-02
俺がリベットの戦いの顛末を知ったのは、一週間ほど前の事であった。
『散歩〈EX〉』という、およそ想像しうる全ての歩くことへの障害の無効化効果を持つスキルにより「体力の消耗」という概念が存在しない俺は、リベットら北の魔王勢力との晩酌を終えて直ぐに、あの悪神神殿近郊の街を出立した。
……体力消費と晩酌の酩酊を打ち消し、文字通り無限の体力による強行軍で以ってこの国を縦断し、ここノーグレスに着いたのは今日より十日も前の事。
リベットの訃報を聞いたのは、俺がこの街に十分な拠点基盤を成立させた後であった。
居つくべきホテルと、ある程度の情報網とデータベース。そして必要消耗品の調達手段。これらの準備はそう難しいものではなかった。
……さすがはビジネスマンの街というべきか、ここでは非常にシステマチックに、有るものにはすぐにアクセスできるし無いものはいくら探そうとない。
概念上の「自由市場が経済学的に洗練、最適化されるという例」を物理的に為したような形で、この街では「需要と供給に即した形でしか物が手に入らない」のである。
料金以外のモノを手に入れる費用・手間は徹底的に排除され、その代わりに供給者の利益が薄い商品はどれだけ探したってこの街には存在しない。
この在り方は、察するに、この街の滞在者の実に八割がここに居を持たぬ者であることに由来すると思われる。
……無論ながら、そのような人材比率で「この街を訪れる人間」の
が、そこはそれ、ここは何せ剣と魔法の異世界である。
この街では、俺の見てきた前世の技術水準を上回るほどの魔法的AI、或いは
「お邪魔します」
と、俺が門戸を叩いて押しのけると、
その向こうで、誰もいない店内を暖色の明りが暴いた。
『ようこそ。アルネ・スクロール、ノーグレス店へ。情報を照合いたしました。いらっしゃいませ、カズミ・ハル』
響くのは、布越しのように響く女性の声。
ただしこれは、純正ヒト由来のモノではなく、ゴーレム技術の応用による魔力的なAIからの応答である。
人気の空っぽな店内には棚置きの商品群と質素な木製カウンターがあり、その音声は、カウンターの辺りから聞こえている。
……ちなみに、「情報を照合した」というだけあって、俺は既にこの店に訪れたことがある。
アルネ・スクロール店。
ここは、思えば不思議と懐かしい、エイルの友人であるアルネ・リコッティオという少女が営むスクロール販売店だ。
アルネ氏もエイルと同じく公国における重鎮位置の騎士であって、彼女はその類い稀なる「スクロール制作技術」を公国に買われ、このように他国にまで販売拠点を広げているらしい。
なお、そう言った事情から対外国に公国のスクロール技術が漏れるのを防ぐための処置が、先ほどの情報照合である。
情報に照合されない人物にはこの屋内の光景を「何もない空き家」としか受け取れなくなる、みたいな結界がここには付されているのだとか。
『本日のご来店の目的をお聞かせください』
「発注していたスクロールを受け取りたい。まずは先に、簡単に済む方から」
カウンター越しの虚空に語り掛けるようなイメージで、俺はそのように呟く。
と、「ぱさり」と音がして、見ればカウンター上にスクロールが一つと、四種類のカードが一枚ずつ置かれていた。
『まずはご用命のスクロール、
「いや、ひとまず受け取っておきます」
そう答えながら、軽く目前のそれぞれを手に取り確認する。
まず、
これは俺の(不本意ながら)代名詞でもある『自爆魔法』のためのスクロールである。
その効果は読んで字の如く、非自律性にして設置型の爆発魔術の発生。
普通に使えば自爆手段でしかないスクロールだが、俺が取りまわす分には『散歩〈EX〉』により爆発の殺傷性が無効化され、「魔術の制御や遠隔起動の
またこのスクロールは、俺の持つユニークスキル『爆弾処理班』の効果で以って遠隔でも操作することが出来る。
……と、以上の理由から、元々は「自爆スクロール」などと無味乾燥な名前で呼ばれていたこのスクロールは、機能的なアップロードを経ると共に、『エクスプロード・カズミエディット』との名を冠すに至っている。
それから、先ほどの以下の四種についても読んだ字の通り。
散歩スキルにより形骸化した「耐久値・防御力のパラメータ」を「別のパラメータ」に移植し強化する『パラメータ・シフト』。
どうあっても全方位に拡散せざるを得ない「爆発」を一方向に制御し、一種の砲撃のように運用するための『リボルバー』。
俺の、あくまで一般人並みのパラメータを、魔力の噴射により「移動速度」の点において補助する『クイック・ムーブ』。
そして自爆スクロールと同様に俺の『爆弾処理班』のスキルで任意に遠隔起爆できる小石をばら撒く『グレネイド』。
……これら五つは、これまでの旅で俺が使ってきたモノの改良品である。アルネ氏の腕を疑うつもりもなく、ひとまずは触り心地を確かめる程度でそれらをカウンター上に置き直す。
「貰います。予定通りの数で」
『かしこまりました。スクロール一種を20点、小型スクロール四種を各10点ずつご用意いたしました。これらはお支払いの後にゴーレムスタッフで、カズミ様の活動拠点まで運搬いたします。それでは、次の商品のご紹介、ご確認に移らせていただいてもよろしいでしょうか?』
「いいや」
『……、……』
俺の返答に、その自動音声は無機質な間を置いた。
「他のスクロールは、どれも新しく発注したものなんでね。場所を地下の試し打ち場に代えさせてもらってもいいです?」
『かしこまりました。ではこちらに』
人工音声が、そのように返事をして、
そして目前のカウンターが、木製由来の音を立てて開き、道を開けた。
……………………
………………
…………
俺がこの街に訪れた理由は、とある「借りの清算」にある。
――『パーソナリティ』。
正式な名称では、
『FA.SCARs-ver1024LCNumber.UniqueCode「Personality」』。
過日、俺がこの世界に来たその日に、俺が得たモノを全て破壊し尽くした仇。
それを、個人的な理由と「国家レベルの組織からの依頼」により討伐するのが俺の目的である。
そしてソレは、どうやら今この街の近郊に拠点を構えているらしい。
ソレが構えた拠点を、俺に任務を依頼した組織は『禁忌迷宮:鋼の港』と名付けた。
……禁じられ、忌み避けられるべき
ひとまずはこの依頼を請け負った俺が『パーソナリティ』に勝つか負けるまでは、このダンジョンには皆人立ち入ることが出来ないと思っていいだろう。
……ちなみに、そんな彼のダンジョン、『パーソナリティ』の根城を発見したのは、この街の空路商社の一つであった。
曰く、その商社が使う空路の一つに、一晩にして『文明のようなもの』が出来上がっていたのだとか。
その情報が国連下ギルドから公国越しに俺に伝わり、そして俺はこの国を縦断移動するに至ったわけである。
なので、俯瞰したダンジョン内部の様子は既に俺も聞き及んでいる。
情報自体は断片的かつ抽象的な物でしかなかったが、なにせあの『パーソナリティ』の身体を作る技術はまず間違いなく俺の前世由来の
――つまり、この世界のデタラメで初見殺しな『対魔法勝負』と比べれば、俺に出来る予測と準備は一気に増える。
ゆえに俺は、得た情報を前世の知識に照らし合わせ、必要になりそうな「
「……、……」
さて、
場所は変わり、店の地下。
いつかリベットと手合わせした時と同じような作りの経路を経て、そして地下の扉を開いた先。
そこには異空間の、「風の通る平原」が広がっていた。
『こちらに、ご注文のスクロールを用意いたしました』
……ここでも音声は、どこからともなく聞こえてくる。
光景としては、いつかの「屋内」とは違い、どこまでも平原が続いている。
その最中には標識じみたデザインの「的」が等間隔に幾つか並んでいて、俺のすぐ横には簡単な作りの長机。
見れば、その上に綺麗に並べられているのが、俺の頼んだスクロールのようだ。
『ご紹介をいたします』
その声に俺は黙して返す。
『こちらにご用意しました、「小型スクロール6種」及び「通常スクロール2種」。以上が、当店がカズミ様よりご注文いただきました品となります。それでは、順番に性能のご確認をいたします』
「……、」
『まずは、カズミ様より向かって右端の小型スクロール。こちらは「スクロール内容を書き換える性質」を持つものです』
言われ、俺はそれを手に取る。
――スクロール内容の書き換え。
分かりやすく表現するならスクロール同士の「コピー&ペースト」である。
この品は、「任意のスクロールの効果内容を、別のスクロールへと移し替える。ないし書き換える」というものだ。例えば『自爆スクロール』を先述の『リボルバー』にコピー&ペーストする。或いは、その逆も然り。といった風に。
『スクロールAの効果をスクロールBに移し替える、という機能は問題なく再現出来ました。また、その場合に
「なるほど。じゃあ、
『可能です。或いは『上書きスクロール』を『親』とし、この上書き効果自体を別スクロールに移し替えることも可能です』
「なるほど」
……俺がこのスクロールを発注したのは、俺自身の攻撃性能の無さに理由がある。
俺自身は、確かに無敵と言って差し支えない防御能力を持っている。
しかし、それはあくまで防御の面だけのことで、ここまでの旅路において『敵を攻撃する手段』は基本的にスクロール頼りだったのが実際の所だ。
ゆえに、このスクロールで以って「手札の残り」を自由に操る。
自爆が通じぬ相手に対し無意味となる自爆スクロールを、その場で有用な他の何かに書き変える、というふうに。
「ちなみに、コピー元のスクロールがない状態で使った場合にはどうなります?」
『先ほど申し上げました「上書き効果自体のコピー」が発生します。なお、こちらの商品はあくまでスクロール効果のコピー&ペーストを行うものであり、スクロール内の
「ふむ。……ひとまず分かりました。どうせ俺にこの世界のプログラミング技術は無いんでね、聞いてみただけです。それより、試してみたいんですけど、可能ですか?」
『かしこまりました』
その言葉と共に、目前の卓上に二つのスクロールが出現した。
『起動は、その書き換えスクロールをカズミ様の身体の15センチ以内に置きカズミ様の魔力を透過させたうえで、親と子のスクロールに手を触れて行います。ご用意いたしましたスクロールは、カズミ様に以前発注いただきました旧式の「パラメータ・シフト」と「エクスプロード」です』
「エクスプロード?
『空間的には問題ございません。しかしながら、そちらを使われる場合には、よろしければ投擲しこの場から離れた場所で起動していただければ幸いです』
「そりゃそうだ。了解です」
元より、書き換えたうえでの「ユニークスキルによる遠隔発動」が可能なのかは確認しておきたいところであった。
ということで、
「(……起動)」
親を『自爆スクロール』に、そして子を『パラメータ・シフト』に設定。
その後に書き換えスクロールへと魔力を通すと、
「さて」
まずはコピー元、『親』の方を手に取る。
魔力を通してみた感じだと、確かに元来の機能が損なわれている様子はない。
とりあえずは、爆発半径がここに及ばない程度の遠投で以って、それを投擲。
それなりに向こうまで飛んで落ちたことを確認してから起動命令を送る。
――と、遠くで爆炎が煙を上げた。
「問題なし、と」
『恐縮です』
届く爆風と微かな熱に呟いて、俺はコピー&ペーストした『子』の方のスクロールも同様に投げる。
……やはり、効果に問題はなさそうだ。
「満足の性能です。約束通りの数を頂きます」
『その前に二点、よろしいでしょうか』
「?」
疑問を沈黙に変えて待つと、音声はやはり無機質に言葉を紡いだ。
『当商品にはスクロールのリソースを拡張する機能はございません。ですので、書き換えの効果は「小型スクロール同士」、「通常型スクロール同士」、或いは「小型スクロールから通常型スクロール」へ、という形式でのみ行えることをご了承ください』
「なるほど、了解です」
つまりは容量のイメージである。
大きなグラスから小さなコップへでは水を移し替えきれない、ということだろう。
「それで、もう一つは?」
『
「ほう?」
『当店店主であるアルネ・リコッティオは、現在
「(……商品名、ねえ)」
まあ、妙に気取った名前を付ける必要はあるまい。
「コピー&ペーストってのはどうですかね?」
『了解いたしました。効果の分かりやすい素敵な名前だと思います』
「(おお、AIに褒められちまったぜ)」
下手するとこのAI、普通に俺の前世のヤツより高性能である。
……ウソでしょ? 剣と魔法の世界って遅れてないと駄目ってことになってるんじゃないの?
「あ、ちなみにこれ以降で俺が名前つけた方が良いやつとかあります?」
『いいえ。残る商品は、当店の既存のスクロール設計図をカズミ様の用途に合わせて改良したモノか、外部から取り寄せたモノとなっております。既存アイディアの改良品は、ここではカズミエディットとさせていただきます』
「…………あの、そのカズミエディットってヤツなんとなくそこはかとなく恥ずかしいんですけど何とかなりません?」
『かしこまりました。オートクチュール品の個人ブランド名の変更を、後日改めてお受けいたします。またのご来店をお待ちしております』
「…………、」
やっぱこのAI俺んとこのよりすげえよ。商売根性まで実装されてやがるよ。
「まあいいや。商品説明に戻ってもらえますか?」
『かしこまりました。では一つ右隣のものをご紹介させていただきます』
ということで、先ほどのように俺はそれを手に取り眺める。
『そちらは、カズミ様からご依頼いただきました通り、「体温・並びにその他生体反応を選択的にシャットダウンする」という形式で、つまりは「仮死状態となる」ことで疑似的な隠密スキルを発生する「隠密スクロール」となります。そちらの起動に際しましては、偏光効果での錯視による隠密も、任意で付随し発生させることが可能です』
「……、……」
俺がこのスクロールを依頼したのは、無論ながら今作戦が潜入作戦であるためだ。
迷宮と冠された一つの文明に対する侵入にあたっては、ある程度の事前情報こそ集められてはいるものの、『パーソナリティ』の知覚能力の
さすが「禁忌」と銘打たれるだけあって、ギルドによる調査もその辺りは慎重に慎重を期しているようだ。
ゆえに、
……或いは、だからこそ俺という人間が抜擢されたとさえ言っていいだろう。
俺ならば、まさしく草木雑石と同義の身体になっても問題なく生存し続けられるために。
『先に行ってん。そちらの使用にあたりましてのご注意がございます』
「はいはい?」
『こちらの商品は既存の隠密スキルの模倣による設計ではなく、「生体機能のシャットダウン」という「ヒトの身体に悪影響を与える効果を持つスクロール」の設計図を流用し、便宜的にカズミ様のお求めの効果を成立させております。ですので、その上でのご注意を二つ、この商品をお売りする場合にはご了承いただく必要があります。よろしいでしょうか』
「はい、聞きますよ」
『まず一つ。こちらの商品はヒトの体温や生体電気などをシャットダウンすることが可能です。効果対象者の魔力耐性によっては無効化も可能ですが、あくまでこちらの商品は「体温がゼロになっても生体電気がオフになっても活動、行動を維持する」カズミ様だけのご利用に限って頂ければ幸いです』
「ああ、それはもちろん」
恐らくだが、これは俺の前世で言うところの「銃器の取り扱い」への注意みたいなものだろう。
……そもそもこの世界のヒトには、魔法という、「ヒトを容易に害せる凶器」が内包されている。
ゆえにこの世界では『魔術式』という「勉強せねば習得できない技術体系」で以って魔法的行為を行うのだ、という側面もあるはずだ。
劇薬や火薬の調合の習得に免許が必要なように、この世界では、「危険な魔法」を
しかしながら、そういう意味で言うと『スクロール』という概念は「習得による脅威の抑制」を逸脱する。
だから、この注意喚起が俺の前世の『薬学免許』や『銃免許』などに対応している。この世界には、免許がなくては所持が許されないスクロールというものが普通に存在しているのだ。
習得させないという方法での脅威の抑制と、凶器を持たせないという抑制。後者については技術者として免許試験を突破する以外に、冒険者ギルドで得た等級によっても順次解放されるモノであったはずだ。
『それから、もう一点ございます。その商品を作るにあたって参考といたしました原案スクロールのお話です。そちらの商品は、「スクロール:死神の息吹」の設計図を改良したモノとなっております。こちらの原案スクロールは「バスコ共和国及び国家連合下の法律において認可された人物以外の取得保持」を禁止されており、所持免許により入手できるスクロールとは別種のモノとなります。商品カテゴリー上の体裁は隠密スクロールではありますが、あくまでそちらは法律に規制された危険物です。お取り扱いや保存などにはお気を付けください』
「法律、ですか」
さきほど俺が思考の片手間で思っていたことに、『音声』が補足を入れた。
それに対し、俺はさらに質問を投げる。
「……ちなみになんですけど、俺って冒険者等級で最低限の危険物の所持は許可されているんですけど。別に危険物取扱免許とか持ってなくて、それでも大丈夫なんです?」
『問題ありません。公国及び公国ギルドからカズミ様のご紹介を頂いた際に、「規制ライン:S」までの危険スクロールのお渡しを、この依頼の間のみ許可されております』
「……、……」
『ご注意は以上となります。効果をお試しになりますか?』
それに俺は、ひとまず首肯を返す。
すると、春日向色の虚空にて、
その了解を告げる『言葉』が、やはり無機質に響いた。
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