2-4

 



 時間を少し遡って、


 ポイントB。

 ゴードン・ハーベストと魔王カルティス、――クリス・ゼフブライトとの交戦地点。




「っどォおオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


「っがァああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」




 ダンプカーが衝突したような轟音と、それを塗りつぶして倍する程の怒号が響く。



「反英雄だと!? ふざけるな! ふざけんな! なんだそのクソデタラメなスキルは!」



 カルティスが叫び、天上より堕ちる人影に剣で応戦する。上空を狙う彼の一閃は大気をさえ割るが、それを墜落する相対者、ゴードンは真正面からそれを抑え込む。



「魔王も英雄もデタラメはデタラメだろうが! ソレをどっちも持ってる手前にァたまにはこんなアンラッキーもねえとなァ!」



 刹那、百を超える斬撃が両者の最中を擦過する。

 最後の一撃で、僅かに威力で上回ったカルティスの一撃がゴードンを上空に打ち上げる。


 ――その激音と共に、大地が割れる。それが周囲に波及して、辺り一帯の建物が軋みを上げる。



「だァクッソ! オイお前、腐っても自分の領土だろ!? こんなに壊していいのかよ!?」


「魔王の首にァ安いってレオリアちゃんがよ! せっかくの機に、景気良く遷都でもって腹なんじゃねえの!?」


「そんな簡単に出来るか!? ああもう知らねえぞ! 俺も滅茶苦茶にぶっ壊すからな!」


「気遣い無用ってんだバーカァ!」



 カルティスが魔王の魔力を高密度に練り上げる。そうして作り出したのは『暗雲』だ。嵐雷を内包したそれが街路区画状にどこまでも広がり、不気味な産声のような「振動」を上げる。

 それを、ゴードンは見下ろしながら、



「魔王のスキルは、俺には効かねえぜ? 分かってるよな?」


「分かってはいるが釈然としねえけどな!? さっきはかっこよく飲み込んだ風にしたけどやっぱ釈然としねえ! なんで魔王の魔法が効かねえんだよ! 俺は魔王なんだぞ!?」



 叫びながらも暗雲に紛れ込むカルティスに、ゴードンは墜落しながら呵々と笑う。



「んじゃあ目眩ましだ! しょーもねえなあ! 魔王の魔法がここじゃタダの目眩ましとは!」


「言っとくがこの魔法A級モンスターでも気絶すんだからな!」



 バチバチと稲妻を吐き出す暗雲に、ゴードンは笑いながら墜落する。すると、濃厚な闇色の雲がさらりと消える。しかしそれはゴードンの周囲だけだ。街道には、未だ埋め尽くすほどの雲が溜まりゴードンの視界を煙らせる。

 が、



「鬱陶しいッ!!」



 彼がその手の剣を払うと、暗雲は、灰の燻りが強風で煽られたように一掃される。


 カルティスは、どうやらゴードンの消し飛ばした暗雲よりも更に奥にいるらしい。未だ姿は見えない。



「おい! マジで逃げんのか!?」


「マジで逃げるわけがねえだろ!? 手前に関してはここでぶっ飛ばさねえと俺の魔王と英雄の沽券にかかわる!」



 返る声の方向は判然としない。暗雲が、音を反響させているように聞こえる。ゆえにゴードンは、




「なら戦おうぜぇ!」


 ――大まかな方向にだけ辺りをつけて、矢のように暗雲に奔り出す!




「だはははははは!!」


「ご機嫌になってんじゃねえぞ……ッ!」



 ゴードンが雲に触れるたび、それが光となって霧散する。

 彼が一つ剣を振るえば、その風圧が雲一群を薙ぎ払う。


 その奥で……、



「無属性術式――ッ!!」


 街の建築物に倍する背丈の魔法陣が、彼方の雲を切り裂き現れた!




「英雄付与! 『ロード・オブ・ピルグリム』!!」




 キィィイイン、と甲高い音。それと共に魔法陣が強く発光する。そしてそれが、蒼く透明な極光を吐き出す!



「燃え尽きろ雑魚が!」



 魔法陣が吐き出した極光は、彼方の魔法陣に倍する半径となりゴードンに迫る。

 そのすがらに街を、暗雲を、空を、どれも平等に塵に返して――、



「燃えてるさァ俺はよォ!」


 疾走するゴードンの剣一閃に衝突する!



「ぐぬォ!?」


「さ、流石に重いらしいな!? いいぞ消し飛ばせ俺の魔法! 言っとくがこれは魔王属性じゃないからよぉ手前にゃ消せないんだよ馬鹿がッ! やれェ! やっちまえ『ロード・オブ・ピルグリム』!」



 ロード・オブ・ピルグリム。

 その魔法は、名の通り巡礼者ピルグリムたちの道である。


 巡礼者の進む道は、空虚でなくてはならない。透き通ってなくてはならない。カラに至るべき風の通り道を、その術式は作る。そういう宿命を為す・・・・・・・・・



 ――ゆえにこそ、




「しかァし! 俺の剣の方が重いんだわァ!」


「何ィ!?」




 ……正しき宿命を彼、反英雄ゴードン・ハーベストは許さない。


 ヒトは正しくあるべきではない。清潔であるべきでも、純白であるべきでもない。


 人を食った外連味を、悪趣味なジョークを、風のような自由を誰にも奪わせてはならない。救われぬものを救うことは許されぬ。それは、救われぬものを救われぬものだと定義する真似に他ならぬ。ゴードン・ハーベストは、彼の持つ『反英雄』は、



 ――英雄/宿命/孤独ソレを笑い飛ばすためにこの世界にある!



「ォラアァ――ッ!!」


「俺のッ!? ……俺の、魔法を弾いたなァ人間ッ! 調子に乗るなよ雑魚種族! 貴様を、貴様を肯定することは出来ない! 出来ないぞぉ!」



「出来ねえんならどうするんだよ!?」


「斬り飛ばすッ!」



 魔王の全力の疾駆で、残る地上の暗雲は完全に振り払われた。

 快晴の青が、彼らの交わす剣に瞬く。


 全く互角の太刀筋が、雲上のそれのように透明な風を撒いて散らす。



「(――反英雄ッ!)」


 カルティスは思う。



「(性質は身体の強化で間違いない。だけど、出力がありえなさすぎるッ! こんなもんただの『英雄』だろ!?)」



 英雄スキルは、「願いの数だけ力を増す」性質を持つ。その背に負う『願い』がつよければつよいほど、スキルの持ち主は『補正』を得る。


 過日、クリス・ゼフブライトとしてこの国に名を馳せた彼は、ことでその出力、「英雄譚の質」を維持している。


 しかし、ならばこの男は……?



「(何を背負っているっ? 何を背負えば僕の『英雄譚クリス・ゼフブライト』に迫れるって言うんだ!? こいつは、一体……ッ!)」


「……おゥ、難しいこと考えてんなァ魔王サマよぉ?」



「あんッ?」


「顔が悪い。顔が悪いねぇ!」


「顔が悪いなんて言われたことねえよ!」



 衝突。

 ――ぎぃん! と音が反響する。


 両者がその手の剣を打ち合い、交錯する視線に火花が散った。



「ツラの出来の話じゃねえさ。それよかアンタ、ちゃんと戦ってねえ風に見える」


「あんだと? 皮肉かコラ!」



 魔王が刃を傾け、鍔迫り合いが均衡を失くす。それで姿勢を崩したゴードンを、魔王の『靴底』が狙う。

 が、



「刻印たァ古い手だぜ俺から見ても!」



 空いた手でゴードンが魔王の蹴る足を掴み引く。そうして両者ともに姿勢を失った状況で、ゴードンが「裏拳に似せた何か」みたいな適当な力任せでカルティスの顔を殴り飛ばす。



「ごァ!?」


「はっはァ!」



 殴られたカルティスがゴードンを睨む。

 未だ、足はゴードンに握られたまま。それを確認した魔王は身をよじりバク宙反転で拘束を振り払う。


 そのまま、片手で地面を強く捕まえ、逆立ちじみた姿勢のままで更に蹴りを放つ。



「うぉお器用!?」


「口が減らねぇチンピラだなあ!」



 逆立ち半身で放つ三つの蹴り。それをゴードンはスウェーで避ける。カルティスは最後の蹴りの勢いで足を振り回しそのまま立ち上がる。一合打ち合うには半端な立ち位置。それをゴードンは身体を回すような踏み込みで圧削し、回し蹴りを放つ。胴体正中を狙うゴードンの蹴りは左右に避けるのでは避けきれない。魔王は、五歩分のバックステップを取ることでそれを避け、結果彼我の距離は一旦リセットされた。

 そして、





「……、……」


「……、……はは」





 魔王は視線を研ぎ、その他方、ゴードンは軽快に笑う。



「……貴様、いつまで笑ってる? 何が可笑しい」


「何がってそりゃ、……上等な喧嘩じゃねえかよ?」


「……、」



 ゴードンの視線が、先の大魔術に蹂躙された街を滑った。

 そこにあるのは、壊れた家屋、攪拌された石畳、そして何より、――見晴らしの良くなった空であった。



「壊していいって言われたモンを壊すのは爽快だぜ? 首輪つけられた風で小癪だが、それでもなおこんだけ派手にやっていいなら釣りがくる。手前は、そうは思わねえか?」


「……、」


「それなのに手前はよ? 心ここにあらずだ、もったいないね。時間の浪費の仕方がなっちゃいねえんだ。……海釣りにでも出てみろよ、下らねえ考え事なんて吹っ飛ぶんだぜ? 王務しごとがなんだ。んなもん明日に考えな。明日が面倒なら明後日でもいい。ほら、見てみろよ」



「何を?」


「空をだよ。――佳い晴れじゃねえか。そろそろ夏も終わるぜ? こんな日和は、今年はこれっきりかもしれないな?」


「――――。」



 ゴードンが笑い続けていた理由を、魔王は遂に知る。

 促されるままに空を見て、そして気付く。


 彼の笑顔の理由。こう冷静にもなってみればあまりにも分かりやすい。



 ――透明な風の吹く、夏の快晴。

 風が身体を透き通り、暑さはふわりと解れて抜ける。


 魔王も、それで、少し笑った。




「残念だったな、人間」


「あん?」


「俺はインドア派だ。こんな佳い日は自室で読書に限る」


「っかー! つれないね! ……いや、俺らは出会いが悪かったが、縁はまだあんだろ。俺ならあんたに、釣りと読書を同時にやるのはそう難しいことじゃねえってのを教えてやれるゼ」


「教えてくれるって? チンピラが、俺に?」


「チンピラチンピラうるせえな! 俺には信条がある、釣り好きに悪い奴はいねえってな。……逆に言えば手前みたいな奴は心が煤けて真っ黒なわけだ。テコでも付き合わせるぞ。俺ァ綺麗好きだからよ、汚れたモンはうみに晒して洗濯しねえと気が済まねえ!」


「……少し、楽しみだよ。――しかし、まずは」


「……、……」



「――ここに、決着だ」


「なるほどね? んじゃあ殺す気で行くが死ぬなよ? かかッ、やっぱ晴れた日は佳い日になるねぇ!」




 ――なにせ、聞くに名高い英雄ロマンの体現と、釣りの約束を取り付けた!

 一方がそう呵々と叫び、……他方は、その笑顔につられて口端を上げた。



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