『急』
戦場に、星が二つ。
一つは英雄譚を引き連れる悪鬼。そしてもう一つは、今はまだ誰も知らぬ新星。
前者は煌めき、後者は機を待ち空を見上げる。
そんな、誰もが求めず、そして誰もが輝く決戦が、
――今、最後の局面を迎える。
楽園の王に告ぐ 第六章
『宿命の清算 _【表】舞台で、あなたは一番に輝いていた』
「だ、――誰だ手前!?」
「
ポイントB、ゴードンと魔王カルティスとの交戦地点にて。
――ゴードンが、迫る脅威にまず叫んだ。
対する『脅威』は、名乗りと挑発と宣戦布告を一緒くたに怒号を返す。
「(苛烈の、ベリオ!?)」
ゴードンの脳裏に閃くアラーム。
彼の思考が、ワザとらしいほどのスローモーションになる。
苛烈のベリオ。
ゴードンはその名と、その名がもたらしたありとあらゆる逸話を想起しながら声の方向を見る。
青い肌。
――そして、ゴードンをして見上げるほどの上背。
鋼の剣さえはじき返しそうな筋隆と、「我を通す暴力」の権化のような太い腕脚。彼の獅子の如き異形の表情を、ゴードンは見て……、
「どォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!???」
逆様となった魔王の身体に
「ぐゥオッ!?」
魔王のくぐもった悲鳴。一瞬先の死を見ていた魔王は、だからこそ堪え切れず声を漏らして、しかしゴードンは魔王のそれに
魔王の身体は今、ゴードンに完全に覆いかぶさっている。ゆえにこそベリオの突貫は
……貴様らの
そして、
「
「ざっけんじゃね――ッ!!???」
ゴードンの『祈り』もむなしく、ベリオは
「「「っだァああああああああああああッ!!!!!!!!??????」」」
感情の限界を軽々踏み越えた咆哮が三つ、夏の晴天に木霊する。そしてゴードンは知る。
遠まく地表と空への接近。自分は今、
「(マ、ジでやりやがった! コイツイカれてんのか!? どう考えても俺より
魔王ごと一緒くたに安っぽいジョークのように空を飛翔しながら、ゴードンは初めに自分の身体を感覚で確認する。
骨折はない。ゆえに身体を動かすのには、痛覚を気合で遮断でもすれば不可能ではない。そうまずは断じて彼は、歴戦の経験で以って脳のアラートに火をつける。
ここが死地だ。ここを越えねば自分は死ぬ。そう暗示をするほどに四肢の感覚が鋭敏となる。過加速でマーブル状になっていたはずの地表の光景さえ粒ぞろいに見えるほどの集中。それとは対比して痛覚が鈍化していく。胸部を中心に激痛を訴えていたはずの全身が水を打ったように静まり返る。その間コンマ三秒。それを待ち彼は思考を回復させ、上空、彼が飛ぶ空の上。さらなる天空を見て、
――そこに、
「
両の剛腕をありったけ振りかぶるベリオを見た!
「
「ちっくしょォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!???」
ベリオを見る。
その相貌には先に倍する気迫があった。未だゴードンの身体の上には重なるようにして魔王の身体がある。それでもベリオは躊躇など皆無に、振り上げた剛腕に必殺の覚悟を込める。なんの手心もない全力だと、彼の表情を見れば分かる。しかし
――ベリオの目が、こちらを見ていない。
それに気付いたゴードンがベリオの視線の先を探し、そしてまずは自分が「どれだけ高所上空まで打ち上げられていたのか」を知る。
街の姿がシルエットまでわかる。
円周状に開拓された石畳のグレイ。その彼方には、遠く霞む森と平原さえかすかに見える。錯覚で無ければ、この惑星の婉曲した地平線が見えるほどの天空であった。
そこからゴードンは世界を見下ろして、――地上直下に、
「
衝突の直前、ゴードンはカルティスと身体を入れ替えその手の剣を構える。
そして、
――戟音。
降りぬいたベリオの剛腕と受けるゴードンの剣が交差し、そして大気が破裂する!
「(ぁァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!)」
思考限界までを悲鳴が彩る。ベリオの一撃を
背が空気の壁を割る感覚。分厚いガラスを叩き砕いたような鋭い痛み。赤熱する全身。そんな地獄の如き苦痛は、しかし実際には一秒未満の刹那であって――、
「――
「どけェえええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!」
炸裂。
ゴードンの嘆願じみた絶叫さえ摩擦燃焼する墜落。その最中に彼は、ギリギリで身体を翻し着地を成功させる。
足甲や膝どころか頭蓋までが割れそうな衝撃を持てる全ての技術とスキルによる身体補正で何とかいなし、そして彼は降り立った光景を見る。
すぐそこに、ユイの姿がある。
ゴードンの隕石の如き墜落を見てすんでのところで回避したらしい。そして足元には、無力に伏せていたはずの
ベリオは未だ上空にある。彼が遅れて地表に降り立つ。その間際に……、
「「「「「
――ようやく、
「
――まず、ユイの絶叫。
それで以って光景が赤く染まる。
空は深紅に、石畳の大地は酸化した血液の黒色に。どこからか響くサイレンの音と群衆の悲鳴と火薬の破裂音。その最中にベリオが重音を立てて着地する。
「ベリオッ! 無差別に射撃が来るぞ!」
上空にて魔王を捕まえたマグナが叫ぶ。それを受けたベリオは、
「だァクソッ! ゴードン! 一緒ブチ抜かれるか死ぬ気でその
「なんつー無茶な……ッ!」
ユイの指示で『ベリオへ向かう銃撃』が途切れた。その変わり弾幕はマグナの方へ向かう。ただしそれも、先ほどと同様にマグナの時間停止によってギリギリで空を切り続ける。
「おい大将! せめて自分の身は守れるかっ!?」
「あ、あぁ、……。魔王、体系、……術式。――『
魔王を地面に伏せ、マグナがその場を飛び退けた。次の瞬間、カルティスが起き去られたその場をありとあらゆる弾丸が擦過する。――が、次いで響いたのは
その光景を目視にて確認し、カルティスは、息を切らしながらも上体を起こす。
「まず、……ベリオ、マグナ。
「クソッタレの鬼畜生がヨォ!!」
ユイが叫び、魔王に接近する。しかしその進む先には「初めからそこにいたように」マグナが立っている。
閃く白銀の剣戟。ヒトの反応速度を超えた連撃を、ユイはギリギリの勘と反射神経でいなす。
「ついでにわたしからも情報! ベリオがやったようにこの銃撃は向こうサンと接近すれば打ち込めない! フレンドリーファイヤが怖いってことでしょうね! ただしっ、このユイちゃんは任意で銃弾を消せるみたいです!」
「殺す殺す殺すブチッ殺ァすッ!! 誰を
「ユイッ! 俺が行くッ!」
ゴードンが叫ぶ。右手の皮手袋に火を点し……、
「ハンド・グレネードォ!」
目前のベリオにその手を翳す。
そして、――発破。ベリオの顔面を高密度の光と音が灼き尽くす。しかし、
「させねェよなァッ!!!」
爆炎を受けて仰け反ったベリオが、そのまま不安定な体勢でゴードンを殴り飛ばした。死に体で打った腕撃は、それでも強引にゴードンを打ち抜く。
ゴードンの足が止まり、――未だ立ち上る爆炎の奥から、ベリオの鋭い眼光が輝いた。
「テメエの相手は俺だろう人間ッ!!」
「下がっとけクソゴブリン……ッ!」
「おいベリオッ! 言っとくが僕がそいつにこれだけボロクソにされたのは、そいつが
「りょーかいッ! 弱いものイジメと人間種イジメは俺の十八番だってんだなァ!!」
ベリオが言って笑うと、彼の存在感が一段
その根幹にあるのは
「ダッハハハハハハハハハハハハハァ! 雑魚が雑魚が雑魚がァ!! 誰に歯向かってんだよこのクソッタレクソボケがッ! しょーもねえんだよォしょーもねえなァ図に乗ってる暇があったら殺してやるから死ねよオラァッ!!!!!!!」
「チックショ……ッ!?」
魔王の四肢を裂いたはずのゴードンの剣が、ベリオの肌に堰き止められる。
それを嗤ったベリオが、嘲笑を込めてゴードンの身体を殴りつけた。弾き飛ぶゴードンの身体をベリオは巨大な掌で掴み、更に更にと石畳に叩きつける!
「ゴードンッ!!」
「姐、さん……ッ」
「
マグナと切り結ぶユイが、その手に白い炎を灯した。
そして、
――一閃。
戦線後方にて魔王は状況を俯瞰する。白い炎帯から、ユイがベリオに奔り出している。それをマグナが剣戟で牽制するが、不発。ユイの圧倒的膂力がマグナを『コンマ二秒の時間停止ではいなし切れないほどの斬撃威力』で以って弾き飛ばす。更にユイは両手の長刀でベリオの巨躯を狙い、他方のゴードンは、ユイの反撃にたたらを踏むマグナの方へ、右手の手袋を向けている。
それらを見る魔王は確信をする。このままいけば、ユイの二刀はベリオの鋼皮を貫き首を取る。ゆえに、
「――『術式:箒星』ッ!」
詠唱を紡ぎ、腕を払う。
その手指は銃を象って、その指先が『術式の名』の通りに箒星を撃った。それはまっすぐにユイの二刀を払い、ユイの「完璧な軌道の二刀一撃」が威力を失う。それでもユイの斬撃はベリオの首筋を撃ち抜いたが、――鬼の鋼皮が、刀を弾いて火花を散らした。
「ご、ォオ!!?」
「チィ! 浅ェ!」
ベリオが仰け反り悲鳴を上げて、ユイは手応えに唾を吐く。またその他方では――、
「付き合えよお嬢ちゃん!!」
「ぅくッ!?」
ゴードンが、ユイのうなじを狙うマグナに剣で応える。
「このッ、クソナンパ野郎!!」
「ナンパは嫌いかィ!?」
「正直嫌いですねェ!!」
ゴードンの剣が空を切る。その瞬間にマグナは既にゴードンの背後にいた。そして、一瞬の斬撃。膂力の差でゴードンがそれを圧殺し、返す刀でマグナを狙う。――が、やはりそこにマグナはいない。
「ゴードンッ! そいつァ時間止めンぞッ! 何とかしろ!!」
「時間ッ!? なんだそりゃ破格すぎる!
……余計なお世話ですね! というマグナの言葉。そしてゴードンを死角から狙う更なる斬撃を、――手袋の吐く炎が灼き尽くす。しかしそこにも既にマグナはいない。当然のように次の斬撃がゴードンを狙い、またそれもゴードンは剣と
「マグナ! ベリオ!」
「「
戦線後方から響く魔王の声。それに二人が同時に叫び返す。
「
「「
魔王の一声で、刹那、マグナとベリオが視線を交わした。
二者双方は即座に互いの意図を視線の内に理解し、対するユイとゴードンもまた、そのやり取りに意図を読む。
「(さァ、どォ来る?)」
――ユイは思考する。
「(そっちの
思考しながら、ユイは目前のベリオから
そして見るのは
……そして、一向に
「(そォ来たかい!)――ゴードン!!」
叫ぶユイに、目前のベリオが剛腕を振るう。大気を圧削する暴力的な拳。それをユイは風のように避けながら周囲一帯に目線を配る。
……ここまでに、
マグナの時間停止による消失・再現出にユイらが対応できたのは、マグナの持つ時間停止に弱点があったためだ。
まず、マグナの時間停止を「ごく短いもの」と仮定する。その場合、マグナが
一つは、斬撃の殺傷圏内から離脱すること。
一つは、斬撃をなんらかの手段で無効化すること。
前者ならばマグナの立ち位置は変わる。刃の殺傷圏内から逃れて、その結果マグナは『別の位置で再出現する』ことになる。そして後者なら、当然マグナは『その場に再出現する』だろう。例としては先にマグナが魔力製の刀でユイの「回る一撃」を正面から叩き潰したように、マグナは時間を止め、再生した後も『同じ立ち位置に現れる』ことになる。
そしてこの二択は、――マグナを敵とする
まずは、マグナが『同位置に再出現』してゼロ距離必殺の一撃を
するとマグナは、当然ながら短い
そして残る『異なる位置への再出現』については、そもそもが
ゆえに、
「(……、……)」
――問題はマグナが『死角でも制空権なんでもない位置に現れた場合』であった。
「(……完全に見失ったネ。いや、ぼンやりした残像みたいなンは分からンでもねェが、そこに焦点が合う前に向こうの身体が消えてるってナ感じかネェ?)」
思考は高密度に。しかし四肢は、全力最高速度でベリオの首を狙う。
魔王の告げた
――その間に、ベリオを下す。或いはマグナを無力化して
「(言い変えりゃ、
ゴードンと、彼女は叫ぶ。
すると呼ばれた彼は、意を得たりと呵々に叫び返した。
言葉によるやり取りはそれで
「佳い口上だッ! 三十秒ってのが分かりやすいッ! アタシらァ命を懸けるからテメエらも一個命張って気張れヨなァッ!!」
その言葉の内にユイから三合八つの斬撃が繰り出された。
その全てを、完全に不可視となったマグナが叩き、そして威力を失したユイの斬撃は全てベリオの肌に止められる。またその他方ゴードンは、ユイを狙う鬼の剛腕に炎を差し込む。鬼はそれを意に介さず腕を薙ぐが、痛痒はなくとも爆炎で視界は煙る。アクロバティックに宙を舞うユイは難なくベリオの一撃を避けて、――そしてその無防備な身体を、再出現した『閃光』が狙い……。
「――そう来ると思ってたぜェ!!」
「ッ!?」
ゴードンの振るう剣が虚空で火花を散らした。
それが、ユイの致命を狙う剣戟を堰き止めるが、既にその場に『閃光』は失い。火花だけが鮮烈に散って消える。空中で身を翻したユイが、地面に着地する直前に再度閃光に強襲される。しかし、「トラップ!」という短い詠唱を以って
――疾走。
遅れて振り返る鬼の視線さえ振り切る肉食獣の一歩が、何もかもを置き去りに魔王を狙う!
「テメエッ!」
鬼が剛腕を振るう。しかし、――遅い。その腕は空を切る。ただし、
「
閃光が、肉食獣の更に前に飛び出る。そして振るうは白銀の幾閃。ユイを狙う同時二つの斬撃が道を遮り……、
「許せ姐さんッ!!」
叫ぶゴードンが、斬撃一つの間に無理矢理割って入りユイの襟裾を掴み、――引き倒すようにして
「テメッ!? まァ許す!!」
ゴムボールのように地面をバウンドしたユイの目前を、更に閃光が襲う。そこにユイは白炎を払う。漏れ出したような『閃光』の悲鳴、――それを置き去りにユイは更に奔る。その進行方向に、もう一度『閃光』が現れた。
「通さないッ!!」
「佳い忠義だが死ねッ!」
ユイの暴力的な斬撃が二つ。それが『閃光』の残像を捉え虚空を掻く。『閃光』は今、宙に跳び、そしてユイの刀を「踏んで」ユイを狙う。それをユイは見て、
「
叫ぶ。そして熾るのは周囲一帯を灼く爆炎だ。
「マグナァ!」
聞こえた怒号は『鬼』の声だ。ユイはそれでも速度を優先する。
「――
「
続く鈍い音、そこに交じってゴードンの
そこに見えたのは、『鬼』の真正面からの暴力で以ってボールのように弾き飛ばされるゴードンと、そしてゴードンの弾き飛ばされた先に『再出現』したマグナの姿――、
「(しゃらくせェ真似をッ!!?)」
ユイの頭上を舞うゴードンを『閃光』が蹴りで
「――カルティスッ!」
ユイが叫ぶ。
間合いはあと五つと半歩。これを邪魔できるものは誰もいまい。今ここに魔王とユイの視線は交錯する。ユイの両掌が白い炎を吐き、それが長刀を伝い、振るう彼女の一刀二戟が、カルティスの身体を守る不明瞭の殻を叩き割った!
そして――。
「――
『禁忌目録召喚術式:ザ・サン・オブ・ア・■■■』
さて、……
カルティスが、
――渾身の笑みを浮かべながら剣でユイの斬撃を受けた。
「 。」
そこにあったのは、
「なンつー、こりゃァ……」
――恒星の『死骸』であった。
星の骸。
ソレがどこまでもを灰の土色で空を覆った。
降り立つソレの圧倒的なサイズ感が地表の真昼をさえ堰き止めて、世界は今、夜となる。
「(――マジの惑星を落としてきやがったのか? 馬鹿な……! ンなことすりゃお互い死ぬよナ!?)」
そこには既に、戦場などなかった。
その場にいる五人は思い思いの方法で全力の離脱を選び、今しがたまで交錯していた殺気は全て、空の惑星隕石が蜘蛛の子と散らしている。
「……、……」
――否。
見ればカルティスだけは、どうやら自力では離脱できないらしい。ベリオの分厚い肩に荷物のように担がれているのが見えた。
「ゴードンッ!」
「了解ッ!!」
その声にゴードンが奔り出す。その行く先はベリオの方向。それを確認したユイは、
「――花金四五六ッ!」
更に叫ぶ。それと共にユイの半身を白い炎が包み、そして――、火の名残りに現れるのは黄金の外殻だ。
「ブッ飛ば――ッ!!」
――
ユイが外殻に包まれた片腕を持ち上げ、その先のパイルバンカーを宙の隕石に向ける。そこに、『白銀』が瞬いた。
「ンなッ!? オイオイ待てヨッ! あの規模の質量爆撃じゃ手前も死ぬンだぞ!? おとなしく下がっとれェ!」
「――ッ!」
煌めく剣戟。重なる幾つもの剣筋がユイの外殻を叩く。
「おィって! 手前らと心中なんざァゴメンなんだがァ!?」
「――そりゃこちらも御免だとも、ユイ」
外殻の重量で剣戟に対応しきれないユイに、魔王が静かに言う。
……それから呟くようにマグナが「言わんでいいのに、作戦……」と半眼に呟いた。
「おィゴードン! 奴さん喋る余裕あんぞッ! もっとケツまくってブチ殺せ!」
「いや寧ろ悦に入って作戦語り始めた分には聞いた方が良いと見るぜ姐さん!」
軽口に軽口を返すゴードンはしかし、苦渋の表情でベリオの猛攻をいなしている。ベリオの鋼肌はゴードンの、幾つもの剣戟や
「作戦を語る、……なんて言われるのは心外だな」
「……、……」
魔王は、
なおも静かに、そう語り続ける。
――隕石は宙にて、刻々と地表の大気を磨り潰している。
「そもそも俺たち逆条の目的は、ひとまずがここにいるフォッサの救出だ。その上で、だからこそ語るんだよ。この手順は、――相手にチェックメイトを告げるのは、勝った方の義務だろ?」
「なに言ってんだヨ! ……いや待て、
ユイの思考が超高速で、現時点における状況を並列化し整序に変え線で結ぶ。
……魔王の目的はフォッサの奪還。そして恐らくは、それを終え次第魔王らはここを離脱する。ならばそもそも、魔王らはどうやってフォッサを奪還する?
「(
魔王らのそもそものプランとしては、まずはここにいるユイとゴードンを無力化する。その上でフォッサの牢を悠々と探し、これを開放する。その筈である。
しかし、その『当然のやり方』を
「(この隕石は、正直なハナシ、
逆条五席・理性のフォッサ。
捕らえられた彼女もまた、逆条に名を連ねるべき
この国の粋を凝らせた内外防護と、そして魔力のシャットアウト。魔族たる彼女に掛ける手錠は、鉄ではなく、知識と魔力を織って編んだ魔法陣で作られたものであり、……そしてそれら術式は当然、
そして他方、宙の隕石は、
――逆条五席・理性のフォッサ。
「(マズい、……
半ば押し潰された光景をユイは見回す。と、その動転した視界にてまた白銀が閃いた。
片手の剣を振り回し牽制しながら、ユイは再度宙にパイルバンカーを向ける。
「ゴードンこっち来い!」
「おゥ! ――っとォ!?」
「行かせねえよなァ!」
集中がブレたゴードンの頬を鬼の剛腕が強かに打つ。否、その一撃はすんでのところで剣に防がれた。しかし鬼は止まらない。ゴードンの全力のバックステップを肉食獣の如き脚力にて半歩で詰め、暴威の塊のような乱打を更に撃つ。
宙が、押し潰される。その光景をユイは見る。今、光景の彼方。天を衝く偉容だった時計塔がまさしく天に突き返されて崩れた。その瞬間を皮切りに、街が、これまでの大気圧力による瓦解が些末事だったかのような桁違いの暴力に晒される。
……フォッサの牢の魔術防壁。このうちの、
「(――畜生、こっちも無茶するしかねェかネッ!)」
ガチャン! とユイのパイルバンカーが金属音を上げた。そして立ち上る蒸気、無機質性の
「やらせませんっての!」
「だろうねェ!」
叫び、ユイの全身が白炎を吐く。それに捲かれる直前『白銀』は姿を焼失させる。しかしユイはなおも白炎を吐き出し続け、彼女の周囲一帯を完全に燃焼させる。――が、
「――召喚術式〈空間〉:風の惑星!」
魔王の声と共に、辺りの石材が削り取られるほどの突風が吹き荒れた。それはまっすぐに火中、ユイのシルエットを狙い、そして一息に姿を暴き出す。
「(喰い切れねェ!? いやッ、空間の召喚てこたァ今の風は魔法じゃねえのか!? どちらにせよしゃらくせェコトこの上ねェなァ!!)」
「――ッだァ!!」
「クソッ!?」
白銀の連撃。どうしようもなくユイはパイルバンカーを弾かれて……、
「 。 あァ、クソったれ」
「――
どこからか、『声』が聞こえた。
しかしそれは、聞こえるはずなどない声である。その声、そのスキルの主は、
それでも、――その声は紡ぐ。
「
魔王が叫び、それを『音』が劈いた。どこかから芽吹くように打ち上がった光が隕石に突き刺さって
一瞬の静寂。
――そして、宙を支配する
「ぉおォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」
あまりの光景にユイは本能で以って叫んだ。目前の隕石が、ダイアモンドをハンマーで叩いたように綺麗に八等分されていた。そして見れば青昼の空、
「よォフォッサ!! ひさしぶりだなァ!!」
ベリオが鬼の表情で笑い、そして、――遂に隕石が地表に墜ちた。
八等分されたそれはユイらの周囲を避けるように街を蹂躙し、爆風のような土煙のずっと上でフォッサが返す。
「状況が分からないんだけど!
「大正解だよフォッサ!」
続く魔王の声にフォッサが返す。
「あ、す、すみませんカルティス! あの、カルティスぅ! 私、実はトチっちゃって、飛空艇襲撃のお話なんですけど……!」
「いいさ、それより仕事を頼む! ――
「(そーゆゥことかィ全部ッ!!)――ゴードン何してでもフォッサを止めろォ!」
叫びながらユイが白炎を打ち出す。
しかしそれは、マグナが蹴り上げた瓦礫に撃ち落とされる。更に戦線向こうでは、ゴードンが隕石断面を駆け上がりフォッサを目指す。そしてその足元、隕石のふもとでは、
「ベリオ」
「おう」
「これを、彼女に投げてやってくれ。――『英雄譚
「――いいね、任せろ。……ってことで投げるぞフォッサァ!!」
ベリオがその、小ぶりで、白く、そして昼の月の色に輝く弓をフォッサに投げた。
それはゴードンの無重力じみた疾走を追い抜きなおも飛翔して、隕石の影日向を抜けて空天辺の日向に躍り出て、そしてそれを、フォッサが掴んだ。
「各自通達!!」
「――――ッ!」
魔王の声にユイは、ありったけの炎をフォッサに放つ。そしてそれら全ては一つの漏れもなく閃光に叩き落される。その光景に魔王は、空を見て。
「
「ふざけんな待てェ!」
ベリオの肩に担がれていた魔王が、そのまま片手を挙げる。
――彼の、その手にあったのは「何の変哲もないように見える木の葉」だ。
「フォッサ! 頼んだ!」
「任せてカルティス! ――この程度の距離なら、外すわけがないッ!」
「ちくしょォが! ちくしょゥがヨォオオオオオオオオオオオッ!!!!」
そして、
「起動。
――……オーケー、撃ち抜いたんじゃないかしらね」
『一矢』。
その『箒星』は、晴天直上を見上げた眩しさよりもずっと強く輝き、飛ぶ。
更に、
「それじゃ、遠慮なく
――起動、『シネマ・レスト〈
閃光が
それと共に魔王が取り出した『木の葉』も消失し、
「よし! とんずらだベリオ!」
「指示が潔いねェ! 了解だァあばよ手前らッ! 特にそこのメス餓鬼! こないだの借りは返したぜェ!!」
そして……、
「…………………………………………、」
「お、お姐さん……?(戦々恐々)」
ユイは、周囲をふわりと見渡す。
「……、……」
周囲にあるのは、災禍の跡だ。
多種多様の刀傷と炎焼痕。そして何よりも、あまりにも巨大な
ユイの視線に応えるようにして塔の一つが、ふと低い音を立てて傾ぎ、……そして倒れる。
一つ、また一つと倒壊が続き、……足元の廃墟手前みたいな街並みにトドメを刺す。
「……………………………………………………………………………………、」
「(顔面蒼白)」
「………………………………………………………………………………………………………………………………。」
「(死ぬ覚悟)」
「…………、はぁ」
溜息を一つ。それだけでユイは、目前の損壊しきった街並みから視線を切った。
その代わり彼女は空を見上げる。先ほどまでなら隕石で陰り切っていた空は、
……今は、実に風通しのいい蒼天であった。
「いやァ、負けたね、完璧に。さっきの
「(や、やった! 思いのほか怒ってないぞ……!)……そんで姐さん、この後はどうするよ?」
「この後、なぁ……。多分さっきのフォッサが撃った矢が、今頃戦線に突き刺さってる頃なンだろ? そんで以って多分、マグナのヤツは時間停止でノータイムで移動して、向こうの戦場に参加してる頃だ。……ショージキ、出来るこたねェな。アタシらがあっちに向かっても、着いた頃にゃ後片付けの時間だわナ。ンなもんバックレ一択だろ」
「だ、だよなァ……」
「そんで、テメエよ。……――ォラァッ!!」
「あでェッ!!?」
完全に油断していたゴードンの尻をユイが蹴り上げた。
それをモロに受けたゴードンが喉の奥から悲鳴を上げ、崩れる。
「お、おいぃ……っ!」
「……アタシもトチッたし、オシオキはそれでオシマイだ。それよかいい天気だしヨ、テメエが寝るまで釣りにでも付き合うゼ」
「つ、り……。座れねえよ俺今日もう……っ!」
「お尻二つに割れちゃったァ? なら立って付き合えヨ。釣りの肴によ、政治の話もせにゃならんしな。――これから
「……まぁ、今日はそうするか」
よっ、と軽い口調でゴードンが立ち上がる。それを見たユイは、彼に顎で行く先を指した。
「あっちによ、うち等のここの拠点がある。今日は店ァどこも締まってるからよ、釣り具も酒もそこで調達だ。行くゼ」
「おう」
「
――そこに、
声が掛けられ、二人は振り向いた。
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