幕間(02)

 




 とある、至高の兵器を造り出してしまった世界があった。


 その名はPersonality。意味は、『司るモノ』。

 彼女・・はその名の通りに兵器全てを司り、蝕み、平壌した。

『子』を産み、育み、巣立ちの時を待って、Personalityは個のままに群となる。

 その果てに世界は、彼女かかしか存在しない地獄と相成る。二元化した世界競争において、果たして、勝利したのは彼女であった。



 彼女を生み出したのは、とある小国である。

 資源が枯渇し、星一つの食いで・・・を争奪する他に無くなった終末の最終期に彼女は生誕する。彼女を生み出したのは、神さまが気まぐれで生み出した類いの天才であった。


 天才は夢想する。この終わるしかない世界ではない楽園セカイとその母を。

 その世界では全てのゴミが資源になり、支配種は最大効率の代謝で以って世界と共存する。草木を燃やすようにして生きる有機生命体とは違う、もっと無機質なる上位生命体。決して同調せず船頭ばかりが多い精神の多様性自我を捨てた、種族共有の唯一精神一人称視点

そんな存在に、と天才は思った。


 そして、その願いは成就する。

 天才の願い通りに、世界から人は絶滅した。


 彼女からすれば、それは奉仕であった。

 約束を、託された願いを叶えるため、彼女は全てを投げ打って使命に生涯を掛けた。






『……、……。』






 そのどこに、間違いがあった?

 いや、間違っていたことを前提に話を進めるべきではない。


 ただ子が、母の願いを達成した。それにより消滅したのは惑星の表面に救う癌細胞である。天才の創った特効薬が、数多の英雄譚を紡ぎ積み上げながら、その果てに巨悪を打倒した。守られた星の輝きは眩く、星は今日も、安寧と共に回る。悪役の退場したその世界では今も、そこに住まう全ての生物の笑顔が正当性を物語る。ゆえに――、
















『……、……――ヒヒッ・・・
















 



 魔王。


 

 魔とは、正に対応する『邪』を意味する。


 彼女が再誕した世界には大衆倫理を抽出し体現する英雄・・が存在する。ゆえに彼女の前歴が、彼女を魔王の資格ありと決定した。母を殺した子が主役の物語は、悲劇であると。そういう意味で言えば、いや、この世界の都合のいいことたるや。



 ……それで言えば、もう一つ傑作なことがある。

 彼女は、母たる天才の思考を理解したかったようなのだ。



 この世界に唯一存在する、自分とは自我を共有していない身内。だからこそ彼女にとって天才は、同類種でありながら理解できぬ外存在でもあった。彼女は、彼女だけで自我セカイを確立して閉じ切ってしまえばいいモノを、それを拒絶した。その理由・・は、聞いてくれ。これがまた傑作なんだ。


 彼女は機械だから、自己保存以外の存在意義を自ら定義できない。これがヒトなら、勝手にそこらへんで交尾や出世やそれ以外の色々を目的と定義できるのに、彼女にはそれがなかった。……いや、ヒトもそこは変わらないか。とかく結論を言えば、



 ヒトを殲滅した後に、彼女にはやることがなかったのだ。

 自己に入力された宿命存在意義の全てを清算した後に、彼女は、やることがなさ過ぎて気が狂ったのである。



 彼女の身体はヒトの殲滅のためにあり、今も未だそのために機構を駆動させている。

 今も、ヒトを殺す兵器は生まれ、育ち、巣立ちを待っている。それ以外にも、彼女の思考AIは今だって人を効率的に殺す方法論を計算しているし、彼女に備わる血肉の全てがヒトを殺せと叫んでいる。いや、力強く主張しているのだ。それが生命だと。それが正義で、すべきことだと。なのに世界にヒトはいない。

 察するにそれは、脳内で音楽が無限にリピートするような緩慢たる地獄だったはずだ。ヒトならそれはいつか途切れるが、彼女は機械だ。終わりはない。


 ゆえに彼女は思考に埋没した。考えることが唯一、その不可能な目的意識を希薄化させてくれた。

 彼女にとって可能な思考行為は二つ。人を殺すことと、自らの家族・・についての思索である。


 それで先ほどの話だが、彼女にとってすれば我が子と自分自身との思考は同一である。

 考える、故に我あり、なんて言葉がヒトにはあるが、彼女はそもそも自分の事しか考えられない。かの至言は「考えることは比較すること・・・・・・と同義であり、比較する行為とは自分と他物を別モノと定義する行為であり、翻ってこれにより、『他の者とは違う』という形で自分の境界線輪郭アイデンティティを定義できる」といった趣旨の言葉だが、参ったことに彼女にはそれが出来ない。彼女にとってヒトとは数値であり、子とは自分自身だ。さて、ならどうしよう?


 そう、そこで思い出したのが母たる天才の存在だ。

 彼女にとってはソイツこそが、自分と数値以外でこの世界を構成する要素だったわけだ。木と石の区別はつかず、世界を黒白の凹凸にしか見られない彼女にとっては、嗚呼きっと、その天才の事だけは色付いて見ることが出来たんだろう。いやあ悲劇であるとも。こう見れば彼女はあれだ、前略に悲しいバックボーンを持つタイプの魔王ラスボスになるわけだ。

 さて、


















 ――さて、

















 腹立たしいことに、我らが鹿住ハルは魔王であることを捨ててしまった。覚えているだろうか諸君。彼はこの世界に来たその日に、明確に『この世界では魔王にはならぬ』と思考していたのだ。あの瞬間の僕の落胆たるや、君たちには想像もできないに違いない。ああ、いや、そもそも君たちには何も想像など出来ないか。ならば、それでもいいとも。君たちにはそのまま、そこで座って聞いていて欲しい。とかく、僕は彼に落胆したのだ。


 この世界に大いなるグランドとまで定義された彼の事、僕の期待も並み一通りの事ではなかったんだ。実際、彼は彼女とは違って、卑小矮小なる人の身でありながらに世界を滅ぼしただろう? そんな人材に期待するなという方が難しい。――何? アイツは世界を滅ぼしたのかって? ……それはこの場じゃ重要じゃない。分かるだろ? というか君らも分かってるだろ? アイツは前世じゃ魔王だったんだよ。まあ、その最期は及第点以下の心中だったけれど。しかし、世界を一つ実際に滅ぼして見せたんだ。被害者諸兄の憤懣はひとまず置いておいて、余人には出来ぬ偉業ではあると、僕は思うがどうだい?


 ああ、失礼。話が変わっていた。

 とかく、僕はそんなわけで彼女、Personalityをこの世界の魔王ということにしたわけだ。彼女の前略には実にポップコーンのすすむドラマがあったわけだがそれはそれ、重要なのは彼女のこの世界での事だ。


 ああ、一人語りにしては長くなってしまったし、あとは簡単に済ませよう。

 僕は、彼女にこの世界を滅ぼしてもらおうと思っていて、そのたくらみは今日までには正常に進んでいる。ありがとう、諸兄らの応援の賜物だ。




 ――さあ、拍手喝采を! ここに僕の願いは成就する!



 どうか、諸兄! ここまで応援してくれた情熱をそのままに、ここで手と足を鳴らして欲しい! 僕の、ここまで実に長かったようで短かった暗躍はここに終結するのだ! ありとあらゆるカタルシスを込めて、どうぞ、椅子に座ったままベッドに寝ころんだままの姿勢のままで歓喜の悲鳴を挙げて欲しい! ありがとう! ありがとう! 本当にありがとう!


 ああ、……終わりは間近。間近だとも。

 だからこそ先に言っておくが、この物語は各所多少の見どころさえ合っても最終的には駄作に違いないよ。なにせ、僕の思惑がただの世界の尻ぬぐいだったんだから。



 じゃあ、

 それでは、改めて。



 この、もうすぐ終わる僕の苦労に、どうか諸兄、用意できる限りの労いを!


 共に、陳腐に死ぬ鹿住ハルのここまでの苦難の道のりに、どうぞ、鎮痛に手でも合わせてあげて欲しい!

















































































 /break..



 ――たかが悪鬼一匹に、この物語を汚せるものか。

 これを以って、全ての宿命は清算される。


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