『急』

 



 戦場に、星が二つ。

 


 一つは英雄譚を引き連れる悪鬼。そしてもう一つは、今はまだ誰も知らぬ新星。


 前者は煌めき、後者は機を待ち空を見上げる。

 そんな、誰もが求めず、そして誰もが輝く決戦が、



 ――今、最後の局面を迎える。




















 楽園の王に告ぐ 第六章

『宿命の清算 _【表】舞台で、あなたは一番に輝いていた』


















「だ、――誰だ手前!?」


!! 悪ィがこっちは魔族だからよォ! 助太刀するが卑怯だなんて言うんじゃねえぞ人間ッ!!」




 ポイントB、ゴードンと魔王カルティスとの交戦地点にて。



 ――ゴードンが、迫る脅威にまず叫んだ。

 対する『脅威』は、名乗りと挑発と宣戦布告を一緒くたに怒号を返す。




「(苛烈の、ベリオ!?)」



 ゴードンの脳裏に閃くアラーム。

 彼の思考が、ワザとらしいほどのスローモーションになる。


 苛烈のベリオ。

 ゴードンはその名と、その名がもたらしたありとあらゆる逸話を想起しながら声の方向を見る。



 青い肌。

 ――そして、ゴードンをして見上げるほどの上背。



 鋼の剣さえはじき返しそうな筋隆と、「我を通す暴力」の権化のような太い腕脚。彼の獅子の如き異形の表情を、ゴードンは見て……、




「どォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!???」



 逆様となった魔王の身体に



「ぐゥオッ!?」



 魔王のくぐもった悲鳴。一瞬先の死を見ていた魔王は、だからこそ堪え切れず声を漏らして、しかしゴードンは魔王のそれに



 魔王の身体は今、ゴードンに完全に覆いかぶさっている。ゆえにこそベリオの突貫は


 ……貴様らのまおうはここにある。俺の首ゴードンを取るには、魔王ごと切らねばならぬ。だから躊躇をしろ、と、ゴードンはそう胸中に祈り・・――、


 そして、



カルティス・・・・・! !!」


「ざっけんじゃね――ッ!!???」



 ゴードンの『祈り』もむなしく、ベリオはゴードン味方カルティスもまとめてショルダータックルでぶち抜いた!





「「「っだァああああああああああああッ!!!!!!!!??????」」」





 感情の限界を軽々踏み越えた咆哮が三つ、夏の晴天に木霊する。そしてゴードンは知る。


 遠まく地表と空への接近。自分は今、空を飛んでいる・・・・・・・、と。



「(マ、ジでやりやがった! コイツイカれてんのか!? どう考えても俺よりコイツカルティスのが直撃の軌道だぞ!?)」



 魔王ごと一緒くたに安っぽいジョークのように空を飛翔しながら、ゴードンは初めに自分の身体を感覚で確認する。



 骨折はない。ゆえに身体を動かすのには、痛覚を気合で遮断でもすれば不可能ではない。そうまずは断じて彼は、歴戦の経験で以って脳のアラートに火をつける。


 ここが死地だ。ここを越えねば自分は死ぬ。そう暗示をするほどに四肢の感覚が鋭敏となる。過加速でマーブル状になっていたはずの地表の光景さえ粒ぞろいに見えるほどの集中。それとは対比して痛覚が鈍化していく。胸部を中心に激痛を訴えていたはずの全身が水を打ったように静まり返る。その間コンマ三秒。それを待ち彼は思考を回復させ、上空、彼が飛ぶ空の上。さらなる天空を見て、


 ――そこに、




ああ・・、」



 両の剛腕をありったけ振りかぶるベリオを見た!





!! !!!」


「ちっくしょォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!???」





 ベリオを見る。

 その相貌には先に倍する気迫があった。未だゴードンの身体の上には重なるようにして魔王の身体がある。それでもベリオは躊躇など皆無に、振り上げた剛腕に必殺の覚悟を込める。なんの手心もない全力だと、彼の表情を見れば分かる。しかし



 ――ベリオの目が、こちらを見ていない。



 それに気付いたゴードンがベリオの視線の先を探し、そしてまずは自分が「どれだけ高所上空まで打ち上げられていたのか」を知る。



 街の姿がシルエットまでわかる。

 円周状に開拓された石畳のグレイ。その彼方には、遠く霞む森と平原さえかすかに見える。錯覚で無ければ、この惑星の婉曲した地平線が見えるほどの天空であった。


 そこからゴードンは世界を見下ろして、――地上直下に、





ォッ!!!!!!」





 衝突の直前、ゴードンはカルティスと身体を入れ替えその手の剣を構える。


 そして、

 ――戟音。


 降りぬいたベリオの剛腕と受けるゴードンの剣が交差し、そして大気が破裂する!




「(ぁァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!)」




 思考限界までを悲鳴が彩る。ベリオの一撃をどこで受けたか・・・・・・・さえ分からなくなる。全身の隅々を撃ち抜いてなお余りある衝撃。落下重力が無意味に思えるほどの超加速で以って、ゴードンが地上へ墜落をする。


 背が空気の壁を割る感覚。分厚いガラスを叩き砕いたような鋭い痛み。赤熱する全身。そんな地獄の如き苦痛は、しかし実際には一秒未満の刹那であって――、




「――? ? ? …………ゥえ・・?」



「どけェえええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!」





 炸裂。

 ゴードンの嘆願じみた絶叫さえ摩擦燃焼する墜落。その最中に彼は、ギリギリで身体を翻し着地を成功させる。


 足甲や膝どころか頭蓋までが割れそうな衝撃を持てる全ての技術とスキルによる身体補正で何とかいなし、そして彼は降り立った光景を見る。


 すぐそこに、ユイの姿がある。

 ゴードンの隕石の如き墜落を見てすんでのところで回避したらしい。そして足元には、無力に伏せていたはずの少女マグナの姿はない。スキルにより超加速したゴードンの動体視力が視界内の『動く陰影』を即座に検索し、そして彼は、のを見た。


 ベリオは未だ上空にある。彼が遅れて地表に降り立つ。その間際に……、











「「「「「        ・・・・・・・・。」」」」」


 ――ようやく、隕石・・を受け止めた大地が破裂した。











赤紙一路・潰壊堂中ッ・・・・・・・・・・!!!」


 ――まず、ユイの絶叫。



 それで以って光景が赤く染まる。

 空は深紅に、石畳の大地は酸化した血液の黒色に。どこからか響くサイレンの音と群衆の悲鳴と火薬の破裂音。その最中にベリオが重音を立てて着地する。



「ベリオッ! 無差別に射撃が来るぞ!」



 上空にて魔王を捕まえたマグナが叫ぶ。それを受けたベリオは、



「だァクソッ! ゴードン! 一緒ブチ抜かれるか死ぬ気でその引き剥がすか選べッ!」


「なんつー無茶な……ッ!」



 ユイの指示で『ベリオへ向かう銃撃』が途切れた。その変わり弾幕はマグナの方へ向かう。ただしそれも、先ほどと同様にマグナの時間停止によってギリギリで空を切り続ける。



「おい大将! せめて自分の身は守れるかっ!?」


「あ、あぁ、……。魔王、体系、……術式。――『遠き星の在処コーネリウス』」



 魔王を地面に伏せ、マグナがその場を飛び退けた。次の瞬間、カルティスが起き去られたその場をありとあらゆる弾丸が擦過する。――が、次いで響いたのは布を叩いた・・・・・ような異質な音だ。円周状半透明の外膜が、カルティスを襲う銃弾を一つ余さず食い尽くし嚥下した。


 その光景を目視にて確認し、カルティスは、息を切らしながらも上体を起こす。



「まず、……ベリオ、マグナ。奥の手リセットは温存する。その上で言うが、二人なら、……向こうを倒せる。俺も、……魔法で援護しよう」


「クソッタレの鬼畜生がヨォ!!」



 ユイが叫び、魔王に接近する。しかしその進む先には「初めからそこにいたように」マグナが立っている。


 閃く白銀の剣戟。ヒトの反応速度を超えた連撃を、ユイはギリギリの勘と反射神経でいなす。



「ついでにわたしからも情報! ベリオがやったようにこの銃撃は向こうサンと接近すれば打ち込めない! フレンドリーファイヤが怖いってことでしょうね! ただしっ、このユイちゃんは任意で銃弾を消せるみたいです!」


「殺す殺す殺すブチッ殺ァすッ!! 誰をちゃン・・・だって餓鬼みてェに呼んだテメェオォイ!! アマァに生まれたこと後悔させっから今ンちに×××焼き潰しとけェこのクソ×××ァ!!」


「ユイッ! 俺が行くッ!」



 ゴードンが叫ぶ。右手の皮手袋に火を点し……、



「ハンド・グレネードォ!」



 目前のベリオにその手を翳す。

 そして、――発破。ベリオの顔面を高密度の光と音が灼き尽くす。しかし、



「させねェよなァッ!!!」



 爆炎を受けて仰け反ったベリオが、そのまま不安定な体勢でゴードンを殴り飛ばした。死に体で打った腕撃は、それでも強引にゴードンを打ち抜く。

 ゴードンの足が止まり、――未だ立ち上る爆炎の奥から、ベリオの鋭い眼光が輝いた。



「テメエの相手は俺だろう人間ッ!!」


「下がっとけクソゴブリン……ッ!」


「おいベリオッ! 言っとくが僕がそいつにこれだけボロクソにされたのは、そいつが魔王/英雄オレにとってのジョーカーだからって話だ! 魔王と英雄を無効化するスキルをそいつは持ってる! だからベリオ、!」


「りょーかいッ! 弱いものイジメと人間種イジメは俺の十八番だってんだなァ!!」



 ベリオが言って笑うと、彼の存在感が一段密度を増す・・・・・

 その根幹にあるのは暴力性いかりだ。彼の心臓の感情いかりが発火したように膨張し、揺らめくようにして彼の、爆炎の奥の陰影を黒く濃くする。



「ダッハハハハハハハハハハハハハァ! 雑魚が雑魚が雑魚がァ!! 誰に歯向かってんだよこのクソッタレクソボケがッ! しょーもねえんだよォしょーもねえなァ図に乗ってる暇があったら殺してやるから死ねよオラァッ!!!!!!!」


「チックショ……ッ!?」



 魔王の四肢を裂いたはずのゴードンの剣が、ベリオの肌に堰き止められる。


 それを嗤ったベリオが、嘲笑を込めてゴードンの身体を殴りつけた。弾き飛ぶゴードンの身体をベリオは巨大な掌で掴み、更に更にと石畳に叩きつける!



「ゴードンッ!!」


「姐、さん……ッ」



交代ッ・・・!」



 マグナと切り結ぶユイが、その手に白い炎を灯した。

 そして、


 ――一閃。



 ごぅ・・、と燃え上がる白炎がマグナごと周囲一帯を燃やす、――否。炎が燃やしたのはマグナの残像であった。


 戦線後方にて魔王は状況を俯瞰する。白い炎帯から、ユイがベリオに奔り出している。それをマグナが剣戟で牽制するが、不発。ユイの圧倒的膂力がマグナを『コンマ二秒の時間停止ではいなし切れないほどの斬撃威力』で以って弾き飛ばす。更にユイは両手の長刀でベリオの巨躯を狙い、他方のゴードンは、ユイの反撃にたたらを踏むマグナの方へ、右手の手袋を向けている。



 それらを見る魔王は確信をする。このままいけば、ユイの二刀はベリオの鋼皮を貫き首を取る。ゆえに、



「――『術式:箒星』ッ!」



 詠唱を紡ぎ、腕を払う。

 その手指は銃を象って、その指先が『術式の名』の通りに箒星を撃った。それはまっすぐにユイの二刀を払い、ユイの「完璧な軌道の二刀一撃」が威力を失う。それでもユイの斬撃はベリオの首筋を撃ち抜いたが、――鬼の鋼皮が、刀を弾いて火花を散らした。



「ご、ォオ!!?」


「チィ! 浅ェ!」



 ベリオが仰け反り悲鳴を上げて、ユイは手応えに唾を吐く。またその他方では――、



「付き合えよお嬢ちゃん!!」


「ぅくッ!?」



 ゴードンが、ユイのうなじを狙うマグナに剣で応える。



「このッ、クソナンパ野郎!!」


「ナンパは嫌いかィ!?」


「正直嫌いですねェ!!」



 ゴードンの剣が空を切る。その瞬間にマグナは既にゴードンの背後にいた。そして、一瞬の斬撃。膂力の差でゴードンがそれを圧殺し、返す刀でマグナを狙う。――が、やはりそこにマグナはいない。



「ゴードンッ! そいつァ時間止めンぞッ! 何とかしろ!!」


「時間ッ!? なんだそりゃ破格すぎる! 魔王勢力テロリストやってねえでウマく金稼げよそのスキルで!」



 ……余計なお世話ですね! というマグナの言葉。そしてゴードンを死角から狙う更なる斬撃を、――手袋の吐く炎が灼き尽くす。しかしそこにも既にマグナはいない。当然のように次の斬撃がゴードンを狙い、またそれもゴードンは剣とトラップで何とかいなす。



「マグナ! ベリオ!」


「「なんだッなんですかッ!!」」



 戦線後方から響く魔王の声。それに二人が同時に叫び返す。



俺は詠唱に入るッ・・・・・・・・! 三十秒時間を稼げッ・・・・・・・・・!」


「「了解ッりょーかいッ!」」



 魔王の一声で、刹那、マグナとベリオが視線を交わした。


 二者双方は即座に互いの意図を視線の内に理解し、対するユイとゴードンもまた、そのやり取りに意図を読む。




「(さァ、どォ来る?)」


 ――ユイは思考する。




「(そっちのマグナちゃんは、基本的にはアタシだろォがゴードンだろがスキルずくで足止めできる。場合に寄っちゃァアタシらン炎で牽制も出来るか。しかしまあ、こっちが二、三打ったら流石になんぞされるかもしれねえな? とかく嬢ちゃんなら、アタシもゴードンもある程度・・・・止められる。……その上で、向こうのベリオ。ゴードンじゃ防戦一方らしいがアタシならあの鬼のかってェ肌を抜ける。――さァ。そンじゃこの択を、どっちで取るヨ?)」



 思考しながら、ユイは目前のベリオから視線を切る・・・・・


 そして見るのは少女マグナの姿。マグナは今まさに、ゴードンの撃つ炎から逃れるために時間停止で消失し、


 ……そして、一向に次のマグナ・・・・・は現れない。



「(そォ来たかい!)――ゴードン!!」



 叫ぶユイに、目前のベリオが剛腕を振るう。大気を圧削する暴力的な拳。それをユイは風のように避けながら周囲一帯に目線を配る。


 ……ここまでに、

 マグナの時間停止による消失・再現出にユイらが対応できたのは、マグナの持つ時間停止に弱点があったためだ。


 まず、マグナの時間停止を「ごく短いもの」と仮定する。その場合、マグナがに時間を停止した場合には、マグナ側には二つの選択肢が発生する。


 一つは、斬撃の殺傷圏内から離脱すること。

 一つは、斬撃をなんらかの手段で無効化すること。


 前者ならばマグナの立ち位置は変わる。刃の殺傷圏内から逃れて、その結果マグナは『別の位置で再出現する』ことになる。そして後者なら、当然マグナは『その場に再出現する』だろう。例としては先にマグナが魔力製の刀でユイの「回る一撃」を正面から叩き潰したように、マグナは時間を止め、再生した後も『同じ立ち位置に現れる』ことになる。


 そしてこの二択は、――マグナを敵とする相手ユイとゴードンの視点からも明白である。


 まずは、マグナが『同位置に再出現』してゼロ距離必殺の一撃を打ち直す・・・・可能性を潰すために、例えばような『彼女マグナが時間停止後に回避せざるを得ない攻撃』を行う。


 するとマグナは、当然ながら短い時間停止クールタイムを全力で使って回避に費やす。ゆえに前提前者、マグナの『同位置の再出現』の可能性は消える。

 そして残る『異なる位置への再出現』については、そもそもが制空権内互いのレンジの内側での出現である。だけで無力化できる。

 ゆえに、




「(……、……)」


 ――問題はマグナが『死角でも制空権なんでもない位置に現れた場合』であった。




「(……完全に見失ったネ。いや、ぼンやりした残像みたいなンは分からンでもねェが、そこに焦点が合う前に向こうの身体が消えてるってナ感じかネェ?)」




 思考は高密度に。しかし四肢は、全力最高速度でベリオの首を狙う。


 魔王の告げた準備時間タイムリミットは三十秒。考察に費やした時間が半秒としても、残る時間はあと29、5秒である。



 ――その間に、ベリオを下す。或いはマグナを無力化しての思惑を不明なままで挫き、死に体の魔王にトドメを刺す。ユイとゴードンの勝利条件は、気付けばシンプルな『決戦の如き様相』を呈していた。



「(言い変えりゃ、。……いや、なんだネ。――これァ、燃える・・・・・・・)」



 ゴードンと、彼女は叫ぶ。

 すると呼ばれた彼は、意を得たりと呵々に叫び返した。


 言葉によるやり取りはそれでいた。既に言葉は冗長である。何せ時間はあと29秒しかない。ならば交わすの言葉ではなく刃で、交わすべき相手は友人ではなく仇敵であった。彼女は踏み込み、彼は笑みを作る。対するベリオは不遜に構え、白銀色の閃光マグナは姿を現さず、そして魔王は、戦線の最奥。彼女ユイは、その手の二刀のを握り直し叫んだ!




「佳い口上だッ! 三十秒ってのが分かりやすいッ! アタシらァ命を懸けるからテメエらも一個命張って気張れヨなァッ!!」




 その言葉の内にユイから三合八つの斬撃が繰り出された。


 その全てを、完全に不可視となったマグナが叩き、そして威力を失したユイの斬撃は全てベリオの肌に止められる。またその他方ゴードンは、ユイを狙う鬼の剛腕に炎を差し込む。鬼はそれを意に介さず腕を薙ぐが、痛痒はなくとも爆炎で視界は煙る。アクロバティックに宙を舞うユイは難なくベリオの一撃を避けて、――そしてその無防備な身体を、再出現した『閃光』が狙い……。




「――そう来ると思ってたぜェ!!」


「ッ!?」




 ゴードンの振るう剣が虚空で火花を散らした。

 それが、ユイの致命を狙う剣戟を堰き止めるが、既にその場に『閃光』は失い。火花だけが鮮烈に散って消える。空中で身を翻したユイが、地面に着地する直前に再度閃光に強襲される。しかし、「トラップ!」という短い詠唱を以ってし、『閃光』がまた消失する。刹那、ユイの両の足が地面を捉え、



 ――疾走。

 遅れて振り返る鬼の視線さえ振り切る肉食獣の一歩が、何もかもを置き去りに魔王を狙う!



「テメエッ!」



 鬼が剛腕を振るう。しかし、――遅い。その腕は空を切る。ただし、



時間そくどの土俵に乗ったな端役がッ!」



 閃光が、肉食獣の更に前に飛び出る。そして振るうは白銀の幾閃。ユイを狙う同時二つの斬撃が道を遮り……、



「許せ姐さんッ!!」



 叫ぶゴードンが、斬撃一つの間に無理矢理割って入りユイの襟裾を掴み、――引き倒すようにして



「テメッ!? まァ許す!!」



 ゴムボールのように地面をバウンドしたユイの目前を、更に閃光が襲う。そこにユイは白炎を払う。漏れ出したような『閃光』の悲鳴、――それを置き去りにユイは更に奔る。その進行方向に、もう一度『閃光』が現れた。



「通さないッ!!」


「佳い忠義だが死ねッ!」



 ユイの暴力的な斬撃が二つ。それが『閃光』の残像を捉え虚空を掻く。『閃光』は今、宙に跳び、そしてユイの刀を「踏んで」ユイを狙う。それをユイは見て、



七福ゥ・・・!!」



 叫ぶ。そして熾るのは周囲一帯を灼く爆炎だ。ぼぅ・・という空間を削り取ったような轟音が『閃光』を捉え、向こう二歩先の位置に再出現した『閃光』をなおも追う。



「マグナァ!」



 聞こえた怒号は『鬼』の声だ。ユイはそれでも速度を優先する。



「――上手く使え・・・・・ッ!」


おゥッ!」



 続く鈍い音、そこに交じってゴードンの悲鳴・・が聞こえた。ユイは全力疾走をしながら後方の光景を一瞬で確認する。


 そこに見えたのは、『鬼』の真正面からの暴力で以ってボールのように弾き飛ばされるゴードンと、そしてゴードンの弾き飛ばされた先に『再出現』したマグナの姿――、



「(しゃらくせェ真似をッ!!?)」



 ユイの頭上を舞うゴードンを『閃光』が蹴りで射出つ。それと同時にゴードンが火を放ち、それがマグナのシルエットを灼く。今回ばかりは直撃らしい、刹那消失したマグナの姿が、ユイの視界の片隅に炎上を伴って再出現した。



「――カルティスッ!」



 ユイが叫ぶ。

 間合いはあと五つと半歩。これを邪魔できるものは誰もいまい。今ここに魔王とユイの視線は交錯する。ユイの両掌が白い炎を吐き、それが長刀を伝い、振るう彼女の一刀二戟が、カルティスの身体を守る不明瞭の殻を叩き割った!


 そして――。






「――


 『禁忌目録召喚術式:ザ・サン・オブ・ア・■■■』


 さて、……







 カルティスが、

 ――渾身の笑みを浮かべながら剣でユイの斬撃を受けた。



「    。」



 

 と分かっていながらもユイは、交錯した魔王への視線を切り、そして陰る視界、


 そこにあったのは、





「なンつー、こりゃァ……」


 ――恒星の『死骸』であった。





 星の骸。

 ソレがどこまでもを灰の土色で空を覆った。


 降り立つソレの圧倒的なサイズ感が地表の真昼をさえ堰き止めて、世界は今、夜となる。


 ソレ・・は、『隕石』であった。比喩や錯覚の話ではなく、文字通りの隕石。圧倒的な重量が押しつぶすように大気を踏みつけ、辺り一帯の『虚空』が超高音の悲鳴を上げる。深海圧力のような『過密空気の暴力』に街は解れるように瓦解して、その災禍の中心にいるユイは、ただすら空を見上げて呻いた。



「(――マジの惑星を落としてきやがったのか? 馬鹿な……! ンなことすりゃお互い死ぬよナ!?)」



 そこには既に、戦場などなかった。

 その場にいる五人は思い思いの方法で全力の離脱を選び、今しがたまで交錯していた殺気は全て、空の惑星隕石が蜘蛛の子と散らしている。



「……、……」



 ――否。

 見ればカルティスだけは、どうやら自力では離脱できないらしい。ベリオの分厚い肩に荷物のように担がれているのが見えた。



「ゴードンッ!」


「了解ッ!!」



 その声にゴードンが奔り出す。その行く先はベリオの方向。それを確認したユイは、



「――花金四五六ッ!」



 更に叫ぶ。それと共にユイの半身を白い炎が包み、そして――、火の名残りに現れるのは黄金の外殻だ。



「ブッ飛ば――ッ!!」

 ――させませんよッ・・・・・・・!」



 ユイが外殻に包まれた片腕を持ち上げ、その先のパイルバンカーを宙の隕石に向ける。そこに、『白銀』が瞬いた。



「ンなッ!? オイオイ待てヨッ! あの規模の質量爆撃じゃ手前も死ぬンだぞ!? おとなしく下がっとれェ!」


「――ッ!」



 煌めく剣戟。重なる幾つもの剣筋がユイの外殻を叩く。



「おィって! 手前らと心中なんざァゴメンなんだがァ!?」


「――そりゃこちらも御免だとも、ユイ」



 外殻の重量で剣戟に対応しきれないユイに、魔王が静かに言う。

 ……それから呟くようにマグナが「言わんでいいのに、作戦……」と半眼に呟いた。



「おィゴードン! 奴さん喋る余裕あんぞッ! もっとケツまくってブチ殺せ!」


「いや寧ろ悦に入って作戦語り始めた分には聞いた方が良いと見るぜ姐さん!」



 軽口に軽口を返すゴードンはしかし、苦渋の表情でベリオの猛攻をいなしている。ベリオの鋼肌はゴードンの、幾つもの剣戟や火計トラップを強引に弾き続ける。ゴードンも直撃は貰っていないが、だからこそ彼らの撃ち合いは完全に泥仕合であった。



「作戦を語る、……なんて言われるのは心外だな」


「……、……」



 魔王は、

 なおも静かに、そう語り続ける。


 ――隕石は宙にて、刻々と地表の大気を磨り潰している。



「そもそも俺たち逆条の目的は、ひとまずがここにいるフォッサの救出だ。その上で、だからこそ語るんだよ。この手順は、――相手にチェックメイトを告げるのは、勝った方の義務だろ?」


「なに言ってんだヨ! ……いや待て、そォいう話か・・・・・・!?」



 ユイの思考が超高速で、現時点における状況を並列化し整序に変え線で結ぶ。


 ……魔王の目的はフォッサの奪還。そして恐らくは、それを終え次第魔王らはここを離脱する。ならばそもそも、魔王らはどうやってフォッサを奪還する?



「(危ない賭け・・・・・に、出たとすればどうだ? ……この展開に、つじつまが合うンじゃァねえのか!?)」



 魔王らのそもそものプランとしては、まずはここにいるユイとゴードンを無力化する。その上でフォッサの牢を悠々と探し、これを開放する。その筈である。

 しかし、その『当然のやり方』を諦めた・・・とすればどうだ?



「(この隕石は、正直なハナシ、だ。いや寧ろこのド災害っぷりを思えば術者は遠く離れた場所にいるべきだろうネ。そんな『下策に打った魔法』が、しかし、だった、とすれば――)」



 逆条五席・理性のフォッサ。

 捕らえられた彼女もまた、逆条に名を連ねるべき一流の魔族・・・・・である。ゆえにこそ彼女の監禁には徹底した魔術的ファイアウォールが敷かれている。


 この国の粋を凝らせた内外防護と、そして魔力のシャットアウト。魔族たる彼女に掛ける手錠は、鉄ではなく、知識と魔力を織って編んだ魔法陣で作られたものであり、……そしてそれら術式は当然、


 そして他方、宙の隕石は、破壊し尽くしている。では、その上で……、



 ――逆条五席・理性のフォッサ。

 





「(マズい、……マズいマズいマズい・・・・・・・・・! 虎の尻尾に火ィ点けちまったってかァ!?)」





 半ば押し潰された光景をユイは見回す。と、その動転した視界にてまた白銀が閃いた。

 片手の剣を振り回し牽制しながら、ユイは再度宙にパイルバンカーを向ける。



「ゴードンこっち来い!」


「おゥ! ――っとォ!?」


「行かせねえよなァ!」



 集中がブレたゴードンの頬を鬼の剛腕が強かに打つ。否、その一撃はすんでのところで剣に防がれた。しかし鬼は止まらない。ゴードンの全力のバックステップを肉食獣の如き脚力にて半歩で詰め、暴威の塊のような乱打を更に撃つ。


 宙が、押し潰される。その光景をユイは見る。今、光景の彼方。天を衝く偉容だった時計塔がまさしく天に突き返されて崩れた。その瞬間を皮切りに、街が、これまでの大気圧力による瓦解が些末事だったかのような桁違いの暴力に晒される。


 ……フォッサの牢の魔術防壁。このうちの、魔力霧散スキルを消す」術式魔法陣が押しつぶされた時が、まさしく魔王が告げたチェックメイトの瞬間である。



「(――畜生、こっちも無茶するしかねェかネッ!)」



 ガチャン! とユイのパイルバンカーが金属音を上げた。そして立ち上る蒸気、無機質性の膂力チカラが彼女の片腕にて胎動を始める。



「やらせませんっての!」


「だろうねェ!」



 叫び、ユイの全身が白炎を吐く。それに捲かれる直前『白銀』は姿を焼失させる。しかしユイはなおも白炎を吐き出し続け、彼女の周囲一帯を完全に燃焼させる。――が、



「――召喚術式〈空間〉:風の惑星!」



 魔王の声と共に、辺りの石材が削り取られるほどの突風が吹き荒れた。それはまっすぐに火中、ユイのシルエットを狙い、そして一息に姿を暴き出す。



「(喰い切れねェ!? いやッ、空間の召喚てこたァ今の風は魔法じゃねえのか!? どちらにせよしゃらくせェコトこの上ねェなァ!!)」



「――ッだァ!!」


「クソッ!?」



 白銀の連撃。どうしようもなくユイはパイルバンカーを弾かれて……、















「    。 あァ、クソったれ」


「――















 どこからか、『声』が聞こえた。


 しかしそれは、聞こえるはずなどない声である。その声、そのスキルの主は、のだから。



 それでも、――その声は紡ぐ。


 星を墜とす・・・・・。と、自らの名の冠を、ここに示す。




フォッサ・・・・!」




 魔王が叫び、それを『音』が劈いた。どこかから芽吹くように打ち上がった光が隕石に突き刺さって通り抜ける・・・・・


 一瞬の静寂。



 ――そして、宙を支配する隕石よるのやみが弾けた。




「ぉおォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」




 あまりの光景にユイは本能で以って叫んだ。目前の隕石が、ダイアモンドをハンマーで叩いたように綺麗に八等分されていた。そして見れば青昼の空、




「よォフォッサ!! ひさしぶりだなァ!!」




 ベリオが鬼の表情で笑い、そして、――遂に隕石が地表に墜ちた。

 八等分されたそれはユイらの周囲を避けるように街を蹂躙し、爆風のような土煙のずっと上でフォッサが返す。



「状況が分からないんだけど! 星を感じた・・・・・からとりあえず即席の矢じりでブチ抜いたけど、これでよかったかしら!?」


「大正解だよフォッサ!」



 続く魔王の声にフォッサが返す。



「あ、す、すみませんカルティス! あの、カルティスぅ! 私、実はトチっちゃって、飛空艇襲撃のお話なんですけど……!」


「いいさ、それより仕事を頼む! ――! !?」


「(そーゆゥことかィ全部ッ!!)――ゴードン何してでもフォッサを止めろォ!」



 叫びながらユイが白炎を打ち出す。

 しかしそれは、マグナが蹴り上げた瓦礫に撃ち落とされる。更に戦線向こうでは、ゴードンが隕石断面を駆け上がりフォッサを目指す。そしてその足元、隕石のふもとでは、



「ベリオ」


「おう」



「これを、彼女に投げてやってくれ。――『英雄譚再現より:星を落とした少女の弓』」


「――いいね、任せろ。……ってことで投げるぞフォッサァ!!」




 ベリオがその、小ぶりで、白く、そして昼の月の色に輝く弓をフォッサに投げた。


 それはゴードンの無重力じみた疾走を追い抜きなおも飛翔して、隕石の影日向を抜けて空天辺の日向に躍り出て、そしてそれを、フォッサが掴んだ。




「各自通達!!」


「――――ッ!」




 魔王の声にユイは、ありったけの炎をフォッサに放つ。そしてそれら全ては一つの漏れもなく閃光に叩き落される。その光景に魔王は、空を見て。




切り札リセットも温存出来たし、この後の展開にも最高の状況を作れた。――この勝負、完っ壁に僕ら・・の勝ちだ! さあ逃げるぞ!!!」


「ふざけんな待てェ!」




 ベリオの肩に担がれていた魔王が、そのまま片手を挙げる。

 ――彼の、その手にあったのは「何の変哲もないように見える木の葉」だ。




「フォッサ! 頼んだ!」


「任せてカルティス! ――この程度の距離なら、外すわけがないッ!」


「ちくしょォが! ちくしょゥがヨォオオオオオオオオオオオッ!!!!」







 そして、


「起動。

 ――……オーケー、撃ち抜いたんじゃないかしらね」






 『一矢』。

 その『箒星』は、晴天直上を見上げた眩しさよりもずっと強く輝き、飛ぶ。




 更に、




「それじゃ、遠慮なく葉っぱ・・・貰っていきますよ。わたし的にはアンタ自分で使った方が良いと思いますけどね、ソレ。まぁ、いいか……。


 ――起動、『シネマ・レスト〈Ⅰ+EX・・・・〉』」





 閃光が消えた・・・

 それと共に魔王が取り出した『木の葉』も消失し、





「よし! とんずらだベリオ!」


「指示が潔いねェ! 了解だァあばよ手前らッ! 特にそこのメス餓鬼! こないだの借りは返したぜェ!!」




 そして……、
















「…………………………………………、」


「お、お姐さん……?(戦々恐々)」













 ユイは、周囲をふわりと見渡す。


「……、……」



 周囲にあるのは、災禍の跡だ。

 多種多様の刀傷と炎焼痕。そして何よりも、あまりにも巨大な隕石の塔・・・・



 ユイの視線に応えるようにして塔の一つが、ふと低い音を立てて傾ぎ、……そして倒れる。


 一つ、また一つと倒壊が続き、……足元の廃墟手前みたいな街並みにトドメを刺す。



「……………………………………………………………………………………、」


「(顔面蒼白)」



「………………………………………………………………………………………………………………………………。」


「(死ぬ覚悟)」






「…………、はぁ」





 溜息を一つ。それだけでユイは、目前の損壊しきった街並みから視線を切った。

 その代わり彼女は空を見上げる。先ほどまでなら隕石で陰り切っていた空は、


 ……今は、実に風通しのいい蒼天であった。



「いやァ、負けたね、完璧に。さっきのハッパ・・・は世界樹の葉だろーな。連中、虎の子の全回復を温存した上でアタシらに勝ちやがった。……まァ、あのベリオのヤツが来なけりゃァなんてハナシはダセェわな。暗躍してやがったあのクソベリオを読めなかったところから負けだ。あー、負けた。気持ちよく負けたね」


「(や、やった! 思いのほか怒ってないぞ……!)……そんで姐さん、この後はどうするよ?」


「この後、なぁ……。多分さっきのフォッサが撃った矢が、今頃戦線に突き刺さってる頃なンだろ? そんで以って多分、マグナのヤツは時間停止でノータイムで移動して、向こうの戦場に参加してる頃だ。……ショージキ、出来るこたねェな。アタシらがあっちに向かっても、着いた頃にゃ後片付けの時間だわナ。ンなもんバックレ一択だろ」


「だ、だよなァ……」



「そんで、テメエよ。……――ォラァッ!!」


「あでェッ!!?」



 完全に油断していたゴードンの尻をユイが蹴り上げた。

 それをモロに受けたゴードンが喉の奥から悲鳴を上げ、崩れる。



「お、おいぃ……っ!」


「……アタシもトチッたし、オシオキはそれでオシマイだ。それよかいい天気だしヨ、テメエが寝るまで釣りにでも付き合うゼ」


「つ、り……。座れねえよ俺今日もう……っ!」


「お尻二つに割れちゃったァ? なら立って付き合えヨ。釣りの肴によ、政治の話もせにゃならんしな。――これからどーなる・・・・か、どーする・・・・か。……つっても悪い話ばっかじゃねえからよ。一つ、土産・・も出来た。その辺をヨ、釣りして酒飲んで語ってりゃ負け気分も晴れんだろサ」


「……まぁ、今日はそうするか」



 よっ、と軽い口調でゴードンが立ち上がる。それを見たユイは、彼に顎で行く先を指した。



「あっちによ、うち等のここの拠点がある。今日は店ァどこも締まってるからよ、釣り具も酒もそこで調達だ。行くゼ」


「おう」
















待った・・・
















 ――そこに、

 声が掛けられ、二人は振り向いた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る