-11

 



 ――『犬型』のドローン。


 その体躯は、サイズ感もシルエットもドーベルマン種のそれである。

 細い四肢は『走るという動作』に特化しており、無機物質の肌がそのイメージをより一層洗練させる。


 暗闇の中ではあるが、表面の塗装はパーソナリティと同様の夜色であった。

 黒に、本当に僅かばかりの藍色が差す。それを照らし出すのは、天蓋のどこかから差すささやかな明かりと、彼自身のモノアイだ。


 脚先は、犬というよりは馬の蹄のようであった。貌も胴体も、彼の身体は全て生物感の無い円筒状のパーツで成る。


 おおよそで言えばアレは、量産の円筒型パーツをドーベルマンチックに組み立てたフィギュア・・・・・というのが率直な見た目である。



「……『アイテム』。聞きたい」


『はい。何なりと』



 ……俺の知る格闘技に、象形拳というモノがある。

 文字通り、「形」を「象」る格闘技。これにより真似るのは、熊や鷹、カマキリや猿といったじぶん以外の生物。


 格闘技においては外様でしかない俺が把握する程度だが、かの流派は『ヒトにはない技術を取り入れるためのインスピレーション』が発想の根底にあるらしい。しかしながら、


 体躯の矮小な人間に熊を真似きれる道理は無く、卑小な爪しか持たぬ人間がカマを得る道理もなく、人は、生身で空を飛ぶことなど出来ない。


 人間の身体にはない機能を前提とした人間以外彼らの格闘を学ぶことに、果たして酔狂以外の意味はあるのかと、見聞きした俺はその当時思ったものである。


 しかしながら・・・・・・



「向こうの戦力予測は出来るか?」


『動物型ゴーレム。……率直に、結論から申し上げますと』



 しかしながら、――


 ヒトが、義足で以って短距離走の世界最高記録をたやすく塗り替えるように、或いは電卓を使って元来成し得ぬ速度での演算を行うように。


 熊が、鷹が、狼が、身体機能を『目的テーマを以って拡張』したのなら、



『一般的な動物型戦闘ゴーレムの戦力は、参照種オリジナル最強種ハイエンド最低スペック・・・・・・とし設定されるモノです』



 ――より強い機体ナンバーを作るために既存生物を設計原案にする。


 それはまさしく、機能美の終局・・・・・・に数えるべき極致に違いない。











 〈/break.〉











「――ッ!!?」



 今回に関しては、ご丁寧な書き置き・・・・などは望むべくもなかった。

 跳躍というべきか突進というべきか。『犬』はただ一歩の踏み切りで以って俺の眼前に躍り出た。



「戦闘サポート! 頼む!」


『了解! 開始します!』



 とにかく距離を取ろうと後ろに跳ねながら叫ぶ。

 俺が『アイテム』に頼んだのは、事前に向こうから提案された『アイテム』内蔵のサポート機能の使用である。



『アイテム』の知覚は魔力的なエコーロケーションに頼る。これは「常に全方位を把握するモノ」であって、その情報は俺のような戦闘素人においては俯瞰的な状況確認に大いに役立つ。


 しかし、口頭で敵の位置を逐一報告というのでは、こと接近戦の超速度に追いつけるはずもなく、ここでは更に別の機能を流用する。



『俯瞰情報の表示まで3! 2! 1! 出ます!』



 その声と共に、俺の視界右下に黄色い波紋が転写される。


 否。それは波紋ではなく、よく見ればであることが分かる。その黄色い光線で編まれた図形には、青い点で俺と、赤い点で『犬』の位置も表示されている。



『機能ブーストの継続時間は15分です! それ以内の決着をお願いします』


「了解! カウントはとりあえず5分毎でよろしく!」



 機能ブースト。これにより加速度的に失われる魔力バッテリーの制限時間が15分。それを過ぎると、『アイテム』は休眠・・に入り2時間は起きられないとのこと。


 ゆえに、出来ることなら10分はかけずに無力化し、急ぎ『アイテム』を低稼働モードに切り替えたいが、



「(参ったなこりゃ、早すぎて残像が見えやがる……。クッソ目立つモノアイじゃなきゃこの暗さで絶対見失ってたぞ。っていうか、鉄の塊を俺が蹴飛ばしたとこでダメージなんて入るんだろうな……?)」



 生物的に柔軟な思考戦術で以っての翻弄。

 俺が見失い右下のエコーロケーションに目線を落とした瞬間に、意識外の死角から『犬』が獰猛に飛び掛かる。――それが、四足駆動の回転力で間髪なく続く。



「(狩猟犬のお手本に出来そうなヒットアンドアウェイだ……! 長物持ち数人に囲まれても絶対こんなに忙しくないだろうな!)」



 体力こそ、無限に続く。だからこそ俺は無限に回避をし続けるが、そもそもの話俺に回避の必要などは無いはずであった。


 それでも彼の強襲を必死にタップダンスを演じ続けて避けるのは、――ひとえに俺が、組み敷かれた時点で詰みだからだ。



「(ああッ! どっかで見てんならッ、違和感があるよなパーソナリティ! 攻撃を避けなくていい俺が攻撃を避けてる! この時点で俺のウィークポイントは完全に露呈してる! だぁクソ忙しい! 今すぐ活路を見つけないと本気で終わりだ!)」



 有機的なAIは覚えゲーの類いとは一線を画す。、なんてわかりやすい思考の偏りは完全に排除されている。ゆえに選択肢は、捨て身の類いに狭まる。



「(――唸れ当て勘って祈るしかねえかァ!)」



 裏拳。

 前蹴り。

 流し受けと素人パンチを足して二で割った何か。……それら全てはいともたやすく回避され、――続く四撃目。



 ――ぎゃいん! と、硬質な音が響き、にもまた、芯まで強固な衝撃が返る。



「接触! ダメージはあるか!?」


『――損傷は、エコーでは確認できません! 外装への損壊は皆無!』


「やっぱ固ぇなあ!」



 中国拳法に源流を持つ『背中当て』。

 技術としては見様見真似な未熟の極みに間違いないが、一応はこれで人を弾き飛ばした経験もある一撃だ。やはり、そう簡単な装甲ではない。


「(ウォルガン部隊の拠点で戦ったときのパーソナリティの装甲は、どう殴っても傷もヘコみも作れなかった……。今回のコイツもそのレベルの装甲なら本気で打つ手なしだよなぁ……!)」


『戦力分析完了! 出力許可を!』


「オーケー頼む!」


 裏で彼の挙動や速度からステータスを窺っていた『アイテム』からの叫びに、俺もまた同じ声量で応える。

 直後、正確なカウントダウンと共に表示された『犬』のステータスは――、




『FA.SCARs-ver1024_ad.089_type.n_98-0034.UniqueCode『holly』:性別無し・(‐)歳:機械種


 ステータス

 体力:B

 魔力:0

 筋力:B

 耐久:B

 魔法素養:0

 魔法耐性:C

 幸運:0

 知能:A

 技能:A

 身体操作:A


 スキル

 ‐‐


 エクストラスキル

 群体〈EX〉


 ユニークスキル

 パーソナリティ〈EX〉  』




「ごめん良く分かんない! エイルで例えて!」


『エイっ!? あ、ええと! エイリィン様の等級が一級ですので、同時に15体相手取れる程度かと!』


「悔しさしか感じない! もっと分かりやすい例えはないのか!?」


『あ、あーっとですね! 膂力は熊! 装甲は岩石の詰まった甲冑です!』


「オーケー分かってたことを再認識出来たよ!」



 と、軽口で応酬こそしながらだが、装甲については良い情報を得た。はっきり言って岩の詰まった鎧とか素手で破壊できる気は全くしない。



「脆弱な箇所は分からないか!? 生き物だろうが無機物だろうが関節は確実な弱点のはずだ! それ以外にも、人間で言う人中や水月みたいな、構造上避けられない脆弱性は必ずあると思うんだが!」


『確認いたします! 関節部分は……、確かに、装甲値C-、ええと大体空っぽの甲冑程度の装甲に低減します! それから、それ以外の脆弱箇所ですと……ッ!』


「どうだ!?」


『あ、ありません! 申し訳ありません!』



 内心で舌打ちをしながら、他方でその情報を咀嚼する。……可能性として、基底技術が魔術だと宣うこの世界には『機械機構の要所という意味での弱点』は検索できないことも考えられる。



「その脆弱性の看破は装甲皮膚以下何センチ程度を確認できる!? 相手が魔物なら内臓の位置も割り出せるような代物なのか!?」


『いいえ! この看破は魔術的エコーロケーションの機能外的な応用裏技です! 中身・・の詰まった対象ではごく表面の固さを検出するのが精一杯です! もし、落ち着いた状況で数秒程度のお時間を頂けるのでしたら……ッ!』


「流石にそんな時間稼ぎは無理っぽいな! オーケー情報は今ので十分だ!」



 当然の話、俺にあの犬型ドローンの構造的弱点を見ただけで看破する程の専門的な知識はない。

 いずれそれ・・が観察によって把握できる可能性は大いにあるが、今は時間制限のある戦いだ。今分かっていることで、最大限の戦略を紡ぎあげる他にない。



「『アイテム』! 続けて聞く!」


『はい!』



!」



 関節の脆弱性。それを理解したなら当然、次にはそこに重点的に攻撃を加える。

 しかし、具体的にはどうするべきか。素早く動き回るアイツの関節を狙って靴のつま先を撃ち込み続けるなど論外だ。



『了解しました! 15秒いただきます!』


「オーケー!」



 素早く動くアイツに、俺が一撃捉えることは叶わない。だけれど、だったらそもそも

 機械駆動による「生体とは隔絶した馬力」という部分も大いにあるだろう。しかしながらそれだけでは説明のつかぬ点がある。


 ……ヤツの戦術は、速度で翻弄しての突貫である。その上で、無機物が速度を獲得するのに最も都合のいい点は、『内臓が不要である』ことだ。


 生命を維持するための代謝機能をカットすることで、機械は、有機物には不可能な方法で以って軽量化を実現する。

 バッテリーが重いのなら彼らは充電許容量を減らしてそれを軽量化するだろうし、AIに必要なCPが重いのなら、自我AIをはく奪することで軽量化する。

 だけれど、彼の戦術は『速度による翻弄と、突貫・・』だ。


 軽量な弾丸に撃ち抜かれたところでダメージなどたかが知れている。だから、姿のだ。そうしなければ彼は、軽量化と重量化の板挟みを解決できない。あれは、機能的洗練アップデートの果てに行きついた最適な姿そのものだ。


 ……象形拳の例えで言えば、機械がその流派・・を取り入れた際の機能美は芸術の域に達する。なにせ、


 ――

 自然世界が46憶年かけて模索し辿り着いた「ありとあらゆる技術的洗練」をこそが、『機械による動物の模倣』が持つ本質的な価値なのだから。


 さて、



『分析完了! 報告を!』


「頼む!」



『敵性の重量はと推定されます!』



 予想通り。


 牙を持つ弾丸は、重量を持つ必要はない。なにせ当たってから咬めば事足りるのだから。……しかし、それでも、



 ――弾丸が軽いこと自体が変わるわけではない。

 これこそがヤツの持つ二つ目の、致命に至る脆弱性である。



「オーケー、オーケー。……『アイテム』、残り時間は?」


『参照、10分と12秒です。今しばらくの猶予は……』



「――釣りが来るな。二分で決められるかで賭けでもしようぜ」



 不出来なタップダンスのような足運びを無理矢理打ち切って、慣性さえ振り切るような強引なバックステップ。これにより俺は『犬』と5歩分の距離を取り、彼は、引っぱられたように俺との距離を跳躍にて詰める。


 俺には5歩の距離だが、彼からすれば2歩はいらない。ゆえに彼にとっては不要分の2歩目は、距離を詰めるのではなく攪乱に使用される。


 直線一歩と、次の2歩目。それは、目前で起きたことであるにもかかわらず俺の目には霞とも映らぬ。うなじに刺さる焦燥感。音で、彼がを俺は認識する。


 目では遅い。

 耳でなら、向こうの位置を探す必要は皆無となる。視界右下に映る俯瞰マップよりもなお正確に、俺の思考は彼我の立ち位置を脳裏に描写する。


 敵は軽く、俺は無敵である。

 ゆえに彼の身体を殴りつけたとして、俺の拳に返る衝撃などは度外視で良い。空手の中断突きのイメージで拳を引き、腰を落としながら、


 ――足母指で地面に円を描くようにして背後にターン。暗闇のモノアイと俺の視線が、刹那以下の時間交錯をする。



「じィアッ!!」



 食いしばった奥歯から漏れ出るような乾坤の一擲。

 俺の拳は、とかくで『犬』の身体を狙う、が、


 ――拳の甲を、衝撃が強かに打つ。視覚光景を理解する猶予などこのインファイトにはありえなく、ゆえに俺はまさしく直感で『犬』の挙動を理解する。



「(俺の拳を蹴って跳びやがった!? いや、達人技って程でもないか! アイツは軽い。俺の構えから拳の軌道を呼んで、そこに前足一本差し込めば出来る曲芸だ!)」



 軌道を読まれたことは理解した。それでも、俺に取れる最高の構え・・はこれでしかない。



「迎え撃つ――ッ!」



 そう。迎撃・・

 腰を落とし、両碗を前に出し脱力。360度全方位への迎撃を、全て腕二本で行う構えである。


 ……前世では、格闘技知識については付け焼刃でしかない俺だが、ここに来て、今世で得た『無敵』が俺の付け焼刃に化学変化を起こしつつあった。


 なにせ、痛みもダメージもない。ゆえに俺はこの実戦を、ほとんど練習のように構えることが出来る。

 痛みをもたらさぬ敵などカカシとも変わらず、ゆえにこそ俺はそのカカシを、。そうすることで付け焼刃は、『型』としては実戦級のものに昇華される。



「(重心は丹田に、……こうか? 正中線を意識ってのは、重心を身体の真ん中に置けってことだよな。それから、空手は背面に脆弱性がある。どっしり構えるんだから当然だがな。――音と、モノアイの光の軌道だ。特に音。これで相手の二次元的な立ち位置を捉えて常に正面を向け続ければ、実際向こうが床に立ってるのか天井に立ってるのかは見て確認でも間に合う。……徹底してヒットアンドアウェイのミドルレンジなら、こっちも迎撃に徹底すれば一手一手が加速しすぎることはない)」



 先を取るモノではなく、後にいなす。

 拳は握らず、空を愛撫するように開く。



「(掌底。いや、当てるべき位置は掌のド真ん中だ。……位置も悪い。地の利を生かせ。壁と天井はアイツにとっての足場ってだけじゃない。俺にとっての武器にもなり得る)」



 部屋の四隅を背にするというのは、一通りの格闘技においては急所だが、俺に限ってはそうじゃない。

 じりじりと、足母指で地面を削り取るようにゆっくりと、俺は壁を目指して後ろに下がる。


 突貫には前受けを、腕薙ぎを、コンパクトな突きを合わせる。その光景は恐らく立つ岩に襲い掛かる風雨に似ていた。『犬』の挙動はもはやモノアイが描く光の軌跡でしか捉えられぬが、俺もまた旋風のように彼の正面を取り続け、一撃をいなし続ける。


 モノアイの光、その流星一条を殴り飛ばし、払い、払って、肘で受け流す。それと共に位置取りも緩慢に変わる。そして、――次の一撃こそが、



「(好機チャンスッ!!)」



 次の飛び掛かりを上に捌けば、彼は俺の腕を蹴って後方に飛び退けるだろう。しかしながらその跳躍の着地点は、俺が今まさに壁を背負っているゆえに「床以外のどこか」となる。ならばその次撃は、これまでの風雨の如き突貫とは明確に違って


 予定通り、真正面からの飛び掛かりを俺は、描いたイメージ通りにいなす。背後にて着地音。俺が足母指を弧状に回しターンをするすがらに、――跳躍の音が再び。



「(三角跳びッ!?)」



 音の出所が告げる彼の位置は、殆ど俺の直上だ。俺は一瞬だけ、真上からの迎撃を空手の知識から索引して、――しかし、思考はそこで切り上げる。


 俺には、時間タイミングも技術的な練度も圧倒的に不足している。それに加えて、傷付かぬ俺にとっては武術とは、四肢を効率的に動かす方法論以外の価値はない。


 今この瞬間をモノにできる技術が俺にないのなら、これまでしてきたことを、ここでもする外にない。



「ぅお、――っらァ!!」



 後ろ足を引き、限界まで俺は上体を天井に向けて平行にする。

 このような体勢で撃つ一撃に威力など望むべくもないが、今ここに至っては、……否、、一撃の威力でも技術的制圧でもなく、


 ――、それだけであった。



「(捕まえた・・・・――ッ!)」



 指の腹に追い求め続けた硬質な感触に、俺は胸中でそう叫ぶ。


 まず、相手は『突破力を捨てた弾丸』である。その身での突進ではダメージを望めない彼らは、牙を得ることによって軽量化と殺傷性の両立に至った。……しかしながら、彼の持つ身体はそういった機能美を持ってはいるが、それでもあくまでとまでは言い切れぬものだ。


 そも弾丸に四肢は必要ない。牙も、重量・・もだ。弾丸に威力を込めたければ、火薬を足して速度を確保した上で銃身に螺旋構造を作ればよい。そうすれば、軽いはずの弾丸は圧倒的な回転速度で以って敵の身体をまっすぐに穿つ。

 真に『突進』という手段で相対者を制圧したいのなら、彼は『犬』ではなく『弾丸』の身体を持つべきであった。


 機能テーマ的には最適解に違いない。しかしながら、そもそものテーマ・・・の方が純度不足だった。

 速度と翻弄機能手足を両立させたから、彼というハイエンドはそのまま頭打ち・・・となる。もう一度言うが、――



「――ッ!」



 そのせいで実際に、彼は構造的に逃れられぬ欠陥として関節部分の脆弱性を獲得した。それでも機能テーマとしてから、身体があまりにも軽すぎる。


 ――このように、に。




 ――悲鳴。

 それは、金属の軋む音で以って鳴り響く。




 俺にヌンチャクの使用経験などあるわけでもなく、実際にやっているのは更なる児戯。子供が木の枝でも振り回すような真似である。

 それでも、彼の身体は『脆弱な関節部分』を起点に縦横無尽と舞い、そして……、



 ばきん! と、慣性に足をちぎり取られて、遠く向こうまで吹っ飛んだ。




『破損確認! ハル様!』


「――ッ!」




 機会に痛覚など望むべくもない。彼が虚空で何事もなかったように姿勢を取り戻すことは分かっていた。だからこそ俺は『アイテム』の嬉々とした声さえ置き去りに更に奔る。


 そして、姿勢を正した『犬』の残る脚を空中で再び掴み、





!!」


 





 ――ざっしゃあん! と、水をぶちまけたような強い音。


 それが彼の、――幾つもの精密な部品が同時に上げた断末魔であった。




『敵、性の……、沈黙を確認しました。討伐は完了しました』


「……そう、か。――ああ、よかった」




 ――その報告に、


 俺は、疲れなど覚えぬ身体で以って盛大に息を吐く。

 見れば、手元。『犬』のモノアイが、今際を告げるように二、三瞬いて、そして消えた。



『お疲れさまでした、ブーストサーチを休止し、通常警戒モードに復帰いたします。よろしいですか?』


「……、風情がないな。見たかよ今の見事な大立ち回り、もう少し長めに勝鬨を上げたっていいんだぜ?」


『犬を振り回して床に叩きつける光景は、見事というには蛮族が過ぎました。次いで申し上げますと私は実家にワンちゃんを飼っております。名前はペロです』


「驚いたお前、さては内心あっちを応援してやがったな……!」


『いえ。私のこの場に置ける目的は作戦の成功とハル様のご帰還です。あなたを応援していたことには間違いはありません』


「他のどっかには間違いがあったみたいな表現に聞こえるんだよなあ! 悪かったよ確かに後ろ足をもいで前足以って振り回しての蛮族スタイルだったのは認めるが相手は機械だしこっちは生きてる人間なんだぞ!? 命に優先されるロボットなんていねえんだよ!」


『……確かのその通りですね。少し思いついたことがあります。可能であれば、そちら残骸の回収を。「命への責任を払う必要のない愛玩動物」という商品はこの世界にイノベーションをもたらす可能性があります』


「ここに来て新事実。アンタそんなに犬派だったんだ……」



 あとサイコパス属性。なんだよ「命への責任を払う必要のない愛玩動物」って。

 言いたいことは分かるが超怖い。



『商品名は愛慕アイボにしましょう。愛され慕われますように』


「却下だな。場合によっては商品名のルビに伏字を用意しなけりゃいけなくなる」



 などと、

 俺は軽口をやりながらふと息を吐いた。



「疲れ知らずの身体でも、心は疲れるもんだ。……どうだ? 二分以内に倒せたかな? それなら賭けは俺の勝ちだ」


『受けるとは、言っておりませんが』


「なんだよみみっちい。蛮族勝利とはいえ勝鬨に今更水を差すつもりか?」


『では結果発表を。討伐までの記録は3分05秒でした』


「うわ聞かなきゃよかった。あんときはあんなにかっこつけたのに……」



 さて、

 こうも口が回るのには、実のところ理由があった。











 ――不安・・


『犬』の破壊は確実に為したはずなのに、状況に変化は起こらない。

 それが俺に、とある『仮説』をもたらすのだ。











「はぁ。俺が勝ったらアンタの顔でも拝んで見たかったんだがな」


『ギルドで求めて戴ければ私の顔写真はご提供できます。その際には担当職員制度をご活用ください』


「担当職員制度? ってのは?」




 ――『仮説』。

 俺はここまで、パーソナリティを『機械』だと考えていた。



 机上でスペックを競わせ、数字上の最適解で以って目的を達成する。

 城を落とすなら過不足ない量の火薬を計算し、誰かを裁断するときには、血の通わぬ過去データの参照で以って裁かれる個人への罰を決定する。


 そんな類いの、機械・・であると、



『冒険者様がギルドにお越しになった際の対応役を決めるという制度です。メリットは相互共に、顔見知りとなれることによる依頼の配布、及び受注から達成までの潤滑化。義務ではありませんが当方はコチラの制度の利用を緩やかに推奨しております』


「なんだその緩やかな推奨ってのは……」


『強制出来るものではなく、デメリットも確かに存在はしているものですので。具体的に言うと、当方の担当者がお休みを頂いている際は別の職員が対応をいたしますのでお互いにちょっと気まずいのです』


「なんなんだそのコメディチックなリアリティ……」



 ……俺はここまで、パーソナリティを『機械』だと考えていた。

 だけれど俺はここまでに、実に悪意を潤沢に含んだ「検証」に晒されても来た。



 このダンジョンに墜ちた際の戦力ドローン総出での歓迎は、にて行われた。


 成分不明の薬物を飲むことを強要され、その錠剤とは未だなお俺の胃の腑に重く在る。


 長い回廊にては、ただただ不浄の空気を吸わされ続けてここまで来て、その果てに俺は気が遠くなるような自傷を行った。そうする他にない状況に追い込まれて、俺はずっと、このダンジョンを進んできた。



 だから、俺の『直感』が、

 ――、今になって俺のうなじを逆なでする。



『さらにプレゼンテーションをするとしたら、当方どもとしても冒険者様方としましても「パイプ」を作れるという点があります。これは一般論としてですが、職員に肩入れされた・・・・・・冒険者には当然、高品質の依頼が配布されることになります』


「プレゼン……?」


『ええ。当方としましても、有能な冒険者様に情報バディと認められることには強い利益があります』




 ――パーソナリティがただの機械じゃなかったとしたら?


 だとすれば、この静かな時間には何の意味がある?

 俺ならどんな意味を用意して、俺なら、この後に何をする? 


 ああ、そうか。

 これもまた、俺の持つ脆弱性なのか。


 装甲の抜けぬ個人が相手なら、その心を折れば良い。

 



 ――では、その答え合わせはどうだ?











『ええ、これはプレゼンです。ハル様。もしも、ギルドとのパイプを持ちたいとお望みであれば、その際には是非――』


 そこで、

 果たして俺は待っていたのか、待ってなどいなかったのか。


 ――変化アラートが、部屋の空洞を染め上げる。











「……、……」


『音を確認。ハル様、部屋の中央をご確認ください。非魔力製電源の隆起を確認しました』




 言われ、見ると、

 ……青光。


 一瞬の陽炎は収斂するように輪郭を得て、青白い投影スクリーンを作る。



 そこには、俺の知る字でもこの世界の文字でもない、これまでにも見た書き置きと同じ象形文字列が並んでいて、それが勝手に俺の脳内で翻訳される。


 曰く、
















【全てのドローンを制圧してください。達成後、扉が開かれます。


 ――達成度_1/???】
















 /break.
















「――聞こえてるか? もう起きて良いぞ、『アイテム』」


『……、……』



 あの通知を見た直後、俺はすぐに『アイテム』に休眠を提案した。


 なにせ、……あの表示を信じるなら三桁はありそうなボスラッシュに付き合わせては流石にバッテリーが持ちそうもない。それに、何度も言うが俺は無敵であり、疲労を知らない。


 ゆえに、効率さえ諦めれば、全ての敵に


 それが果たして、爪楊枝で岩石を穿ち砂礫にするような気の遠い道のりだとしても、出来ないことなどはない。――実際に、このように。




『お疲れさまでした、ハル様。戦闘時間をお知らせいたしますか?』


「……怖いもの見たさはあるな。聞かせてくれ」



『3週間と8時間5分数秒です。本当に、お疲れさまでした』


「…………、なんだ、予想よりはましだな。2年くらい戦ってた気がしたんだが」




 久しぶり過ぎる発声に、俺は呂律の不活性を感じながら続ける。




「頼んでいたことは、どうだ? 援軍は? 3週間もあれば準備は十分だろ?」


『ええ。現在S級討伐経験のある冒険者も含めました大規模救出隊・・・を編成中です。予定出立日はこれより5日後となります』


「思ったより仰々しいんだな。……いつか言ってた俺の出費は、どうだろう。俺の資産で賄えそうかな?」


『……、……』


「……なるほど? まあ、名目は俺の救出ってことで、俺に責任を被せたうえで勢いで討伐まで漕ぎ着けようって腹か。俺に取れる責任なんてそんなにないとは思うんだが、毟れるだけ毟ろうってことかもな。……素寒貧になっても生きてるだけマシだって思っとくしかねえかあ」



『ハル様。参考までに伺いたいのですが……』


「……、」


『どれほどのドローンを討伐されたのですか?』





「2,126体」


『……、……』





 これは、実に久しぶりのコミュニケーションであった。


 だというのに、感慨はほとんど感じられない。なぜかと言えばそれは、俺が機械を機械的に破壊するために、……彼女の言う通りなら三週間ほどかけて、様々な感情を無効化してきたためである。



 疲労感。悲哀。焦燥。諦観。自暴自棄。怒り。無味。乾燥。

 ああ、本当に。


 本当にたくさんの感情を無効化してきた。

 そしてそれは、無効化を解除した今も「戻ってきた」という確信はない。



 いくつか取りこぼして、一生戻ってこない感情があってもおかしくはない、と俺はどこか他人事のように思う。




『解錠は?』


「したよ」




『進むのですか?』


「進むさ。なにせあと5日、やることもない」




 復帰した感情の中から、この選択の根拠を選ぶとすれば、自棄というのが適当だろう。

 進むべきではないことは分かっていた。それでも進むことを選んだのは、ひとえに「どうでもいいから」であった。



 もう、どうなってもいいと真摯に思う。


 なら、この誠実なる実感で以って、俺の三週間前の『直感』はここに証明されたことになる。









「。」








 今こそ、答え合わせをしよう。

 パーソナリティは、俺の同類だ。




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