-09

 





 改めて、



 このダンジョンは「コイン柄の浮き彫り」のような円周状の迷路になっている。

『コインの模様』が通路にあたり、『模様ではない箇所』には大部屋がある。


 そして俺たちは、目指すべき『出口』を、今は目指している。




「(まあ当然、それが正しいって確信はないんだけどな)」




 いや、むしろその『用意されたゴール』を信じる方がどうかしてる。

 俺を分析するための箱庭の、俺というモルモットのために用意された到達目標。ならば、そのゴールの果てに待っているのは『分析の完了』でしかない。


 ……のだが、それでも俺としては進まざるを得ない。

 致命的な後手であることは理解しているが、この箱庭の道中で活路・・を見つける他に、俺に選択肢はないためである。



『……確認を』


「うん?」


『ハル様の言う活路とは、具体的にはどのようなモノでしょうか?』


「……、」



 この依頼の目的は『パーソナリティの討伐』である。

 しかしながら、俺は現段階でそれを前提に出来る位置に立っていない。



「ダンジョンからの脱出。パーソナリティから逃れて、安全圏に逃げ込むところまでに効く何か。……悪いがもう攻撃手段スクロールがない。今回は、リベンジマッチ用の映像提供で許してくれ」


『確かに、「アイテム」から得られる情報は有用です。このダンジョンの内部を確認し、パーソナリティの持つ技術と戦略を得ることは、後の最討伐における重要なファクターとなるでしょう。クエストの最大目標は適いませんが、クエストの失敗と査定されることもないと名言いたします』


「……そのためにも、観光だな。どうだ? そこ辺に転がってる未知の技術は有用そうかい?」


『今は何とも』



 ――開いた扉の先。

 そこに広がっていたのは、殺風景たる塗り壁の一本路であった。


 何のためか、一応の光源は用意されているらしい。天井を確認すると、そこに埋められるようにして最低限に点々とある照明と、それから露骨に俺を追うカメラがいくつか。



「向こうの意図通りに進んでるうちは急ぐ必要もないだろうし、せっかくだ。無駄話でもしてみるか?」


『急ぐ必要がない、と申されますか? あなたの考えだと、ここはあなたの分析のための施設であるはずです。ならば、あなたの情報を得たパーソナリティが、その場であなたへの対応手段を今まさに準備アウトプットしているという可能性も考えられます』


「急ぐ必要がない、というよりは、急げない・・・・っていうべきだったな。さっきの扉、自動で開いただろ? 扉を蹴破れるわけでもない俺は、急いだところで結局はパーソナリティが扉を開けてくれるのを待つしかない。それなら、脚よりも頭を使うべきだ」


『頭、と申されますと?』


「そりゃ、活路がどこかに落ちていないか、だよ」



 まず以って、このダンジョンは道なりに行くほかにない。……例えば、この前提に穴をあけるにはどうすればいいか。


 真っ当に言えば、壁に穴をあけて「既定のゴール以外」からの脱出を試みるなどだ。しかしながら、このダンジョンは山一つを地下までくり抜いて作った竪穴の牢獄である。


「コインの表面」に出たところで、その外側の山肌カベを攻略できなくては話にならない。

 ……というか、先ほどの落下で見た夥しいほどのドローンに迎撃されて終わりだろう。


 闘争の一手を選ぶには、ドローンによる包囲への答えから用意しなくてはならない。

 或いは、分析の妨害。進むのをやめて引きこもり助けを待つ。いっそ攻撃手段がないままで特攻してみる。……ひとまずイメージできるのはこんなところだろうか。



「……、」



 詰んでる・・・・。という確信は、ひとまず口には出さずにおく。

 ゆえに、……吐き出されぬそれは、俺の脳髄で凝り固まって半ばまで諦観へと形を変えていた。



「救援の要請は、可能か?」


『ハル様個人による依頼としてギルドにて掲示することが可能です。実行なさいますか?』



「……悪いけど、頼む」


『では内容の精査を』



 ……ここで始まったのも、一つの雑談に違いない。

 禁忌級ダンジョンへの救難依頼にかかる方々のコスト・・・・・・についての確認を『アイテム』越しに聞き流し、唯々諾々と全て「それでいい、そうしてくれ」と答えながら、俺の頭は勝手に別の事を考え始める。



「なあ」


『はい』



「ここの技術は、もしも有用なら使うつもりなのか?」


『我々に使えるものなのかの解析が済みましたら、当然使用いたします。モンスターの持つ知識や戦略は、モンスター自体素材と同様に価値のあるものです』



「ふうん?」



 なるほど確かに、考えても見ればその通りだ。


 ……水鳥を見つけ、食料とするために撃ち落としたなら、その近くには当然水場があるはずだ。

 その「情報」は、鳥を撃った旅人の喉を潤すだけでなく、地図に落とし込めば次の来訪者のための道しるべにもなるだろう。

 しかし、情報を「素材と等価値」とまで言うのは少し面白い。



『しかしながら、パーソナリティの使う技術がパーソナリティにしか機能を再現できないものであれば、知識として得るに留まるでしょう。私どもの世界には、既に、魔法という基底技術がありますので』


「民間にでも流してみたら、案外面白いことになるかもだぞ? 俺の世界じゃ革新イノベーション民営事業・・・・だったしな」


『……強い個人と弱い個人の能力情報格差を埋める、という発想ですか? 失礼ながら、私には有用性を理解できません』


「この世界にだって教育はあるだろ? それと同じじゃないの?」


『……おそらく、あなたの世界とこの世界では、平等と秩序の比重が違うのでしょう』


「――なるほど。魔法個人の力があるとないとじゃ、本当に全然別物だな」



 などと言ってはみたが、別にこのやり取りで気付いた事でもない。

 強い個人が世を施き、弱い個人がその庇護にある。これがこの世界では軋轢なく成立しているというのは、俺の短い異世界生活でも良く分かる。


 敵がいて、それを倒す力がある。

 ゆえにこそこの人間の持つ支配構造社会性が健全に回るというのは、俺の世界からすれば酷い皮肉だ。


「まあ、釈迦に説法だろうけど、一応『個人の持つ武力戦闘魔法』だけにしか使えない技術でもないと思うぞ? エレベーターだの冷暖房だの、この世界にもあるだろ?」


『それらをわざわざ魔力を用いずに作る理由が分からない、というのは、……確かにあなたの視点からすれば腰が重いだけにも映るでしょうね』


「いや、そこまでは言わないけど……」


『結局は、平等より秩序を選んだのです、ハル様。ゆえにあまねく情報は、管理されるべきものとされています』






「……?」


『……、』






 敢えて、ここまでの「政治の話」を確認する。


『アイテム』の言う通り、この世界は「人民の能力格差」を認めてでも秩序を優先した。

 ……或いは、一人一人が岩盤をめくり上げられるような兵器を頭の中に持たせるわけにはいかないからこそ、「能力じょうほう格差という形で管理を行った」結果、平等より秩序へと比重が傾いたというべきかもしれないが、どちらが先に生まれた卵かは置いておこう。


 しかしながら、この世界には俺のような異邦者が万単位で存在する。

 これは、――この世界においては毒以外の何物でもない。


 理由は二つ。一つは、異邦者自体がランダムにポップする非管理状態の強者兵器であること。公国の例を挙げれば「公国騎士を傍に付けてコントロール及び監視する」という対処を執っているようだが、どうにも後手に回った対応の感は否めない。


 そしてもう一つが、異邦者は「秩序よりも平等を重んじる社会から来た可能性がある」という点である。

 例えば俺のような民主主義世界から来た人間は、この世界の情報統制にやや忌避感を感じる。……或いは、異邦者として能力に目覚めた中のアホが『非平等=絶対悪』として、この秩序立っているからこそ平和な世界に「君主専制以外の政治」を提案する可能性もある。


 ……と言っても、俺自身はこの世界の政治を積極的に調べたわけではなく、探せば民主国だって存在するのかもしれないが。



「せっかくの機会だし聞いてみたい。そこのところ、どう考えてるんだ? 異邦者という別の思想を持つ存在、或いは管理下に置かれていない強者の事を、この世界はどう扱っている?」


『……それを、異邦者であるあなたに答えろと?』


「気持ちいい内容ってわけでもないのは分かるさ。或いはで言えないんでも構わないけど」



『……。では、ひとつだけ』


「うん?」




「…………、ふうん?」



 ――異邦者の兵器としての暴走、或いは、異邦者による思想の扇動。これらへの介入手段・・・・が、この世界にはルールとして存在する、という事らしい。



「なんだ。もっとヒロイックな噂ばっか聞いてたからさ、ヤバいモンスター退治専門のスーパーマン集団なんだと思ってたよ」


『英雄的であるからこそ、特級冒険者の主張は絶大な価値を持つのです。それに、異邦者への示威行為は少なくないケースで逆効果になり得る』


「……」



 俺の中の特級冒険者が、その一言で暗殺者集団のイメージに塗り替えられる。


 ……まあでも、王道のやり方なら、台頭しつつある危険異邦者にはギルド単位で身動きが取れなくなるよう根回しチームプレイをしつつ最後の詰めで特級冒険者がヒロイックに打ち倒すという形式が主だろうし、暗殺特化というわけでもあるまい。


 案外、異邦者の身分証明がギルド証にほぼ固定されているのもそう言ったバックボーンからなる「管理のしやすさ」によるものなのかもしれない。



「なるほどね、国家騎士界隈とギルドも結構提携してるもんな。それでエイルも忙殺されてんのかね?」


『お答えいたしかねます』


「あ、失敬」



 あまり業務の裏を聞いてしまうのも問題か。


 ……しかし、騎士というのは案外裏方がメインのかもしれない。むしろ在り方としては、特級冒険者に任せては手が足りなくなるような雑務や汚れ仕事を請け負うのが騎士という話なら、暗殺者集団のイメージは騎士の方にこそ持つべきか。



「そういえば、エイルの話だ。……一応聞くが、アンタはギルド側だよな? アンタッチャブルなら遠慮するけど」


『いいえ、どうぞ。この依頼は公国様の提携もございますが、少なくともこの場には、ギルド職員とギルドの冒険者がいるだけと解釈してください』


「ふうん? じゃあ遠慮なく聞くが、エイルの身柄はどういう扱いになっている? 少なくとも俺が調べた限りじゃ、だろ。公国騎士の裏切りなんて重大インシデントだってのに新聞にも大きくは取り上げられていない。当然、事情があるよな?」



 俺が知っている限りでの彼女の罪状・・は、バスコ国の逆条攻略作戦における致命的な背信。そしてへの敵対である。

 しかしながら、それら問題はどちらも実に入り組んだ結末を辿っている。



「結局レオリアは、北の魔王とエイル双方と同時に和解した。バスコを失う際に立って、特級冒険者と敵対することになったせいでな。エイルが犯罪者じゃなくてあくまで腫れもの程度の扱いなのは、その辺の政治事情なのか?」


『いいえ、これはこの世界における暗黙の了解によるものです。この世界の住人は、ギルドに所属した時点で全ての罪の清算の義務を放棄できます』


「……なんだその、余りにも危険なルールは」


『治外法権、という概念が、ハル様の世界にはございましたか?』


「ああ」


『では、解釈もそのように。ギルドはこの世界全土において領事裁判権を持っております。……領事、というよりは、所属者への独立裁判権と言うべきですが』


「……、……」


『怪訝なご反応ですが、外側から見るのでは奇妙に映るのも仕方ありません。この前提は、ギルド自体が持つ自浄作用を強く信頼する前提で、歴史的にこの世界に成立するモノです』


「自浄作用、ってのは?」


『裁かれるべきものを裁くのは、個人ではなく民意である。という発想です。個々が一塊の武力を持ち得るギルド所属冒険者においては、



 冒険者、という存在をシンボリックな荒くれ集団でイメージすれば、そういう連中は

 これを前提に、更に人間が性善説的であると仮定すれば、確かにこの方程式は成り立つだろう。


 難しいことはない、みんなが正しい判断をできるのであれば、マイノリティである「悪者」は勝手に排斥される、という寸法だ。しかし……、



「理解は難しくないが、実現は難しい。夢物語に思えるな。とんでもない黒幕気質がギルドのマジョリティをまとめ込んだ派閥でも作ったらどうする? 自浄作用は一瞬でオシマイじゃないのか?」


『――英雄、というスキルをご存じですか?』


「……、……」



 話には聞いたことがある。

 曰くそのスキルは、「応援する人間が多ければ多いほど」スキル所持者を強化するモノらしい。そんな、絵に描いたような正義ヒーローが、この世界では確立存在しているのだとか。



『それが、私たちこの世界の住人が、人の善性を信じる根拠です』


「……、……」







さて、ハル様・・・・・・


「……、もう五分か」







 アイテムの『言葉』に、俺はそうささやかに頷く。


 ――まず、この回廊はあまりにも長大であった。



 構造としては、渦巻きのらせん状がイメージに近い。周囲は、先ほどの部屋と同じく四方を分厚いコンクリに囲まれていて、通路幅は俺三人分程度。それが、山肌の内周に沿うようにして延々と続いている。


 この迂遠極まりない構造は、分かりやすく時間稼ぎのためのものであった。考えるまでもなく、時間稼ぎという概念において最も手っ取り早いのは「距離を作ること」である。


 しかしながら、ならば時間稼ぎなどをする目的とは? そもそも俺はこの迷宮にて天涯孤独であり、ドローンへの明確な攻撃手段なども存在しない。

 それでもこの通路が広大である理由・・・・・・・は、俺とアイテムの間では早い段階で仮説が出ていて、そして実証も済んでいた。



『周囲状況を再検出。結果を共有します』


「ああ」



100%A


「死因は?」


『今回の検出では毒性のガスが主となります。窒息。神経毒。殺傷に能動的な菌ウイルス成分。これらは、成分詳細は変わりますが、五分前の検出にも見られたものです。……これに加え、今回は新たに、未知の技術による、壊死腐敗、生体金属化、生体液体化、生物的変質、たんぱく質の結合分解が確認されます。それに加えて毒性ガス以外の危険性としまして、異常重力が検出されました。なおハル様のバイタルチェックに異常は確認されません』


「……参考として、ここに生肉でも放り込んだらどうなる?」


『液体金属化した後、生物樹形図に確認できないへと更に変質し、加えて不可逆的な損壊が発生すると思われます。その後、金属という性質を成立させながら、壊死腐敗が発生します』


「……、参考になったよ」



 あまりにも過剰な殺意に眩暈を覚えながら、俺は呟くようにそう答えた。……ただし、この悪意のガスに満ちた通路自体は、パーソナリティからすれば攻撃ではなくあくまでも『検証』である。


 毒ガス。……にこそ現段階では落ち着いているが、それ以外にも超高温、超低温、質量じみた大音量、空間兵器レベルの乾燥・・、ナノサイズのドローンによる微生物スケールでの攻撃など、ここまでの検証は多岐に渡っている。



 ――どれか一つ、効き目のある『攻撃』はないか。

 そういった意図こそが、この迂遠なる回廊の存在理由に外ならない。



『大気成分はこれまでに、30秒から5分程度ごとの周期でそれぞれ変遷しております。現在この空間に存在する有毒ガスは18種。これら全ては、確認したスパンに照らし合わせればおよそ20秒後に消失すると思われます』


「大した倹約家だ。ちょうど、俺が通路を歩き終わるころに毒ガスの実験はスパッとオシマイってわけだ?」


『左様です』



 アイテムからの返答が、今までとは違う音響で鳴る。


 ――無限がごとき回廊が終わり、とある扉の前に立ったために、音が、反響することなく俺の背後へと消えていく。



「文字がある。読めるか?」


『問題ありません』



 先ほどと同様の書置きが、扉付近の台に置かれていた。

 曰く、











【自傷してください】











「……」


『……、指示に、従われるのですか?』




「……それしかないだろ」




 意図せず、ほんの少しだけ。

 苛々とした声で以って、俺はそう呟いた。



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