過した時間は五分やそこらだ。僕の感情を逆なでするこの感覚は、正確に言えば倦怠感とはやや異なるものだ。


 ここは、世界の・・・・・・・裏側である・・・・・


 ゆえに僕は、世界の表側で今まさに起きていることに思いを馳せて、こんなふうにクダを巻いているのであった。



 と、

 ――そこで、来訪者。




「お、一番はバンか」


「よーやくきた」




 声が最初で、姿はその後。

 彼はそのようにして、陽炎の如くいつの間にかそこにあった。




「ようやくも何も、まだ会議まであと5分以上あるじゃないか。遅刻したみたいに言われても」


「5億年生きてきて知らないのか。10分前行動は社会人おとなの基本だぞ」




 その姿は間違いなく目視できるのに、彼の特徴は、霞を纏ったように判然としない。


 ――それが彼の持つ能力の一つであった。

 或いは、ただの特技・・・・・というべきかもしれないが。



「5分程度でどうしてそんなにへちゃむくれてるんだバンは……」


「へちゃむくれって……」



 そのタイミングで、どこからともなく給仕が現れ彼に飲み物を勧める。

 すると、彼は、



「コーラで。炭酸抜きの氷無しね」



 などと、およそ人の世の飲み物とは思えないモノをオーダーした。



「……、……」


「お、きたきた。どうもメイドさん。今日もキュートだね。……なんだバン、その顔は」


「こんな暗いのによく僕の表情が見えたな。見てわかる通りの感情の顔だよ。炭酸を抜いたコーラの事を人はコーラとは呼ばないと思う」


「じゃあなんだよ?」


「ゲテモノじゃね?」



 僕の返答に彼は笑った。



「栄養率が良いらしいんだよ。マンガで読んで、最近試してる健康法なんだ」


「効果は?」


「ゲップが出ない。オフィシャルシーンでも楽しめるコーラになる」


「だろーね」



 僕も、給仕に紅茶のおかわりを頼む。

 すると彼女は、やはり虚空から取り出したようにして、湯気の立つ紅茶のカップを僕の手元の空のカップと交換した。



「バン、他の連中は?」


「揃いも揃って人格破綻者のくせに、一部を除いて遅刻だけはしないからね、もうすぐなんじゃない? ……ほら、噂をすれば」




「――ごきげんよう、みなさん。あ、メイドさん。私はお味噌汁で」




「……、……」



 と、開口一番冗談のようなことを言った『女性』が、先ほどの彼のようにして陽炎のように現れた。



「み、味噌汁……?」


「なによ。飲みたいんだもの、しょうがないでしょ?」



 現れた彼女の目前に、給仕はタイムラグ無しで味噌汁を用意する。

 ……とんでもないインスタントっぷりではあるが、しかしそのお出汁の香りの豊潤さは香りを嗅ぐに本物であった。僕は少しだけ、あっちにしてもよかったなと後悔しながら彼女を見る。


 ただし、この暗闇では彼女の姿も、仔細は判然としない。

 分かるのは、彼女が可視化できるほどの魔力を纏って、黄昏色のダイヤモンドダストのようにキラキラと輝いていることだけである。



「とりあえず、ようやくぼちぼち揃ってきたね。あとは、アダムは仕事中だから……」


「フーロンと、テレスとガロウね、この場にいないのは。ガロウは時間きっかりに来るとして……」




「――テレスに負けたら人として終わりだね。ということでおはようみんな」




 と、幼い少女の声。

 と言っても幼いのは声質だけで、その口調には謎の貫禄のようなものがある。



「フーロン、久しぶり」


「や、バン。それにシャルとソシエラも。みんな元気そうで何よりだねえ。……あ、なんか頼めるのかい? じゃあそうだな、カレーで」


「カレーと来たか……」



 現れた少女は給仕にそう頼み、……やがて、ひんやりとした議室に、バターで炒めた香辛料の香りがふわりと立ち上った。



「ごめんね? おはようって言った通りで朝食も済ませてないんだ」


「周りを見てみろよ、なんとなく飲み物でお茶を濁してるのが見えないかな……」


「ソシエラの味噌汁はグレーじゃない? それに、君らも前世で聞いたことがあるだろ? カレーは定義上飲み物だよ」


「……、……」




「――あれ、食事会なんだっけ今日って?」




 更に参入者。

 その人物は、青年と少年の中間のような声で以って、そのように困惑を示した。



「……いいや、ガロ。君が真っ当な飲み物を頼んでくれればこの集会はお茶会としての本旨を取り戻せるよ」


「ま、真っ当か……。じゃあ給仕さん、コーラを一つ」


「かしこまりました。炭酸を抜かれますか?」


「え? あ、え? ……は、はい」


「かしこまりました」


「……、……」



 ということで彼の手元には炭酸抜きのコーラが一つ。どうしてこうなった。



「うわ、ほんとに炭酸入ってない。初めて飲んだこんなもん……」


「どうだ? 舌に優しいオーガニックな味だろ、ガロウ?」


「うわシャルルもこれ飲んでんの。気持ち悪くないか? なんか違和感で喉が受け付けないんだけど俺」


「そっちの世界は戦時下だったんだろ? レーションとかでマズいモノに慣れてないのかよ?」


「マズいって認めたねシャルル……」



 僕がそう皮肉気味に呟く一方で、ガロウは「俺の世界の食事は、そこまで悪くなかったから……」と困ったようにシャルルに返していた。



「あとは、テレスか」


「テレスティアはどうせ遅刻でしょう? ……そういえばフーロン、あの子のこと何か聞いてないのかしら?」


「あ、アダムの仕事を現地で見たいんだってさ。多分来るなら一緒に来るんじゃないかな?」


「そりゃ酔狂な……」



 そう、僕が呟くと同時に、








 ――この議室に用意された時計が、一つ鐘を鳴らした。







「……、……」


 あの時計は、ただ時間を刻むものではない。

 それが鳴ったということは、アダムの仕事が、今しがた終わったということであった。









「――待たせた、諸君」









 そして、老人の声。


 それと共に現れたのが二名。

 テレスティアと、声の主、――この議会の招集者であるアダムだ。



「お疲れ様。さあアダム、飲み物を頼め。テレスティアもね」


「え? あ、お久しぶりですわバン。それに皆さんも。……じゃあ、ビールを」


「余はウイスキーをロックで」


「なるほどそう来たか! 良いよじゃあ僕も酒を飲む! 給仕さんおかわりだ!」



 ということでこの集会は、この場を以って打ち上げと相成る。

 僕は、給仕が持ってきたビールを一気に嚥下し、おかわりを頼んでから……、



「改めて、お仕事お疲れ様、アダム。……久しぶりに『空の主』として人前に立った感想はどう?」


「変わらぬよ。羨望には慣れておる」





「……羨望。それじゃあ、仕事は上手くいったんだ?」


「万事な」






 その言葉を以って、

 ――議室の様相は反転する。






 昏く湿った雰囲気は放逐され、絢爛たる照明・・・・・・が広大な室内を暴いた。

 そうして光の下に晒されたのが、目下、メル・ストーリア公国王宮の最奥に秘された、使われることのないダンスホール。


 議室とは呼んだが、ここは洋館のエントランスの二階部分である。

 僕らの着いた円卓は二階フロアの一角に据えられ、そして見果てぬのがこの空間の広大さだ。


 視界の向こう、地平線さえ見えるエントランスの遥か彼方には、王宮階上へ至る階段が一つ。

 この場所こそが、――公国王宮地下、反転王城。僕ら特級冒険者の集まる拠点にして会議本部でもある場所であった。




「――特級冒険者諸君。諸君らの、冒険に彩られるべき生涯の一端を、この集合に費やしてくれたことに、まずは感謝を」




 彼、王は言う。


 光に暴かれて、彼のその姿がようやく判然とする。

 傍らに抱くのは甲冑兜。彼はこの場に置いては、公国王ではなく特級冒険者『空の主』としてここにいた。


 微かな空色が混じった、白く美しい鎧姿。

 この場に置いて彼は、その威光を隠すつもりがないらしい。――それは概念であり、目視など出来ぬはずなのに、それでも彼の身体はそのナニカ・・・を揮発させる。


『竜』。

 この世界における原初的な強者。羽トカゲの特殊進化個体風情などではなく、人類が本能的に共有する「翼と鱗を持ち炎を吐く生物的極致」の偶像。


 皆人全てが、人種の違い、住む国の違い、性差や資本階級や生まれた時代の違いも何もかもを取っ払って一様に心に描く『竜』という生物。


 ――これを討ち取った英雄が今、その英雄譚の過日そのままの威風で以って円卓を眺めた。



「さっそくだがここに、特級冒険者会議の開始を宣言しよう。議題は二つ。この世界の変遷の成功と、そして我々の新たなる仲間の歓迎である」



 その言葉にまず反応を示したのは、アダムと共にこの場に現れた女性、テレス、――テレスティア・フォン・ローゼンバッカードだ。



「成功の話? ……今後のための決起集会か何かだというのなら、貴方、私がここに来るために受け入れた兆


 彼女はそう、王以上の尊大さを以って言う。ただし、それは彼女に限って言えば至極妥当な態度でもある。


 大陸一つと同価値のドレスが包むのは、世界と同等としても問題のない圧倒的な美貌。

 豊満な肢体と、暴力的なまでに光り輝く金糸の長髪。赤い瞳を最高峰のワインの海に例えるなら、彼女の持つ雰囲気は「贅沢の権化」そのものだ。


 ――贅沢を凝らしているのではなく、カネがかかっているのではなく、


 彼女自身が、宝石であり黄金であり欲望であり不夜城である。

 豪華絢爛という言葉をそっくりそのまま擬人化すれば彼女が出来上がるだろう。その在り方は、ヒトの欲望渦巻く大都市に浮かぶ、黄金の月そのものの有り様であった。



「……まあ、賠償はジョークよ。だけどね、私って結構忙しいの。本当に決起集会の類いなら省略して新人の顔見せを先にして欲しい。実は裏で今ちょうどレガリア=エネルギーをロットで仕入れる話が進んでるところなのよ」


「まあ聞け。成功した、という私の言葉の意図は、君の理解では不足している」


「どういうこと?」


「……成功なんて言葉では足りない。この結末は、――完全無欠の、我々の勝利だ」




「なるほど?」




 アダムの言葉の真意にいち早く気付いたのは、カレーをがっつく童女、――フーロン・クーであった。



「あの駄天使を挫いたの?」


「左様」



 クーロンはその言葉に、子どもにしか見えぬその顔で以って淫靡に笑った。


 見た目は、RPGの白魔導士みたいなフードを被ったただの女の子である。しかしながら彼女の持つ権能、転生スキルは、この世界における最高峰にあたる『The』の位を持つ。


 ――そして、彼女自身の冒険もまた、その大いなるスキルの格に負けぬほどに鮮烈としている。


 彼女はあの小さな身体で、国一つを創り、大陸一つを創り、星一つを創り、世界一つを勝ち取るようにして創り上げた。

 彼女の所有するクラン、フルォム・ファミリアにおいては、彼女は正しい意味で以って『神』である。



「道理で、今日はタミア・オルコットがいないわけだ。あの悪魔の持つ端末アバターはどうなってるの? 全て解放されたのかな?」


「それは不明だ。しかしながらタミアは我が国軍の構成員であり、監視は容易だ。全て解放されたと断言こそ出来ぬが、しかし、そうだと考えても構わぬ結果が出ているとはこの場で明言しておく」



「待った」


「……、……」



 そこに男、ガロウ・クズキリが介入する。


 彼はこの場においても、あまりにも異質なる前途を以って参加している。率直に言えば彼は、とある英雄譚ものがたりの登場人物本人である。


 纏う服装は学生服の様相ではありつつも、そうと断言するにはあまりにも酔狂な何か。彼自身も、長身で精悍ではありつつもどこか凡庸で、ありとあらゆるちぐはぐな要素が、彼の本質を見るモノに悟らせない。


 ――否。正確に言えば悟らせないのではなく、「悟りはするが言語化は出来ない」だけの事。

 彼の前世を語って聞かせれば、皆人同様に彼の、その在り方に合点がいくだろう。


 彼はちぐはぐなのではなく、彼はあくまでも王道なのだ。それを理解できぬのは、世界が、未だ「その可能性」を受け止めきれていないだけの事。


 そんな彼が、言う。



「結局俺たちは、あの悪魔という存在を測り損ねたままだ。俺は、……アイツの事を一片も侮れない。楽観視もだ。犬みたいに従順であるつもりはないけど、それでも、こういうふうに場を設けて勝利宣言をするだなんて、どこで見てるか分かったもんじゃない。危機感が足りないんじゃないのか?」



「――犬みたいに従順であるつもりはない? へぇ? 犬みたいなセリフが聞こえてきた気がするんだけど」



「……、……」



 ガロウに皮肉を返しながら味噌汁を啜るのが、彼女、ソシエラ・ウルグハートである。



「…………ずるずる汁物啜りながら喧嘩売るのやめてくれる?」



「ほら、もう飲み終わったわよ。メイドさん、次はウォッカを」



 彼女の在り様は、魔女そのもの。

 魔女の帽子を被り、魔女のドレスを着飾り、――そしてその相貌だけは、夏の空のような少女のそれである。


 彼女の異名はこの集会のウチでも随一に知られている。黄昏の魔女。魔導女王。魔法最前線フロントライン


 そのように呼ばれ、畏怖され、敬愛され、尊敬され、最も恐るべき魔法使いとして名を馳せる彼女は、それゆえに奔放で言葉に嘘がない。




「ビビりまくってるじゃない。何が怖いの? もうこれ以上、この世界が私たちに対して失うモノなんてないと思うんだけど」


「……それだけのことが出来るし、思いつくような化け物なんだよ、悪魔は。だからこそ慎重であるべきだ」



「……言いたいことは分かるが、どっちも落ち着いて」



 そこに更に、彼、――シャルル・ヴァーニュが炭酸抜きコーラを飲みながら適当そうに言う。


 ……初めにここで見た通り、彼はその特徴を見るモノに掴ませない。

 その胎内に五億年もの歴史を内包しているにもかかわらず、彼の有り様は希薄そのものだ。


 ブランドも分からぬ衣装に身を包み、別れれば5分で忘れてしまいそうな相貌。それらは全て、彼が能動的に行っている『体裁き』である。


 仮に一騎打ちで挑むとすれば、神でさえ彼に敵うことはないだろう。彼はその歴史全てを以って、――つまりは五億年の半生を以って、人の身でありながらにしてとある一つ・・・・・を極め、そして『完成』をさせた。


 ――概念一つの『完全』を観測し、そしてその身に収めた彼を、ヒトはただ『剣神』と呼ぶ。



「話が進まないだろ? とにかく少なくとも表面上は、俺たちの悲願通り悪魔をこの場から除外できた。表面下の部分を詰めるのも、作戦は成功したと思って次にシフトするのにしても、この場に留まってるんじゃどっちにも行けない。そういう問題に文殊の知恵で正しく答えを出すために俺たちはこうして集まってるんだ。だろ?」


「それは、……そうでしょうけど。――分かったわよ、悪かったわねガロ。これに懲りたら今後は絶対に情けないセリフ吐かないでね」


「あれ? 俺謝られたかと思ったらそんなことなかった気がするんだけど……」



 ――さて、



「じゃあ改めて、アダム」


「……、……」



「話を聞かせてくれ、聞こう」



 そんな英傑集団の中で、僕ことバン・ベルンフェルシアはアダムに言う。


 ここまでに彼らに付けて語ってきた英雄譚なんて、僕にはあってないようなものである。強いて言えば僕の持つスキルもまた『The』の称号を持つものであるが、それも中身をあらためて見れば泥臭いったらない。


 ただ単に僕は、成功するまで何度だってやり直すことが出来るというだけだ。

 試行回数で勝利を掴む。傍から見ればこの力は『完全回答』なんて通り名で呼びたくなるほど羨ましいらしいが、僕視点で言えば、僕なんてのは失敗の塊だ。


 間違って、間違って、間違って間違って間違って間違って間違って間違って……、そうしてようやく、幾度目かの『初めて』で成功を収めるだけ。


 だから僕は、自分の事を誇らしいなんて思えない。僕が誇らしく思うのは、――僕がこのスキルで築いてきたモノ、守ってきたモノだけである。ゆえに、


 ――僕はこの英傑どもの中でも、胸を張って対等に彼らと応酬する。



「先に言っておくが、僕はアダムに一票だ。他でもないアダムが断言するのなら、完全無欠の勝利宣言とやらは信用に値する」



 僕の言葉に最初に反応したのは、慎重を期すべきとしたガロウである。



「確かに、それはそうだ。慎重であるべきとは言ったけど、禁忌扱いするつもりまではない。話を止めて申し訳なかった。アダム、続きを頼む」


「佳し。――結論から言えば、鹿住ハルが何らかの結界スキルで以って、悪魔を封印した。結界という異世界において、悪魔はその権能を、……世界への命令権を失する。ゆえに我々は、悪魔を放逐出来たと見て問題ないと考えている」


「分霊の術式は人間でも使用可能だ。霊魂を複数に分割して、分かりやすく言えば残機を手に入れるなんて魔法だけど……、それを、ただでさえ100万単位の身体アバターをもつ存在が用意していないとは思えない。せっかく端末が幾つもあるのに本体を倒せば全軍無力化だなんて、そんな都合のいいライトノベルのモンスターみたいな真似を奴がするかな?」


「ありとあらゆる可能性は、肯定も否定も出来ない。我々はヤツの事を何も知らないと言ってさえ良い。……故に、我々に出来るのは停滞か、状況証拠と現実を見据えて、それをひとまずの『結果』とするかだ。ヤツの雌伏の可能性さえを我々は考えた上で、我々はあくまでも慎重に、『次』の段階に移っても構わないと余は考える」



「じゃあ、こういうのはどう?」



 と、ソシエラが挙手。


 ……一挙手一投足ごとに彼女の身体からキラキラと舞い上がる魔力光は、このエントランスの豪勢な明りを受けて、可視化した香水のように彼女を飾る。



「ヤツの所在を探るやつと、次のフェーズに携わるやつを分ける、なんてのは。どうせ私たちなんてスタンドプレイヤーの集まりじゃない、足並みを揃えようなんて言われたって息苦しいだけだわ。私はアイツのことを不安に思う気持ちも分かるけど、正直さっさと次に移りたいって方に一票なのよ」


「そうだな。結局いつも通りってわけだ」



 俺は異論はないよ、とシャルルは続ける。



「俺は、そもそも剣だけの能無しだ。いつも通り気になるやつの脇についていくよ。……ただ、強いて言えば俺は悪魔の動向が気になる。そっちを調べようってやつはいるか?」



 それに応えたのはフーロンであった。



「それなら、私の所に来てくれないかな。人海戦術で情報を集めていたら、気になる案件が一つあった。荒事になるかもしれないんだ。『科学者』絡みで」


「……『科学者』か」



 アダムが呟き、円卓上がしばし、彼の次の言葉を待つ。

 しかし彼は、……数拍の後に「失礼、続けてくれ」と短く答えるだけであった。


 ゆえに、ここは僕が会話を先に進める。



「では、共有しておきたい。『次』に動くのはアダム側でいいんだよな? 僕もスキルの問題で、アダムに付くつもりだ。悪魔についての経過確認はフーロン。みんなは、どっちに付く?」



 僕の問いには、テレスティアが一言。



「私はコウモリさせてもらうよ。そもそもどっちかに専念しなきゃいけないほどウチは人手に困窮してない。クリティカルな情報があったらそっちに付くわ。それと、私の直感・・では、悪魔は無力化してると思ってよさそう」



 続けて、ガロウも発言する。



「俺は、……悪いんだけど別件だ。次の集会までには決着をつけるつもりだけど、それまでは放っておいて欲しい」


「別件?」


「ああ、僕みたいな奴が一人転生してきた可能性がある。……一応だけど、特級候補とかじゃないよ。これは完全な私情だ」



「……ふむ、構うまい。どうせこの世界は楽園デタラメだ。何をしたって良い」



 アダムの言葉を、僕たちはただ浴びるように聞く。



「では、以上で佳いとする。各位自由に楽園を謳歌し、何かあれば共有する。……では次に、今回の主たる議題に入ろう」



 アダムが、席に着いたまま後ろを振り返る。

 と、そちらから二名、……陽炎のような登場ではなく、階下から当たり前に階段を上ってくるというプロセスで以って、新たな顔ぶれがこの円卓に参加した。



「……、……」


 どちらも、この場に呼ばれるだけあって一筋縄ではいかない雰囲気がある。

 ……もっと正確に言うならば、どちらにしてもこの世界の裏側の首魁たる七人を目前にしているにもかかわらず、緊張の様子がまるでない。



「彼らが、新たなる同胞の候補だ」


 アダムがそのように言い、僕は改めて二人を検分する。



 一人は、――アダムと似て甲冑姿の青年だ。彼については僕もあったことのある相手で、確か、バスコの紛争への介入を功績とし準特級の席を得た人物だったはずだ。


 それから、なにやら彼の肩回りをオコジョ・・・・がファーの如く身体を撒いているのだが、……まあそもそも冒険者というのは変わり種の集まりである。彼が何も言わぬのなら、アレが彼のファッションスタイルなのだろう。



「名乗り給え」



「……異邦者、レクス・ロー・コスモグラフ。バスコ公国の紛争に対し、ギルドからの要請でこれに介入しました。しかしながら、その際にはレオリア・ストラトス以下各陣営トップの結託を予測できず、彼女らを取り逃しています。黒星付きの身柄で恐縮ですが、今回は準特級冒険者としてこの場に参加しました」



 その情報はこの場の全員が事前に得ている。そもそも、その要請に適う人物を選んだのがこの議会であるためだ。


 そして、もう一方は、



「一級クラン、グリフォン・ソールのマスターをやってます。異邦者、クレイン・グリフォンソールです。今回はH級エネミー『雛』のクラン単独撃破の討伐功績でこの場に呼ばれたと聞いてます。お手柔らかによろしくです」



 そう名乗ったのは、……不思議な格好というか、王族の部屋着みたいな恰好をした少年である。

 フランクな黒のタンクトップと、ダボッとした長丈のパンツ。しかしながらその衣装は神威さえ籠っているようであり、アクセサリーの黄金と服装の黒のコントラストは、気軽な印象そのままで圧倒的な存在感を揮発させている。


 ……と、そんな彼に対しては、シャルルが思わずと言った様子で口を開いた。



「初めまして、だよな? ……なあ、その格好とグリフォン・ソールって名前で心当たりなんけど、お前まさか……?」


「……もしかして、前世でお会いしました?」



「うわ本物か! おめえ表に出ろ! テメエが絨毯爆撃で吹っ飛ばしたルーキーの一人が前世の俺だよ! 今ここで昔の仇をとってやる!」



 ということでまさかの知り合いらしい。

 グリフォン・ソールの情報を既に聞いている僕としては、その言葉で彼らの関係性は察するに余りあるところでもあるが、



「よせよ……。5億年も前の因縁をいまさら持ち込んでどうするんだ。後にしてもらえる?」



 ひとまずその場の仲裁は僕が買って出る。といっても、シャルルも本気ではなかったようで、大した拘泥もなく鼻を一つ鳴らすのみであったのだが。



「――とかく」



 と、アダムがそこで一言。

 それによってなんとなく程度に熱狂し始めた初顔見せは、水を掛けたように静かになる。



「彼らが新たに準級として参画した。今回は、此度の戦争を以って彼らの本質を定め、それを以って特級への昇進とする旨だ」


「その二人に約束した対価は?」



 ソシエラが問う。

 ……元来、はっきり言ってしまえば異世界転生者にとって特級のネームバリューなどたかが知れている。

 なにせ、ここは異世界だ。自分が何者であろうと好き勝手にするに決まっているし、そんな連中に名誉などは、犬のエサほどの価値しかない。


 ゆえに、異邦者にとっての特級への昇進というのは、「なんでも一つ願いを叶える代わりに、冒険者としての首輪としつけ・・・を一つ受け入れる」という儀式のようなものである。


 そんな彼らは、その問いに対して、



「自分は、当代『空の主』への挑戦権」



 と、まずはグリフォン・ソールのクレインが答え、



「俺は、英雄である・・・・・ということを」



 続けて、レクスがそのように言った。



「なるほど?」


「納得してくれたか。ソシエラに、諸君も。……では以上を以ってこの議会は終了としよう。審査の結果は追って、特級諸君には報せを飛ばす。次回会議の予定はない。手元のモノを堪能し、会話の花が咲き終わったころに、各自自由に解散してくれ」



 その言葉を置き去りにして、

 アダムは一人、先んじて席を立った。



「……、……」



 僕はその後姿をしばし眺め、……一つ、言い忘れていたことを思い出す。




「アダム」



「なんだ」




「演説お疲れ様。聞き忘れていたんだけど」



「……、……」




「名前は、決まったのか?」




 その問いに彼はこちらに向き直った。


 そして、「言い忘れていたな」などと嘯いて、彼は、






「ああ。

 ――『異邦者大戦』と、呼ばれることになったよ。


 先の王務、全世界に対する特級冒険者総員の全権を担っての異邦者の存在宣言・・・・・・・・。これで以って、この世界は滞りなく袈裟に分かたれた」





 それだけ言い残し、改めてこの議会を後にした。
















 /break.
















 公国王宮地下、反転王城。


 そのように呼ばれるこの空間は、実際の所はあくまで王宮の地下に、当たり前に地続きで存在するモノである。


 ただし、その魔術的なセキュリティは数世代先を行く。

 例えばここで使われる通信魔術具は全てオリジナルのフォーマットを持ち、既存の通信傍受ではそもそもその『対象』が異なるために接触からして不可能である。既に存在する魔術的通信は全て『魔力波長』によって為されるものであるが、この空間において通信に介するモノはそれとはまったく別種の、地上では発見もされていない新たなるエネルギーである。


 或いは、この空間に伏された防御結界。先の議室での明かりは『比喩ではなく冷たい炎』による照明であったが、そのようにして、この空間は地上世界よりも、成立する自然法則が少し多い・・・・。ゆえに、そもそもこの反転王城においては、この空間への侵入が特級冒険者らに許されるほどの強者、――特級冒険者級の存在でもなければ、侵入した時点で意味消滅絶命する。


 そして仮に、そんな空間に特級冒険者と遜色のないような間者が侵入したとすれば、それに気付けないことはあり得ない。一例としてはシャルル・ヴァ―ニュ。彼は解放空間の半径8キロ以内であれば、魔術的な方法を用いずに「空気の動き」だけで以って内部に存在するモノの位置を正確に掴むことが出来るし、それに似たような事であればあの場にいる全員が可能である。――結論として、この空間は魔術的に数世代隔絶した技術と、そしてあの場にいる全員の異次元の能力を根拠に侵入不可能の城である。



 そして、


 ……それほどまでに概念的に魔改造されたこの空間は、ゆえに、不可思議な形で以って整合性を保つ。


 その一つの例として、




 ――この城は、何時如何なる時も「夜」である。




「……、……」 




 そこを行くのが、彼、アダム・メルである。



 傍らに抱くのは甲冑の兜。

 歩みは緩慢で、地下だというのに窓が解放された回廊には、草と夜の香りの混じる風が通り抜け、彼の白髪をするりと揺らす。


 見れば、天頂には月がある。

 蒼く輝くそれは、暦に照らし合わせればあり得ぬはずの満月。しかしながらそれも、世界を魔改造したゆえのモノであり、そもそもこの空間の外に見える月は、何時如何なる時も満月であった。


 その点で言えば、季節もそう。

 この回廊に吹く風は、時が止まったかのように春の終わりの夜風ばかり。



 ――春の終わりの、雨上がりの、大気中の塵が洗い流されたばかりの瑞々しい夜空。

 目を凝らせば夜の虹さえ垣間見える。そんなソラには、甲冑の足音が静かに響く。



「……、……」



 彼は思う。

 そもそも彼にとって、この世界には既に大した意味がない。



 日々を幸せに生きたとしよう。或いは美食を頂き、栄光や賞賛を得て、日々の責務に疲れた休日には、人のいないどこかの草原でゆっくりと横になったとしよう。



 それら全ては、彼にとって意味がない。




「……、……」




 人は一様に、この世界を楽園だと言う。


 この世界の既存の住人は、この美しき世界を見よと言う。草の青さを見よ。空の青さを見よ。風は今爽快で、世界はこんなにも美しい。かようにも絢爛風光明媚なるこの世界に生まれ落ちて、それでも自らの不幸を嘆く暇はあるか? そんなものはない。人よ、世界の美しさに挑め、と。


 或いはこの世界への来訪者は言う。この世界は楽園だ。この世界には、自分共が生まれた地獄にはなかったものが全て在る。魔法を唱えて、願いを祈れ。さすればそれは統べて叶わん。かようにも自由なるこの異世界に生まれ落ちて、それでも不能を嘆く暇があるか? 馬鹿馬鹿しい。せっかくの異世界転生で好き勝手にしなくてどうする、と。


 アダムにとって、それら全ては否定のしようもない。

 この世界は美しく、この世界は自由だ。


 空を飛びたいと思えば、この世界は場合によっては空を飛べる。

 ドラゴンに打ち勝ちたいと願えば、努力如何でそれも敵う。或いはドラゴンと友人になりたいならば、それも一様に叶う願いだ。


 ゆえに、



 ――彼の思いは、彼の、


 彼自身の願いが、既にこの世界から失われたものであるゆえに生まれ出た。



 ゆえに彼は、月に鳴く。
















「イブ」
















 涙は流れない。


 枯れ果てたわけではなく、ただすらその思いが、風化する程に過去の幸福であっただけの事。



 風化し、色あせて、モザイクじみたセピアの集積にしか見えぬその懐郷を、それでも彼は胸に抱き、


 そして、彼はここまで来た。











「ここまで来たよ。まだ先は長いけど、きみの願いは叶う。必ずだ」











 彼はそう、月に呟いて、














































 そして、某所。





「分かってる。頑張ってくれてありがとね」





 ――とある少女が、それに応えた。











 ..Introduction_over.


 ――接続:第八章『パラダイス・ロスト』






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